第十五話 試練の祠④
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ーーガキンッ!
浅沼と坂東が魔法剣士と武器を交差させては、息のあった連携で足止めをこなす。
「おかしいな、この子たちは新人だって聞いたんだけど……う〜ん、目が据わってるんだよなあ」
魔法剣士は苦虫を噛み潰した顔で呪文を詠唱しながら剣を振るう。
剣を包む石礫から推察するに、妖精使い。
傍らに侍らせているのは土を司るノームかな。
初めての魔法に臆することも、初めての対人戦とも思えないほど踏ん切りが早いし、剣を振るうことに躊躇いがない。
若い子って適応力がすごい。こわい。
ーーガンッ
盾に剣がぶつかる。
その音に反応して、盾に埋め込まれた紅色の瞳がぎょろりと剣の持ち主を睨みつけた。
「クソッ、なんだその盾は!? カースドアイテムを運用するとは正気の沙汰とは思えん!」
直剣を構えながら距離を取って逃げようとする剣士を追いかける。
意外と渋い声をしている。もしや男のエルフか?
【敏捷】は向こうがやや早いが、スキル『風圧』と重力魔法を駆使すれば瞬間的とはいえ速度をあげることが可能だ。
「訳の分からないスキルの使い方をしやがって……!」
盾でもう一人の直剣を受け止めつつ肉薄して体力を消耗させる傍ら、智田にスキル『カバーリング』をかけて援護する。
「しかも、盾役か! 信じられん! 地球には馬鹿しかいないと思っていたが、ここまでとは!」
ゴーグルと布に覆われていて表情はよく見えないが、声はどこか嬉しそうだった。
どうやら通り魔な〈最低最悪〉と似たような部類の性格らしい。
精神を高揚させるスキルによって、どんどんとテンションがあがっていくにつれて足捌きが加速していく。
削れる生命力を神聖魔法で回復しつつ、ユニークスキル『堅牢』で斬撃に耐える。
ーードカンッ!
剣士と私がもっとも肉薄した瞬間を狙って、漆黒の炎が爆ぜた。
エルドラの『獄焔』だ。
「仲間ごとだとぉっ!?」
剣士は咄嗟に剣を盾に耐えるが、凄まじい威力の前に体勢を崩す。
その隙を好機と見て、思いっきり剣を握る右手を掴んで背負い投げ。
地面に倒れ込んだところを馬乗りになって押さえつけた。
『豪炎耐性』もないのに目立った火傷がないところを見る限り、どうやら彼はエルフの中でも魔法に強い耐性を持つダークエルフと見て間違いはない。
「ぐあっ! クソッ、離せ!!」
暴れる長身を重力魔法『楔』で固定する。
いかに【筋力】に優れた剣士であろうと、そう簡単には突破できない鎖で雁字搦めにした上で床に固定してやったから、これで無力化したも同然だ。
数が減ったところで盾に魔力を流す。
残る二人の殺気がこちらに向いた。
二人の攻撃力ならば、いかに手数が多くても私がそう簡単に落ちることはないだろう。
「なんだ、これぇっ!?」
「チッ、変なスキルをっ!!」
戸惑った声をあげる魔術師に、すぐさま思考を切り替えて広範囲に氷の礫をばら撒くスキル『アイスバースト』を繰り出した。
防御力に欠ける浅沼を庇いつつ、避け損ねた智田のダメージが私の生命力を削る。
鎧の下で皮膚が強ばり、氷が纏わりつく感覚に顔を顰めた。
〈状態異常:氷結だね。時間経過か炎で解けるよ〉
【筋力】【敏捷】や【器用】などにデバフがかかる状態異常だ。
そもそも殴らない私には関係のない話。
エルドラの『獄焔』が暖かいね。
「クソッ、こいつら何なんだよ!!」
魔法剣士が叫びながら、私に斬りかかる。
盾で受け止めている間に、浅沼がその首筋に手刀を落とした。
ガクンと地面に崩れ落ちる。
もう一人の魔術師は、智田との魔術の撃ち合いに負け、魔力切れを起こして膝をついていた。
魔法剣士から武器を取り上げて猿轡を噛ませて縛り上げる。
冒険者にかかれば簡単に引きちぎられるが、少なくとも時間稼ぎはできる。
「さて、賊のご尊顔でも拝ませてもらおうじゃないか」
エルドラがダークエルフの剣士のゴーグルと布を剥ぐ。
灰のように浅黒い肌に彫りの深い顔立ち。
紅い瞳が今にも射殺さんとばかりにエルドラを睨みつける。
「薄汚いダークエルフめ」
「自らを高貴と名乗るより灰精霊人と名乗る俺たちが謙虚だという点は認めよう。もっとも、傲慢なお前らに比べればドラゴンすらも謙虚になるがな」
不利な状況にも負けずに嫌味を飛ばす剣士。
ダークエルフは蔑称で、彼らは自らのことを『灰精霊人』と呼称する。
ハイエルフとは異なる系統で発生したといわれているが、その歴史は大規模な火山噴火によって灰と溶岩の下に埋もれてしまったそうだ。
世界各地に難民として流れているが、社会から爪弾きにされている。
その理由として、総じて自尊心が高く、戦闘を好む文化に合わせて“人食”が嫌悪感を誘発しやすいからだと外側の本に記載されていた。
「クソッ、なんなんだよあのスキルは……!」
私を睨みつけながら悪態を吐く魔術師。
爆風でフードが取れたことで、その紅色の双眸がよく見えた。
蝋のように青白い肌に赤い瞳と鋭い犬歯。
吸血鬼と呼ばれる種族だ。
元は人間だったことを丸い耳が証明していた。
「うう……」
どうやらもう一人の魔法剣士も目を覚ましたらしい。
己が縛られていると理解するや否や激しく暴れ始めたので押さえつける。
その拍子に、頭部に巻いていたバンダナが取れた。
「…………」
小さな黒い捻れた角が、さらさらとした銀髪をかき分けていた。
『悪夢人』
外側では、母体殺しとして忌み嫌われる存在。
聖族から生まれる魔族、人間がかつて魔王側についたことを現代に知らしめる罪の証。
あらやだ、全員いかにも訳アリじゃん。
「(どうする?)」
「俺たちを襲ってきた以上、このまま野放しにするわけにもいかん。身ぐるみ剥いで置いていくか、ここで始末するか……どちらにしようか」
指先に炎を灯すエルドラ。
後者を選びたがっているのが見て取れる。
「安全のためにも殺すべきだとフールは思う」
手を挙げるフール。
言葉をもう少し選んで欲しかったなあ。
「俺はリーダーに従います」
「俺も」
「同じく」
浅沼たち三人も一切の躊躇なくエルドラを支持する。
「(……そ、そこまでやる必要は、ないんじゃないかなって、思います……)」
躊躇いがちに意見を述べる。
灰精霊人と吸血鬼はともかく、悪夢人を殺すのは良心がとても咎める。
「ユアサ、こういう輩は一度でも甘い顔をすれば思い上がる。ここはきゅっと首の骨を折っておくべきだ」
エルドラの殺意が高い。
慈悲の欠片も見当たらないじゃん。
「(身ぐるみ剥いで放置していいんじゃないかな。取り押さえたのに殺すのは正当防衛の域を逸脱していると思うな)」
エルドラは私の言い分に目を通して、それから深くため息を吐いた。
「ユアサの言い分はよく分かった。しょうがない、ここは無力化して放置するしかあるまい」
何かを言おうとしたの口をそっと手で押さえた。
もごもごと呻いているが、ここは彼ら自身の為にも黙っていてもらおう。
吸血鬼と悪夢人も助かる雰囲気を感じ取ったのか、静かに事の成り行きを見守っている。
「まあ、エルドラさんとユアサさんがそう言うなら……」
浅沼たちも納得してくれた。
フールは渋々といった様子ではあったが、二度目に襲ってきたらその時はきっちりやるということで引き下がってくれた。
神聖魔法『ナレコプシー』を使って三人を眠らせた。
外的要因や殺気を向けると目を覚ましてしまうという、微妙に使いづらい神聖魔法だが、こういう時には役に立つ。
武器を取り上げて彼らを放置した私たちは、彼らが目を覚ます前に迷宮の探索を終えてしまおうと先を急ぐことにしたのだった。
人を殺さずに済んでよかった〜〜〜〜!!!!
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