第八話 えみりと吟遊詩人の歌
白夜一日目。
北極観測所にある建物の一室で、私たちはえみりとおしゃべりに興じていた。
えみりは外の世界に興味津々と言った様子で、ヴォルンやフールに質問を投げかけている。
「ヴォルンさんはどうして地球に?」
「……地球ならもっと割りのいい仕事にありつけるかも、と思ったから」
えみりの質問責めに面食らい、その真剣な表情にうっすら頬を染めながら顔を背けるヴォルン。
えみりは人工知能体だけど、顔立ちは美少女そのものと言っても過言ではない。ジャンルはさしずめ天真爛漫丁寧語な後輩キャラといったところか。
青春してますなあ。
隣に座るエルドラは腕組みしてるし、セレガイオンは別の部屋で熟睡しているだろう。
ロドモスに至っては本を開いて完全に自分の世界に浸っている。
ピリついた雰囲気の中でもえみりはニコニコ微笑んでいた。
「ところで、どうして湯浅さんは七色に光っているんですか?」
「ユアサだから」
「なるほど。これは負けてはいられませんね。ゆくゆくは、私たちも光らないと……!!」
えみりとヴォルンが変な会話を繰り広げているが、気にしてはいけないのだろう。
人工知能体たちが光り始めたらどうしよう。
「無口は相変わらず無口だな」
喋り時を見失っただけだよ。
この中でフールだけが私の素顔と声を知らないので、兜を脱ぐのに躊躇ってしまうのだ。
そして脱ぎ時を見失い、私は柔らかなソファーの感触を楽しめずにいる。
「私たちの情報網によりますと、湯浅さんは多くを言葉で語らず背中で語る人物だそうです。吟遊詩人の世界的権威であるナージャさんがそう語っていましたので間違いないです!」
間違いだよ。
私の背中はいつも哀愁とプレッシャーで猫背気味だよ。
「おお、静謐なる聖騎士! 聖印なき求道者にして不撓不屈の冒険者〜♪」
「ぶっ!?」
いきなりえみりが変な歌を歌い始めたので、私は思わず吹き出してしまった。
去年、出会ったばかりのナージャが即興で作り上げた歌で、私にとっては黒歴史の曲だ。
「それはユアサさんの歌ですか?」
ロドモスが本から顔をあげてえみりに話しかける。
「はい! 大手検索エンジンで湯浅さんを検索した際にヒットした曲です」
「いい曲ですね。他にもありますか?」
「はい。あと五百件ほどあります。再生時間にして百時間ほどです!」
「暇つぶしにちょうどいい。順に歌ってくれ」
私は激しく頭を振った。
勘弁してくれ。
聞いているだけで、恥ずかしくて死にたくなる。
「では、『レインボーブリッジ事件』を……」
それは国道沿いに出現した迷宮から溢れた魔物がレインボーブリッジの上を駆け抜けながら大暴走を起こした八ヶ月前の事件じゃないか!!
私の記憶の中でも三番目ぐらいに黒歴史だぞ!
「(やめなさい、やめなさい)」
「いいじゃないか、無口。吟遊詩人に歌を作ってもらえるのは、冒険者にとってこの上ない名誉だぞ」
「(エルドラの曲が聞きたいな〜!)」
私が恥ずか死する前に矛先を変える事にした。
「検索中……ヒット0件」
「フン。依怙贔屓の吟遊詩人どもめ、あいつら程度の才能では俺の凄さは表現できない」
「(他の人は?)」
エルドラは鼻で笑いながら、誰にでもわかる負け惜しみを放つ。
どこから来るんだ、その自信は。
「『悪霊の主』の曲が一つヒットしました」
「(それだ。それを歌ってくれ)」
矛先を懸命に逸らそうとする私を見て、フールがブラシで身体を梳かしながら呟く。
「無口は恥ずかしがり屋だな。地球人らしい。俺の前の主人も恥ずかしがり屋だったぞ」
私から言わせれば、外側の連中が自信過剰なだけだと思う。
セレガイオンなんて、カメラを向けられていると察知した途端にポーズを取り始めるぐらいだぞ。
エルドラとロドモスはさりげなく魔法で髪型を整えていたし……フールは我関せず、ヴォルンはバンダナで顔を隠していたな。
私はカメラじゃなくてビデオを向けられました。
そりゃ誰だって七色のものはビデオで撮るよね。
ダウンロードを終えたえみりの顔色がガラリと変わった。
机に足を乗せ、勢いよく叫ぶ。
「極悪非道のダークエルフと吸血鬼は、配下の悪夢人を連れて偉大なる王の墓を暴く。ダークエルフが剣を振るうたびに舞い散る骨粉! 吸血鬼の魔法で吹き飛ぶ不死者! 後に残るは無惨に破壊された棺だけっ!!」
なんか、これまでと系統ががらりと違う。
というか、ヴォルンは配下扱いなのか。
「同じく宝を狙いに来た山賊を悪夢人が切る、斬る、ねじ伏せる! 孤高の王、貴族すらも畏れる彼らの名は『悪霊の主』!!」
おお、カッコいいな。
ダークヒーローって感じがして、いかにもアウトローな冒険者らしい曲だ。
「お、懐かしい曲を歌ってるじゃねえか」
扉を開けたセレガイオンがコーヒーを飲みながら私とエルドラの間に無理やり座ってきた。
三人で座るにはやや狭いソファーで、私は身体を縮こませる。
「その曲は五年ぐらい前に俺がナージャとかいう吟遊詩人の顔面を殴って作らせた曲だ」
「セレガイオンの趣味の悪さが前面に出ていますね。品がないうえに暴力でねじ伏せるなんて……」
「弱肉強食こそ世の真理よ。それを現した良い曲だ」
台詞が悪役なんだわ。
一曲を歌い終えたえみりはニコニコとみんなのやり取りを見ていた。
ヴォルンがえみりにリクエストを送る。
「『堅実な一手』は?」
「ヒットしました。歌いますか?」
「一曲たのむ」
えみりはテーブルに乗っけていた足を下ろし、ポケットに入れていた布巾で拭った。
どうやらテーブルに足を乗せるという一連の動作も曲に組み込まれていたらしい。粗暴だ。
「長閑な村に現れた迷宮、帰らずの祠。妖精の悪戯、精霊の謎かけ、立ちはだかる番人の斧を潜り抜けて若者たちは財宝をたんまり持ち帰った!」
「いい曲だ、酒の肴になる」
腕を組んで頷くヴォルン。
未成年は飲酒しちゃだめだからね。
「カーッ、綺麗な曲を作らせやがって。まあ、あいつららしいがな!」
セレガイオンはコーヒーを飲み干す。
そうは言いつつも笑っていたので、多分褒めているつもりなのだろう。
「おい、機械ちゃーー」
「えみり」
「どっちでもいいだろ。機械ちゃ」
「世界一かわいいえみりちゃん」
「……いや、それは流石にーー」
「世界一可愛くて可憐なえみりちゃん」
セレガイオンはコトリとカップをテーブルに置く。
そこにえみりは麦茶をとぽとぽ注いだ。
コーヒー風味の麦茶になりそうだな、なんて下らないことを私は考える。
「……とにかく他のやつの曲もあるだろ。黒髪のガキ、じゃなかった。『終の極光』は?」
「ありますよ。世界一可愛くて可憐かつ頭の良いえみりちゃんのデータベースに保存してあります」
「装飾が増えすぎだろ」
セレガイオンが呆れた顔でコーヒー風味の麦茶を啜り、「この味もイケるな」と呟いた。
「そこは前人未踏の迷宮。いく人もの冒険者が挑んでは番人に辿り着くこともできずに夢破れた魔の領域。そこに煌めく閃光、遠藤がメデューサを眼光を避けながら蛇の鎌首を斬り飛ばす! 唸る雷光、ミリルの魔法が百を越える雑魚を炭へ変えていく! トロールの重い一撃を湯浅が捩じ伏せ、フレイヤの祈りが傷を癒す!」
……百を越える魔物の群れを前に撤退した話が、何故か蹴散らしたことになっている。
改変にも程があるよ。
こうして私たちは持て余した時間をえみりの歌う曲を聞いて囃し立てることで暇潰しに勤しんだ。
なんとかレインボーブリッジ事件をみんなに知られることを防げたことに胸を撫で下ろしたのは内緒だ。
「レインボーブリッジ、封鎖できません!」と叫ぶ加賀刑事がいたとか、いなかったとか……




