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晩御飯

 今日の夕飯はオムライス。めでたい日ということで小春が俺の好きな好物を作ってくれるそうだ。

 俺からしたら今日は厄日にあたるので「生玉ねぎの玉ねぎドレッシングがけ」とかでもよかった。いやよくない、厄日がもっとひどくなるだけだ。

 夕飯も朝ご飯と同様に小春が作ることになった。母親から自分宛で「夕飯は自由に食べておいて」とのメールがあった。いつもは皮肉や嫌味を書き込んでメールをするが、簡潔なメールを送っているのを考えると、また仕事が修羅場に入っているのかもしれない。俺もそれに応じて簡素なメールを返す。

 大体はいつも通り、ただ今日という日に限りいつもと違うことは。

「小春さん、かき混ぜ終わった卵はこちらに置いておくわね」

「ありがとう!大橋さん!じゃあ次はこっちのほう手伝ってもらえますか」

「大丈夫よ」

 小春と会話している相手、そして俺にとって目下のところ最大の問題である、大橋朝香がいることである。

 時間もいい時間になってしまったので大橋も夕飯を食べることになった。

 大橋は小春の料理を手伝っていた。手際よくこなしている様子を見ると料理が出来る事が伺える。羨ましい、俺にも料理スキルを分けてくれ。

 俺はいつも料理を作ってもらっている間、手持ち無沙汰であるのでリビングや廊下の掃除を行っている。

 今日はリビング。先ほど座したカーペットを掃除していると、キッチンのほうから声がかかった。

「お兄ちゃーん、もうすぐできるから飲み物とスプーン用意してくれるー」

「うっす」

 と小さい返事を小春に返し、掃除用具をしまってから、冷蔵庫を開き牛乳とお茶を取り出した。

 俺は牛乳、小春がお茶。俺は毎日三食牛乳を飲むほど牛乳をこよなく愛しているが、身長は170センチメートルといたって平凡。

 やはりただ牛乳を飲むだけでは背は伸びないのだろうか。

 いつもはコップ二つとこれを用意すればいいのだが、今日は来客がいるので俺はコップを三つ用意し、大橋に尋ねた。

「大橋さんは牛乳とお茶どっちがいいですか」

「私はお茶でいいわ。それより敬語なんて使わなくていいのよ、同年代の上に私たち付き合っているのだし」

「いや、そうは言っても…………」

 普通に喋るなんて俺には不可能である。むしろさっき俺から話せたことのほうが奇跡に近い。

 極度の内弁慶が心を開いて話す相手として大橋朝香はハードルが高すぎる。

 学校での地位を鑑みると俺はどうしても大橋に対して普通に接することはできなかった。

 大橋はそんな様子を察してか「まあ、時間はまだあるのだしそこら辺のことも後で話し合いましょうか」といってきた。

 俺が大橋の口から後で話し合うと聴いた時、ぶるっと全身に悪寒が走ったのは言うまでもない。

「お待たせー」

 小春がオムライスとケチャップを持ってきて、テーブルの上に置いた。

 席順はキッチンから見て左側手前が空席、というよりもたくさん荷物が積んであるため座れない。その隣に小春が座る。右側手前には大橋、その隣に時見がいる。

 俺は真正面から大橋と見つめあうことがなくなるので少し安堵した。……隣にいるのもそれはそれで気まずいが。

 何がともあれ、冷めてしまわぬうちにオムライスを食べよう。

 俺はケチャップを手に取りオムライスにかけようとしたが、大橋が手を重ねてきたことによって妨げられた。

「私がかけてあげる」

 そう真顔で提案してきた大橋は 俺はそう真顔で提案してきた大橋が何を考えているのかわからないので、「いや結構です」と恐怖心からそれを拒否した。

「せっかくやってくれるって言ってくれてるのに断っちゃだめだよ!」

「いや、あ」

 その拒否もむなしく、俺のオムライス小春によって奪われ、大橋の手に渡った。

「よかったら私のオムライスにケチャップをかけてくれるかしら」

「わかった」

 もう何を言っても描くことが決定しそうであったので、即答した。俺のもとに大橋のオムライスが渡る。

 とは言ったはいいがどうしよう、普通に縞模様を描くだけだと怒られそうだし、正直つまらない。

 俺だってオムライスにケチャップで何かを描くのは好きなんだ。オムライスマイスターとしてここで手を抜くことは俺自身が許さない。

 何を書こうか数分迷っていると大橋から。

「できたわ」

 と言われ俺のオムライスが戻ってきた。そこに描かれていたのは。

 猫だった。顔だけだと思ったらなんと猫の全体像を描きやがった。俺が何を書くかを迷っているこの数分にだ。

 さらに信じられないくらいうまい。俺は思わず「うっまっ」と言葉をこぼした。小春も大橋の作ったものにに唖然としていた。

 あんたもオムライスマイスターか。燃えてきたぜ。

 心の闘志に火が付き、俺も負けまいと猫を同じく数分で描いた。……顔だけだけど。

 俺の猫の出来はうまいわけでもなく、下手なわけでもなく、いたって普通だった。

 ただ大橋のものと比べてしまうとやはり出来は劣って見えた。

「かわいいわね」

 俺が大橋にオムライスを返す前にこちらのほうを見て、そう感想を述べた。

「いや大橋さんの猫のほうがやばいって」

 俺が平気でやばいという形容詞を使うくらいやばい。いや、また使ってしまった。

「いや、うん、大橋さんのほんとにすごい、もう一個の作品だもん。美術とかやってたんですか」

 小春もようやく大橋の描いた猫に感想を述べる。

「いや、そういったことは特に習っていないけれど」

 淡々とそう言った大橋に対し懐疑心が生まれた。が嘘をつきそうには見えないし、こんな嘘つく必要がない。俺は渋々、大橋の言葉を信じた。

 しかし本当に習っていないのなら、とんでもない才能だ。美術界はこんな逸材を置き去りにしていいのか。

「私は時見君の描いた猫のほうが好きよ」

 明らかにお世辞でしかないが、今初めて大橋のやさしさに触れた気がしたので、俺は素直にお世辞を受け取った。

「……ありがとう、とりあえず冷める前に食べよう」

「それもそうね」

 俺は自分の描いた猫があるオムライスを大橋に返した。

「じゃあ、いただきます」

「召し上がれ」

 小春から返事をもらい、俺は猫のしっぽが描いてあるほうからスプーンで切り分ける。

 小春が心惜しい顔をしてこっちを見ていたが、気にせず俺はオムライスを口に放り込んだ。

 口にした瞬間、我先にとまず卵が暴力的に口の中に広がった。端の部分は卵が多いため、卵の味をしっかりと味わえる。

 次に来るのはチキンライス。ケチャップが程よくご飯に絡み合っていてとてもおいしい。

 土田家のオムライスは鶏肉を入れることもあるが、基本ウィンナーをぶつ切りで入れているため、ウィンナーの食感もしっかりと味わえる。

 ならチキンライスじゃなくてウィンナーライスになるな。

 卵、ウィンナーライス、ウィンナー、と順番に味わい、黙々と食べ続けるとあっという間に完食してしまった。

 これがオムライスの魔力、あっという間に胃の中に消え去ってしまった。

 ただそれは俺だけに当てはまらず、小春と大橋も黙々と食べていた。食べる速さの関係で俺が一番に食べ終わったが、小春も大橋もすぐに食べ終わってしまいそうだった。

「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末様でした」

 小春に話しかけて立ち上がると、食べ終わった食器を台所に入れ、丁寧にスポンジを使い食器を洗う。

 そうしていると「ごちそうさまでした」と言い大橋が食器を運んできた。

 いつもは小春が食器を持ってきて俺が洗う。当然、大橋の食器も洗おうとする。

「食器預かるよ」

「あら、ありがとう」

 大橋から食器を預かったが、大橋はリビングに戻らず俺の隣にずっといた。めちゃくちゃに気まずかったので声をかけた。

「…………いや、戻っていいんだぞ」

「遠慮しておくわ」

 何に対する遠慮かはわからないが、即答された。気まずい状況に変わりはない。

 大橋がジーッとこっちを見てくる。観察されている。あんたは保護者か。

「…………」

「…………」

 互いに無言のまま、俺がせっせと洗っていると小春も食べ終わり、食器を運んできた。

「あれ、二人で何してるの」

「俺は見たまんま、食器洗ってるだけ」

「私は見たまんま、彼氏を見つめているだけよ」

 各々が答えた。見たまんま彼氏を見つめるだけって聞いたことないんですけど。いつからそんなに仲良くなったのだろう。

 というか普通に彼氏って言った。羞恥心とかないのだろうか。 

 それに俺は大橋の彼氏じゃない。彼氏(仮)だ。(仮)を忘れるな。恋人になるのはあくまでお試し版、製品版を楽しむ気はない。

なんだってただより高いものはないんだ。気を付けないと製品版を買ってしまいかねない。

「……彼氏を見つめてるだけ。ね~。そっか~、じゃあごゆっくり~」

 小春は大橋の彼氏発言がうれしいのか、ニマニマしながら俺に食器を渡してリビングへと戻っていった。

 なんで小春がうれしそうなんだ。あと(仮)を忘れるな。そもそも恋人になるのは(以下略)。

 自分の食器が洗い終わり、大橋の食器に手を伸ばす。

 隣の人に見られている、というのはどうにもやりずらい。食器が洗い終わったら大橋に採点でもされるのだろうか。

「……………………」

「……………………」

 気まずいが過ぎる。なんでずっと見てくるのだろう。言うことがあれば何か言ってほしいのだが。その願いが届いたのか、大橋が口を開いた。

「……私の唾液がついた食器であまり興奮を覚えないでほしいわ。……少し恥ずかしいのだけれど」

「ぶふっ!」

 思わず引き出してしまう。

 突然何を言い出してんのこの人は⁉そんなので照れても何もかわいくないんだけど⁉お願いだから、さっきの彼氏発言で照れてくれよ!

 ただ大橋が頬を赤らめている姿はあまり見ることがなく、確かにかわいらしさはあった。

 が、いかんせん内容がひどい。食器洗いをそんな風に見る人を初めて見た。どんな感性を持っているんだ。

 誤解を解くため大橋に猛抗議した。

「興奮なんて全くしてない!そもそもそんな考えをもって大橋さんの食器を預かったわけじゃないから!」

「あらそう、てっきり私はあなたが、うへへ、大橋さんの食器だぺろぺろ。とやるのかと思ったわ」

「そんなこと誰がするかぁ!あと人のまねするときはもうちょっと似せたほうがいいんじゃない⁉」

 あまりにセリフが棒読みだったので、思わず突っ込まずにはいられなかった。

「善処するわ」

「いや……善処するって……」

 もう面倒くさくなってきた。早く慣れないと心が持たない。いちいち引っかかっていたら疲れる。

 俺はもう気にしないことにして再度食器を洗い始めた。

「…………………………………………」

「…………………………………………」

 そんな会話を繰り広げたのにも関わらず、大橋は平然と俺の隣に立ち続けていた。

 強靭的なメンタルだな、無敵!最強!といったところだろうか。

 その後は特にこれといった会話もなく、俺は全員分の食器を洗い終えた。

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