第十二話 試練の祠①
地球で五番目に発見された迷宮。
五の倍数に番人の間が配置、最奥まで一本道という単純な構造から、侵入者に試練を与えているようだと吟遊詩人は歌う。
与えられた銘は【試練の祠】。
出入り口の通路には、小さく簡素な六大神の祠が設けられていることが特徴だ。
「お宝の匂いがしやすぜ!」
猫の獣人フールが荷物を背負いながら鼻をひくつかせる。
お宝に匂いはないはずだが、多分きっと気分を盛り上げる為にそう言っているんだろう。
「ここが【試練の祠】……番人の魔物しか出ないという高難易度の迷宮……」
腰に下げたシミターの柄を撫でる浅沼。
その表情は緊張で強張っている。
「緊張してきたな、武者震いがとまらねぇぜ」
盾の握り心地を確かめながら深呼吸をする坂東。
浅沼よりはリラックスしているのか、その顔には戦いの予感に笑みを浮かべていた。
「術式が……あの場合はああして……」
魔導書を開き、杖を片手に歩きながら読書に励む智田。
これまでは眼鏡をかけていたが、レベルの上昇に伴って視力が回復したことで眼鏡から卒業したらしい。
「世界が、見える……ッ!」と驚愕に目を見開きながら驚いていた彼の顔はなかなか面白かった。
エルドラとフールがそれぞれ崇拝している神に祈りを捧げ終えた頃合いを見計らって、私たちは迷宮へ足を踏み入れた。
迷宮のなかは、古めかしい建物の内部だ。
不可思議な装飾が施された壁に、キラキラと輝く石が嵌め込まれているので視界の確保には困らない。
「これは旧帝国式の建築様式か。博物館でしか見たことがなかったな」
エルドラの話によれば、この内装は千年前に主流だった建築方式が採用されているらしい。
何故そんなものが地球にあるのかと問えば、迷宮は『神々の図書館』からその土地に顕界できる建物や土地の性質を参照するからと答えが返ってきた。
「いつか地球の建物が外側にも存在する日が来るんですかね?」
智田が遥か高い天井を見上げながらエルドラに問う。
「確証はないが、恐らく地球の技術を模倣した迷宮ならば過去にあったと思われる。古代文明か、あるいは未来の技術だと当時の学者は語っていたが、異世界の技術の可能性もここに出てきたわけだ」
実際、物理的な装置だけで動く迷宮が過去に存在したらしい。
もう消滅してしまったらしく、さらに鎖国していたとある亡国のものなので、詳しい資料は残っていないそうな。
隊列は魔物と遭遇する可能性が一番高い私が先頭を、浅沼が武器を手に並び、その背中をフールが不安そうに見守る。さらに後ろで魔術師の智田とエルドラがいつでも魔法を撃てるように構える。
最後尾には重装の坂東が背後を警戒。
【試練の祠】といえども一本道に魔物は出現する。
もっとも警戒するべきは挟み討ちによる後衛への攻撃。
道中の魔物は20レベル帯。
それほど大きな苦労も失敗もなく処理を終え、フールが解体を申し出る。
「魔物の解体は得意なんだ、任せてくれ」
これまでは手間と時間を考慮して換金に向かない素材は放置していたが、フールのスキルと腕があれば持ち運びはグンと楽になる。
器用に安物のナイフを使って人間の体ほどもある狼の毛皮を剥ぎ、桶に血を溜めて肉を捌く。
部位ごとに切り分ける手捌きはなかなかのものだった。
「血など瓶に詰めて何をするつもりだ?」
「これは吸血鬼に売るんでさあ。なんでも地球では人間の血の売買が法律で禁止されているみたいで、食に困っているらしい。いい金になる」
外側の種族のうち、もっとも忌み嫌われながらも社会に組み込まれている。
それが吸血鬼。
日光の下では人並み以下の力しか出せず、定期的に血を摂取しなければ理性を失ってしまうが、長い寿命と影の下でならば魔物に勝る膂力を持つ。
鋭い犬歯と蝋のように青白い肌に血に飢えた赤い瞳。
吸血という捕食行為を媒介に繁殖するそうな。
吸血鬼のルーツを辿ると、かつて罪を犯した【陽光神】の信徒を祖にあるという。
「……強かなネコだな」
「にゃあ」
むせ返るような血の匂いはすぐにフールが『アイテムボックス』に匂いの元を収納することで消える。
しばらく通路を進んだ先に、階下へ続く階段が見えた。
地図によれば、この迷宮はジグザグに下っていく構造になる。
例外として、最下層から一方通行の通路があって一直線に出口に向かうことが出来ることぐらいか。
他の冒険者とかちあうことはないし、番人や宝の取り合いになることはない。
人と争うことほど、不愉快で精神が削られることはないもの。
順調に次々と階下へ続く階段を目指して進む。
四つ目の階段を降りた先に番人の間であることを示す扉が現れた。
「む、見えてきたな」
魔力を温存するために戦闘に加わらなかったエルドラが喜色ばんだ声をあげた。
暇を持て余していたのだろう。
「それじゃあ、フールはここで待つよ。戦いが終わったら呼んでくれ」
フールはリュックから魔物除けの効果を持つ聖水を取り出すと、着色料を混ぜて魔法陣を描き始める。
その陣の真ん中に座り込むとリュックを枕に寝始めた。
迷宮の中で昼寝をするとは、なかなかに肝が据わっている。
「さて、五層目の番人はゴーレムだったな。動きは鈍重、体重に任せた一撃にさえ気をつければ問題はない」
事前に冒険者ギルドで集めた情報を再度共有するエルドラ。
その情報に坂東が智田の方を見やりながら答えた。
「純粋な物理攻撃よりも魔法を付与した一撃が効くという。智田、支援魔法を頼むぜ」
「もちろん任せてくれ。期待以上の成果をご覧に見せよう!」
智田は中指で眼鏡を押し上げようとして、彼は眉間を指でぐいと押した。
その間抜けな姿に私は不安を覚える。大丈夫だろうか。
「空回りすんなよ〜」
ここに至るまでの戦いですっかり緊張が解れた坂東が、揶揄うように智田の肩に手を回す。
三人は仲が良いなあ。
「緊張感のないやつらめ」
マナポーションの予備を確認していたエルドラは、呆れたようにため息を吐く。
それから、彼は顔を引き締めてリーダーらしく場を執り仕切る。
「準備はできたか?」
頷く面々(フールは除く)。
各々の武器を手に番人の間に続く扉を開けた。
異世界にあった迷宮は緑色と青色と白色の線が出入り口を守る透明な板の上に引かれていて、内部にある様々な食材や珍妙な絡繰が丸見えだったそうです。腰の高さほどある場所には人型の魔物がいて、侵入者に向かって「ラッシャッセー!」と叫んで威嚇し、珍妙な四角い箱から触れば火傷するほどの食材を取り出して「貴様を熱々のシチューにしてやる」と暗に仄めかしていたとかなんとか……
怖いですね。




