第二十六話 深みの洞窟の番人
【深みの洞窟】の探索はこの上なく順調に進んでいた。
魔物の奇襲は事前に防げたし、転移罠を踏むこともなく最深部に辿り着けた。
特に寝起きの悪いエルドラを宥めすかして紅茶を飲ませてご機嫌にした私のファインプレーはなかなかだったな……自画自賛しとこ……!
「ここが最深部か」
洞窟の最深部。
そこには他の迷宮と同じく人工的な作りをした扉があった。
その扉の向こうにいる番人の気配と殺気に浅沼たちは身体を震わせる。いわゆる武者振るいというやつだ。
「扉を開け次第、すぐさま俺が鑑定を行う。初撃はユアサが耐えるから、お前らはどうにかこうにか敵の攻撃を見て避け方でも考えておけ」
「了解です」
「雑すぎる……」
エルドラが的確かつ雑な指示を出す。
それに頷く『堅実な一手』とドン引きする『悪霊の主』たち。
なんだかんだでエルドラの指示が的を外したことはなかったので皆が従う。
細かい指示を出されてもその通りに物事が運ぶとは限らないからね。
「みんな、武器や体の調子はどうだ?」
「『堅実な一手』は武器と体、両方とも損傷はありません!」
「同じく。予備も含めて問題はない」
武器の消耗具合を確認し、番人に挑んでも問題ないと判断した私たちは番人の間へ突入した。
隊列は私を最前列に据えたいつもの並び。
戦闘要員ではないフールは扉の外で聖水を使って魔物除けを施した空間で待機だ。
アンデッド系の魔物が多いので、神官でもあるフールなら問題なく対処できるだろう。
扉を開けるヴォルンとセレガイオンの間を駆け抜けて、盾を構えて『挑発』スキルを発動させる。
その瞬間、盾に激しく弾丸が降り注ぐ。
前方に構えるは二十体の魔物の群れ。
鉄砲を持ち、三段に構えてこちらに向かって一切の躊躇なく引き金を引いては弾を込め直す。
その最中に背後に控えていた魔物が弾を撃つ。
交互に交代するものだから、鉛玉が止む気配はない。
「我らが母なる叡智の神よ、神々のいと深き知識の貯蔵所から敵の秘密を暴きたまえ」
エルドラが素早く詠唱を紡ぐのを火薬と弾丸の中で聞きながら、私は並列思考に命じてスキルを使う。
ここ数ヶ月で驚異的な伸びを見せるスキルを駆使して攻撃をひたすら耐える。
弾丸一発につき、生命力が1%削られている。
どうやら『狙撃』や『急所狙い』といったスキルを噛ませた攻撃らしく、ドラゴンの攻撃に耐えた防御力を貫く。
神聖魔法『リジェネレーション』ですぐさま回復できる範囲なので実質的にはプラマイゼロだが、油断は禁物だ。
「中央にいるヘルメットを被っていない魔物が番人だ! 名は『第4旅団349部隊』、種族はアンデッドで信仰は【堕腐神】ならびに【不滅神】!」
多重信仰か。
魔物らしいと言えば魔物らしいが、それよりも気になるのは魔物たちの名前。
日本兵の格好をしているとは思っていたが、まさか『神々の書斎』に登録されているとは……。
『チッ、やはり冒険者か。スキルを噛ませた攻撃を耐え忍ぶとは化け物め』
魔物のうち一匹が口を開いた。
呻き声ではなく、明確な言葉を使用しての愚痴こぼし。
弾を詰め替える作業をこなす手つきに乱れはない。
エルドラが番人だと指摘した魔物が銃を手に叫ぶ。
『撃て、撃て! あの正面に立つ鎧ではなく、他の連中を狙え!』
『ダメです、隊長。あれ以外を狙って発砲することができません』
『やはりスキルか。手榴弾で巻き込むように攻撃しろ!』
すぐさま私のスキルの仕様を推測して、打開策を考案して実践。
そう、私のスキル『挑発』は、私以外を含めて攻撃できなくなるという便利なスキルではあるが、逆に言えば私を含めた範囲攻撃は可能だ。
投げつけられる手榴弾を盾で弾き返せたのは一度だけ。
爆発寸前に投げつけるように工夫まで凝らしてきたので、さすがにこれは私の手に余る。
〈レッドドラゴンとは違った意味で辛い戦いですな〉
『カバーリング』で後衛たちを庇うが、その分のダメージが生命力を削る。
こいつら、手榴弾の爆発にもスキルを噛ませやがった。おまけに『貫通』も載せているときたもんだ。
「癒やしをもたらしたまえ、『エクステンドヒール』!」
智田の神聖魔法が傷を塞ぐ。
血と火傷で痛む体はすぐさま治り、満タンまで回復する。
手榴弾の攻撃が止んだと思ったら、エルドラの『獄焔』が炸裂した。
吹き荒ぶ爆風のなかを浅沼が駆け抜けて、爆発に怯んだ魔物の群れに斬り込む。
「ハッ、銃を相手に生身で斬り込む日が来るとは思わなかったな!」
素早く魔物の首を斬り飛ばし、返す足取りで銃剣を構える魔物に突っ込んで武器ごと『両断』スキルで攻撃。
二体を屠った浅沼に向けられた銃口は、坂東の槍と盾で防がれる。
「サンキュー、坂東」
「おう!」
言葉少なく会話を切り上げて、次の魔物へと斬りかかっていく二人。
対応できているようなので、あの場は二人に任せて私は後衛を守ることに専念しよう。
浅沼たちが斬り込んだことで、弾丸の雨は止み、代わりに私ではなく後衛を狙う輩が増えた。
『挑発』スキルの効果が切れたので、CTが終了するまでの間は智田とエルドラとロドモスを守らないといけない。
これは辛いかもな、と思っていたらさらに敵に突っ込んでいく前衛二人。
言わずもがな、セレガイオンとヴォルンである。
「前衛がいないとは、愉快な部隊だなぁっ!」
銃弾を剣で弾き、急所以外に弾丸を食らいながらセレガイオンが距離を詰めてスキルを放つ。
『炎牙月衝斬』
直前に負ったダメージを攻撃力に上乗せするという、使い方を誤れば即死まったなしの危険なスキルだ。
一度に三体の魔物を葬り、スキルの余波が炎となって周辺にいた魔物を蝕む。
「無理もない。地球には魔法やスキルがなかったと聞く。遠距離に対抗できるのは遠距離だけだったんだろう」
冷静に返答しながらヴォルンは剣を振るい、氷礫を撒き散らして魔物の動きを封じていく。
力押しな三人と違い、ヴォルンは魔法を用いた搦め手が多い。
師ロドモスの入れ知恵だな。
「……それに、いくら灰さえあれば復活できるからと言って真正面から斬り込むのは俺たちぐらいのものだ。まともな冒険者なら、まずは弾数が尽きるまで撹乱する。で、その後に突撃だ」
そして、賢くて堅実だった。
まあ、エルドラから言わせれば『その段階まで待つ時間が勿体ない』だろう。
このままでは押し切られると判断したのか、魔物たちが近接攻撃に移行し始めた。
『迎撃しろ、死んでも武器は手放すな!』
隊長と呼ばれていた番人が号令をかける。
その喉に魔力が集っている。
間違いない、スキル『号令』と『激励』を組み合わせた支援を放つつもりだ。
『我らが祖国の為にーー』
その言葉に併せて、私は盾に魔力を流す。
使うのは、かつてレッドドラゴンの代名詞でもあった『恩恵強奪』。
一日に一度しか使えないピーキーなスキルだ。
盾に埋め込まれた『血瞳晶』が妖しく光る。
配下の魔物に向かうはずだった支援スキルが、全て私の方に流れた。
……攻撃力が2の私に攻撃力をあげるスキルを使っても焼け石に水、立板に水、つまり対して役に立たない。
2という数字が微動だにしない事実に切なさを覚えた。
『支援が……!』
『隊長、このままでは押し切られます!』
CTが終わったスキルを使ってもう一度ターゲットを私に集中させ、神聖魔法をフルに使って防御力をあげる。
魔物は残り十体。
後衛を狙った弾丸が、軌道を変えて私を鎧の上から穿つ。
激痛を感じても無言を貫けるのは【精神力】のおかげだ。
痛みに怯んで保留しておいた魔法がかき消えるなんてことはないし、のけぞったりして致命的な隙を晒さずに済む。
『ちっ、イカレた化け物め! 総員、突撃!!』
全滅を覚悟した番人が腰に差した日本刀を抜き、配下に指示を出しながら一直線に駆け出す。
その剣を盾で受け止める。
ガリガリと金属が擦れる音が響き、火花が散る。
『鬼畜米兵め、騎士道を地獄の底で学び直して来い!』
窪んだ眼光の奥に青白く揺らめく炎を携えながら、番人は盾の向こうで私を睨みつける。
『我が名は田中昭治。大日本帝国陸軍の兵士だぁっ!』
カースドウェポンと化した日本刀に青白い炎が宿る。
【不滅神】の加護によって、呪怨属性を上乗せされた攻撃が私に振り下ろされようとしたまさにその時。
「『獄焔』」
無慈悲な魔法が私たちを襲った。
漆黒の炎に蝕まれ、苦痛に顔を歪めながら目を釣り上げる田中昭治と名乗った魔物。
『仲間ごと焼くとは、なんという鬼畜の所業……!? いや、違う。始めからこのつもりで敢えて攻撃を受けたのか……』
まあ、エルドラならやると思ってたよ。
だって魔物のなかで一番強い番人が配下から飛び出して斬り切ってきた、この好機。
それをみすみす見逃す彼ではない。
『豪炎耐性』を発動させておいて本当に良かった。
あれ手動だからタイミングを逃すと大変なことになるんだよねえ。
『なんという……おお、口惜しや……敵を目前にして一矢報いることなく死んでしまうとは……天皇陛下に合わせる顔がない……』
そうして、【深みの洞窟】である番人は漆黒の炎に飲み込まれて塵一つ残さず消えた。
配下の魔物たちも怨念に満ちた苦悶の声を放ちながら崩れていく。
長い戦いは終わった。
ハイタッチして勝利を喜ぶような雰囲気じゃないところを除けば、最上に近い勝利だ。
まだ生きていることを噛み締めつつ、『豪炎耐性』を貫いて放たれた魔法で出来た火傷をこっそり治療した。
……エルドラくん、火力をあげたね。
『第4旅団349部隊』はフィクションです。




