第七話 北極観測所にいる人々
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晴天の吹雪に包まれた北極観測所。
予定の時刻より十分早く到着した私たちは、のんびりと歩きながら周囲を観察していた。
常人なら透視も視野に入れる温度であっても、冒険者としてレベルを上げてきた私たちなら問題なく動ける。
氷山を越えたところで、セレガイオンが声を上げた。
「お、目的地が見えてきたぜ。話に聞いていたよりも規模がデカいな!」
事前に渡されていた資料の写真よりたしかに建物が大きく、数が増えている。
発電所らしきものも見えた。
そこで二十人ほどが箱を抱えて動いている。
「……人が、多いな」
むむむ、と眉をしかめるエルドラ。
十人程度しかいない小規模な調査隊と聞いていただけに、情報と違う事態に対して他の面々も訝しそうに観測所で働く人々を見やる。
観測所にいる人々は妙に薄着で、吹雪の中を無表情で歩き回っている。はっきり言って異常だ。
『点検終了。ダブルチェック開始』
『了解。終了時刻は十九時を予定している』
聞こえてきた声は、なんだか感情を感じない無機質なものだった。
よくよく注視して見てみれば、彼らの肌の一部は金属になっていて、人でないことが分かった。
「魔導人型兵器にしては、見覚えのない型番だな。破損もなければ、敵対行動もしないなんて……」
ロドモスが険しい表情で考え込む。
『魔導人型兵器』
外側の迷宮を守る番人の一種。
吟遊詩人の歌によればいかなる交渉をも跳ね除ける守護者であり、破壊されて動けなくなるその時まで忠実に敵を排除する恐るべき兵器として語られている。
神話にその存在はなく、聖族・魔族の争いでも絶対中立であり続けたらしい。
幾名もの著名な有識者が支配権を得ようとしたり、その構造を解明しようとしたが不可能に終わった。
どういうことだろうと首を傾げるより早く、指示を飛ばしていた一人がクルリと振り返って私たちを真正面から見据える。
『そこの失礼な部外者、我々は魔導人型兵器などというセンスの欠片もない名前ではありません。我々の創造主であらせられる偉大なる博士は、我々を“世界一可愛い”人工知能体と名付けました。訂正を求めます』
淡々とした声と早口で捲し立てられ、迫力に思わずロドモスが後ずさる。
「わ、悪かった……人工知能体だな……」
『違います。“世界一可愛い”人工知能体です』
「わ、分かった……こんなに流暢に喋るなんて、凄いな」
どうやら人工知能体は“世界一可愛い”という称号に拘りがあるらしい。
中性的な顔立ちをしたその人は、私たちの顔をじっと見つめた。
瞳がピントを調節するように拡大と縮小を繰り返す。
『顔認証システム起動。事前登録されていた訪問者リストと特徴が合致。案内を担当する者が五秒で到着します』
その声に応えるように扉が開き、壮年の白衣を着た男性とその背後に追従するメイド服を着た人工知能体が姿を現す。
男は私たちと視線が合うと柔らかく微笑んだ。
「北極という過酷な土地へようこそお越しくださいました。私がここを任されている花御アンドリューと申します」
観測所の責任者であり、調査隊の技師。
日本出身にして、数々の賞を受賞している科学者だ。
人工知能体たちが語っていた博士は多分、この人のことを指している。
「エルドラ卿、まずは室内で暖かいお茶でも飲みながら話をしましょう」
エルドラはぎこちなく返事をした。
先導する花御博士に連れられて、応接室に案内された。人工知能体たちがセッティングしたであろうソファーに腰掛ける。
観測所の内部は広く、新築であることが容易に見て取れた。
それはこの部屋も同じで、壁紙は新品であった。
運ばれてきた暖かいお茶を飲んで一息ついたところで、花御博士が切り出す。
「過酷な環境でありますが、なんとか電気の発電や設備の充実に励んでいます。ご不便をおかけしますが、くつろげるように手配しますね」
「いえ、風が凌げるだけでもありがたいです。それで、外で働いているのは……」
エルドラがチラリとメイド服の人工知能体を一瞥して、それから視線を花御博士に戻す。
「長年の夢だった『人間と同じように複雑な思考ができる人工知能』と『人間と同じ挙動を可能にした機械の体』を実現しました。今はまだ実験の段階ですが、学会に発表する機会を頂きましてね」
人と同じように考える人工知能。
それって、かなりビッグニュースでは?
「高度な思考と情報量の保持を機械が? たしかに地球の文明と技術は目を張るものがあるけれど、これはあまりにも……」
エルドラの眉間に刻まれた皺が深くなる。
なんでエルドラはすごく機嫌が悪いんだろうか。
セレガイオンはさっきから無口だし、ロドモスは顔を青褪めさせている。
私とヴォルン、フールは首を傾げるばかりだ。
その理由は、ロドモスがぼそりと呟いた一言で判明した。
「……生命の冒涜だ」
すとんと理解できた。
彼らにとって、機械の身体を持つ人工知能体という存在は歪なものに見えるのだろう。
国民的SFアニメや人工知能で慣れ親しんだ私とは違って、生命倫理に独自の価値観を持ちながら生真面目な性格を持つ彼らにとって非生命体が生き物を真似していることに違和感を覚えているのだ。
花御博士は笑みを崩さない。
その横に控える人工知能体もまた無表情を変えることはなかった。
「どうやら御三方には心象が悪く映ってしまったようですね。それはとても残念です」
花御博士は私たちの方を見ると、笑みを深める。
「白夜の間、良ければ彼ら彼女らの話し相手になってやってください。ネットやラジオからでは得られない体験こそ成長に必要ですから」
『皆さまのお世話を担当いたします、会話特化型人工知能体の「えみり」と申します』
ぺこりと頭を下げる人工知能体えみり。
複雑な表情を浮かべる年長たちと、目礼する若者たち。
なんだかまたトラブルの気配がするな……?
お邪魔している以上、迷惑や失礼なことをみんながしないといいんだけどなあ。
なんだか、嫌な予感がするなあ。
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機械娘や機械青年は、いいぞ!!




