表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女冒険者は絶対に引退したい〜Sランクパーティーから追放されたので、これはもう引退するしかないと思います。引き留めないでください!〜  作者: 清水薬子
【熱界渦雷グリーンドラゴンを討伐せよ(ただし手段は問わない)】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/93

第十九話 休日二日目


 昼のピーク時を過ぎたファミレス。

 夏季休暇を目前として試験勉強に励む学生や、デザートに舌鼓をうつ主婦たちがちらほらと見える。


 そんななかで、私はエルドラの向かいに座りながら冷や汗をかいていた。


 『悪霊の主』を引き入れたことを報告した私は、みるみる険しさを増すエルドラの表情に困惑。

 喜ぶとまではいかなくても、どんどんと冷めていくエルドラの表情に『やらかしたのでは?』と焦りが生まれてくる。


 ひとしきり私の話を聞いたエルドラがようやく口を開いた。

 今日は夏日だが、エルドラはハイネックに長ズボンという格好をしている。


「ーーなるほど、つまり三竜討伐に俺の魔法だけでは不安だったと?」

「いや、誰もそんなこと言ってないじゃん。そりゃエルドラの魔法が超強いのは私が保証するけど、その他にも人員が必要になるかと思って……もしかして、余計な事をしちゃった?」


 時間を置いたせいでコップの表面に水滴が浮かんでいる。

 それをおしぼりで拭きながら、すっかり温くなったアイスコーヒーを飲んだ。


悪夢人(カシマール)吸血鬼(ヴァンパイア)、おまけにダークエルフ」

灰精霊人(アッシュ・ワン)だよ。ダークエルフは蔑称なんでしょ?」

「……ふん、イロモノしかいないじゃないか。本当に使えるのか」


 私はエルドラの顔を見つめながら力強く頷いた。


「あの【呪縛の浅瀬】に生息していた番人、リヴァイアサンを撃破したんだよ。灰精霊人(アッシュ・ワン)のセレガイオンは高レベルの【豪炎耐性】を持っていて、さらに神聖魔法を使えるから役に立つよ。吸血鬼(ヴァンパイア)のロドモスはエルドラの獄焔(ヘルフレイム)を回避できる【敏捷(AGI)】があるし、悪夢人(カシマール)のヴォルンは属性攻撃も出来る。おまけに全員が即戦力になる80レベル!」


 拳を握って熱弁する私。

 それに対してエルドラはどんどん冷めた表情へ変わっていく。


「ふん、使い物になるかどうかは俺直々に見極めてやる。使い物にならなかったら……ユアサ、覚悟しておけよ」

「うええっ? まあ、分かったよ」

「あれのどこがいいんだ、まったく。フールを雇ったことに対する報復か?」

「……え? 何の話? 報復?」

「なんでもない」


 エルドラは目頭を揉みながら、目の前に置かれたショートケーキをフォークで切り分けて頬張る。


「何の用事で呼び出したのかと思えば、こんなことか。まったく、俺も暇じゃないんだぞ」


 昨日の夜六時ごろ、「会って話がしたい」というメッセージを送ったら秒で反応を返した人とは思えない台詞だ。

 まあ、でもエルドラは帝国のお仕事もあるらしいし、いきなり予定を捻じ込んでしまったのかも。

 だとしたら、申し訳ない事をしてしまった。


「忙しかったんだ。いきなり連絡してごめん。今日、何か予定でもあったの? 今から解散する?」

「地球の文化を帝国に伝えるために電化製品を買うつもりだった。そうだ、ちょうどいい。俺に付き合え」

「暇だし、夕暮れまでならいいよ」


 私が頷くと、エルドラはキョトンとした顔で私をじっと見つめてきた。


「……いいのか?」

「えっと、ダメだったの?」

「いや、いい。決まりだな。よし、夕暮れまであと四時間はある。時間は有限だ、早く行くぞ」


 最後の一口を食べ終えたエルドラは残りの紅茶を一気に呷る。

 私も残りわずかとなっていたアイスコーヒーを飲み干して、慌てて席から立ち上がって会計に向かうエルドラを追いかけた。


 割り勘の計算を終え、ファミレスを出る。

 茹だるような熱気と湿気が扉の外から熱風となって吹き付けたが、傍らにいるエルドラから涼しい風を感じる。

 此奴、冷却魔法を使っているな?


「それで、どこに向かうの? 電化製品から見ていく?」

「ああ、ここから数分ほど歩いた場所の店に行く」


 颯爽と歩き始めたエルドラの横を小走りで追いかける。


 東京という都会の中でも新宿は建物全てが高い。

 所狭しとビルが立ち並び、空を見上げれば店の看板が色とりどりに太陽光を反射している。


 大手電化製品の看板を掲げる建物の中へ入っていくエルドラに続いて、私も狭い階段を登った。

 扉を開ければ、軽快なBGMと商品をPRする店員の録音された声が耳に飛び込んできた。


「……喧しいな」


 エルドラは店内の騒がしさに眉をひそめたが、すぐさま壁に貼られた店内マップに目を通す。


「女王陛下はパソコンをご所望になった。献上するにあたって、半端なものを選ぶわけにはいかない」

「……それって、かなり責任重大では?」

「差し当たってゲーミングPCならば、女王陛下もご満足いただけることは間違いない」


 パソコンコーナーに向かうエルドラ。

 ふと疑問に思った私は、店内のポップに額を叩かれているエルドラを見上げながら問いかけた。


外側(アウター)って、電気とかネットが通っているの?」

「国の一大事業として、電気等のインフラ整備が押し進められている。数ヶ月以内には、一般家庭にも普及するかもしれんな」

「わあ」


 それはつまり、私が日頃使っているSNSにハイエルフやエルフやその他の外側(アウター)の人々が大量に流入する可能性があるということ。

 電子媒体であっても、スキル『言語理解』の射程内なので何が書いてあるのか一目で分かる。

 ……トラブルが一気に増えそう。


「CPU、メモリ、ハードディスク、まるで暗号みたい」


 パソコンの性能を示す単語の羅列。

 何がどれを指すのかさっぱり忘れてしまったが、多分数字がデカければデカいほどいい。

 『大は小を兼ねる』ともいうし。

 値段は……わお、見なかったことにしよ。


「これだな」


 エルドラは迷わず必要な箱を掴んで、カゴに入れていく。


 ところで、どうして私がカゴを持っているのだろうか。

 至って自然な流れで入店時にカゴを渡され、深く考えずつい癖で受け取ってしまったが、もしかして私を誘ったのは荷物を持たせるため?


 ……まあ、いいか。

 エルドラにはなんだかんだ火力とか人とのコミュニケーションでお世話になってるし。

 【筋力(STR)】が50を超えてから、滅多なことじゃ重さを感じなくなっているから、多少の荷物なら簡単に持ち運べる。


「ああ、そういえば。あの三人はスマホを持っていなかったなあ」


 スマホ以外の連絡手段に配達人や掲示板を使うことが当たり前な外側(アウター)はともかく、この地球では連絡のやり取りにスマホがないと不便だ。

 とりあえず連絡用に買わせよう。


「ユアサ!」

「なに!? そんなに大きい声を出さなくてもちゃんと聞こえるよ」


 エルドラは会計を済ませた商品を魔法で収納すると、腕を組んで私を見下ろす。

 じっと睨みつけるだけで、特に何かを言うわけでもない。

 他に会計を待つ人がいたので、とりあえず腕を引っ張って店を出る。


「……それで、次はどこに行く?」

「次?」

「折角の休日に呼び出したわけだし、地球に来てからエルドラはずっと働きっぱなしなんでしょ。偶には息抜きしてもいいんじゃないかなって思って」


 エルドラは組んでいた腕を解いて、所在なさげに首を片手で摩る。

 『首痛ポーズ』

 イケメンがよくゲームや漫画でやってるポーズだ。


 実際にやる人っているんだ。はえ〜……


「とりあえず、他にやることないなら映画でも見る? 何か面白いものがやっているかどうか分からないけど……」


 遠くに見える映画館を指差すと、エルドラは「そこまで言うならしょうがないな」と笑みを浮かべながら頷く。


 映画館に着いたエルドラはミステリーと恋愛ものを悩んだ末に、ミステリーを選んだ。

 『スマホを落としてしまった』という、情報化社会でヒロインがスマホを落としたことをきっかけにストーカーの恐怖とサイバー犯罪を取り上げた内容だった。


 スタッフロールが流れ、まばらだった観客が外へ出払った頃。

 エルドラは至って真顔で私に問いかけてきた。


「ユアサ、スマホを落とすとあんな事態に巻き込まれるのか?」

「そういうこともあるから、スマホの取り扱いには気をつけようね」


 エルドラは映画館に入る前に購入したドリンクをゴクリと飲んだ。


「怖いな、ネットというものは……これも帝国に報告しておこう」


 メモを取るエルドラの横で、私はひとまず彼の機嫌がなおったことにほっと胸を撫で下ろした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ