第三話 防具を作る職人を探そう!
煩雑な書類仕事を終えた私は、イマイチ回らない頭で冒険者ギルド三階にある職人広場を訪れていた。
目的はブルードラゴンと戦っても耐えられるような防具を作れる職人探しだ。
背後にいる「赤」「青」「緑」「金」と主張して止まない連中は無視。
もう何色でもいいから子供じみた喧嘩をやめてほしい。
ヴォルンのおすすめする職人を探していると、物陰から飛び出した小さな影に思わず足を止めた。
「なあ、あんた。今、ここらで噂になっている『ユアサカナデ』だろ!? あんたの防具、あたいに作らせてくれ!!」
足にぐわしと抱きついてきた角の生えた女の子は、そう叫んで人とは思えない膂力でしがみついている。
面頬の下で自分の眉が下がっていくのを実感する。
どうしようか。
作業着を着用しているが、職人であることを示す腕章はない。
「(職人以外には依頼できない約束なんだ。ごめんね)」
断りを入れても女の子はしがみついて離れない。
エルドラが首根っこを掴んでも腕から力を抜くことはない。
先に衣服がビリビリと嫌な音を立て始めたので、エルドラがパッと手を離した。
「あたいだって職人なんだ。職人になるためにこれまで六十年間、頑張って修行してきたんだ。それなのに、あたいが悪夢人だからって取得したばっかりの腕章をグレニア法国のイカレ司祭が奪ってったんだ! それも数分前に!!」
……グレニア法国の司祭が、奪っていった?
グレニア法国出身の冒険者はいたけれど、神官が冒険者ギルドに来ているなんてーー
「おやおや、下等生物がまた騒いでいる声がしたので来てみれば……」
背後からきんきんと耳障りな男の声がする。
「退きたまえ」とか「野蛮な冒険者め」とかいかにもトラブルを巻き起こしそうな言葉が聞こえる。
「先程の下等生物め、ここは冒険者ギルドであって動物園でもなければ魔物牧場でもない。駆除される前にさっさと立ち去れ」
動く度にジャラジャラと装飾品が揺れ、照明に照らされてちかちかと眩しい。
長い裾は辛うじて地面に引き摺らない程度で、貼り付けたような笑みを口元に浮かべている。
グレニア法国で信仰されている唯一神の司祭だとすぐに分かった。
「おっと、皆さんはお気になさらず。コレは人によく似た存在ではありますが、魔物に区分されているものですから……おや、そこにいるのは穢らわしい吸血鬼に悪夢人に、なんとダークエルフまで!?」
あーーーーーー、めんどくせーーーーー!!!!
また揉め事の気配〜!!!!
「これはさらに驚いた。引きこもって自堕落で怠惰な種族で同じみの傲慢なハイエルフのお方までいらっしゃる! さながらパレードでもお開きになるつもりですか?」
大袈裟な身振り手振りで全方面に喧嘩を売るグレニア法国の司祭。
周りが苦笑いしていたり、頬の筋肉を痙攣させていることに気がついていない様子だ。
なにせ、彼の背後にいる数人の司祭たちは「正義はこちら側にある」と確信した様子で胸を張っているから。
「地球人は博愛主義な方が多いとは聞いていましたが、まさか家畜にも劣る魔物にまで慈悲をかけーー」
私、こいつのことは嫌いだわ。
なんか分かんないけど、物凄くむしゃくしゃする。
そりゃエルドラも家畜呼ばわりしてきたことはあったけど、『家畜以下』とか『人じゃない』とか悪意を持って見下してくることはなかった……と思う。
それに、『駆除』と言った脅しを使ったり、相手の持ち物を奪ったりもしなかった。
「(この人の腕章を奪ったのはあなたですか?)」
魔力操作で文字を描いて問いかけたところ……。
彼はコテンと首を傾げる。
「奪った? それは人聞きが悪いですね。この腕章を魔物が持っていたので回収しただけです。それに魔物に対して甘い顔をしている貴方も危機意識が足りていませんよ」
うわ、こっちにまで説教してきた。
もう顔が『この私が導いて差し上げないと!』とでも言いたげな自信に満ちた表情をしているもの。
「良いですか。まず悪夢人というのはーー」
「(あ、結構です)」
面倒ごとの気配を察知した私は、【敏捷】をフルに駆使して腕章を奪い返す。
突然のことに司祭は目を見開くことしかできなかった。
「(じゃあ、お仕事の話をしようか)」
職人の女の子に腕章を渡す。
先ほどまで「あんちくしょう!」とか「腕章を返せ!」と叫んでいたのに、ポカンとした顔で私を見上げている。
どうやらドワーフの悪夢人らしく、カローラとよく似た丸い目がまん丸になるまで見開いていた。
あの手の輩は議論などしてもすぐに激昂してこちらを詰ってくる。
腕章を奪ったと認めたし、被害者の証言もあるので多少強引ではあったが奪い返しても問題にならないと判断した。
実際、何人かの職人が「よくやった!!」と拍手しているから、なにかあったら彼らが庇ってくれるだろう。
「な、な、な、なんということをっ。いいですか、私はグレニア法国の最高司祭レノルーー」
「(防御力と耐性さえあればいい。だいたいの予算はコレぐらいの金額)」
「そ、そういう条件なら全然大丈夫だ! 是非ともあたいに任せてくれ!!」
「(よしよし。いつぐらいに完成しそう?)」
「明日の夜までには一式揃えるよ!」
「(こらこら。無理はしない。一週間ぐらいなら余裕はあるから)」
「この私を無視するんじゃない!!」
職人と打ち合わせをしていたら、司祭が大声をあげて邪魔をしてきた。
私はそちらの方向を見ずに、片手だけをあげてヒラヒラと振る。
外側でも地球でもこのジェスチャーは『あっち行け』を意味するのだ。
肩を震わせる気配がしたが無視。
すると、司祭の背後に控えていた青年がそっと彼に耳打ちをする。
「レノル司祭様、お取り込み中申し訳ありません。そろそろお時間が……」
「ああ、もうそんな時間ですか。今のところは引き下がりましょう、ユアサカナデ。ですが、この代償は高くつきますよ。我々グレニア法国こそが正義なのですから」
クルリと背中を向けて歩き出す司祭。
なんちゅう悪役じみた台詞を吐くんだろうか。
私はもう一度『あっち行け』のジェスチャーをした。
職人の女の子は舌を出して『あっかんべー』、セレガイオンたちは鼻で笑い、エルドラは「なんだ、あの小僧は。初対面にあの口の利き方をするとはデビュタント前か」と呆れていた。
デビュタントが何かは知らないが、多分きっとハイエルフの皮肉だろう。
「さてさて、あんないけすかない男は放っておいて。依頼の話を詰めよっ! あたいの工房はこの先にあるんだ……おっと、自己紹介を忘れていたね。あたいの名はフレイ。銀鉄の山生まれ、水銀の里育ちで職人の階級は『白銀』だ」
「(私はAランク冒険者の湯浅奏だ)」
私は冒険者カード、フレイは腕章を見せ合う。
ちなみに、職人は冒険者よりも階級が細かく区分されていて、半年に一度の大会での成績とギルドへの貢献度で鉱石に準じた階級が与えられる。
フレイの階級は『白銀』。
大会で上位に入賞していることが必須条件だ。
「それで、防具のスタイルや色、素材に要望はあるかい?」
道すがら、フレイが満面の笑みで問いかけた瞬間だった。
「青色がいいと思う」
「いや、ここは赤だ。夕焼けよりも真っ赤でド派手な光る赤!」
「落ち着いた緑だ。癒されたい」
「金色」
四人は相変わらず煩かったし、司祭に向けていたはずの殺気をお互いに飛ばしていた。
「(防御力は最低でも鎧単体で500は欲しいかな)」
「攻撃力とかその他のステータスに補正は?」
「(必要じゃないかな。あればうれしいけど、なくてもやってこれたから)」
「……いいね。いいね。ずっと前からあんたの鎧を作ってみたいと思ってたんだ!」
フレイは拳を握り、スキップを始める。
頼んでおいてあれなんだけども、この殺気が飛び交うなかでよくもまあ平気でスキップできるものだなと感心すると同時に任せて良かったのだろうかと不安になってしまった。
腕前は確かだろうけど、なんというか、嫌な予感が……いや、きっと気のせいだろう。
なにせドワーフは凝り性で誇り高く、粗悪品を生み出すぐらいなら死を選ぶような上昇志向の強い種族。
きっと私の想像を超えるような防具を生み出してくれるに違いない。
大丈夫だよね? 信じてるよ?




