練習試合の偶然
シリーズ、「初恋のもだもだ」に出てくる練習試合のエピソードです。
ぜひ、そちらもよろしくお願いします。
菊井くんはバスケ部だ。
先日、下級生のテニス部の子に告られてる現場を、たまたま見てしまった。
菊井くんは背が高くて、人懐こい感じで明るくて、少し色素の薄い短めの髪をしていて、とにかくモテる。
体育祭とかでは、リレーとかにも出てて、走ってる時にキャーキャー言われてた。
実は私もキャーキャー言いたいんだけど、そんな風にするのは恥ずかしい。無理だな。キャラでもない。
私は菊井くんが好きだ。
でも、付き合ってほしいだなんて烏滸がましくて思わない。
でも、話してみたいな。とか、ちょっとでも仲良くなってみたいなとは思う。
私は4組で、菊井くんは6組。
話してみたいとは言っても、クラスも違うし、誰だ?お前。状態になる未来しか見えないので、自分から話しかける事なんて当然の如くできない。
同じ部活のさっちゃんとは恋バナをする仲間で親友だ。
さっちゃんも他のクラスの男子が好きで、しかもその男子もバスケ部。
この「お知り合いになるキッカケなどなく、見つめ続けるしかないねっとりとした切ない乙女心」を持つ仲間だ。
共感しかない。
しかし、さっちゃんは菊井くんと同じ6組。妬ましい。妬ましい。
協力するよ!と言ってくれてるんだけど、どんなキッカケで会話になるのか想像もつかないし、不自然になるのは怖いから大丈夫って断った。
見てるだけで良いんだ。と自分をねっとりと納得させる。
さっちゃん。菊井くんと同じクラス。妬ましい。
でも大好き、さっちゃん。
今日は部活の練習試合で他校に来た。
この学校のソフト部の顧問と、うちの顧問が兄弟だから割とよく練習試合が組まれる。
午前中は、みんなで練習してたんだけど、今は昼休み。
さっちゃんを含めた、同じ学年の部員みんなでお弁当を食べ終わって、2時まで休憩時間。
暇だから、体育館脇の屋根のある所でみんなでお喋りしてると、体育館の中からひょっこり、ウチの学校のバスケ部男子が顔を出した。
男バスもたまたま今日練習試合で来てて、今休憩らしい。
おぉお…何と言うラッキーなのか。ご先祖様ありがとう。
今日この日も菊井くんを眺められるとは。
タイミングの女神よ。この導きに感謝します。
さっちゃんと目を合わせてニッコリした。
私達を発見した男バス部は、その後ワラワラと出てきて「おー!偶然」とか「お前らユニフォームカッケーな」とか言ってる。
そんな中、男バスの誰かが「バッティングしよーぜ!」と言い出して、校庭に移動して、ちょっとしたバッティング遊びを始める事にした。
「キャッチャー誰?」って声が上がる。
キャッチャーは、さっちゃんだ。
「じゃーおれ投げるから、ヨロー!」って男バスのモブ、酒井が言った。あいつは私と同じクラスだ。
菊井くんがバッターボックスに立つ。
さっちゃんが、私をチラッと見てきたので私は頷いて、手を振る。
1人でも大丈夫。菊井くんを眺める幸運に酔いしれる。
菊井くんかっこいい。
八百万の神々よ。ありがとうございます。
菊井くんがカッコいいです。
モブ・酒井は暴投して、さっちゃんはジャンプをしてボールをキャッチしていた。
おい酒井。おのれ。ちゃんと投げろ。
さっちゃんを困らすな。しかも菊井くんが打てないだろ。
菊井くんはカラカラと笑っていた。
うわ。眩しい。かっこいい。
バスケ部のユニフォームのハーフパンツがはためいた。
足首がみえる。くるぶしまでかっこいい。
おい酒井。いい仕事したじゃねーか。
モブ・酒井の2投目。
菊井くんがバットを振った。
カンッと言う音が響いてボールが飛んで行く。
ウェーイ!って手を挙げて言って、菊井くんがゆっくり1塁方向に走る。
かっこいい。
おい酒井。いい仕事したじゃねーか。
かっこいい菊井くんが見れた。うれしい。
よくやった酒井。
「次俺ピッチャー!」って言って滝田くんがピッチャーを変わる。どうやら順番でピッチャーを変わるつもりらしい。
滝田くんの後は、あの並びの感じだと多分、さっちゃんの好きな彼。
さっちゃんは少し慌てた感じで「チェンジ!チェンジ!」と言って、ソフト部のめぐちゃんと変わった。
めぐちゃん滝田くんの事好きだから、さっき「滝田君が投げたボールか、打ったボールを受けたいと思っていた。そのチャンスではあるまいか」とかって言ってたもんね。
何かちょっと、どーゆー事か分かる様な分からんような感じするけど、多分さっちゃん、グッジョブ。
でも、滝田君が投げたらその次の人は、さっちゃんの愛しの君だけど、良かったのかな?
さっちゃんが小走りで私の所に戻ってきたから聞いてみたら「いやいや。私だって見てたいもん。キャッチャーやってたら見れないじゃん!しかも、あんなメットと面被って足ガバって開いて座って構えるのを、真正面から見られるなんて嫌だよ!何か強そうに見えそうじゃん!」
って言ってた。
この乙女め。
めぐちゃんは今まさに、大好きな滝田くんの投げたボールを受けたいと、メットと面を被って足をガバっと開いて滝田君の真正面に構えてるぞ?
まぁでも、確かにめぐちゃんは、なんか面白いし色々強いな。
さっちゃんと2人で座って、無言でそれぞれの好きな人を眺めてた。
嬉しいんだけど、ちょっと切ないような。そわそわする気持ち。かっこいいねぇ、好きなんだよねぇってポソポソ話しながら眺める。
すると、菊井くんがふわっとこっちを見た。
近づいてくる。え?何で?
混乱した頭でアワアワしてると
「ねえねぇ!佐々井さ、絆創膏とか持ってる?」
ってさっちゃんに話しかける。
私は目に映ってない。
ああ、そうだ。
菊井君はさっちゃんと同じクラスだった。
だから、さっちゃんは、菊井君からこんな風に普通に話しかけられたりとかも。するんだ。
ちょっとチクっとした。
さっちゃんは、ちょっとこっちを気にしながら「あるけど、どしたの?」と、菊井君に聞き返す。
どうやら、ちょっと擦りむいたらしい。
だよね。私なんか知らないよね。
さっちゃんが羨ましくて、なんか少し惨めな気持ちになって目線が下に行ってしまった時。
「あ、そしたら消毒もした方がいいよ!私救急箱から取ってくるから!山ちゃん絆創膏パス!ここで待ってて!」ってさっちゃんがポッケから絆創膏を出して私の手に握らせた。
さっちゃんは私にだけ見える様に、眉を少し上げて悪戯っぽく笑って走っていった。
ちょっと!さっちゃん!!どーすんのよこの状況は!
どうしようどうしよう!神様!
混乱の極致にいると、菊井くんが「いや何かごめんな?」と話しかけてきた。
え?と思って、顔を上げると菊井君はちょっと困った顔して
「山本さん、何かちょっとしょぼんとしたからさ。佐々井と仲良く喋ってたのに何か俺、邪魔しちゃったのかなって」
頭が真っ白になった。
菊井くんが私の名前知ってる…。
いやいや、違う。違う。ちゃんと違うよって答えなきゃ。
頭がぐるぐるする。
「邪魔なんて!思わないよ!そんな…!」
やばい。何か声でっかくなった。
菊井くんが目を丸くしてる。
キョロキョロしてしまいそうになって少し下を見たら、菊井くんの擦りむけた膝が見えて頭が冷えた。
「膝、痛くない?大丈夫?」
びっくりするくらい自然に言葉が出た。
菊井くんの目が優しげに緩む。
「全然平気なんだけど、ちょっと血が出てるからさ。服についたら嫌じゃん?」
少し笑った感じで、返してくれて肩の力が抜けた。
私もつられて少し笑って「何それ。心配して損したよ。心配返してほしいよ」って返す。
菊井くんが、笑う。
色素の薄い髪が、キラキラ。
ああ、カッコいいな。
菊井くんが「山本さんこんな感じだったんかよ!」って言って笑う。
私も笑う。
ああ、なんだ。普通に。喋れてる。わたし。
嬉しい。嬉しい。
取り止めのない冗談を言い合う。
嬉しいな。嬉しい。
少し恥ずかしくなってきて目線を外したら、救急箱を持ったさっちゃんが体育館の脇からこっちを覗いてるのが見えた。
それがおかしくて、笑いながら手を振ってさっちゃんを呼ぶ。
もう!何してくれてんのよ!さっちゃんは!
お待たせー!なんて、白々しくさっちゃんが合流して、3人で沢山話をした。
好きな音楽が菊井くんと一緒で、わたしのCDを貸す約束をした。菊井くんがオススメのバンドのCDを貸して貰う約束をした。
こんな風に、話せる日が来るなんて思ってなかった。
ふわふわ。キラキラ。風が吹いて菊井くんの髪が揺れる。
よく晴れた他校の校庭。
隅の時計は1時40分。
今日の練習試合が終わったら、さっちゃんとおしゃべりをしながら、お家に帰ろう。