第十一話 イロモノパーティー爆誕
いつものように冒険者ギルドでこれから向かう迷宮を探していた時のこと。
エルドラが一枚の紙をテーブルの上に置いて私に見せてきた。
『Bランク迷宮:試練の祠』、適性レベル:30の高難易度だ。
五層ごとに番人の間があり、魔法が付与された武器や防具が入手できる。
どうやら探索する冒険者を募集しているらしい。
「(欲しい装備でもあるの?)」
「いいや。この迷宮でレベリングを兼ねて装備を集めて売り払おうかと。良いものがあれば手元に残しておいてもいいかもしれないが……どうだろうか」
エルドラの口から堅実な『冒険者が迷宮に向かう理由』が飛び出して私は思いの外驚いた。
これまではレベル上げだったり、義務感から引き受けた依頼を理由に迷宮に向かって魔物と戦っていた。
純粋な金稼ぎをするために迷宮を探すとはなかなか新鮮。
「前回は新発見かつ場所が僻地にあったから冒険者が集まらなかったが、今回であれば集まるはずだ」
私はエルドラの言葉に頷きながら、ホールでたむろしている『運搬屋』を視界の端に捉える。
主にスキル『アイテムボックス』だったり、調理系のスキルや目利きに関してはエキスパート。
魔法が付与されるアイテムを手に入れるなら、彼らは是非ともパーティーに欲しい。
今回の迷宮ならば、活躍の場は保証されている。
募集をかければ、優秀な人材を確保できるはずだ。
「(今回は大人数で挑む計画?)」
「ああ。グリーンドラゴンの討伐は急務。あと二ヶ月以内には討伐の目処をつけるつもりだ」
「(なら、浅沼たちも誘う? 彼らなら食らい付いていけると思うけど)」
「ふむ。新人を連れて行くにはやや荷が勝っているが……他にあの迷宮に行きたがる輩はいないだろうからな」
エルドラは難色を示したが、他に選択肢がないということで合意した。
実際、三人は経験こそないものの、それをカバーする洞察力や観察眼がある。
全体的に物理火力に乏しい私たちに必要なものを持っているのだ。
迷宮に必要なものや人員について話し合っている私たちに声をかけてくる存在がいた。
「ハイエルフの旦那、ちょいと小耳に挟んだのですが、『試練の祠』に向かうので?」
ボロ布を腰に巻いただけの細い身体つきをした猫の獣人の雄。
鉄の首輪から力任せに引きちぎられた鎖が垂れ下がる。
その鎖にガチャガチャと【微睡教】の聖印が刻まれたアミュレットがぶつかっていた。
エルドラが胡乱な眼差しで睥睨する。
「猫の獣人、しかも奴隷か」
「はい。フールと申します」
地球という新天地に自由や金を求めて流れ着いた冒険者は多くいる。
そんな彼らを商機と捉えて様々な商人が追従した。
奴隷商もそのうちの一つである。
恐らく売買前に逃げ出してきたのであろう猫の獣人は胸を張りながら答えた。
「安心してくだせえ、逃亡奴隷です」
「何一つとして安心できないんだが?」
エルドラが素早くツッコミを入れる。
逃亡奴隷ということは、フールを探している所有者がいるということでもある。
トラブルになりかねない。
エルドラが一際強く難色を示すのも理解できる。
日本では表向き奴隷は禁止されているが、獣人やハーフエルフの奴隷が密かに取引されているなんて噂を聞く。
奴隷を購入して敢えて『首輪を外し、優遇して囲い込んで結婚を迫る』というケースが社会問題として取り沙汰されることが多い。
なお、奴隷による結婚詐欺が横行していたり、異世界結婚での常識違いから殺人事件が起きていたりする。
奴隷は強かなのだ。
「お役に立ちます! こう見えてアイテムを運搬するスキルを取得しているし、日本料理の基礎は押さえているし、微睡教の信徒なので不寝番にうってつけですぜ!!」
微睡神。
安眠と目覚めを司る神であり、獣人から神となった存在。
信徒は快眠を研鑽として積むことで悟りに至る……という地球で今一番信徒が多い宗教だ。
高位の神官ともなれば、熟睡しながら神聖魔法を放つことができるらしい。
ふんすふんすと鼻を鳴らしながら売り込みに励むフール。
「……どうやら本当のようだな」
エルドラが鑑定を使用した結果を前にため息を吐く。
フールの三角耳がぴこぴこと動き、得意げに鼻を鳴らす。
「それで、お前を所有しているのは誰だ?」
「それが半月ほど前に病で倒れてしまいまして。そのまま返らぬ人になってしまったのです」
その言葉を聞いてエルドラが声を潜めて問いかける。
「殺ったのか?」
フールはかぶりを振って否定した。
その拍子にガチャガチャと首輪が鳴る。
「いえ、滅相もない! あれはいい主人でした。【微睡神】の安眠枕に誓って、あれは主人の不摂生が祟ったが故の結末です」
疑惑の眼差しを向ける私たちに、フールは首を横に振りながらここに来た経緯を説明した。
「フールの主人は地球の企業戦士とかいう仕事をしていて、天涯孤独の身だったそうです。主人が死んで、親族だか姪だかが『奴隷なんて信じられない! 私、猫アレルギーなのよ!!』とフールを追い出して…………可哀想なフール、ここで仕事を得られなければ明日にでも飢えて死んでしまう!!」
大袈裟な身振り手振りでめそめそと嘘泣きをするフール。
三毛の毛皮に覆われた手で顔を覆っているが、どう見ても髭の手入れをしているようにしか見えない。
異世界の地球で追い出されたとなれば、それはさぞや苦労の絶えない生活を送ってきたのだろう。
所有権を放棄された奴隷と解釈することもできるが、仮に雇うとしてもエルドラがなんて言うか。
「まあ、いいだろう。ちょうど荷物を運ぶ人員が欲しかったところだ」
「ありがとうごぜぇやす! この爪がボロボロになるまで誠心誠意働かせてもらいます!!(へへ、これでガッポリ稼いで悠々自適な生活の資金にしてやるぜ)」
ぺこぺこと頭を下げるフール。
エルドラから見えないと思って油断して悪どい笑みを浮かべているけれど、背の低い私からバッチリと見えているよ。それと聞こえてるよ。気づいて。
豹の獣人リカルドさんと真逆の性格をしているなあ。
すごく親近感が湧いてきた。
ざっとスキルを確認してみたが、調理系のスキルが多い。
どうやらフールの元主人はこの調理系のスキルに惹かれて購入を決断したらしい。気持ちは分かる。
「あとはアサヌマたちに連絡でもするか」
エルドラはスマホを取り出すと三人のうち誰かの番号に電話をかける。
ワンコールもしないうちに出た。
「ああ、もしもし。俺だ、エルドラだ。迷宮に行く計画をしているんだが、アサヌマたちを誘おうか迷って……分かった。メンバーに入れておく」
通話を終了したエルドラがスマホをしまいながら結果を報告する。
「参加するそうだ。これで人員は確保できたな」
即決すぎませんかね、三人とも。
まあ彼らなら上位の迷宮に挑む機会を逃すとは思えない。
こうして新人三人組、三百年誤射マン、逃亡奴隷と私で構成されたイロモノ六人パーティーは【試練の祠】と呼ばれるBランク迷宮に挑むことになったのだった。
…………猫じゃらし、必要かな?
買い物リストに付け足しておこうっと。
リカルドはパドル諸島連合国の北島、フールは南島出身です。




