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女冒険者は絶対に引退したい〜Sランクパーティーから追放されたので、これはもう引退するしかないと思います。引き留めないでください!〜  作者: 清水薬子
【熱界渦雷グリーンドラゴンを討伐せよ(ただし手段は問わない)】

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第十四話 試練の祠③


 十層目の番人が地面に倒れる。

 人の背丈ほどもある大きな狼で、軍用の鎧を身に纏う厄介な魔物だった。

 いそいそと解体に励むフールの横で、私たちは武器や防具の確認がてら集まる。


「どうやら、俺たちを追跡している冒険者のなかに手練れがいるらしい」


 エルドラが苦々しい顔でそう呟いた。

 戦闘中、何かに気づいた様子だったので、何かあったのだろうと予測していた私は腕を組む。


「五層目の扉に仕掛けておいた魔法を解除してこちらに向かっている様子だ」


 続けて放たれたその言葉に浅沼たちが表情を引き締める。


 冒険者ギルドの不手際か、あるいは情報収集になんらかの手違いがあったとして、明らかに何者か(それも高位の魔術師がしかけた魔法)を解除してまで追いかけてきている。

 狙いは私たちが得た魔法が付与された武器防具の類いだろう。


 電撃を帯びた槍、着用するだけで生命力(HP)を回復するネックレス、纏うだけで空が飛べるマント。

 どれも売れば家を一つ買える。


「人との戦闘も想定しておくべきですね」


 新人とは思えない冷静さで智田が答えた。

 その目は驚くほどに据わっている。目つきからしてわかる。彼らはやる時はやるつもりだ。怖いな。


「馬鹿め、落ち着きというものを覚えろ。この地球(テラ)では殺しはご法度だ……一応、な」


 エルドラさん、そこに含みを持たせる必要はないっすよ。殺しはご法度です。


「極力、戦闘は避ける。もっとも、相手が切迫してきた場合はこの限りではないがな」


 他人との戦闘ほど嫌になるものはないからね。

 鉢合わせした時は、だいたい要らない装備とか投げ捨ててその間に逃げていたけれど……、このパーティーだと戦闘に発展しかねない。

 話し合いが通じる相手だといいんだけどなあ。どうなるかなあ。


「追いつかれるよりも先に進めば問題はない」


 ……エルドラ、それが出来るのは君の魔力が桁違いに多いからだよ。


「それもそうですね!」

「なるほど、一理ある」

「シンプルで分かりやすい。気に入ったぜ」


 智田はもう手遅れだ。

 浅沼は何故その理屈で納得してしまうのか理解できないし、坂東は思考停止に陥っている。


「にゃあ、これだけで百万円になる!」


 フールは金のことしか考えていない。

 まともなのは私だけか。


〈イロモノパーティー、ここに極まれり。まともな奴が誰一人いませんね〉


 相変わらず失礼な並列思考は無視するに限るな。


〈ソンナー……〉




◇ ◆ ◇ ◆




 十五層目の番人を倒した時、例の声が聞こえた。


【レベルアップしました】


【スキルポイントを獲得しました】


 遠藤たちと行ったレベリングに比べれば効率は落ちるが、資金繰りも兼ねた迷宮探索なので贅沢は言わない。


「お、レベルアップ。25か」


 浅沼たちは順調にレベルアップを重ね、25に至ったらしい。

 迷うことなくスキルポイントを割り振って目指している冒険者像に必要なものを取得していく。


 浅沼は【敏捷(AGI)】を活かした先制型、坂東は浅沼の防御力を補う盾を担いつつ高火力での反撃を狙う後攻型。

 智田は状況に応じて支援と回復を、余裕があれば魔法での殲滅も担う魔法万能型。

 なにかとバランスの良い三人だ。


 なにより、誤射がない。

 これだけで百点満点に値する。

 問題は、早くも外側(アウター)の常識に馴染み過ぎているところか。

 早いところ常識的な冒険者をあてがって軌道修正させないと。


 頭の中で『常識的な冒険者』をリストアップしているなか(この作業は困難を極めた)、エルドラが出現した宝箱を開けて中身を取り出す。


「……呪文吸収の毛皮ブーツか。これは売却だな」


 側にいたフールが受け取ってスキル『アイテムボックス』に収納する。

 今回の装備の外れ枠が『呪文吸収』。

 ドラゴンの攻撃に呪文は含まれないので、着用しても意味はないのだ。


「早いペースで処理するとは、ハイエルフの旦那もがきんちょも無口もやるなあ。フールの見立てではあと数日は掛かると思ったんだが」

「ふん、戦闘経験も碌にない輩が俺を正しく評価できるわけがないだろう。この程度の迷宮に手こずるようでは帝国魔術師の名折れだ」


 最深部は二十層。番人は炎の精霊、サラマンダー。

 一日でここまで進めたパーティーは片手で数えるぐらいしかいないだろう。

 『終の極光』『森の狩人』『宵闇の詩人』。それらに浅沼たちも名を連ねたのだ。

 本人たちにその自覚はなさそうだけど。


「これはフールも本気を出して夕飯を作る必要がありそうだな」

「貴重な食材を焦がすんじゃないぞ、ネコ」

「にゃあ!」


 はりきるフールを茶化すエルドラ。

 なんだかんだで仲が良さそうな二人。エルドラの皮肉や嫌味を「にゃあ」で全て流すフールは懐が広いのか、あるいは会話そのものを放棄しているのか。

 まあ、モフモフなのでどちらでもいい。

 もふもふは正義。


「ふん、ネコが張り切ると碌なことにならんぞ。今に食材を焦がして大騒ぎするに違いない」


 私の隣に来たエルドラが腕を組みながらそんなことを言ってきた。


「もしこれで食材を台無しにしたら、毛皮を剥いで売り飛ばしてやる」

「(どうした? 機嫌悪いのか?)」

「あのネコ、こともあろうに『今回で役に立ったんだから正式に雇用しろ』と俺に迫ってきやがった」


 フール、君はエルドラにあれだけ突っかかれながらも雇用を迫るほど困窮しているのか。

 もっと快適な職場が他にもあると思うよ。


「『三食昼寝付き』を条件に、アホみたいな賃金で雇えと……クソッ、思い出したら腹が立ってきた」


 もう既に君は怒っていたよ。


「(まあまあ、落ち着きなって。まだ組んだばかりだから頃合いを見て判断すればいいよ)」


 とりあえずエルドラのメンタルケア。

 無難な言葉を選んで、問題解決を先送りにする。


「ふん、それは俺も分かっている。誰彼構わず奴隷にする輩とは違う。選りすぐりの使える奴以外はいらん」


 はえ〜、エルドラは名家の生まれらしいからやっぱり奴隷とか部下に拘りがあるんですねえ。

 彼について行く人は大変な目に遭いそうだ。誤射的な意味で。


「まず俺の魔法に耐えられるぐらいじゃないと駄目だ。煩いのは嫌いだし、落ち着きがないのも好かん」


 婚活相手に希望を突きつけるタイプの面倒くさい発言をかますエルドラ。

 うんうん、そういう理想的な人が見つかるといいね。


「ーーなので、心配はいらないぞユアサ」

「……????」


 あ、やべ。

 全然エルドラの話を聞いていなかった。


「お前のことだ、あの逃亡奴隷を恐れていたのだろう?」

「……????」

「だから先手を打ってマントを与えた、違うか?」

「(違うよ)」


 エルドラは髪をかきあげる。


 他の面々は料理に取り掛かっていたり、魔導書を読んでいたりと思い思いに過ごしているので私たちの会話に耳を傾けている様子はない。


 もう一度、エルドラの発言内容を頭の中で整理する。


 どうやら彼のなかで、何故か私がフールを警戒していることになっていた。

 それで、なんらかの意図を含ませてマントを送ったことになっている。

 なにがどうしてそうなった?


「このパーティーのなかで俺が一番の信頼を寄せているのはユアサだ。そう不安がらずに堂々と胸を張っていろ」

「……????」


 エルドラは、何を言っているのかな?

 私、そんなに不安そうにしてた……?

 心当たりがさっぱりないんだけど。


「にゃあ、晩飯できた!」


 張り切って私たちを呼ぶフールの声を聞いて歩き出すエルドラ。

 呼び止めて質問するほどのことでもないか、と私は思考を切り替えた。


 彼らに近づくとふわりとコンソメの香りがした。

 キャンプセットを広げていたフールが得意げな顔でカップをエルドラに突きつける。


「にゃにゃん、コンソメスープとサンドイッチだぞ。ご主人によく食わせていた料理だ」


 至って普通……というかむしろ美味しい。

 コンソメスープに投入されたソーセージが憎い。

 あらやだこの子、手間のかからない美味しい料理の作り方を知ってるわ。


「む、む……」


 スープを一口飲んだエルドラが呻き声を漏らす。

 どうやらお口に合ったようで、『毛皮にして売り飛ばす』ことをすっかり忘れているようだった。

 胃袋を掴んだフールは尻尾を揺らし、髭を撫でながら勝ち誇る。


「フールの腕前はこんなものじゃない。環境さえ整えば食後のデザートだって用意できる」

「なん、だと……っ!?」

「さあ、フールを雇用しろ。賃金を払え。もちろん三食昼寝付きでな」

「ぐっ……!!」


 目を丸くするエルドラ。

 胃袋を掴まれた彼は早くも陥落寸前だ。

 後輩の前で醜態を晒すな、と私がエルドラに警告しようとした矢先。


 その場にいた全員が近くに置いてあった武器を手に出入り口に通じる扉を睨みつける。

 なお、フールは俊敏に私の背後へ隠れた。


「ちっ、勘が鋭いな。流石は高ランク冒険者か」


 私たちの視線の先には、軽装の鎧を着用した三人組の冒険者の姿があった。

 フードを深く被り、杖を手にした魔術師。

 直剣を手にこちらを睨みつけるゴーグルと鼻まで覆う布で素顔を隠した剣士。

 もう一人は丸盾とレイピアで武装した魔法剣士か。


「賊どもめ、冒険者を狙うとは良い根性をしているじゃないか」


 エルドラが魔力を全身にみなぎらせた。

 バランスの良い構成なだけに、ゴブリン行為に手を染めているところに違和感を覚える。


 その理由はすぐに分かった。

 彼らの装備は一見整っているように見えるが、目を凝らせば傷や血の痕が染み付いている。


 恐らく、“(ゲート)”を越えてやってきた不法入国者。

 冒険者登録もできず、迷宮で拾い集めた武器防具で生計を立てている輩だ。


 エルドラの鋭い殺気に怯むことなく、勝ち気な魔法剣士の少年が吠えた。


「こちらの要求はただ一つ。有り金と武器防具を置いて引き返せ!」


 その咆哮にエルドラが負けじと叫び返す。


「断る! そっちこそ死ぬ覚悟は出来ているんだろうなぁっ!?」


 即座に『獄焔(ヘルフレイム)』を放つ。

 ……それはもう交渉じゃなくて威嚇なんですわ。


 放たれた魔法を間一髪で避ける三人組。

 瞬時に強烈な殺気を放ちながら武器を手に攻撃態勢に移行する。



 こうして、私たちは謎の冒険者三人組とのバチバチに戦闘することになった。


 あれ、戦闘は極力避けるって話じゃなかったっけ?

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