第二十八話 グリーンドラゴンの拿捕
熱界渦雷竜グリーンドラゴン。
その討伐に向けて、私たちは再び富士山頂を訪れていた。
遥か眼下に見える雲海と天高く登った太陽に目を細める。
「緊張してきたか、ヴォルン」
「べつに」
「可愛くねぇやつ!」
揶揄うセレガイオンにそっけないヴォルン。
あの態度も信頼の裏返し……とセレガイオンは語っていた。真相はヴォルンの心の中だ。
「ドラゴン討伐なんて心が躍るな、浅沼、智田!」
「お前、ドラゴン好きだもんなあ」
「ファンタジーといえばドラゴン、ドラゴンといえば手に汗握るバトルと魔法……! エルドラさんの高威力な魔法をこの目でまた見れるかも、えへへへ」
年相応にはしゃぐ『堅実な一手』。
外側には空を飛ぶ臆病トカゲとして嫌われている魔物だが、地球の冒険者には大人気だ。
一度目に比べて人員はかなり増え、私のレベルもかなり上がった。
うん、今の私たちは最強だし、地元じゃブイブイ言わせているから負ける気がしないね。
まあ、私は盾職だから耐えるしかないんだけど。
60レベル。
一年前の私なら絶対に信じない値だ。
それもこれもエルドラが私を各地のダンジョンに連れ回しては、甲斐甲斐しく敵を殲滅して経験値を私の代わりに稼いだから。
おかげさまで防御力がスキル無しで5000近くある。
古代技術で作られた城壁と同じくらいかちこち。
なお、攻撃力は鎧の呪いで相変わらず2のまま。
このなかで弱いやつといえば私だ。
「それじゃあ灰を撒くぞ。灰を撒いたら、フールは安全なところに逃げるからな。死ぬ時は頭部を庇って死ぬんだぞ」
皮袋を手にしたフールが、エルドラの合図を視界に捉えて灰を散布した。
高山に吹き荒ぶ風が灰を攫い、遥か彼方へと運んでいく。
夢の中でレッドドラゴンから聞いた計画とはいえ、グリーンドラゴンは本当に姿を現すのだろうか。
緑色の車体がいくつも人払いを済ませた富士山頂に並べられているという異質な光景にそわそわしながら、エルドラの次の指示を待つ。
もし来なかったらどうしよう。
「ユアサ、『挑発』を使え。奴が気づいたぞ」
「……!」
私は盾を素早く掴み、魔力を流してスキルを使う。
ーーグルルルォォォォォ…………ン…………
強風のなか、微かにドラゴンの咆哮が聞こえた。
莫大な魔力の塊がこちらに向かって一直線に飛んで来ていると感覚的に分かる。
エルドラがその方向を睨むと同時に、私たちの頭に情報が流れ込む。
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グリーンドラゴン レベル:83
生命力:50000
魔力:19000/19000
ステータス:
【筋力】100
【器用】100
【敏捷】1000
【耐久】600
【知力】100
【精神】1000
【魔力】19000
【魔耐】200
固有スキル:言語理解・電磁魔法・天候魔法・四元魔法・高速演算・魔力操作・傲慢
ユニークスキル:竜の系譜・星に巣食う者・精霊体・傲竜ノ導キ・超越者
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レッドドラゴンは物理戦を視野に入れたステータスとスキル構成だったけれど、今回は完全に魔法特化。
【敏捷型魔術師】の火力特化型だ。
魔力がエルドラよりも遥かに多い。
『ふふふ〜ん、ここから鱗の匂いがする。魔力がそんなに高くないからメスかな〜♪』
山頂に吹いていた風が止む。
分厚い雲を引き連れ、姿を現したのは深い緑色の鱗をしたグリーンドラゴン。
小屋ほどの大きさは、かつて対峙したレッドドラゴンに比べれば遥かに小柄ではあるが、その体内に宿した魔力の濃度は凄まじく、内からぼんやりと光ってすらいた。
鱗の隙間から霞が揺めき、擦れるたびに青白い閃光が一筋のジグザグを描く。
物陰に潜み、さらにエルドラの隠匿の魔法まで掛けられた私たちに気づく様子もなく空を飛んでいた。
『うおおおっ、ボクと同じ翡翠の鱗! 小柄なボディに煌めく鱗の可愛い子がこんなに沢山! ひゅ〜、ここがボクのハーレムランドってか〜!?』
……………………???????????
えっ、何言ってるの、あのドラゴン……
いや、レッドドラゴンの話から勝気な性格だとは思っていたけど、えっと、あれ? うーん?
もしかして緑色の車体をドラゴンと勘違いしている、という解釈でいいんだろうか。
待機している仲間たちは『上手く行ったぞ』みたいな表情で拳を握ってるし、計画は順調に進んでいるという解釈でいいんだろうか。
まあ、エルドラの指示を待ちましょう。
『ねえねえ、いいよね? いいよねっ!?』
……なんか、あのドラゴン気持ち悪いな。
二の腕が粟立つというか、生理的嫌悪感を感じると言うか。
レッドドラゴンの影響かな。
私の隣にしゃがんでいたエルドラが指示を出す。
捕縛に使えるスキルを持つ私とエルドラでグリーンドラゴンを迷宮へと引き摺り込む。
これが第一段階だ。
車体に覆い被さった緑色の鱗を持つ魔物に向けて重力魔法『星の鎖』を発動させ、ドラゴンを魔力の鎖で縛り上げる。
さらにその上からエルドラの炎が鎖となって翼を焦がす。
『な、なんだこれぇっ!?』
ぎょっとしたグリーンドラゴンが叫ぶ。
迷宮から伸びた鎖を持つ私を視認して、魔法を放つよりも早く値が200を超えた【筋力】をフルに使って引っ張る。
『ぐわあああっ!!』
がむしゃらに魔法を放ちながら踏ん張ろうとするドラゴン。
だが、ステータスの差は二倍。
こちらはさらに仲間の支援魔法などもあるので、向こうが勝つ道理はない。
拮抗することなくドラゴンの身体は地面の上を滑る。
突き立てた爪は傷跡を生むだけで、抵抗にすらならなかった。
覆い被さっていた車体ごと迷宮に引き摺り込む。
鎖を通じて流れ込んで来た魔力が身体を焼いたが、生命力はそれほど削れていない。
小柄な体躯も相まって、迷宮の小部屋に放り込むことに成功した。
『だああああっ! 調子に乗るなよ、哺乳類ふぜいがあ!!』
バキン、と音を立てて魔法が破られる。
微かに痺れる腕を振って、私は盾を構えた。
『何してくれてんのかな? ねえ、分かる? ボクはキミら程度の低俗な生き物より遥かに格上な存在なの。そんなボクにこんなど畜生が考えたクソみたいな作戦を使ってくれちゃってさあ……死ぬ覚悟、出来てるよねえっ!?』
全身に魔力を漲らせながら、怒りを目に宿してドラゴンは私たちに殺意を込めて睥睨する。
『殺す! お前ら全員ぜぇったいにぶっ殺して死体を野に晒してやるぅっ!!』
迷宮の底、溶岩が流れる洞窟の底でグリーンドラゴン討伐戦が幕を開けた。
いよいよクライマックスです




