第二十話 三つ巴のパーティー①
がやがやと騒々しい冒険者ギルドのホール。
早朝ということもあって、新人冒険者から熟練冒険者まで人でごった返している。
「あっ、湯浅さんとその他のメンバー! こちらのテーブル、空いたところです!! ささ、どうぞどうぞ!!」
こんな時間帯では、テーブルを利用するだけでも一苦労するはずなのだが、紅晶竜レッドドラゴンを討伐した私たちが近づいただけでさっと人が割れるように離れていく。
なんだか無理やり退去させたみたいで申し訳なかったので、とりあえず金を握らせておいた。これでお菓子でもお食べ。
「へへっ、いつもすみません……」
僅かばかりの二千円を片手に笑みを浮かべる大学生冒険者。
勉学を疎かにすると私みたいに色んな奴に言いくるめられて良いように使われるぞ。気をつけろ。
依頼の相談や打ち合わせによく利用されるテーブルと長椅子に威圧感たっぷりの面子が腰掛ける。
ロドモス率いる『悪霊の主』(どう考えても堅気がつけるパーティー名じゃない)
エルドラと私とフールの三人で構成された『聖炎の盾』(厨二病かどうか判断に悩むセンスだけども、ここは譲歩しよう)
浅沼たち高校生三人組が結成した『堅実な一手』(ギルドに提出する前日まで『終焉の一振り』と悩んでいたらしい。智田が折れてもう一つの案が採用された)
想像していた通り、空気は最悪だった。
「それで、お前たちが件の冒険者か」
エルドラの鋭い視線がロドモスたちに向けられる。
眉間に刻まれた皺は谷もかくやというほど深い。
どうみても威圧しているようにしか見えない。
「いかにも。我々はそこの『ユアサカナデ』に雇用された護衛だ」
ぶっきらぼうに言い放つロドモス。
その他二人もエルドラと目線すら合わせようとしない。
浅沼はへの字にしていた口を開いた。
「先日の強盗未遂が許されると思っているのですか?」
「……その件については、既に雇い主を通して謝罪を伝えた。誤解があったとはいえ、若い者にとって俺たちと剣を交えるのはさぞ怖かっただろうな」
「なっ……!? ちっとも怖くなんかなかった! あの程度の攻撃にビビるのなんて、ゴブリンぐらいです!!」
ロドモスがフードの奥でニヤリと笑った。
その顔を見て、浅沼が己の失言に気づく。
「じゃあ、俺たちが同行しても落ち着いて問題に対処できるってことだな。問題解決! さあ、仕事の話をしようじゃないか」
浅沼は苦い顔をして「二度目は無いからな」と呟く。
初っ端からピリピリしている。
出会いが出会いなだけに、そう簡単に嫌悪感は払拭できないか。
そこはロドモスたちに頑張ってもらおう。身から出た錆というものは、信頼で濯ぐしかない。
がんばって、応援してるよ。
「ふん、まだ『仮』だということを忘れるな。今回の【深みの洞窟】で役に立たなかったら、その時点でこの話はナシだ」
「了解している。足を引っ張るようなヘマはしないさ」
依然として睨みつけるエルドラの視線を虫を払う仕草で茶化す。
こういう絡まれ方には慣れているようで、気にかける素振りすらなかった。
「話を迷宮に戻そう。俺たちがこれから潜る予定の【深みの洞窟】は、発見から今日に至るまで半年ほど冒険者が足を踏み入れなかった場所だ」
冒険者ギルドに登録する冒険者は数多くいれど、各地に出現する迷宮に対応できているわけではない。
ここ日本では、法律の兼ね合いもあって迷宮の総数の把握は困難を極めている。
【深みの洞窟】は、土地の所有者が冒険者ギルドへの協力を拒む一派ということもあって暴走が懸念されていた。
どうやら内藤支部長がどうにか交渉に成功したらしい。
その対価に一体どれだけの金を積んだのやら。
「ユアサ、地図を広げてくれ」
エルドラに合図をもらった私は、テーブルの上に迷宮の地図を広げる。
塹壕を飲み込む形で迷宮と化したそこは、複雑に入り組んだ通路と多様な罠が張り巡らされている。
探索するだけでも一苦労しそうだ。
「これまた厄介な仕事をおしつ」
セレガイオンが最後まで発言することもなく、ばこんと殴打音が響く。
音に釣られて顔をあげる。
「彼の発言はお構いなく。どうぞ、お話を続けてください」
ロドモスが杖を振り下ろした体勢を正して、にこやかな笑みを浮かべながら話の続きを促す。
「各階層を細かく探索しながら、魔物を撃破していく。連戦が想定されるから、各自で生命力ポーションを常備しておくように」
発見から今日まで冒険者が立ち入らなかった迷宮だ。
恐らく魔物が群れで行動しているのだろう。種類によってはコミュニティを形成している可能性もある。
「了解した。ユアサ、俺たちの回復は俺たちで担当する。俺たちのことは気にしなくて大丈夫だ」
ロドモスの言葉に私は頷く。
魔法やスキルにおける効果は種族の影響を大きく受ける。
その根拠として、外側の神々が二つの陣営に分かれて争った神話が挙げられる。
レベルというシステムが代理戦争の要として作られたように、スキルや魔法の効果に種族が関係するのだ。
例えば、聖族であるエルドラの神聖魔法による回復は魔族で構成されている『悪霊の主』には効かない。
反対に『悪霊の主』たちがエルドラに神聖魔法をかけても効果はない。
昨日、セレガイオンたちと契約を結んでから軽い怪我の治療を行って実験をしてみたのだが、どうやら私の神聖魔法はそういう枠組みから外れているらしく問題なく効果を発揮した。
多分、前にエルドラが指摘していた『聖女ダージリア』による介入がもたらした恩恵の一つだ。
特殊な効果を持つ魔法がない代わりに、常時使い勝手の良いものになっていると考えれば難しい条件もないので便利かもしれない。
探索の順番や経路を細かく打ち合わせが終わった頃、フールが口を開いた。
「うにゃ、ハイエルフの旦那とツレがお前たちを引き入れたなら、俺はそれに従う。ただ、俺の方が先輩だからきっちり敬うように!」
胸を張るフール。
獣人は年功序列と実力主義を重んじるという。
その傾向は北の島出身の方が強いというが、南の島出身でもそうなのかな。
どちらかと言えば『生きたいように生きて、思うように生きる』を信条としていそうなのだけど。
それを知ってか、知らずか。
『悪霊の主』はフールの言葉を無視した。
「む……!」
フールは一瞬、目を釣り上げたが、すぐに私にもたれ掛かってきた。重い。
その重みと体温はすぐにエルドラの手によってベリっと引き剥がされた。
「三時間後に出発する。それまでに準備をしておけ」
エルドラの言葉に私たちは頷き、準備を整えるために一旦解散することになった。
◇ ◆ ◇ ◆
浅沼率いる『堅実な一手』は、準備を整えるために冒険者ギルドの三階にある商店スペースを訪れていた。
「……納得いかね〜」
注文していた予備の鎧や武器、アイテムを店主から受け取りながら浅沼は呟く。
エルドラの招集に参加した『悪霊の主』を名乗る三人組にあしらわれてからずっと不機嫌だった。
「遠藤さんやアリアさんならともかく、アイツらを仲間にするのはどうなんだろ。なあ、坂東と智田はどう思う?」
坂東が浅沼の問いかけに反応して顔をあげる。
「俺はアリだと思うぜ。確かに俺たちを襲ってきたが、すっぱり諦めた上に、取り上げた武器や防具の返却は求めて来なかった。戦い方も独特だったし、仲間にしておいて損することはないと思うぞ……まあ、信頼はできないが」
「俺たち、あの時は殺そうとしたもんな」
智田が頷く。
襲いかかってきた『悪霊の主』を無力化し、喉元に剣を突きつけて躊躇なく“殺害”を選択した。
それは、周囲の冒険者から強盗の被害に遭ったという体験談を聞いていたこともあったから。
“地球人は争いを避けるために金を払うことに躊躇はなく、処罰も甘い”
そんな風潮が冒険者たちの間で蔓延していた。
『一度でも舐められたら、とことんまでつけあがる。いいか、キッチリと落とし前はつけさせろ』
被害に遭った人々は、若い浅沼たちに口を酸っぱくして忠告したのだ。
三人の中でも浅沼は生真面目な性分だった。
全体的なリーダーはエルドラではあるが、だからといって職務を放棄するつもりは毛頭なく。
遠藤のような頼れるパーティーリーダーを目指して日々奮闘中の彼は、不穏分子に敏感であった。
そして、これは余談だが。
浅沼は『主人公が厄介な敵を見逃す』というストーリーが一番苦手だった。
次に苦手なものは、ギスギスした人間関係を描いた部活動もの、いじめシーンがある作品だ。
「こういうのは不謹慎なのは分かってるが、俺はむしろワクワクしてるぜ」
坂東は笑みを浮かべ、拳を己の掌にぶつける。
また余談で申し訳ないが、彼は敵が味方になって活躍するシーンが大好きだった。
ライバルが主人公を認め、強大な敵に共闘して立ち向かうシーンがあるものならば、拳を握りしめて近所迷惑になるほど歓喜の叫び声をあげてしまう。
「あのフードの魔術師、どう見ても吸血鬼だった……」
智田は杖を握り締めながら、ロドモスの様子を思い出して僅かに口角をあげた。
智田のスマホには吸血鬼が登場するウェブ小説が多数ブックマークされており、愛読するラノベのヒロインは真祖のお嬢様吸血鬼である。
つまり、三人はーーちょっとしたオタク気質を胸に秘めていた。
あらゆる事態を想定し、ルンルンで備え、努力を怠らない。
新進気鋭のパーティーとして内藤支部長が注目する彼らの原点は突き詰めるとそこにあった。
「なにか変な動きをしたら、すぐに叩き斬ってやる……!」
断じて、ヴォルンがモテそうな外見をしていることに対して僻んでいるわけではない。
そう己に言い聞かせ、浅沼は勇んで冒険者を拘束するために開発された魔道具を三つ購入した。
『堅実の一手』は判断が早い。大抵の物事には迅速に対応可能。反面、サキュバスの誘惑に弱い。……うん、気持ちは分かる。
ーー内藤支部長の分析




