第十三話 試練の祠②
円形の広間、その中央に鎮座する巨大な石の塊。
ゴーレムという魔法技術によって作られた、自立して動く一種の生命体だ。
杖を構えながら、智田は素早く呪文を紡ぐ。
「魔法よ、我らの手に宿りて力となれーー『魔法付与:火炎』」
浅沼のシミターと坂東の長槍を魔力の炎が覆う。
純粋な物理攻撃が通らずとも、武器に魔法を付与することによってゴーレムに対して有効的な一撃を繰り出すことができるのだ。
「しゃあ! 行くぜ!」
浅沼は掛け声と共にスキル『身体強化』を使用して床を蹴る。
敵対行為に反応して行動を始めるゴーレムに向かって先制の一撃。
最近になって習得したという『半月斬』で脚部を斬りつけた。
「ガアアアア!」
原理は不明だが、叫ぶゴーレム。
コアの部分が明滅すると同時に光が頭部に収束していく。
「来るぞ、散開しろ!」
エルドラの命令を合図にゴーレムの正面から跳んで回避。
その瞬間、熱線が迷宮の床を直線上に焦がす。
『魔導ビーム』
魔法なんだか、科学なんだかよく分からないが、とにかく超強力なビームを直線上に放つ攻撃だ。
貫通の属性を持っているらしく、防御力を無視して固定で生命力を削ってくる盾職泣かせの一撃だ。
その攻撃を無事に回避できたことに胸を撫で下ろしつつ、私はやっと盾に魔力を流した。
事前に得た情報では、盾の性能を過信した冒険者がゴーレムの『魔導ビーム』に一瞬で屠られたらしい。恐ろしや。
なお、必殺技らしく一度使うとしばらくは使えないことも確認済みだ。
〈お、スキルの申請がようやく受諾されたよ本体。【叡智神】はこの盾によって魔物を集める行為を『挑発』スキルとして編纂することに決めたらしい〉
並列思考がそう告げると同時に、脳内にあの声が聞こえた。
【スキル『挑発』を取得】
まあ、スキルがあれば盾が壊れても使えるか。
差し詰め、他の冒険者はこの盾を使って熟練度をあげることになるのかな。
そんなことを考えながらも、ゴーレムの攻撃を盾で受け流し、『薙ぎ払』おうとした左腕を重力魔法『星の鎖』で床に縫い付ける。
戦闘中に無駄なことを考えても余裕で魔物の行動に対処できるようになったのも『並列思考』のレベルがカンストしたからかな。
〈詳しいことはこのシステムを構築した本人に聞いてみないと分かんないよ〉
ですよねえ。
妙にゲームのシステムに似ている点でも怪しさしかないし、妙にきな臭いんだよなあ外側。
「湯浅さん、やば……! 全然生命力減ってない!」
簡易的な『鑑定』スキルを使った坂東が目を丸くしながら呟いていた。
私に驚くのか、それとも戦闘に集中するのかどっちかにした方がいいよ。
「えげつないなあ!」
笑いながら同調する浅沼。
いや普通に高速で反復横跳びしながらゴーレムを削る人に言われたくないなあ。
「さすがエルドラさん……!」
智田に関してはもう訳がわからないけどエルドラはすごいのは私も認めるよ。
なにせハイエルフだからね。
今も高笑いしながら誤射を恐れずに魔法をばかすか撃ってるからね。
……もしかして、人が集まらないのってエルドラのせいなのかな?
エルドラは『迷宮の立地が〜』とか『巡り合わせが悪かった〜』とか言って譲らなかったけど、
「ふははは、俺の魔法の前にいつまで立っていられるかな!?」
…………まあ、楽しそうだからいっか。
最近は『いくら鱗の畜生と言えども、そのようなことをするのは……いやしかし、手段を選んでいては……』と頭を抱えていたので、気分転換になったならなによりだ。
浅沼は変態的挙動で炎を避けているし、坂東は智田から『魔法抵抗』の支援魔法と私の『カバーリング』で耐えている。
そろそろ『豪炎耐性』を取得しているかもしれない。
五層目の番人、ゴーレムはほどなくして地面に倒れる。
私には聞こえなかったが、浅沼たちが「レベルアップしたな」と呟いたのが聞こえた。
武器や防具の破損具合を確認しつつ、扉の外で待つフールを呼びに行く。
番人の間は一度でも扉を潜ると、その番人を倒すまで開かない仕組みになっているのだ。
「ぐごぉぉ……ぐごぉぉ……」
扉の向こうでは、フールが仰向けに腹を曝け出しながらいびきをかいている。
迷宮の中で熟睡できるのは一種の才能か。
【微睡神】は快眠する信徒を好むというから、フールは将来的に大物になるだろう。
ぽんぽんと肩を叩いて起こす。
鼻提灯がぱちんと弾けて、目を擦りながらフールが目を覚ました。
「おお、無口か。もう番人を倒したのか、やるなあ」
枕にしていたナップサックを背負い、体に付いた汚れを手で払う。
どうやら『無口』というのは私のあだ名らしい。
エルドラは『ハイエルフの旦那』、浅沼たち三人は『がきんちょ』となかなか失礼な呼び方をしている。
フールを連れながら番人の間に戻り、エルドラたちと合流する。
彼らの手にはマントや兜が握られている。
「ああ、湯浅さん。ちょうど良かった。今、【敏捷】が上昇する装備が手に入ったんです」
浅沼がマントを広げる。
日本人が着込むにはやや丈が長いが、こういう外側の法則で作り上げられた装備品は着用者の身体に合わせて変化するという性質がある。
私は背後に立つフールを指で示した。
浅沼や坂東たちは既に装備を固めているが、彼だけが戦闘に加わらないからと布切れ一枚でここにいる。
獣人ならば、そのマントに付与された魔法が並外れた身体能力の追い風になるだろう。
「え、いいのか? フールがこんなにフカフカのマントを身につけてもいいのか?」
「ユアサがそういうならば、まあいいだろう。効果はそれほどないし、裸でいられるよりはな」
エルドラも私の提案に賛成してくれた。
獣人のなかでも獣種に分類されるフールは、猫が人のように動いているような外見をしている。
裸でいても毛皮に覆われているから特に何も思わないのだけど、外側にとっては違うらしい。
『抜け毛がひどい』とか『服を着ろ』とか通りすがりの冒険者に怒られていたもんね。
「どうだ? 似合うか? 雌にモテると思うか?」
うっきうきでマントを着たフールがくるくる回る。拍手してあげると喜んでいた。
ご機嫌に尻尾を揺らすフールを見守りながら、軽めの昼食を取る。
迷宮初日はコンビニで購入した弁当で済ませる冒険者が多い。次の日から保存食や簡易的な調理で飽きが来ないようにするのだ。
やっぱ、和風ツナマヨは最高だな。まろやかなマヨネーズと醤油のしょっぱさがいい具合にマッチしている。
パリパリの海苔が美味い。
エルドラはメロンパンを食べていた。
どうやら最近は菓子パンにはまったらしい。お気に入りがメロンパンなのだ。
甘党という親近感の湧く一面を垣間見たところで、休憩はお終い。
腹ごしらえを済ませた私たちは、次の番人の間を目指して階下を目指す。
立ち上がったところで、フールがちょいちょいと私の肩を突いてきた。
「どうも他の冒険者が尾行しているらしい。目的は分からんが、嫌な匂いがする。飢えた獣の欲深い匂いだ」
んん?
他の冒険者?
トラブル防止のため、冒険者ギルドが冒険者の情報を管理してバッティングしないようにしているはずなんだけど。
「もしかして、俺たちの戦利品やおこぼれを狙っているんですかね?」
浅沼が懸念事項を口にした。
「チッ、卑しいゴブリンどもめ」
エルドラが舌打ちをする。
魔物と戦うより、他の冒険者が倒して放置した魔物の素材を回収したり、死体を持ち帰って蘇生させて恩を売る行為に励む輩がいる。
地球では『ハイエナ行為』、外側では『ゴブリン行為』として忌み嫌われているのだ。
主に女性だけで構成されたパーティーが被害に遭うことが多く、そんな経緯もあって女性だけで活動しているパーティーは少ない。
「どうします? 引き返します?」
智田がリーダーであるエルドラの判断を仰ぐ。
「戻っても鉢合わせして戦闘になるだけだ。それならば……」
エルドラが番人の扉に指先を向ける。
魔力が錠前の形を取り、出入り口に鍵をかけた。
「迷宮の自動再生が発動するまで鍵をかけておこう」
さらりととんでもない魔法を迷宮にかけたエルドラ。
鍵の掛け外しに関わる魔法は高度な知識と精密な魔力操作がいると聞いていたが、まるで朝飯前だとでも言わんばかりに片手間に終わらせた。
「はえ〜、便利だなあ」
「エルドラさん、凄い!」
感心の声を漏らす坂東に、エルドラを持ち上げる智田。
エルドラは彼らにくるりと背を向ける。
「ふん、この程度なぞ造作もない。さっさと行くぞ、時間は限られているからな」
……エルドラ、口元が緩んでるよ。
君、結構承認欲求が強いタイプだね?
他の冒険者が放置した魔物の素材を集めることは違法ではないけど、忌み嫌われているよ。さらに忌み嫌われているのが『蘇生した』ということを理由に付き纏うストーカー行為だよ。主にエルフの女の子がいるパーティーが狙われがちだよ




