第十二話 獄焔で問題解決(なお北極が半分とける)
読了ツイート、感想まってます……!
防御特化の私にとって相性が最悪な相手というのは存在する。
それが、〈最低最悪〉のアレクセイだ。
なにせ、彼が装備している呪いの剣、銘は『血肉喰らいの悪食』といい、斬りつけた相手のHPや魔力を強奪し、厄介なデバフ効果を発動させる呪怨属性の攻撃を可能としている。
おまけに、スキルはHPが減少すると攻撃力が上昇するような構成をしているものだから、追い詰めたと思っても、私が攻撃を受け止めると体力が回復してしまう。
まさにジリ貧である。……って、私いつもこんな戦いばっかり繰り広げてるな。
「クソッ、こんな時に面倒な奴が来たものだな。ネコ、下がってろ!」
「くわばら、くわばら」
フールが聖印を握りしめながら獣人の筋力と俊敏性を活かして後方に下がる。
その様子を首を動かして眺めていたアレクセイが鼻で笑った。
「ネコは斬っても経験値がねえ。狙うなら虹色確定演出の鎧野郎とそこの長耳野郎だな。にしても、その鎧の効果か妙に当て辛ぇなあ。腹が立つ」
冷静に、それでいて残酷に現状を分析するアレクセイ。
思考回路や動機こそ呪いに侵された狂人だが、碌なサポートもなしに数々の迷宮を踏破した実力と観察眼は本物だ。
「確定演出? なるほど、ガチャか」
ちょっとズレたエルドラは放置だ。
ともかく、アレクセイを相手に長期戦はかなり不利になる。
「チッ、ユアサ、下がれ! 攻撃を食らう度に回復されては、こちらの魔力が消耗するだけだ!」
妥当でリーダーらしい判断。
流石はエルドラ、伊達に三百年は生きていない……と思ったら、真逆の命令を念話で出してきた。
【いいか、ユアサ、お前ごと焼くから引きつけておけ】
あーなるほど、味方もろとも作戦ね。
まあ、私もレベルが上がったし、ある程度の攻撃なら耐えられるはずーー
「!?」
莫大な量の魔力を圧縮し始めたエルドラの所業に私は慄いた。
あの魔力量なら、軽く都道府県の一つは廃にしてしまいそうな威力がある。
「いざとなれば『蘇生』で蘇生してやる。遠慮なく死ぬがいい」
およそ仲間とは思えない発言をぶちかまし、極限まで濃縮した魔力の塊をこちらに投げつけてくるエルドラ。
何度も見たことがあるその術式は、紛れもなくエルドラが最も得意とする獄焔だ。それも、これまで見たことがないような複雑さと巨大な魔法陣。
魔術や魔法というのは、魔法陣に注いだ手間と魔力に比例して威力が上昇する。
つまり、過去最大の威力で放たれたそれが、どんな結果をもたらすかは未知数であるが、碌でもない事を引き起こすのは明白。
すぅ〜……………………私、死ぬのでは????
慌ててアレクセイの手首を掴んで盾にし、ライオットシールドを構えて防御系のスキルを発動、継続回復系の魔法も使って衝撃に備える。
「んあ?」
アレクセイの間抜けな声が、爆発の轟音に掻き消される。
鎧の防御力を貫通してくる熱波と衝撃に意識が飛びかけたが、あらゆるスキルと魔法を使ってなんとか食いしばって耐える。
血と肉片が透明な盾の向こう側に見えたが、肉盾にしたアレクセイの様子を案じる余裕など私にあるはずもない。
一瞬にも永遠にも思える時間が過ぎた後、ようやく私は意識を取り戻した。
「ユアサ、どうやら無事なようだな。俺の全力の一撃を食らって形を保っているとは流石だ。ははは、じゃれるな、全く」
ご満悦なエルドラの脛を私は無言で蹴った。
例の如くダメージは少しも入っていないばかりか、余計に彼を喜ばせる結果に終わってしまった。
「(流石だ、じゃない。北極の半分を炎で蒸発させてどうすんの!?)」
未だ湯気が立つ氷の大地でたたらを踏みながら、ひび割れが加速する様を眺めるしかない。
エルドラはそっと目を逸らした。
「全ては、魔物の所為だ」
「(どう見ても人災だよ)」
「あとで時間を弄って直しておくさ」
エルドラの全力を初めて見たらしいフールが目をまん丸にさせたまま硬直していたので、小脇に抱えながら移動を開始する。
エルドラに説教したい気分ではあったが、『悪霊の主』がターゲットであるブルードラゴンと戦闘を開始している可能性もある。
問題だったリヴァイアサンとアレクセイを無力化できた(生死は考えないものとする)ので、『悪霊の主』との合流を急ぐべきだろう。
相手は格上のドラゴンだ。
『悪霊の主』がいかに経験豊富で統率の取れたパーティーといえども、苦戦していた場合は助けが必要になるはず。
元々、この分断は想定外だった。
あちら側にも想定外のことが起きている事も考えないと……
「?」
「どうした、ユアサ?」
「(いや、なんでもない)」
装着している『アイギス』が微かに震えた気がしたが、カースドアイテム特有の再生に伴う振動だろうと己を納得させる。
「そうか。ロドモスから反応があった。どうやら既にドラゴンを見つけて、早くも戦闘をしているらしい。急ぎ奴らと合流するぞ」
コクリと頷く。
早る気持ちを押さえつけながら、エルドラの隣を駆ける。
月虹竜ブルードラゴン。
各地で“門”が開くと同時に流れ込んできた原初の三竜、その一柱だ。
紅晶竜レッドドラゴンと熱界渦雷竜グリーンドラゴンですら隔絶するほどの実力を持つという。
“外側”での知識、こちらでの活動経歴から見ても、狡猾で油断のならない相手であることは間違いない。
「エルドラ」
酷い吹雪に舌打ちをしていたエルドラが視線だけをこちらに向けた。
「あのブルードラゴンは、絶対に倒そうね」
「……元よりそのつもりだが?」
今更当たり前の事をどうして問いかける、と言いたげな視線に私は首を振った。
相変わらずフリーズしているフールを抱え直す。
「そこのネコはそこら辺に置いておけ。間もなくドラゴンの射程範囲だ」
「分かった」
フールを氷の上に置く。
どうやらエルドラの魔法の余波でショック状態に陥っているらしく、思考が停止している様子だ。
どのみち、このままでは戦闘に巻き込まれてしまう。酷な話ではあるが、ここに置いていくしかない。まあ、【微睡神】の加護があるので、意識を失っている間は簡単には死なないだろう。
修復の終わった『アイギス』が低い怨念の呻き声をあげる。ライオットシールドの表面を這う『血瞳晶』はギョロリと蠢く。竜の気配が強まった事に反応して、私の全身に鳥肌が立った。
吹き付ける冷気、暴風の隙間に轟く咆哮、嵐を切り裂く高威力の魔術、どれもが命を奪うものだ。
恐れも怯えもある。
生き返るといっても、【耐久】や【防御力】で耐えられるとしても、やはり痛いものは痛い。
ただ、「目的の為ならば」と己を奮いたたせる必要がないのは、きっと背を預けられる仲間がいるから。
痛みも死も、意味があると割り切れる。
「ユアサ、頼むぞ」
「うん。任せてよ。お姫様より丁重に守ってあげる」
「騎士に守られるのも悪くはないな」
戦場を目前としながらニヤリと大胆不敵に笑うエルドラに釣られて私も面頬の下で笑う。
思えば、冒険者業の最中に笑うほど気を抜いたことはなかったな。
キリリと表情を引き締めたエルドラが魔術を練る。
十八番の『獄焔』は、神格に迫る威力を持っている事を私は身をもって体感している。ていうか数時間前にした。
握り締めた盾と繋がった魔力を軸に『挑発』のスキルを発動させる。
『威圧』が込められた殺気がこちらに向くと同時に、骨まで凍らせるブレスが氷片を放ってきた。
お姫様扱いに怒らない辺りエルドラくん中々アレですね




