第十一話 襲撃に混じる異物
白夜が終わるまで滞在する予定のはずが、月虹竜の異常な魔力と不穏な団体の動きで本来よりも早く出発することになった。
『あらあ、それって大丈夫なの? エルドラさんの指示にはしっかり従うのよ』
「わかった、わかったよ母さん。事態が落ち着いたら連絡するから。じゃあね」
電話越しに聞こえる母の声に苦笑しながら通話を終了させる。
戦闘がある以上、大怪我を負ってしばらく話せなくなることもある。エルドラから親に近況ぐらいは報告しろと言われたので、まあ連絡ぐらいはしているのだ。
〈支部長に言われても面倒がって連絡してなかったのに、エルドラ相手には素直なんすねえ?〉
「ぶっ!?」
突然に聞こえてきたもう一人の自分の声に、飲み掛けの白湯を盛大に噴き出した。
ゲッ、並列思考!?
最近は大人しいと思ったら、いきなりなんてことを言い出すんだ!
〈まあ、本体いじりはこれぐらいにしておいて。今回は色々と大変そうですね〉
まあね。いつも大変だけど、今回は輪にかけて大変だ。ドラゴンに『リヴァイアサン』。華菜の件も気になる。
〈あの偽ドラの言うことも気になりますね。エルドラが神格を得るとしたら、月虹竜を倒した時のレベルアップとユニークスキルの獲得ですかねえ〉
そんな時だった。
ビーッ! ビーッ!
「!」
けたたましく警報が鳴り響く。
何事かと慌てながら七色に光り輝く『アイギス』を装着して建物の外に出る。
先に外に出ていた『悪霊の主』の面々が武器を手に鉄柵の外を眺めていた。
セレガイオンが片手をあげて私を出迎える。
「おう、来たか。どうやら奴ら、俺たちを足止めするつもりらしいぜ?」
セレガイオンが指差した先では、徒党を組んだ一般人がこちらを睨みつけていた。
ロドモスが肩を竦めてため息を吐く。
「エルドラとフールさんはあちらにいます。どうぞお急ぎを」
三人に見送られながらエルドラとフールがいる場所へ走る。
花御博士と人工知能体たちが防衛設備を整えていた。
「ユアサ、ものすごくやばいぞ。なんだかとても嫌な予感がするんだぞ」
誰よりも防寒具を身につけたフールがフードに顔を埋めながら私の肩を叩いてきた。
興奮しているのか、毛がぶわわわっと逆立っている。
『エルドラ、これからどうする?』
「俺たちはこの基地の防衛をしつつ、リヴァイアサンを名乗る連中を拿捕する。終わり次第、月虹竜の元へ向かう」
ギリ、とエルドラが歯を食いしばった。
それは、最近になって人気が出始めた人のしちゃいけない表情だった。
「業腹だが、索敵能力は奴らが上……対してこちらは継戦能力と手数の多さにおいて優れている……これは適材適所を心掛けた運営から来る判断であって、決して俺が奴らに劣っているわけではない、分かるなユアサ?」
私は有無を言わせないエルドラの剣幕に頷いた。
彼は満足そうに鼻を鳴らした。
「ユアサならば分かってくれると確信していた。これが奴らならばゲラゲラと笑いながら囃し立て、あのいけすかない吟遊詩人にあることないこと吹聴していただろう」
信頼が、重い。
そして『悪霊の主』に対する偏見がすごい。まあ、セレガイオンによく揶揄われていたから警戒するのも無理はないのかもしれない。
セレガイオンには後でクレームを入れておこう。
「……『悪霊の主』たちに連絡した。奴らが突破する為に俺たちが陽動となる。正門でリヴァイアサンを迎え撃つぞ。ユアサは俺のカバーを。ネコ、貴様は無力化した連中を縛っておけ!」
「うにゃ! フールは拘束が得意だぞ、大船に乗った気で任せてくれ」
フールは紐をパシンと鳴らしながら、意味深なことをほざいていた。
気にしたら負け、と己に言い聞かせながら、私は『血瞳晶』が嵌め込まれたライオットシールドを構えた。
柵の向こうには多くの人、人、人。
パッと見ただけで、冒険者ではないことが分かる。
筋肉や歩き方、視線などは一般市民のそれ。
だとしても、武器を手放して会話する気も起きないのは、彼らが『言語理解』のスキルでも理解できない意味不明の音を声に出しながら柵にしがみついているから。
格子に押し付けた顔にはキラキラと青く輝く鱗が所々に生えていて、さながら蛇人間のような格好をしている。
「行くぞ!」
エルドラの詠唱が始まると同時に、柵が大きくたわんでついに壊れ、侵入を許した。
先頭を駆ける影の振り翳した剣と私の盾が激しく火花を散らす。
透明な盾越しに見えた“武器として運用するにはあまりにも錆びついた”という特徴的な刃を目撃して顔をしかめる。
「虹色に輝いてるってことは、レアってことだろ!!」
〈最低最悪〉と名高い原初の迷宮攻略者の一人アレクセイがリヴァイアサンに混じっていたのだった。
か、関わりたくねえなあ!!!!!!!




