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女冒険者は絶対に引退したい〜Sランクパーティーから追放されたので、これはもう引退するしかないと思います。引き留めないでください!〜  作者: 清水薬子
死に損ないたちのリベンジ

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第五話 グレニア法国の最高司祭


 がやがやと人で賑わう冒険者ギルド。

 最近では吟遊詩人を目指す学生の姿も散見されるようになってきた。


「おお、聖騎士ユアサの魔法が卑しいドラゴンを締め上げる。たまらず地面へ堕ちるドラゴンに、剣士セレガイオンとアサヌマが斬りかかった!」


 今日も元気に私たちの武勇伝を語る吟遊詩人のナージャ。

 今回はフェイクが入っていないことに驚きつつ、私は目の前で張り切る我らが受付嬢カローラに意識を戻した。


「次は月虹竜の討伐ですか。ユアサさんの活躍は留まる所を知りませんね!! 受付嬢として鼻が高いです!!」


 ニマニマとしながら書類をまとめる受付嬢のカローラ。

 私は相変わらずフルフェイスな鎧を纏いながら、その下で苦笑いを浮かべる。七色に光っているので、説得力に欠けているだろうけど。


 エルドラ以外の面子はテーブルを囲んで、私たちが手続きを終えるのを待っている。

 ここから空港へ行き、いくつかの国際空港を経由して北極へと向かうのだ。


「はい、こちらがパスポートと入国書類です。それではいってらっしゃい!」


 カローラに手を振り、冒険者ギルドを立ち去ろうとしたその時。


 ばっと数人が物陰から飛び出して、両腕を広げて出口を塞ぐ。

 白の法衣は見覚えがある。

 グレニア法国の司祭たちだ。


「ああ、そういえば……」


 隣を歩いていたエルドラが、ポツリと呟く。


「グレニアの司祭が、ユアサに用があると言って探していたとダークエルフどもが言ってたな」

「(それ、今言う?)」


 手遅れな報告に私はため息を吐きたくなるのをぐっと堪えて、彼らがこんな子供じみたことをする理由について考えた。

 うん、先週のフレイの件だろうなあ。

 これから仕事だっていうのに、変なやつに絡まれたくないなあ。


「もうすぐ最高司祭様が支部長との面談を終えますので、それまでお待ちください」

「(嫌です)」

「そこをなんとか!!」


 司祭たちがジリジリと包囲網を形成している……大の、大人が。

 捕まったら最後、厄介なことになるのは目に見えている。

 エルドラがそっと目くばせしてきた。


 うん、そうだね。

 逃げるの一択だね。


 【敏捷(AGI)】を駆使して、彼らの間をすり抜ける。

 ……フレイの説明によれば、私の鎧に搭載している七色の効果で回避やすり抜けに支援効果が載っているらしい。

 レベルが高い相手には通用しないが、司祭たちなら十分だ。


「あっ、逃した!!」

「追いかけろ、逃がすなっ!」

「虹色の鎧だけでいい。他は放っておけ!」


 背後から聞こえる怒号を無視して、私はとっくに遠くに見える仲間たちの背中を追いかけた。

 みんな、早すぎるよ……!!


 しばらく走ったり、バスに飛び乗ったりして誰も追いかけてきていないことを確認した私たちは足を止めた。


「よし、撒いたな」


 ロドモスの声に私はやっと息を吐いた。


 グレニア法国の司祭に追いかけられる日が来るとは思わなかったな。

 今後はなるべく冒険者ギルドに長時間滞在しないようにしよう。


「グレニアの司祭は鈍重だったな。贅沢三昧の毎日を送っているから当然か」

「(なんとなく清貧なイメージがあるんだけど)」

「ユアサ、それは一般信者だけの話だ。司祭どもは高い寄付金を強請っては、その金で豪遊していると聞く。俺の住んでいた村も奴らにめちゃくちゃにされたんだ」


 ヴォルンが歯を食いしばった。

 どうやらヴォルンと唯一神教は確執があるらしい。


 セレガイオンは肩をグルグルとまわしながら、布の上からでもわかるほど満面の笑みを浮かべる。


「しかし、グレニアの司祭どもはなんだって恥を上塗りするようなことをするんだろうな? 俺としては、奴らの情けない姿を拝めて有難い限りだが」

「にゃ。最高司祭の為なら、やつらはなんでもするだろうさ」


 唯一神教は、外側(アウター)の連中に嫌われているようだ。

 そりゃあ人間至上主義を掲げる団体だから、他の種族からの評判はあまり良くないのだろう。


「ふん、厄介かつ低俗な連中に目をつけられたものだな。まあ、この面子なら致し方ないところもあるが……」

「そういや、あいつら妙にユアサのことを気にしていたな。やっぱり光るからか?」


 セレガイオンとエルドラが私を見る。

 鎧の光は弱めているとはいえ、ぼんやりと光って見えるのだからまあ目立つ。


「……その紋章ーー」


 私の胸元に視線を落としたエルドラが何かを言いかけた矢先、セレガイオンが伸びをしながら遮った。


「まあ、いっか。時間が解決するだろ。それより、そろそろ時間だぜ」


 慌ててスマホの時計を見る。

 空港近くにいるとはいえ、飛行機の出発まであと一時間を切っていた。

 この便を逃すと、次の飛行機は半日後の出発となる。


 私たちは慌てて荷物をかき集め、空港行きのバスに飛び乗った。




◇ ◆ ◇ ◆



 冒険者ギルドの扉を乱暴に開け放ちながら、一人の男が最高司祭にだけ纏うことが許される法衣を蹴って大通りを歩く。


「『ユアサカナデ』……よくも最高司祭であるこの私をコケにしてくれましたね」


 幼少の悪癖である親指の爪をガリガリと噛み砕きながら、進行方向にいた通行人にどんとぶつかる。

 彼は謝罪することなく、いやむしろ『なんでこの私が歩く先をボケッと突っ立っているのです?』とでも言わんばかりに白んだ目を向け、すぐに興味をなくして歩き出す。

 歩きスマホ禁止と掲げるポスターを無視してスマホを法衣から取り出し、アルバムアプリを起動して直近の写真を最大画面に表示させる。


「この紋章を、いったいどこで手に入れた……? それに、ダークエルフや悪夢人や吸血鬼の雇用。我々への宣戦布告か、それとも挑戦か。ドラゴンを討伐した程度のことで思い上がった英雄気取りめ」


 ぺっと爪の破片を道端に吐き捨てる。

 道端への痰の吐き捨て禁止を謳うポスターの横を平然と通り過ぎる。


 通行人の誰もが『うわ……』と距離を取った。

 どう見ても関わりたくない性格の持ち主であることは、その苛立ちを隠さない表情と肩で風を切る姿から明らかだった。


 通行人が続々と通路を開ける光景を見て、司祭レノルは鼻で笑う。


 脳内で思い描くのは故郷のグレニア法国。

 荘厳な神殿で生まれながら神の道を歩む彼を誰もが恭しく見守り、時には熱のこもった視線を向けていた。

 この日本とかいう蛮国に、最高司祭を畏れ敬うのも酷な話である。なにせ、彼らには偉大なる神の加護がないのだから信仰もない。

 ゆえに、神に最も愛された最高司祭が哀れな家畜を救済に訪れたのだ。


 ところがどうだ。

 この国は同性愛や奴隷を推奨するハイエルフの帝国ほどではないが、未成年者の不純異性交遊が跋扈している。

 SNSを見れば、幼児や動物に不埒な感情を抱く邪な男がわんさかといるし、それを『神絵師』と崇める下衆な輩に溢れている。

 この国は浄化されなければならない。

 帝国を御した後、我々の素晴らしい教えをこの国にも届けなければなるまいて……


 向かいを歩いていた通行人は最高司祭レノルを見て、ぎょっとしながら慌てて角を曲がって鉢合わせになるのを防ぐ。

 何故なら、彼の背後には似たような服装をした男たちがずらりと並んでいたからだ。

 ……どう見てもやばい集団である。


「すみません、そこの白い服を着たお兄さん!」


 しかし、その最高司祭レノルに声をかける人物がいた。

 紺色の制服に防弾ジャケットを着用し、腰に警棒をさした人物。

 そう、我らが法の番人こと『おまわりさん』である。


「今、歩きスマホと道路に唾を吐きましたね。さらに通行人とぶつかっていましたね。これらは如月市の景観保護法で定めている迷惑行為に抵触します」


 正義感に燃えるおまわりさんの目を、司祭レノルは煩わしそうに見やった。

 それから、背後に立っていた司祭に向けて顎で指示する。


「はあ……司祭、例のものを」

「かしこまりました」


 司祭が懐から小袋を取り出し、そっとおまわりさんに渡そうとした。


「いえ、受け取りませんよ?」

「強欲なやつめ。さらに欲しいのかーー」

「ですので、賄賂を受け取ることは禁止されていますので額の問題ではありません」


 キッパリと断るおまわりさん。

 例えニュースで警察の汚職や不祥事が取り上げられても、地道に正義を執行するおまわりさん。

 彼の肩には、この地域の治安が懸かっているのだ。


「それに、もう今月に入ってから十度目の注意ですよ。異世界からお越しになったとはいえ、この地域に定められたルールを守ってもらわないと」


 おまわりさんはため息を吐きながら、違反切符をいそいそと作り始める。

 それを司祭レノルは苦い顔で眺めた。


「前々回までは口頭注意で済ませましたけど、もうダメですからね。これ、警察署でちゃんと払ってくださいね」


 そうして、司祭レノルは罰金額が書かれた違反切符を手に入れたのだった。


「…………おのれ、『ユアサカナデ』め。必ずギャフンと言わせてやるからな」

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