第十六話 協定
9/25 02:00 一部改稿しました。
【試練の祠】は確認されているなかで、二十層が最深部。
最後の番人の間を守る炎の精霊サラマンダー。
蜥蜴のような姿をしているが、その体躯は人の三倍ほどはある。
吐き出す炎は鉄すら秒で溶かしてしまうほどに熱く、並大抵の防具や支援魔法では防げない。
しかし、エルドラの誤射の所為で『豪炎耐性』を取得している私と坂東には通用しなかった。
レベルアップしたうえに、エルドラという超高火力な魔術師がいるパーティーが今更この程度の魔物に遅れを取る道理はなく。
絶命時に炎を撒き散らし、この世界に顕現する際に依代としていた武具を地面に落とした。
戦闘終了を耳ざとく聞きつけたフールと合流。
「よっしゃ、レベルアップ!」
拳を握りしめる浅沼。
坂東と智田はそれを羨ましそうに眺めていた。
魔物を攻撃する回数が多い浅沼が、三人の中で抜きん出てレベルが高くなった。
他二人は遅れつつも順調に成長している。
私は構えていた盾を腕輪にしまいながら、背後の扉が開く気配がないことに胸を撫で下ろしていた。
どうやらあのアウトロー冒険者三人組は追跡を諦めてくれたらしい。
「うにゃにゃ、こっちは刀剣スキル強化の籠手、こっちは豪雷耐性スキル強化の盾だ」
鑑定を済ませたフールが、武具に付与された魔法を告げる。
刀剣スキルは浅沼に、豪雷耐性は坂東に渡された。
どれも熱界渦雷竜と戦う際には必要になる。
目当てのものを引き当てたエルドラはざっと頭の中で計算したのか、少し渋い顔をして「金額が足りんな」と呟く。
グリーンドラゴン討伐に向けて必要になるものが高額らしい。
「まあ、いい。今回は引きが良かっただけのこと。他にも金策に特化した迷宮もある。とりあえず今日は冒険者ギルドに戻るぞ」
先導するエルドラに追従しながら、私たちは【試練の祠】最深部から直通で出入り口に戻れる通路を進むのだった。
そうして二日ぶりの外に出た私たちは、太陽の眩しさに目を細めながら如月市に戻った。
がやがやと騒がしい冒険者ギルド。
換金の手続きを済ませた私たちは、ホールに設置された歓談用のテーブルと椅子に腰掛けながら、エルドラの話に耳を傾けていた。
「グリーンドラゴンの討伐にユアサの作戦を採用する……非常に不本意だが……」
エルドラが苦虫を噛み潰した顔でテーブルの上に様々な車種が映った写真を広げる。
どれも深緑色のペイントが施された車だ。
値段の幅も広く、お手頃価格から家賃を凌駕するものまで多種多様。
なんで不本意なんだろうか。
金額?
あれだけ稼いでも足りない作戦だとは思わなかった。
レッドドラゴンもとんでもない作戦を入れ知恵してくれたものだ。
今度夢に出てきたら文句を言おう。
「差し当たって、どの車種が向いているのか分からないから手当たり次第に購入する必要があるのだが……」
「(車って買うのに車庫証明とか車検とか必要なんじゃなかったっけ?)」
「フレームだけなら煩雑な手続きは必要ない」
なるほど、と私は納得する。
そもそも免許も持っていないので、詳しいことは知らないのだ。
「車の購入代金はどうにか工面できたが、次は富士山頂までの搬入がな。トラックで搬入すると金がかかるし、かといってインベントリの魔法を付与したアイテムで運び入れるとしても個数が足りない」
エルドラの言葉を聞いて、私は左腕に嵌めた腕輪に視線を落とす。
魔法が付与された武具で全身を覆うことは、あまり良くないとされている。
何故なら、魔法同士が反発しあって予期しない事態を引き起こすことがあるからだ。
昔、練金効果を高める装備で全身を固めた錬金術師が、いざ薬を調合しようと薬品同士を混ぜた結果、生まれた魔物がスライムと言われている。
今では、どの迷宮にも必ず出現する厄介な魔物だ。
このように、欲張って魔法付与を着用しまくると取り返しのつかないことになってしまうから気をつけなくてはいけない。
搬入が問題となっているなら、スキル『アイテムボックス』を持つ素晴らしい人材を登用すればいいこと。
私はエルドラにとある提案をした。
「(フールを正式に雇えばいいんじゃない?)」
「ぐ、ぐぬぬぬ……!」
エルドラはテーブルの上で拳を握りしめる。
フールの有用性を知っているのに、それでも何故か雇用を渋るエルドラ。
「いつでも雇用をお待ちしていますぜ、ハイエルフの旦那! もちろん、俺は謙虚ですから五番目でも六番目でも構いません! ねえ、無口なユアサさん、俺って謙虚で可愛いでしょ?」
私にしなだれかかりながら喉をゴロゴロ鳴らすフール。
重いからやめてくれ。
あとなんで私に媚びてるんだ。
「旦那と呼ぶんじゃない! それにユアサにひっつくな。馴れ馴れしいぞ、このネコ!」
「ご主人様?」
「それもやめろ! 気色悪い!!」
エルドラはすっかりフールのペースに巻き込まれている。
ぎゃーぎゃー騒ぐ彼らを他所に、浅沼たちは車の写真を見つめながら謎のアイコンタクトを送り合っていた。
『ドラゴンカーほにゃらら』とかよく聞き取れない単語を囁いている。なんなんだ、一体。
それから顔を上げて私の方を見て、それぞれ口を開いた。
「ユアサさん……ドラゴンを討伐するためならなんだってやるんですね。尊敬します」
何故か浅沼に尊敬された。
でもどうして頬が引き立っているの? ねえ、なんで??
「えげつないっす。まじヤバい!」
若者特有の語彙力喪失を発症する坂東。
ドン引きする浅沼と対照的に瞳を輝かせている。
「さすがはエルドラさんに一目置かれているだけありますね。僕も見習わないと」
智田に至ってはもうエルドラが理由なんだわ。
一目置かれているっていうか、都合の良いように使われているだけだよ。目を覚まして。
ひとしきりカオスな空間となったが、はっと我に帰ったエルドラが咳払いをする。
「コホン、とにかく明後日までは休みとして、明々後日にはまた迷宮を探索する。今度は【深みの洞窟】の予定だ。各自、用意をしておくように」
エルドラの指令に私たちは頷き、その場で解散することになった。
明後日まで休みになった私は、一人で受付のカウンターで【深みの洞窟】について情報を取り寄せていた。
今日も張り切ったカローラがふんすふんすと鼻を鳴らしながらファイルを私に渡してくる。
「聞きましたか、ユアサさん! なんでもこの辺りで幅を利かせているアウトローがいるらしいですよ。ダークエルフに吸血鬼に悪夢人。冒険者紛いのことをしているとかいないとか!」
聞き覚えのあるフレーズに私は顔をあげる。
【試練の祠】で私たちから装備を強奪しようとした連中だ。
「その正体は義賊だとか、はたまた社会に歯向かう犯罪者だとか噂は絶えません!!」
「(へえ。具体的にどんなことしてるの?)」
「カースドアイテムに乗っ取られて暴走した冒険者をぶちのめしたり、めちゃくちゃ強い魔物を倒したりしているそうです!」
義賊、なのかな?
うーん、外側の連中は倫理観と道徳がゆるゆるだからなあ。
蘇生させるなら殺しても良いとか、どう考えても揉み消しとしか思えないようなことを平気で政府がやったりするもんなあ。
もし外側に放り出されたらストレスで禿げる自信しかない。
「(その噂の出所は?)」
「それはもちろん、さすらいの吟遊詩人ナージャさんです!」
噂の信頼性が一気に下落した。
私の活躍(笑)をそれはもう尾鰭胸鰭までつけるほどに飾り立てて流しまくっている奴なのだ。
動画投稿サイトに手を出して求心的なインフルエンサーになってしまった彼の暴走を止める方法はないと思われる。
「(冒険者の中にそういう連中はいるの?)」
「いえ、グレニア法国との協定で吸血鬼、ダークエルフ、悪夢人の登録は禁止されています。なので、この辺りで活動している例の輩はモグリでしょう」
グレニア法国。
六大神とは別の、唯一神を信仰しているという人間だけで構成された国だ。
エルドラの故郷である帝国と何度か大規模な戦争を繰り返している他にはあまり具体的なことは知らない。
外側のなかでも地球派らしく、色んな支援を受けているとは内藤支部長から聞いていたけれど、協定で禁止していたとは。
冒険者はその制度から超法規的組織として運用されているけど、根幹には外側と地球の差を克服するために結成されている……はずだ。
少なくとも内藤支部長は『使える人材はゴキブリであろうと登用する』タイプの性格なので、あれほど優秀な戦闘技術を持つ彼らを登用しない理由はない。
「(それって、差別に抵触しない?)」
「…………高度な政治的判断、というやつです」
カローラはさっと視線を逸らす。
まあ、どうにでもできず手をこまねく理由は分かる。
グレニア法国は冒険者ギルドの設立から資金援助に人材育成から外側における他国との仲裁まで買ってくれている。
日本が中東地域のように侵略を受けていないのも、グレニア法国が武力を持たない日本に大規模な結界を施して維持しているからだ。
彼らの機嫌を損ねれば、政治問題になるんだろう。
……私には、政治的なことはよく分からないけど。
異世界の日本に対してもそういう協定を持ちかけているってことは、外側に彼らの安息の場所どころか居場所もないことになる。
「(冒険者登録ができないって、かなり致命的なんじゃないかな?)」
「そ、それはそうなんですけど……こればっかりは私の一存でどうにかできるものでもないですし……」
カローラも罪悪感があるのか、モジモジと髪を弄りながら俯く。
たしかに一介の受付嬢には手に余るだろう。
なるほどね。
彼らがゴブリン行為に手を染めていたのは、こういう制度的な締め出しがあったからか。
あれぐらい実力がある人たちがドラゴン討伐に参加してくれたら、私の負担もかなり減るんだけどなあ。
炎への強い耐性、吸血鬼の素早さに悪夢人の魔法適性。
是が非でも欲しいなあ。
あ、そうだ。
冒険者登録がダメでも、あの制度がまだ残ってるなら引き抜けるかも。
「(冒険者ギルドの規則を纏めた冊子、あるかな?)」
カローラは一瞬だけキョトンとした顔を浮かべた後、ポンと両手を叩いて頷く。
「かしこまりました。すぐにお持ちします!」
とたたたっ、と駆けていくカローラ。
さて、赤の他人でもある三人だけども、このまま放置して取り返しのつかないことをされるより、手元に引き摺り込んで私の代わりにエルドラの為に働いてもらおっと。
へへ、こういう悪知恵だけは閃いちゃうんだよねえ!
(どんな手段を使ってでも)勝てば官軍なんですよ




