第九話 新人三人組!!
仲間がいないなら、育てればいいんですよ。
ここに純真無垢な三人組がおるじゃろ?
誤字脱字報告ありがとうございます!
『二日ほど時間が必要だ。何か分かったら知らせる』
四時間で下山を果たし、疲れた体を引きずって冒険者ギルドへ報告を済ませたエルドラがそう言ったのが昨日の夜。
なんでも、『神々の図書館』に接続するには相応の準備と時間を要するらしい。
側にいても手伝えることはなさそうだったので、私は休日と定めてゴロゴロ……は、できなかった。
浅沼たちがついに冒険者として本格的に活動するらしく、その監督をエルドラに任されたのだ。
といっても、後ろをついて歩くだけ。
浅沼たちの到着を待っていると、背後から声をかけられる。
「今日もいい天気ね、ユアサ!」
腰に手を当てて私を出迎えるアリア。
花を編み込んだ髪は今日も綺麗な曲線を描いている。エルフ特有のすらりとした長身に、艶やかな金髪と小麦色に焼けた健康的な肌。
背中に担いだ長弓と腰のベルトに収納された短剣がアリアの戦闘スタイルを示している。
「(おはよう、アリア)」
「ええ、おはよう! 明日も明後日もこうして挨拶できることを心の底から願ってるわ。それで、今日はどうしたの? あの無駄に高慢で生意気な老害がいないようだけど、ついに老衰でくたばった?」
この前、無理やり引退しようとした件で完全にアリアからの信頼を失ったらしく、たびたびこうして行き先や所在を確認されるようになってしまった。
そして、相変わらずエルドラに対するヘイトがすごい。
「(エルドラは別件で忙しい。今日はインターン生が本格的に迷宮探索に挑むことになったから、その監督だ)」
「あら、あのアサヌマとかいう青年がリーダーの? もう迷宮探索の許可が降りるなんてすごいじゃない」
アリアが腕を組んでふんふんと頷く。かわいい。
「地球には軟弱なやつらが多いけど、あいつらはいいわね。筋があるし、担力も持っている。頭の回転も速いから、迷宮探索もきっと順調にこなせるよ」
「このアタシが保証するよ」と胸を叩くアリア。
あらやだ、とっても可愛い。
ツンデレ美少女勝気エルフは良き文明。
「そういえば、グリーンドラゴンの討伐依頼にあのエルドラが名乗りをあげていたけれど、ユアサはそれに巻き込まれてない?」
私は面頬の下で苦笑いを浮かべる。
現在進行形で巻き込まれているよ。
「もうっ! そうやってアレの言うことをほいほい聞いてるから都合のいい駒扱いされるのよっ!」
私の反応を見てすぐに察したアリアがキリリと目尻を釣り上げる。
アリアの説教が始まりかけたその瞬間、浅沼たちの姿を見つけた私はこれ幸いとばかりにアリアに別れの言葉を切り出す。
「(ごめん、浅沼たちが来たからまた今度)」
「あっ!? ……逃げたわね」
ふう、事なきを得たぜ……。
ぶつぶつ呟くアリアから離れ、浅沼たちに向かって手を振る。
「あ、ユアサさん! 今日はよろしくお願いします!」
三人の中でリーダーになった浅沼が頭を下げる。
角刈りというスポーツマンらしい髪型に魔法を付与した鉢巻と動きやすさを重視したソフトレザーで防御力を底上げしている。
武器はシミターと呼ばれる歪曲した剣だ。
「よろしくお願いします!」
続いて頭を下げる坂東。
浅沼よりやや重めな鉄の胸当てと兜、長い槍で武装している。右眉の傷跡は隠れているが、三人のなかで一番体格がいいのでそれだけで威圧感がある。
「前回に引き続き、今回もよろしくおねがいします」
杖を手に持ちながら静かに頭を下げる智田。
エルドラから譲ってもらった杖に黒いローブとフード。首にさげた銀のアミュレットには【叡智神】の聖印が刻まれている。
どうやら本格的にエルドラを目指すらしい。
もはや何も言うまい。誤射るなよ。
「(それで、探索する迷宮はもう決めた?)」
監督と言っても、私はほとんど何もしない。
三人のレベルは既にこのインターン研修で15を超え、蘇生が可能な領域に至っている。
私は彼らが死んだ場合、生き返らせる為に同行するだけだ。
浅沼は表情を引き締めながら頷き、これから探索する迷宮の銘を紡ぐ。
「ーー【皆殺しの館】。“変質”した迷宮の調査と番人であるボスの討伐。それをもって俺たちは冒険者になります」
【皆殺しの館】
私が彼ら三人と出会うことになった迷宮。
幽霊と異形の魔物が跋扈する不滅教の根城。
呪怨耐性がある私ならば耐えられる攻撃も、彼らにとっては十分に脅威となりえる。
彼らはそれを承知の上で、それでもその迷宮を選んだ。
蛮勇か、あるいは勇猛か。
「(そうか。分かった)」
いずれにせよ、私は後ろをついていくだけなので反対する意味はない。
そして、薄々この迷宮を選ぶ予感はしていたので備えはバッチリだ。
…………念の為、お手洗い行ってきていいかな?
◇ ◆ ◇ ◆
浅沼、坂東、智田は素早く目配せをする。
幼馴染である彼らにとって、もはや言葉での意思疎通は不便以外のなにものでもなかった。
呪怨耐性をあげる支援魔法が身体を覆い、連携して霊体で構成された魔物を屠る。
その動きには、初めて武器を握った時のたどたどしさや怯えはなく、熟練した冒険者を彷彿とさせる流れるような一連の動作があった。
魔物を仕留めた感慨に耽ることもなく、すぐさま素材を回収し、周囲に視線を向けて警戒に入る。
そんな彼ら三人を背後から見守るAランク冒険者『湯浅奏』の姿があった。
年齢は二十歳と若く、しかし素顔は誰も見たことがないと言う。
背丈は160センチメートルと、大人とも子供とも判別し難い。
四人の中で一番背が低い。
ゆったりとした足取りで三人を追い、視線を周囲に向けることもなく堂々と歩いている。
魔物が姿を現しても、天井から落ちてきても、狼狽える気配もない。
武器も持たず、盾すら構えていない。
脅威に対して殺気も警戒心すら向けず、ただ静かに三人を見守っている。
ーーAランクの冒険者ともなれば、この程度の魔物は恐るに足らず……というわけですか。
浅沼は堂々と構える湯浅の視線を背中に感じながら、緊張に身体を震わせる。
他二人も同じ考えに至ったのか、各々が武器を握る手に力を込めた。
たとえ魔物が湯浅を狙って攻撃をしても、指一本動かさなかった。
智田が魔法で魔物を吹き飛ばすことを予見していたかのように。
圧倒的な実力差を感じて、浅沼たちは生唾を飲み込む。
「一階にいる魔物はこれで全て。地図に漏れはあるか?」
「ないね。前回の調査と照らしても構造に変化はないらしい」
「ゲームとの相違も頭に入れておいて正解だったな」
三人は油断なく周囲を警戒しながら、二階に上がる階段を登っていく。
書斎を探り、謎を解き、順調に探索を進めては魔物を倒す。単調な作業を繰り返しながら、彼らは最後の謎を解いた。
上階からゴトンと何かが落ちる音が響く。
この迷宮の番人である『殺人ピエロ』なる魔物が出現した合図だ。
「……来るぞ」
浅沼の緊張した声を皮切りに、魔物の笑い声が館に響く。
近づく足音と巨大な鋏の開閉音。
浅沼たちは番人との戦いの場に館の外を選ぶ。
扉を潜った先、青空を背景に窓ガラスを割りながら華麗な着地を決める魔物。
いつぞやのピエロのような格好と巨大な鋏を持った魔物が姿を現した。
新人冒険者と『殺人ピエロ』との戦いが幕を開ける。
「だああっ!」
浅沼が魔物に斬りかかり、智田の支援魔法がすぐさま三人の体を覆う。
坂東の槍が鋏を叩き折り、さらに腹部を貫いて地面に縫い付ける。
勝負は一瞬だった。
「俺たちの勝ちだ!」
浅沼の剣が魔物の首をスキル『斬撃』に組み合わせた『急所攻撃』を使用して斬り落とす。
【レベルアップしました】
戦闘開始から僅か一分。
レベル差を連携と知識量で克服し、不足していた攻撃力を支援魔法で底上げしたことで、短時間での撃破を可能としたのだ。
シンと静寂に包まれる。
パチパチと乾いた拍手の音が響く。
湯浅が静かに組んでいた腕を解いて、三人を讃える為に拍手をしていた。
「俺たち、やったな」
「ああ。湯浅さんの手を煩わせずに……」
「大きな怪我をすることもなく、大きなミスもなく……!!」
三人は顔を見合わせ、頷く。
「「「よし、帰るか」」」
『帰るまでが迷宮探索』という遠藤の言葉を思い出して、三人は喜びの共有を切り上げて帰り支度を始めた。
湯浅はハイタッチしようとしていた手をそっと下ろして、何事もなかったかのように振る舞う。
そうして、浅沼たちの探索は無事に終了したのだった。
なお、三人は知らない。
湯浅奏が『智田が誤射ったらどうしよう』とハラハラしていて魔物の攻撃に気が付かなかったことも、攻撃されたからと言って耐えられるから気にしていなかったことも。
そして魔物を殺せるだけの攻撃力がなかったから腕を組んだままであったことも。
湯浅奏は知らない。
冒険者ギルドのホールで解散した後、三人が吟遊詩人ナージャと会う約束をしていたことを。
そこで浅沼が『湯浅奏さんの実力ってやつを思い知りました。俺たちなんてまだまだです』ととんでもない台詞をライブ動画で宣うことも、そこに居合わせた遠藤が『やっぱり湯浅さんは凄いや』と呟いた事も。
それを聞いたナージャがふりふりの尾鰭をつけまくった湯浅奏の活躍伝を語ることも。
当の本人は呑気に『あの三人をグリーンドラゴンの討伐に連れて行けないかな』なんて考えていた。
三人は至って堅実なビルドをしているし、智田に至っては誤射しないという類を見ない優秀っぷり
なんでそこでエルドラを見る必要があるんですか?




