第十話 並行世界の神格
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浅沼たちの監督も無事に終わった次の日、私は一日中宿屋のベッドでゴロゴロしていた。
なんだかんだここ最近は慌ただしく過ごしていたので、こうして思う存分にだらだらを満喫できる。
と思っていたら、エルドラからメッセージが飛んできた。
どうやら何か分かったらしい。
指定されたファミレスに向かうと、既にエルドラが席で私を待っていた。
この前見かけたような私服を着ている。
「お待たせ」
「俺もちょうど来たところだ」
向かいの座席に腰掛けて二人分の紅茶を注文する。
店員が紅茶を置いたところで、エルドラが話を切り出した。
「ユアサ、君が神聖魔法を使える理由が分かった」
「へえ、あの『神々の図書館』を調べて判明したんだ」
プライバシーもへったくれもあったもんじゃないな、とぼんやり考える。
「聖女ダージリアの干渉によるものだ。あれは並行世界で神格を与えられた存在であるらしい。もっとも、六大神のように特別優れた恩恵を与えることはできないほどに力が弱い」
「……つまり、パラレルワールドからわざわざ私に干渉していると」
「そういうことになる」
聖女ダージリアと個人的な繋がりがあるかどうかで言えば『ない』。
心当たりなどあるはずもないし、並行世界にいる私に干渉するだけでも力の大部分を使っていそうだ。
「なんだって私なの? 知り合いですらないと思うんだけど……」
「神格を得た存在は、その経緯と誓約に縛られる。俺たちが思考を巡らせたところで、納得できる答えに辿り着けるとは思えんな」
エルドラにも分からない、と。
謎が謎を呼ぶ展開になってまいりました。
早くも私の頭脳は悲鳴をあげております。
「聖女ダージリアは遡れば、とあるさすらいの吟遊詩人に辿り着く。【微睡神】の導きで見た夢の光景を編纂したもの。恐らく、聖女ダージリアは並行世界に実在した人物だったんだろうな」
「……あれ? でも、私が聞いた歌の中で神格を得た場面なんてなかったよ」
聖女ダージリア。
神の国から救世の御使として召喚された乙女。
聖剣の勇者を導き、魔王討伐を成し遂げた後も人々を救う為に行脚した聖女。
その最期は、不治の病に侵された子供を救う為に自らの命を捧げて祈り、一欠片の真珠となって消えたという。
「なにぶん、並行世界の出来事かつ吟遊詩人の手が入った物語。脚色と口伝によって欠落した部分があると見ていい」
「ふーん。じゃあ、一応、聖女ダージリアは並行世界の神サマなんだ」
私の断定にエルドラは無言で首を横に振った。
紅茶を飲もうとしていた私は動きを止める。
「詳しい経緯は省くが、並行世界に至るまで新たな神が生まれることは『黄金協定』によって禁じられている。恩恵以外に現世に介入することもな」
「黄金協定?」
「【叡智神】を筆頭とする六大神と、邪神の間で締結された取り決めだ。帝国歴五百年の頃、神々が激しく争い、休戦の条件として不干渉と新たな神の誕生に制限を設けた」
たしか、今の帝国歴は四千年。
三千五百年前の歴史か。
……地球とはスケールが段違いだな。
「聖女ダージリアは、神格を得たが神には至れていない。黄金協定の効力下にあるか、あるいはその並行世界の人間は全て滅んでいるか、いずれにせよまともな方法で神格を得たとは考えにくい」
「つまり、邪神の可能性が高いと?」
「結論から言えばそのように判断しておいて損はないかと俺は考える」
私は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
邪悪な気配がないからといって善良な存在とは限らない。
それは確かにそうだけど、
「もっとも、黄金協定の抜け道などいくらでもある。六大神のいずれかが関与して神格を与えた可能性も捨てきれない。現に異世界というイレギュラーにおいて、黄金協定はもはやほとんど意味をなさないだろうな」
「六大神が関与してるかもって言っていいの?」
「僅かでも可能性が残っている限り、排除するべきではないだろうな。しかし、信仰なくして神聖魔法を行使できる点は評価できる。いついかなる状況に巻き込まれても、神聖魔法を失うリスクがないからな」
その神の信徒として認められなければ、神聖魔法は使えない。
教義に背く行為に手を染めれば、聖印は砕けて神聖魔法を扱うことはできなくなる。
例えば、暗月教ならば復讐を誓った相手がたとえ人違いであったとしても殺さなければいけない。
陽光教はアンデッドを見逃してはいけないし、叡智教は常に理性と合理的な考えの元で行動しなくてはいけない。
信仰する神が増えれば増えるほど賜れる恩恵のバリエーションに富んで選択肢が増えるが、その分だけ従わなければいけない教義が増える。
禁止行動が増えれば増えるほど、行動に制限がかかってしまう。
最悪の場合、全ての神から見放されることもあるのだ。
「信頼のおける神官を手元に置いておくだけでも、迷宮や戦闘での生存確率は飛躍的に上昇する」
「……もしかして、とんでもないことに巻き込まれてる?」
「今頃気づいたか? 気づいたところで、もう逃げられないだろうがな」
エルドラはふっと笑いながら紅茶の香りを優雅に楽しむ。
その姿に私はイラッとした。
「いやいやいやいや、ちょっと待ってよ。じゃあ、聖女ダージリアがいた場所って……」
脳裏を過ぎる荒野。
分厚い雲と息も詰まるプレッシャーに曝される『死後の世界』。
「死んだ時に見たあの場所は、並行世界の外側ってことなの?」
「断言はできないが、最も可能性が高いだろうな。死亡中の魂はどこの世界にも存在して、どこの世界にも存在しない。ここではないどこかで聖女ダージリアを幻視したのだろうよ。それで、その並行世界はどんな景色だった?」
「……何もなかったよ」
「ならその並行世界は滅んだか」
あっけからんとエルドラは言い放つ。
唖然とした私は紅茶に伸ばしかけた手を引っ込めた。
「なんだ、その顔は? まさかぼんやり過ごしているだけで世界が滅びることはないとでも思っているのか?」
「そりゃ、まあ……いや、やっぱり世界が滅ぶとか言われても実感がないというか」
「俺たちが住む世界でも数え切れないほど滅亡の危機を迎えた。アンデッドの大群、魔物を使役する魔王、神々の争いに国家間での戦争。先人たちが辛うじて勝利しているからこそ、今の俺たちはこうして生きている」
エルドラの話を聞きながら、私はやっと紅茶を飲んだ。すっかり温くなった紅茶を嚥下して、頭の中で情報を整理する。
・聖女ダージリアは神格を得た存在で、何故か私に『信仰がなくとも神聖魔法が使える』という恩恵を与えた。
・滅んだと思われる並行世界に実在する人物。
・邪神か聖神か不明。
ややこしいことになってきたな。
こういう煩雑で世界の命運を握っていそうな事柄はそれに相応しい性格の持ち主が担うべきだと思います。
私みたいなヒキニート志望に背負わせるとかどうかと思うよ。
誰に言うでもない文句を心の中で吐いていると、エルドラが飲み終えた紅茶のカップをソーサーに戻す。
「詳細な情報を知るには、並行世界の『神々の図書館』に接続するしかないな。もっとも、滅んだ世界に残っているかは不明だが」
「並行世界にも行けるの?」
「座標と魔力さえあればな。もっとも、滅んだ世界に生身で向かって無事で済むとは思えんが」
エルドラは涼しい顔でメニューを広げた。
「それで、ユアサ。何か食べたいものはあるか?」
「この流れの後で夕飯決めるの?」
「時間帯的にも頃合いだろう。む、またも期間限定メニューが……」
エルドラはテーブルの上に広げたメニューに描かれた『期間限定』の文字に視線を留める。
彼は『期間限定』という文字に弱い。
それはもう、私の姉に匹敵するレベルでクリティカルヒットするのだ。
うんうんと唸る彼を呆れた顔で眺めながら、私は手早くメニューを決める。
「じゃあ、私はハンバーグセットで」
「俺は期間限定のステーキにするぞ」
あれだけ悩んで結局は期間限定の誘惑に負けたな。
店員を呼んで注文を済ませ、運ばれた料理を前にナイフとフォークを握る。
たとえ子どもっぽいと言われようと、私はハンバーグが大好物なのだ。
カロリーは見ないことにしている。
明日から痩せるから。
明日の私が頑張って運動してくれるから。
冒険者ってハードワークだから。
デミグラスソースに絡めて頬張る。
うん、今日もハンバーグが美味い。
牛豚の合い挽きが個人的には大好きだ。
そんな事を考えながらもしゃもしゃハンバーグを食べていると向かいの席から視線を感じた。
なんだろうと思って顔をあげると、エルドラが私を見ていた。
「いや、君も口を使って食べるんだな……」
そう言いながら、声と肩が揺れている。
そりゃよくスキル『捕食者』で食べているけれど、富士山でペットボトルから水を飲む時だって経口だった。
なんというか、食感や喉越しは直接こうやって摂取しないと体感できないのだ。
今更驚くようなことでもないと思ったのだけど……。
「なんで笑ってんの」
「いや、なんでもない。俺のことは気にせず食事を続けてくれ。おかわりも頼むか?」
「いや、一人前で十分に足りるよ」
釈然としない気持ちだったが、ハンバーグを頬張っているうちにエルドラのことがどうでもよくなったので気にしないことにした。
その日、解散するまでエルドラは妙に機嫌が良かった。




