第十七話 雇用や登録はダメでも奉仕活動はセーフ!!
前話に少し文字や描写を足しました。
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休み初日。
冒険者ギルドで情報収集を終え、必要なものをインベントリの魔法が付与された腕輪にしまってから目当ての迷宮に向かう。
【呪縛の浅瀬】ランクBに指定されている、数キロメートルに及ぶ環境型の迷宮だ。
厳重な警備と何層にも張り巡らされたフェンスを潜れば、ようやく波が浅瀬を濡らす音が聞こえた。
視線を動かすまでもなく、原発の汚染水や周辺のゴミが海岸近くに蓄積されている。
一定時間ごとに環境をリセットする迷宮の性質を利用した“次世代型処分法”だ。
そのため、冒険者などの高レベル帯以外は立ち入り禁止に指定されている(なんなら重い罰則が与えられるほど)かなり特殊な迷宮だ。
外側擁護派に企業が多い理由に、迷宮を利用したビジネスの台頭があげられる。
それに反対する環境保護活動家とドロドロの戦いを繰り広げているとかなんとか。
迷宮が誕生する経緯も、また消失する経緯も分からない。
このような依存する処理方法がいつまで保つか。
そんなことを問いかける垂れ幕や抗議活動の怒号を無視して進む。
この迷宮は環境の悪さと魔物の強さから冒険者たちからの人気がない。
倒しづらい上にドロップする武具から手に入る素材まで余り金にならないのだ。
とはいえ、浅瀬に出現する魔物の素材は防具の強化や修繕に使える。
それなのに、冒険者ギルドの三階にある武器防具店では、供給の割にはそこそこ安い値段で購入できるのだ。
店主のドワーフ(カローラの兄)は明言こそしなかったが、とある筋から素材を仕入れていること自白。
その時、なんとなくあのアウトローな三人組が脳裏を過ぎったので足を伸ばしてみることにしてみた。
一歩、踏み出す。
その瞬間に、殺気の篭った視線を迷宮の奥から感じた。
間違いない、彼らがそこにいる。
隠す気が微塵もない威圧を正面から受け止めて、私は迷宮の奥へ進む。
五分もしないうちに海の方から氷の礫が私目掛けて飛んできた。
〈うは、殺意がやばいっすね!!〉
並列思考が喜んでいる。
大抵、戦闘がない時はゲームの事とか考えているもう一人の私だが、戦闘になればいそいそと準備を始めるものだからどうしようもない。
諦めのため息を吐きながら盾を構え、氷の礫を受け流す。
背後から首を狙った直剣の一撃。
頸に痛みが走るけれど、神聖魔法『セイクリッドウォール』と鎧の防御力で切断までには至らなかった。
「チッ、噂以上の頑強さだな……」
素早く私から距離を取る『灰精霊人』の剣士。
浅瀬の方から水飛沫を上げながら『悪夢人』の魔法剣士と吸血鬼の魔術師が姿を現す。
独特な鎧を身につけた灰精霊人の剣士は肩をグルグルと回す。
「さて、先日の報復のつもりだろうが、一人でここにノコノコと来たのが運の尽きだ。今度こそ有り金と装備を全部置いて行ってもらうぜ」
私は片手を挙げてから、魔力操作で文字を描く。
「(美味い話を持ってきた。出来れば武器を納めてくれるとありがたい)」
吸血鬼の魔術師がフードの奥で眉を上げた。
「美味い話? この場で俺たちがそんな見えすいた罠としか思えない話に乗ると思うのか」
私は頷いた。
盾を腕輪にしまって、代わりに一つのアタッシュケースを取り出す。
パチンと留め具を外して、中身がよく見えるように両手で持つ。
その金額、三百万円。
三百枚の札束を百枚単位で束ねたそれは、資本社会に生きる人間ならば誰もが懐に入れたい金額。
「おい、なんだよその大金は……!?」
「クソッ、俺たちも冒険者登録できていればあれぐらい稼げたってことか。見せびらかしやがって……!!」
「血液いっぱい買える……!!」
〈おお、良いリアクション〉
冒険者は稼ぎがいいけれど、その分装備や消耗品の維持費に金がかかる。
その点、カースドアイテムを運用している私は鎧の修繕費はほとんど必要ない。
なので、他の冒険者と違ってお金は溜まる一方なのだ。
猜疑心に満ちていた眼差しから一転、彼らの目の奥に微かな好奇心と欲望がチラつき始めた。
「(なあに、ちょっと倒したい魔物がいるんだけどそれにボランティアという形でお手伝いいただくだけさ。難しい話じゃない)」
「ボランティア……?」
「(これぐらいの金がわんさか手に入る。それは間違いない)」
冒険者登録や雇用が無理なら、社会奉仕していただくという形で引き抜く。
報酬アリのボランティア。
過去に政治的理由から地球に亡命してきた冒険者が国際的批難を免れる為に雇用ではなく奉仕活動のために登用されたことがある。
それに、有用なスキルを持つ逸材を埋もれさせるのは社会の損失だってエルドラが言ってた。
私の企みを聞いていた吸血鬼の魔術師は、恐る恐る私に尋ねてきた。
「だが、それなら正規の冒険者を雇った方が早いだろ」
「(ぶっちゃけ、人員が何故か集まらなくて。深刻な人手不足です)」
「「「あぁ、そりゃハイエルフがいるならなあ……」」」
ん?
やっぱり人が集まらないのはエルドラの所為?
「ハイエルフのクソ野郎と組みたがるのは呑気な地球人ぐらいだぜ」
「アイツら、息を吸うのと同じぐらい見下してくるからなあ」
「ハイエルフの血はマジで不味い」
吸血鬼の言い分はともかく、ハイエルフの嫌われっぷりは尋常じゃない。
初対面のあの感じで出会う人全てに接していると見て間違いはなさそうだ。
この調子で三竜討伐なんて出来るんですかね?
「ふむ、そちらの事情は分かった。確かに魅力的な提案であると言える。大手を振って迷宮に出入りできるなら、それに越したことはない。だが、素顔も見せずに俺たちを金だけで利用しようというのはちょっと都合が良すぎるんじゃないか?」
…………あらやだ、エルドラより色々と“ちゃんと”してるわこの子たち。
あの子、顔も声も知らない相手を息子にしようとしていたもんね。
「(顔を見せれば提案を受け入れてくれると?)」
「ああ。なんでも、ユアサカナデは素顔を見せずに活動する冒険者なんだろ? その顔を俺たちに見せるってことは信頼の前払いとして解釈できる」
「(ええ?)」
顔を見せる?
それはなんか嫌だなあ。
渋っていると、灰精霊人の剣士が馴れ馴れしく肩を組んできた。
「安心しろって。どんなに顔に自信がなくっても、俺たちは笑わないぜ? お互い、弱みを見せ合ってこそ信頼関係は成り立つって言うだろ?」
まるで意味が分からないが、他人の弱みでも見つけないと安心できない類の性格なんだろう。
かわいそうに。
「そうそう。契約するなら顔ぐらいは見せないと」
吸血鬼の魔術師はニヤニヤと笑っている。
悪夢人はその光景を嫌そうに見ていた。
「(顔を見た後でやっぱりナシなんて言うなよ)」
「祖霊に誓ってもいいぜ。あの『ユアサカナデ』の顔を見れるなら、それでいいぜ。むしろお釣りが来るくらいだ」
布の下でニヤニヤ笑っているのが見て取れる。
はなからそれが狙いか。
私は顔を見せるデメリットと彼らを逃すデメリットを天秤にかけ、ひとしきり悩んでから兜を脱ぐ決断をした。
三竜を討伐してエルドラが帰国したら、冒険者を引退するつもりだし、彼らに提案した以上は顔を見せるのが筋だと思ったからだ。
それに、ここは立ち入るのも難しい迷宮。
他の冒険者に目撃されることもないだろう。
両手で兜を脱ぐ。
あっさりと脱いだ事に彼らは目を丸くして、それから私の顔を見て失礼にもジロジロと眺め回してきた。
「ほお、女とは思わなかったぞ」
わざわざゴーグルを外してまで舐め回すように見つめてくる灰精霊人の剣士。
【試練の祠】では顔をよく見なかったけれど、顔に戦化粧の刺青を入れていた。
燃え盛る炎を抽象化したデザインだ。
「顔を見せてもらった以上は、アンタの言う提案に乗っかろう。自己紹介が遅れたな。俺の名前はセレガイオンだ」
私の背中をバシバシと叩きながら灰精霊人はセレガイオンと名乗った。
「まあ、俺たちに断る理由はない。昨日、逃してもらった恩があるからな。僕は見ての通り悪夢人のヴォルンだ」
バンダナをずらして捻れた角を見せる。
悪夢人にとって自ら角を見せるのは信頼の証らしい。
「……まさか本当に顔を見せるとはね。分かったよ、さすがは『ユアサカナデ』原初の迷宮攻略者。俺たちの度量で推測できるはずもなかったか。俺の名前はロドモス、吸血鬼だ。血を啜る化け物で良ければ力を貸そう」
血のように赤い瞳を爛々とフードの奥で輝かせながらロドモスはセレガイオンに顎で指示を出す。
「セレガイオン、シートを広げろ。昼食がてら、詳しい話でもしながら条件を詰めようじゃないか」
なんか、顔を見せただけで態度が軟化したなあ。
私は座り慣れない外側産の毛皮をなめしたシートに腰を下ろしながら、向かいに座った彼らと今後の予定を立てることにしたのだった。
名前の由来
セレガイオン→血の息子
ヴォルン→黒
ロドモス→高潔の薄暗がり
わりかし調べてから適当に名付ける




