第二十四話 三つ巴のパーティー⑤
「どうやらここはA23の小部屋みたいだな。転移罠があったのはD8だったから……最短距離で駆け抜けても四つの小部屋を経由する必要がある」
手元の地図を睨みつけながら、浅沼は渋い表情を浮かべた。
転移罠によって見知らぬ場所に飛ばされた浅沼、坂東、ヴォルン、セレガイオンの四人。
すぐさま周囲を警戒し、魔物の襲撃に備えた。
五体のアンデッドで構成された群れを撃破し、セレガイオンが戦利品を物色している間に浅沼は地図で現在位置を確認している。
「『転移は膨大な魔力を消費する。ましてや俺たちのようなレベルが高い存在であればあるほど、距離や時間が縮まる』……だったか。セレガイオンの言うことが正しければ、俺たちは二層目にいることになるな」
坂東が槍を肩に乗せながら周辺を見回す。
ヴォルンは浅沼の視線に気づいたが、何も言わずに視線を逸らす。
「今は一刻も早く合流するべきだ。この迷宮は変質しているし、残った面子に湯浅さん以外の前衛がいない」
浅沼は地図を丸めながら結論を出す。
「だめだ。もっと慎重になるべきだ」
それに反対する者がいた。
灰のように浅黒い肌をしたセレガイオンである。
「無闇矢鱈と動けばまた転移罠を踏む可能性があがる。すれ違いになったら目も当てられんぞ」
「ここにいてもまた魔物の群れに襲われるだけだ」
浅沼は無意識に右の拳を握りしめる。
魔物の攻撃が掠った右腕に痛みが走った。
不意打ちの攻撃をヴォルンの警告を聞いて凌ぎ、反撃したとはいえ怪我を負ったことは事実。
「いいか、ヴォルンの治癒魔法はあくまでも治癒力上昇の効果しかない。深い傷を治療するとなれば、そのぶんの体力を消耗する」
セレガイオンの言葉に浅沼はぐっと言葉に詰まった。
神を通じて失った血液や損傷を魔力で補填し、さながら時間を巻き戻したかのように再生させる神聖魔法。
対して、治癒魔法は治癒力を活性化させて傷口を塞ぐというもの。純粋な術式だけで損傷に対処するので、完治までに時間がかかるし傷跡も残る。
浅沼が右腕に負った傷が今も痛むのも、まだ傷口が完全に塞がっていない証拠だった。
強くぶつけるか、スキル等を使って力めばたちまちのうちに血が滲むだろう。
失血死するほどではないが、長時間このままでいれば良くないことは明らか。
判断に迷った坂東は、傷跡のある右眉をぽりぽりと掻きながら、セレガイオンに質問を投げかける。
「ロドモスさんは『生命体探知』のスキルを持っているんでしたっけ?」
「ああ。半径5メートル以内であれば、すぐに気づいて駆けつけるはずだ。それにあのハイエルフの派手な魔法さえ聞こえれば、奴らの大まかな位置は分かるだろうよ」
セレガイオンは半ば投げやりに片手を振りながら答えた。
その様子を見て、坂東は眉一つ動かさずに通路の奥に目を向ける。
耳をすませて轟く爆発音が聞こえないかと期待したが、シンとした静寂に身近な仲間たちの身動ぎする音が混じって聞こえるだけ。
「……暇っすね。そうだ、お喋りしましょう」
沈黙と険悪な雰囲気に耐えきれなくなった坂東が真っ先に音をあげた。
繊細な気遣いが苦手な彼は、あれこれ考えるよりも『深く考えずノリと勢いだけで駄弁りたい』性分がここで悪さをした。
「俺は構わんぞ。出会ったばかりだしな。ヴォルンはどうだ?」
「遠慮する」
「つれねぇ奴。昔はよく自分語りをしていーー」
セレガイオンの後頭部に蹴りが飛ぶ。
スキルもなく、ステータスの補正も最低限に押さえたいわば『じゃれつき』に蹴りを食らった本人はけらけらと笑った。
「恥ずかしがるなよ、思春期かぁ〜?」
馴れ馴れしく肩を組むセレガイオンの腕をヴォルンは払い除ける。
「セレガイオン。それ以上からかうなら、次は剣を抜くぞ」
「ひええ、おっかねえなあ。まったく最近の若者はすぐ暴力に頼る」
首を竦めながらなおも戯けるセレガイオン。
そんな彼に舌打ちを漏らして、ヴォルンは苛立ちを隠すことなく腕を組んで通路の奥を睨みつけた。
「セレガイオンさんは、外側のどこ出身なんですか?」
「俺は北極のエクペレ大陸だ。もっとも、今では溶岩に飲まれて生き物も住めない土地になったがな」
坂東は聞き覚えのない地名に首を傾げた。
聖セドラニリ帝国やレドル王国、グレニア法国やパドル諸島連合国などは聞いたことがあっても大陸名を聞いたのは初めてだった。
「正確にはエクペレ大陸北西を仕切っていたオン家の六男だったんだが、火山の噴火で何もかも消えちまってな。俺はたまたま会合で大陸端の港にいたから助かったが、中心部にあった都は壊滅した」
「……それは、その……」
「まあ、さらに奴隷たちの反乱で散り散りになった氏族はほとんど酷い目に遭ったらしいがな。ま、おかげで俺は家のしがらみから解放されて自由に流離っているわけだ」
セレガイオンはからりと過去を語ると、坂東の方を見ながら問いかけた。
「それで、お前さんはなんで冒険者に? この地球ってところじゃ冒険者以外にも金になる仕事があるんだろ?」
「俺たちは『終の極光』に憧れたからですね」
「憧れか。これまた初々しいな!」
ゴーグルの奥でセレガイオンが目を細める。
彼は姿こそ三十路の男に見えるが、長命な種族にありがちな『希望と未来に満ち溢れた若者』を見て元気を貰おうとする典型的な老人だった。
「『終の極光』って言えばあの黒髪のガキだろ? 遠目で見たことはあるが、あれは相当な手練れだ。あの若さで一体どれだけの修羅場を潜り抜けてきたんだか……」
是非とも一戦交えたいと溢すセレガイオン。
その姿に坂東はうんうんと頷く。
「遠藤さんはマジで強いですから。俺と浅沼と智田を相手にして、パフェ食いながら圧勝するぐらい強いしカッコいい!」
「そりゃ本当か!? くぅ〜っ、戦いてぇっ!!」
『遠藤』という共通の話題を見つけ、謎の盛り上がりを見せる二人。
それを浅沼とヴォルンは冷めた目で眺めていた。
そしてふとお互いの存在に気づく。
「………………」
お互いに無言ではあったが、冒険者ギルドの時に見せた剣呑な雰囲気はどこにもなく。
ただ、妙な共感がそこにあった。
「ヴォルンさんはーー」
浅沼に名前を呼ばれたヴォルンは目を見開く。
「敬称は、いらん」
「でも、歳上ですし……」
「俺は今年で14。もう成人している」
浅沼はあんぐりと口を開けた。
それからオウム返しのように14という数字を呟く。
14歳。
日本で言えば、中学二年生に該当する。
浅沼はヴォルンの全身を改めて見つめる。
垂れ目な目尻に泣き黒子、銀髪、長身。
いついかなる時も上がらない口角から放たれる雰囲気はどことなく他者を拒絶する氷を連想させる。
なのに、
「俺たちより歳下じゃん……」
浅沼はヴォルンの発達して六つに割れた腹筋を凝視しながら呟く。
もはや嫉妬の感情すら湧かなかった。
まだ割れる気配のない腹筋をそっと摩る。
視界の端に見えるセレガイオンと坂東の腹筋を見てさらに敗北感を植え付けられた浅沼はがっくりと肩を落とす。
「別に、筋トレサボってるわけじゃないし……贅肉もついてないし……なのになんで、腹筋にこんなにも差が……こんなのおかしい……」
突然ぶつぶつと呟き始めた浅沼をヴォルンは訝しげに見ていたが、追及するほどでもないと思い至って視線を迷宮の奥へと向けた。
◇ ◆ ◇ ◆
「この先にアイツらがいます」
ロドモスが顔をあげると、通路の先を指さした。
耳をすませば、微かに人の話し声が聞こえる。
転移罠で分断されてからすぐ、私たちは前衛組を探すために行動を開始した。
その間に遭遇した魔物は、私が食い止めている間に誤射を気にせず焼き払うといういつものスタイルで処理。
その光景を見ていたフールが『ハイエルフの旦那に脳味噌でも弄られたのか?』と真顔で問いかけてくるほど苛烈だった。
耐性に関係するスキルがもりもり育っていくのを見て、このままでいいのだろうかという不安ばかりが募っていく。
そんな矢先のロドモスの言葉だったので、私は顔を反射的にあげた。
「あ、こっちです」
「おう、遅かったじゃねえか!」
通路を進んだ先、暗闇の中で手を振る坂東の姿。
何故セレガイオンと肩を組んでいるのか分からないが、仲が良さそうでなによりだ。
「……男の価値は筋肉じゃない……中身。中身だから」
ぶつぶつと呟く浅沼。
気味悪そうに距離を取るヴォルン。
カオスな状況だけど、合流できてよかった。
「ふん、ダークエルフがくたばる方に賭けていたがそうでもなかったな」
「へっ、お生憎様。そっちこそ俺がいなくて寂しかったんだろ?」
「気色悪い」
エルドラとセレガイオンは仲良く火花を散らしている。
迷宮の探索を進めるたびに絆が深まっているのを実感するよ。
きっとグリーンドラゴンを討伐した頃にはみんなで川の字になって寝るんじゃないかな。
〈現実逃避しても変わりませんよ〜〉
見たくない現実は、拒否するに限るね。
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これからも執筆頑張ります!
坂東、智田、浅田の順で腹筋が割れてます。
腹筋がどう割れるかは生まれつきで決まるらしいですよ




