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晩御飯後

 全員分の食器を洗い終えると

「お疲れ様」

 と大橋が労いの言葉をかけてくれた。

「じゃあ、時見君の部屋で待ってるわね」

 訳の分からない言葉をかけてくれた。俺の部屋をなんで知っている。そもそも俺の部屋に勝手に入るな。

 俺はもうただ振り回されるのは疲れたので負けじと平静を装った。

「じゃあ俺の部屋で待っててくれ」

「…………」

 俺の返答が不服だったのか、少し拗ねたような顔をした。やっと勝てた気がする。……何に対する勝負かはわからないけれど。

 少しの優越感に浸っていたが、それはすぐになくなった。

「……じゃあ、時見君の宝物でも読んで暇をつぶしているわ」

「宝物って?」

「男子高校生が両親からひたむきに隠し続けているものよ」

「…………」

 俺は冷静だった。ここで狼狽たえてしまったらこれまで通り。大橋がいつ俺の宝物を見つける時間があった。見つけたなんてありえない。……結構奥底に隠しているし。

 俺は大橋の嘘を見破り、淡々と返事をした。

「じゃあ、それで暇つぶししてくれ」

「……ねえ、時見君。今、私が時見君のお宝を見つけられていない、と考えているでしょう」

「……………………」

 図星。こちらの脳内は完璧に理解されている。

 なぜこんな心理戦を繰り広げているのだろう。たがこの心理戦を始めたのは俺かもしれない。なら負けるわけにはいかない。

「いや、知らないはず」

「なら、教えてあげる」

「…………」

 ごくりと唾をのんだ。額に汗が流れる。

「バニー姿の彼女が」

「あ~~!待って!ごめん!やめて!ごめんなさい!わかりました!私が間違ってました!おとなしく待ってて下さい!お願いします!」

 まさか本当に知っているとは思わなかった。最悪な弱みを握られた気がする。

「じゃあ、おとなしく時見君の部屋で待っているわ」

 俺の反応にご満悦なのか、大橋は弾んだ声を上げて俺の部屋がある二階へと階段を上っていった。

 とりあえず手を拭いて早く俺の部屋に向かおう。やつを一人にしてはいけない。俺の中の危険信号が赤く点滅している。

 俺は手早く手を洗い、即座に二階にある俺の部屋へと向かった。

 部屋の前に到着し扉を開けると、大橋はいた。

 俺の部屋の中央には四角いテーブルがあり、入って左側にテレビが設置されている。

 大橋はテレビと自分でテーブルを間に挟む、いつもの俺がやっているスタイルで座していた。

「早かったのね、いらっしゃい」

「いらっしゃいって言ってるけど、俺の部屋だよね」

 ひとまず大橋が静かに座って待っていてくれたことに安心した。約束はちゃんと守る主義なのだろうか。

「こちらにどうぞ」

 ぽんぽんとクッションを叩き大橋の隣に座るように誘導されるが、俺は無視してテーブルの奥側、つまり大橋の対面に座った。

「オムライスおいしかったです。あと小春の手伝いをしてくれてありがとうございます」

「……いいえ、どういたしまして」

 俺が隣に座らなかったことに若干不服なのか、少し睨まれた気がする。ってか大橋って意外と表情に出るんだな、意外と分かりやすいかも。

 ……いや、そんなことないな。さっきだって何考えてるかわからなかったし。急に変なこと言うし。

「ではさっそくなのだけれど、会話の仕方について話し合いましょう」

 大橋が切り出した。今日の議長は大橋。舵取りは任せるとしよう。

 俺は短く「はい」と返事した。

「まず、私に敬語を使うのをやめてほしいわ、距離を感じて少し悲しいの」

「言っていることは確かにわかります。同年齢に対して敬語を使うと、確かに距離を感じると思います」

 理屈はわかるが納得はできない。

「でも、大橋さんと俺とでは格が違うというか、釣り合わないというか」

「はぁ、全くわかっていないのね」

 ため息をつかれた。幸せが逃げるぞ。

「そもそもあなたに拒否権はないの」

 拒否権どころか人権さえあるのか怪しい。

 てか怖っ!はっきり拒否権はないって言ったよこの人!絶対王政にもほどがある。

「だから、私が言うことを時見君は守らなければならないの」

「……なるほど」

 正しいけれどそれは間違っている。そもそも拒否権がないことが破綻している。それを言葉にして伝えた。

「大橋さん、それは違います。そもそも俺に拒否権はあります、そして」

「まず、朝香と呼び捨てにすることから始めましょう」

 拒否権もなければ発言権もない。俺の声は大橋に届かなかった。それでも譲れないものもあった。

「わかった敬語はやめる、確かに距離を感じるし。ただ名前は大橋さんで呼ぶよ」

「朝香と呼んでほしいわ」

「大橋さん」

「朝香」

 その後も俺と大橋は、大橋の名字と名前を言い合い、最終的に俺が大橋と呼び捨てにすることで落ち着いた。


「次に付き合う上での約束事を決めましょう。時見君からも何かあったら好きに言ってくれて構わないわ」

 付き合うときに約束事なんてしないだろ。と思いつつ俺は大橋に返事をした。

「なるほど、了解です」

「敬語」

「あぁ、すまん、でも急に治すのは難しそうだから、ある程度は勘弁してくれ」

 大橋に短く敬語で話したことを注意される。それでもやはり急に話し方を治すのはどうにも難しい。

「時見君の言っていることはわかっているの。でも、少しでも甘やかしたらずっとそのままになってしまうでしょう。これは時見君だからというわけではなくて大抵の人はそうなの。私も例に漏れないわ。でも甘えたら甘えた分の反動がどこかで帰ってくる。だから、注意が厳しくなるのも我慢してほしいわ」

「……なるほど」

 まさに正論。ぐぅの音も出ない。そして大橋が言うと格好良い上に説得力がある。

 俺は納得してしまったので、敬語を使わないということを改めて心に刻むと、また大橋が話しかけてきた。

「納得してくれてありがとう。では話を続けましょう、私のお願いは時見君が私の言うことを絶対に守ってほしいこと、よ」

「……絶対守るとは、どんなことでも守るということで?」

「できればそうして欲しいわね」

 俺は少し考えて返事をする。

「……それはきつくないか、例えば大橋に自殺しろって言われたら、俺は自殺しなければならないんだろ、どんなことでも絶対守るっていうのは約束できそうにない」

 まず、そんなことになったら恋人というよりも主従関係に近い。

「そうね、言われたことならどんなことでも守るのは確かに難しいわね。なら条件を付け足すわ」

「それはどんな?」

「時見君ができないことはお願いしない。単純でしょう」

「……単純だけど不可能だろ、大橋は俺のできない領域がわからないじゃないか」

「そこは安心してほしいわ、時見君のグレーゾーンは私なりに理解している自信があるの」

「そうはいってもだな……」

 その自信は果たしてどこから湧き出てくるのだろう。少なくとも俺は大橋のグレーゾーンを知らない。

「そこまで言うなら分かったわ、じゃあ私の言ったことに対する拒否権を全部で三回だけ行使する権利をあげる、それでいいかしら」

「そもそも拒否権がない俺に三回も拒否権をくれるなんて優しいなあ」

 人生で初めて棒読みをしたかもしれない。

「しかしなんでそんなに厳しくするんだ。別に付き合うんだから自由に楽しくでいいだろ」

 素朴な疑問を大橋にぶつけた。実際、付き合うなら楽しくやるべきであるし、それほどに拘束する必要はない。

「……私が厳しくするのは時見君のためよ、わからなかったの?」

 大橋は呆れた表情を浮かべた。呆れたいのはこっちのほうだ。

「時見君が私と釣り合わないというから、時見君を私に釣り合う男にするために厳しくしているの」

「………………」

 言ってることはなかなかえげつないが、理屈は正しいので何も言い返すことが出来なかった。それで言い返せなくなる俺も俺でどうかと思うけど。

「その沈黙は肯定と受けとってよいのかしら」

「いや、肯定というか、否定できないというかなんというか」

「優柔不断な人はあまり好かれないわよ」

「……別に好かれなくてもいいけど」

 若干、投げやりにそう呟いた。

「ともあれ時見君は私の言っていることは間違いではないと思っている、という認識でいいのかしら」

「まあ、間違っちゃいないとは思うけど」

「ならいいわ」

「何がええねん」

 思わず関西弁が出てしまった。別に出身が関西とかやあれへんけども。まさにエセ関西弁である。

「私からは付き合う上での約束はこれくらいかしら、時見君からは何かある?」

「んーっと」

 急に言われても特に思いつかない。

 ――ただ一つだけ聞きたいことがあった。

「聞きたいんだけど、なんで告白したのが俺なんだ?もっと相応しいやつがいるだろ、大橋が急に俺のことを好きになるなんて考えられないんだけど。」

 俺もそこまで馬鹿じゃない、学校の美少女が急に俺に告白するなんてありえない。モブの名前にすら載らない日陰者が一気に主人公に変わるなんて天変地異は全くもって現実的ではないだろう。

 それに学校の上位カースト勢によるいたずらである可能性もまだ残っている。というよりかその可能性のほうが高い。

 そういう連中と大橋がつるんでいるのを目にしたことはあまりないけれど、本気の告白かいたずらのどちらであるかを考えると圧倒的に後者であろう。

 珍しく大橋が熟考し俺の質問に返した。

「……そうね、時見君を選んだ理由は確かにあるわ、でも申し訳ないけれどまだ私の口からは言えないの」

「あぁー、大体わかった、なるほど」

 おそらく先ほどの推測は大方あっていると思う。

 大橋は誰かの指示で俺に告白してきたのだろう、罰ゲームかなんかの類だろうな。

 かわいそうな役目だな、好きでもない人に告白なんて最悪だろ。俺のせいではないけれど申し訳ない気持ちまで芽生えてきたぞ。

 だとしたら期限はいつまでなのだろうか。

 考えていると俺は大橋の言った言葉を思い出した。

「高校生活が終わるまで」

 大橋はそう言っていた、はっきりと覚えている。

 ということは指定された期限は高校生活が終わるまでの約二年?

 長い長すぎる、もし罰ゲームならどれだけ重いのだろうか。大橋はこの高校生という青春ブランドの三分の二を罰ゲームと共に過ごさないといけない。

 それはあまりに酷だ。そう思っていると反対に大橋からも質問が飛んできた。

「……時見君が、時見君が本当に嫌だったら、この告白はなしということでもいいわ。ここまでたくさんの我儘を言ってきたものね……無理もないわ」

 顔を俯けて、所々言葉に詰まり発した大橋の声はとても弱々しい。なかなかこんな大橋を見ることはないだろう。

 ……じゃなくて、別に告白がなしでもいいといったのか?

 何たる僥倖。まさか本人の口からそう言われるとは、晴れて俺もまたいつもの日常に戻れるわけだ。

「じゃあ……」

 じゃあ告白はなしで、と意気揚々に言おうとしたとき、ふと思った。

 大橋に課せられた罰ゲームはどうなるのだろう?

 それは単純な疑問。

 俺が拒否したから中止。なんてことはないだろう、むしろなぜ罰ゲームをしてないのだと揶揄されるに違いない。

 そして代わりの罰が与えられるだろう、恐らくこれよりもさらにきつい罰を。

 それを承知で大橋は告白を取りやめにしてもいいと声に出したのだろうか。

 残念ながら俺はその優しさを無下にする。


 ――ほど腐りきってはいなかった。


「いやむしろ、嬉しいけど戸惑ってるってだけだ、」

 それは本心だ。

「……いいよ、高校生活が終わるまで恋人ってことで、男に二言はないってよく言うし……誰が言ったか知らないけど」

 実際、本当の告白でなくとも大橋からの告白自体はうれしかった。

 たとえ嘘だとわかっても告白されたときはドキッとしてしまった、男はかくも単純でありバカであるのだ。

 たとえ100パーセントないといわれても1パーセントの希望を追い求めてしまう。

「ありがとう、本当に助かるわ」

 大橋は口角を少し上げて微笑む。

 綺麗だった。かわいいよりも先に綺麗という二文字が頭に浮かんだ。柄にもなくこの笑顔を守りたいと思った。

 やってやるよ、何が罰ゲームだ、ボーナスゲームに変えてやるよ!ゲーマーなめんな!

 俺は自分を鼓舞して、大橋に釣り合う男になるための努力をすることを決心した。

 が。……なんか大橋の口車に見事に乗せられている。

 という気もした。


 話が一段落ついたところで部屋に掛けてあるアナログの時計を見ると、時刻は約八時半を示していた。

 太陽も完全に落ちているので、外は暗闇の世界へと変わっていた。

「時間遅くなったけど大丈夫か?両親も心配なんじゃないか?」

 年頃の娘が夜遅くに男の家に遊びに行っているなんて知ったら両親は不安で仕方ないだろう。

 俺がもし小春が夜遅くに男の家に行っているなんて知ったら卒倒する。

 ……そんな事誰も聞いてないか。

「そうね、別に両親は心配していないでしょうけれど、長居してしまったものね、そろそろ帰ろうかしら」

 両親が心配していないという言葉が引っかかったが、とりあえず大橋は帰るらしい。

 ようやく解放されるのかと思うと、その安堵からほっと胸をなでおろした。

 そんな俺の様子を大橋が見逃すわけもなく。

「時見君。今やっと帰ってくれるんだ、と思ったでしょう」

 核心をついてきた。

 いや、しょうがないだろ、こんなじゃじゃ馬と一日に一回会話するだけでヒットポイント八割くらい減るぞ。

 って直接大橋に言ったら何かとんでもないことをされそうな気がするので、このセリフは墓場まで持っていこう。

 俺はその場しのぎにとりあえず否定した。

「いや、そんなことない、寂しい気持ちでいっぱいだ、俺がウサギだったら死んでるくらいには寂しい」

「ウサギは寂しいくらいでは死なないわ」

 真面目にそう返された。

「…………」

「…………」

 大橋の俗に言うマジレスにより、二人とも何も口に出せなかった。

 話の流れに沿えば俺が大橋に何かを言わなければならないのだが、生憎急にマジレスされた時の対処法を俺は知らない。

「……いや、そうだな」

 頭を絞って出てきたのは薄い肯定だった。

「…………」

「…………」

 結局そんな返答では話が続くわけもなかった。

 この空間を自然にするには二人とも些か会話能力が低すぎる。

 いやむしろ俺の求めている会話水準が高すぎるのかもしれない。

 会話なんてこんなもん、沈黙が続くことなんてよくあることだ。

 と言い聞かせていると、大橋が立ち上がり部屋の隅に置いてあった自身のスクールバックを持ち上げた。

「それでは、帰るわね」

「…………はい」

 帰ると言い出してからのぎこちない会話も何事もなかったかのように淡々と帰宅宣言をされた。

 恐ろしくマイペースな大橋を見送るために俺も立ち上がり玄関まで連れていくことにした。

 ドアノブに手をかけ扉を開けると、どたどたと何かが勢い良く階段を下っていく姿が見えた。

 もちろん我が家は幽霊と住んでいるわけではないので小春が通ったのに違いないのだが、なぜ勢いよく下っていったのだろうか。

 俺と大橋の会話を盗み聞きするため。

 理由はすぐに見つかった、が別に急いで逃げなくてもよかったんじゃないか?

 盗み聞きはあまりよくないけれど気になったものは仕方がないと思う。

 とりあえず俺と大橋はそろって普通の歩調で階段を下った。

 大橋が帰ることを一応伝えるためリビングにいるであろう小春のところへ向かった。

 リビングの扉を開けると、案の定小春がソファに座っていた。

「小春。大橋が帰るって」

「ア、ソウナノ」

 芝居がかったセリフで小春がしゃべる。

 リビングでついていたテレビには小春が滅多に見ないドキュメンタリー番組が映し出されていた。

 明らかにカモフラージュでテレビをつけたことが分かる。

 俺が自家発電をしているときに親に見られた時ぐらいに微笑ましかったので何も追及せず、小春と玄関へ向かった。

 玄関では大橋がローファーを履き終えていてスクールバックを持ち上げようとしているところだった。

「また来てね、大橋さん!」

 小春は元気よく言うが、俺は大橋が無理してこなくてもいいと思っていることは言うまでもない。

「ええ、またお邪魔させていただくわ」

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずかあっさりと大橋は了承した。

 先が思いやられる。

「じゃあ、またな」

 仕方なく俺も大橋が来ることを肯定しお別れのために軽く手を振ると、

「「え?」」

 と二人から素っ頓狂な声が出たので、

「ん?」

 と返しておいた。

 俺が肯定したことがそんなにおかしいのか。俺は絶対に来るなとは思っていないし、彼女が彼氏の家に遊びに来るのは当然といえば当然のことである。

 ただよくよく考えるのならば一緒に帰ったり、デートに行ったりするという過程を丸々吹き飛ばして自宅訪問というのは普通ではない。

 そんなバカップルに当然という理屈が通るのかどうかは知らないが、特に大橋という彼女が俺という彼氏の自宅に来てはいけない理由も特にない。……お宝も発見されたし。

 だから俺にはそんなに驚かれる理由がわからなかった。

 そこで俺の後に喋り始めたのは小春だった。

「……お兄ちゃんまさかここで見送る気なの?」

「え、まあそうだけど」

「はぁ……まさかそんな薄情な人間がこの世にいるとは、しかもそれが身内の人間だなんて、小春はがっかりだよ」

「なんでそんなひどいこと言われてるの俺?」

 小春は頭を抱え、大橋も小春の意見にうなずいていた。

 小春が頭を抱える理由がわからない。

 ここで見送るのがおかしいのか?じゃあどこで見送るのが…………。

 と考えたところで俺は気づいた。

 彼女が彼氏の家から帰宅するとき当然。

 そのうえさらに夜中であったとき当然。

 当然、彼氏が彼女を見送る場所は、

「大橋の家まで見送れってこと」

「なんだ、わかってるじゃん、よかった」

「わかった、けど何もよくない」

「何がよくないの?」

 確かに何がよくないのかと聞かれたら何もよくないことはない。強いて言うなら外に出るのが面倒くさい。

「よくないわけではないけど……」

「ないけど?」

「とりあえず俺はこの町の治安の良さを信じている」

「なんてうちのバカ兄が言ってますけど、多分大橋さんは送ってもらいたいと思うけどなー」

 と小春が大橋に向かって視線を向けると、大橋はこほんと小さく咳払いをする。

「私、今日は痴漢される日だから家まで送ってほしいわ」

 大橋は痴漢されるという不可解な未来予知を理由にしてくる。

「痴漢される日って何⁉そんな日聞いたことないんだけど⁉」

「私が今作ったんだもの、そんな日はないわ、バカなの」

「いや知ってるけど!」

 そんなことよりも俺に送ってもらいたいのか?

 罰ゲームで告白したような相手なんかに家まで送られても嬉しくはないだろうに。

 ということは本当に夜道が怖くて仕方なくってことなのだろうか。

 確かにそれなら少し納得がいく、送ってもらいたくなかったらそんなにお願いしないと思うし。

 なら、純粋に怖がっている女子を一人にさせるのはかわいそう……なのか?

 でもこいつなら痴漢に出くわしたとしても何てことなく処理しそうだけどな。

「ねえ、時見君、何やら考えているようだけれど、時見君には拒否権がないことを忘れてないかしら」

「あ」

 そんな最悪なことはすっかり忘れていた。

「それとも三回のうちの一回をここで使う?」

「冗談じゃない、こんなことに使ってたらあっという間に三回なくなっちまう」

「じゃあ送ってくれる?」

「……もちろん、喜んで」

 喜んで、というよりも従うほかないのだが……。

「あ、ついでにコンビニのプリンも買ってきてくれない?」

 おまけに妹には使い走りにされるようだ。

「わかったよ、小春が好きなローソンのプリン買ってくればいいんだろ」

「流石、お兄ちゃん、わかってる~」

 ついでに自分のためのエクレアも買っておこう。

 妹からの信頼を得つつ自分も得をする、これぞまさに一石二鳥。

 ただ大橋を見送るというのと、自分が使いっ走りにされる点を考慮するのであれば、プラマイゼロな気がしてきた。

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