第十八話 カルチャーショック!!
遅刻した!
【呪縛の浅瀬】で胡座をかいて座る私と吸血鬼ロドモス。
悪夢人のヴォルンと灰精霊人のセレガイオンが見張りを担当しているらしく、それぞれの武器を片手に周囲を警戒している。
「さて、俺たちはご覧の通り社会の爪弾き者だ。力こそあるが、俺たちを信用して雇いたがるのなんてアンタぐらいだ」
ロドモスはフードの奥からじっと私を見つめて来る。
穴が開きそうなほど見つめられてもリアクションに困るよ……。
「故郷では魔の一族として見られ、ここでは部外者として一括りにされる。自由と平等に満ちていると聞いてやって来てみれば、それをよく思わなかった法国の連中が圧力をかけて今に至るわけだ」
新天地での成り上がりに期待して訪れた異世界が、結局は元の世界と変わらない。
その絶望がどれほどのものなのか、私には想像するしかできない。
「俺たちを傘下に入れるってことは、つまり俺たちに向かう悪意がアンタにも向かう。その点だけは了承してもらうぞ」
私は頷く。
三竜討伐までの我慢と思えば安いものだ。
「そうか。まあ、今更『そんな覚悟はありません』なんて言われても困るからな。念の為に確認しただけだ」
ロドモスは懐から赤い液体で満ちた小瓶を取り出して私に見せた。
「俺は先ほども自己紹介した通り、吸血鬼だ。血を啜り、それを糧とする魔の一族。提示された金額の他に、俺はアンタの血を要求する」
「私の血?」
「吸血鬼にとって、人間の血は甘露なんだ。手に入りにくい上に、日光に対する耐性を獲得できる唯一の手段。命を賭するのに十分な対価だ……少なくとも、俺にとってはな」
血ならなんでもいいのかと思っていたら、人間の血にそんな付加価値があったとは。
これは好都合だ。交渉材料になる。
腕輪から小瓶を取り出し、予備の解体用ナイフと血抜き道具をセットする。
力を抜きながら、ステータスの補正を並列思考に命令して切りつつ、採血針を血管に刺して血を抜く。
その様子をロドモスは紅の瞳でじぃっと見ていた。
視線が合うと、はっと驚いた表情で口を開く。
「それで、なんの話をしていたんだったか……」
「対価の話だね」
「そうそう、対価だ。俺は血が欲しい。とびっきりまろやかな味で、純潔だと俺はとても嬉しい」
小瓶に溜まっていく血をロドモスがチラチラと気にかける。
知能指数が下がっているけれど大丈夫なのかな?
「舌に合うか分からないけど、良ければどうぞ」
「イタダキマス」
ロドモスは恭しい態度で小瓶に溜まった血を受け取った。
一息に飲み込むと、目をカッと見開く。
「爽やかな純潔という香りのなかにフルーティな甘味を感じる!!」
ただの血だよ。
「お、お好みに合ったようでなにより……」
アウトロー三人のリーダー格、ロドモスの懐柔に成功……成功したのかな、これは。
「美味い、美味い!」
「雇い主の前で醜態を晒すな、ポンコツ」
ばこんとヴォルンがロドモスの後頭部を剣の鞘で殴った。
恍惚としていたロドモスが、その言葉と衝撃に慌てて緩んでいた顔を引き締める。
「ーーこほん、話を戻そう。月に一度、君の血と、あとは魔物の血を分けてもらえるなら俺は万々歳だ。俺はともかく、ヴォルンは何か要求はあるか?」
話の矛先を向けられたヴォルンは、ごく平凡なブラウンアッシュの垂れ目を瞬かせた。
数秒ほど考えた後、口を開く。
「……そうだな。僕は他の冒険者と会話もしたくないし、指示されるのはまっぴらごめんだ。その都度、雇い主である君が命令してくれ」
「ん? それ、結局は変わらなくない?」
「面子とプライドの問題だ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「ならそうしようね」
私にはよく分からないが、何か譲れないものがあるらしい。
それに配慮するだけで雇えるなら安いものだ。
「セレガイオンは?」
ロドモスが魔物を警戒している灰精霊人に問いかける。
尋ねられた彼はニッと笑みを浮かべた。
「強者と戦えるならそれで良い。元々、コイツらと連んでいるのも向こうから敵が寄って来るからだからな」
「なるほど。それなら今度、原初の迷宮攻略者として有名な〈最低最悪〉ことアレクセイを紹介してあげよう」
今、中国でマフィアを相手に大立ち回りをしているらしい。
翠花に瀕死になるまで追い詰められたらしいが、元気にカースドアイテムの剣を片手に暴れているとニュースになっていた。
他の連中?
国際ニュースでよく見かけるよ。指名手配の欄で。
「勘弁してくれ。アレは何の大義も目的もない、諸刃の強さだ。あれは強者とは呼ばない」
……やっぱ外側の無法者から見ても評判は良くないんですね、彼。
「そうだな。敢えて言うとすれば、魔物の心臓とカースドアイテムの破壊は任せてくれ。ああいう呪物に込められた怨念や魂は、俺のスキルの糧になる」
そういえば、この迷宮に来る前にそれぞれの種族について調べたなかに、灰精霊人について面白い記述があった。
なんでも、死体に魔力を流して動かしたり、魂に干渉する術式に長けているらしい。
【不滅教】とも関わりがあるとか、ないとか。
カースドアイテムを狙っていたのも、恐らくそういった理由からだろう。
捨てるか、破壊するかの二択しかないアイテムを彼に譲るだけで雇用できるなら安い安い。
「迷宮探索で拾ったら、優先的にセレガイオンさんに渡すよう手配するよ」
話が纏まったところで、ロドモスが立ち上がる。
禍々しい髑髏の杖を握り締めながら、大胆不敵な笑みを浮かべて浅瀬を見つめる。
「さて、先日は敗北して情けない姿を見せたが、我々『悪霊の主』の真の実力をお見せしよう」
海の向こうから、波をかき分けて海竜が姿を現した。
リヴァイアサン。Bランク相当の魔物に指定されているが、海や湖の場合はAランクに繰り上げされることもある。
巨大な鱗を持った海蛇の外見をしていて、一定時間、迷宮の浅瀬で彷徨っていると出現する迷宮の番人だ。
「せっかくの汚名返上と名誉挽回の機会を逃すんじゃないぞ!」
「雇い主の前だ、そっちこそ下手こくんじゃねえぞロドモス!」
「海竜ならば相手にとって不足なし。実力ならばそこらへんの有象無象には負けん!」
ロドモスの号令にヴォルンがバンダナを外し、セレガイオンがゴーグルを装着する。
気合とやる気は十分。
どうやら私に海竜討伐を見ていて欲しいらしい。
有り難く特等席で見学させてもらおうじゃないか。
私は腕輪からコンビニで買ったジュースを啜りながら、目の前で繰り広げられる激戦を眺める準備を整えた。
◇◆◇◆
時間にしておよそ十分。
セレガイオンやヴォルンという火力担当に合わせて、ロドモスも火力を担っている前のめりな構成。
いかにリヴァイアサンといえども、防御力に優れた代わりに生命力が低い魔物は長く持たなかった。
浅瀬を血で赤く染めながら、リヴァイアサンはのたうちまわり、やがて痙攣しつつ沈黙。
辺りにむせ返るほどの血の匂いが充満する。
返り血を浴びたセレガイオンが、剣を軽く振ってまとわりついていた血を落とす。
「ロドモス! いつも通り、心臓は俺に寄越せ」
「血は俺が、鱗はヴォルンの鎧分を確保して、残りは闇市場に売るか」
和気藹々と素材を切り分ける三人。
こうして見ていれば、冒険者ギルドに登録して活動している他の冒険者とそれほど変わらないように思う。
そりゃ血を啜ったりガサツだったりと欠点はあるが、それを言ったら他の冒険者たちだって同じだ。
彼らの間で交わされていた軽口のやり取りから、パーティーを組んで長く活動していたことは分かっていた。
『義賊』とか『犯罪者』とか『モグリ』とか冒険者ギルドや吟遊詩人では色々な単語で彼らを表現していたけれど、中身は私と変わらない…………
「やはり心臓はもぎたてに限るな!」
口元を血塗れにしながら、肉食ゆえに鋭く発達した歯で人の赤子ほどの大きさがあるリヴァイアサンの心臓を貪るセレガイオン。
「人間の血を先に飲んだのは良くなかったな。余計にしょっぱく感じてしまう」
その横では、渋い顔で顎まで滴る血液を手の甲で拭うロドモス。
そんな二人に目もくれずもくもくと剣や防具についた血を拭い落とすヴォルン。
「……………………」
もしかしたら、私はとんでもない連中を引き抜いてしまったかもしれない。
このカルチャーショックが三竜討伐の日まで続かないことを願うばかりだ。
私は迷宮の外に出たら、とりあえずエルドラに話を通しておこうとこれからの予定を立てることで目の前の惨状から意識を逸らした。
アッシュ・ワンと吸血鬼は先天的に疾病に対して強い耐性を持っているので生肉や血を経口摂取しても問題ないです。
なお、ヴォルンはどちらかといえば菜食主義です。なんでやろなあ




