第六話 ついうっかり……
溶岩蜘蛛は、蜘蛛糸の代わりに溶岩を吐き出して攻撃して来た。
盾で防ぎつつ、エルドラの魔法の射線から逃げる。
「ちっ、熱に対する完全耐性か。この様子じゃあ大地属性も上位でないと効果がないか」
エルドラが鑑定結果を伝達魔術で共有しながら、有効的な属性と魔法をそれぞれ試す。
私はエルドラに近づこうとする蜘蛛を蹴り飛ばしたり、盾で薙いだり、魔法を避けたりと忙しい。
魔物の数はおよそ五体。
溶岩を吐くという厄介な特性に加えて体躯が小さい。
魔物というものは、レベルが上昇するにつれて体躯がより大きな種類へと進化する。(まあ、エルドラ含む聖族もなんだけど)
出来たばかりの迷宮だから、その番人である魔物のレベルもそこまで高くないのだろう。
高くないと良いな。
レベルと厄介さは比例しないって冒険者の格言にあったな。畜生、嫌なことを思い出しちゃった……。
「よりによって冷気属性かっ! 面倒なことこの上ないっ!!」
エルドラが矢継ぎ早に呪文を詠唱する。
いつもは数秒で唱え終わる魔法を、今回は一分近く詠唱していた。
それだけ大掛かりな魔法を行使しているのだ。
「うっわ、すごい魔力……」
思わず感心して呟く。
15レベル以下の冒険者がいたら魔力に酔って吐いてしまいそうなほどに、大気の魔力が大渦を巻いてエルドラの掌に収束していき、やがて長い槍を形成した。
「氷獄の檻、憐憫の悟り、今ここに叡智を示すーー『氷爆槍』!」
発射された氷の槍が二体の蜘蛛を貫き、さらに地面に突き刺さると破裂して氷片を周囲に撒き散らす。
一気に気温が下がった。
富士山といい、洞窟内といい、こんなに短時間で気温が上がり下がりしていたら風邪をひいてしまいそう。
指先が凍えるほど冷えた外気に蜘蛛たちの動きが鈍る。
どうやら身体を覆っていた溶岩が冷えて固まり、それが動きを阻害しているらしい。
「溶岩すらも固める氷を生み出すとはあっぱれ!」
蜘蛛を蹴り転がして、エルドラが攻撃しやすいように一つの場所に纏める。
もう一度、『氷爆槍』で魔物全てを仕留めたエルドラがため息を吐いた。
「お調子者め、迷宮でふざけていると今に食われるぞ」
「もう魔物は全部倒したでーー」
突然、視界が闇に覆われた。
足元にあったはずの地面が消える。
「言ったそばからユアサァァァッッッ!!」
エルドラの叫び声が遠くに聞こえる。
びゅうびゅうと吹き荒ぶ風の音と、ぶんぶんと四肢の末端が振り回されるこの感覚。
推測するに……
〈どうやら蜘蛛の親玉に糸でぐるぐる巻きにされて振り回されているようですね。どうします?〉
どうしよう。
試しに【筋力】で引きちぎれないかを試してみた。全然だめだ。妙な弾力があるせいで引きちぎるのが難しい。
地面に何度か叩きつけられたが、スキルを伴っていない攻撃なら防御力でノーダメージだ。
しかし、この糸が切れる気配がない。
多分、ここまでやって糸が切れないということは、スキルの影響を受けているんだと思う。
盾に魔力を流してヘイトを集めているからエルドラは無事だと思うけど、いかんせん視界が塞がれているから何も見えない。
微かに爆発と魔力を感じる。
多分、エルドラだと思う。
〈蜘蛛糸を“捕食”すればいいのでは?〉
……まぁた珍味レパートリーが増えちゃうよ。
他に有効的な解決策もないから、やるけどさあ。
ぱくり。
おお、口の中に広がる無味。髪の束を口に突っ込んだ時と感覚は似ている。
【スキル『捕縛耐性』を入手しました】
〈お、『捕縛耐性』ゲット!〉
とりあえず状況を打開できそうなスキルを入手できたから、それを使って脱出しよう。
一応、エルドラにスキル『カバーリング』を使っているけれど、あのスキルは万能というわけでもないからね。
『捕縛耐性』を発動させながら、思いっきり【筋力】を活用して糸を引っ張る。
今度こそブチブチという音を立てて糸が千切れた。身体に巻き付いていた蜘蛛糸を払い除けて視界を確保しつつ、盾を片手にエルドラを探す。
「あ、いた」
エルドラは洞窟の天井全てを覆うほどに大きな蜘蛛と戦っていた。
蜘蛛は八本ある足のうち、五本は既に千切れていた。
「ユアサ、脱出できたんだな。ところでヤツがこの迷宮の番人だ」
でしょうね。
差し詰めエルドラの魔法で眠りから目を覚ましたってところかな。つまり、エルドラの不手際だ。
「レベルは40。お前とピッタリ同じだな」
同格じゃないですか、やだぁ!!
「ところでさ、エルドラ」
「なんだ?」
エルドラは魔法を構築しながら、天井に三本の足で張り付く巨大な蜘蛛を見上げている。
「あの足を全部攻撃して切り落としちゃったら、落下するんじゃないかなって思うんだけど、エルドラの意見を仰ぎたい」
「……お、そうだな」
時すでに遅し。
既に魔法は放たれた後だった。
しがみついていた左足の一本が天井を離れる。
「どうするの、エルドラ?」
天井に張り付いていた巨大な蜘蛛は、足が短くて胴体がずんぐりとしていたタイプだ。
重さがどれほどあるのか分からないが、ぱんぱんに膨れ上がった腹部はきっと落下地点にあるものを押しつぶせるだけの質量を持っている。
なんとか天井に戻ろうとしがみついているが、右側の二本の足ではバランスもうまく取れない。
私たちと戦闘していることすら忘れているように思えるほど、落下するまいと四苦八苦していた。
いくら魔物かつ高レベル帯といえども、背面から鋭利な地面に落下しては大ダメージ間違いなしだ。
「………………」
エルドラは無言で私の両手を握ると盾を天井に向けて構えるように操作した。
そして、私の足元にしゃがむ。
申し訳程度の支援魔法を使ったことに感謝するべきなのか、それとも考えなしに攻撃したからこんな事態に陥ったのだと怒るべきなのか。
その結論を導き出すより先に、巨大な蜘蛛が天井から落下してきた。
「エルドラっ、君というやつは、まじで……っ!」
エルドラに文句を言いながら落下した巨体を受け止める。
レッドドラゴンほどではないけれど、決して軽いとはいえない重さだった。
すぐには倒れ込まないけれど、動けない重さ。
軋む背骨の痛みに面頬の下で顔をしかめる。
言いかけた文句は途中で途切れて、続きを考える余裕もなかった。
【レベルアップしました】
なにせ、巨大蜘蛛の腹部が弾けて中身をぶちまけたのだから。
妙にねっちょりとした緑色の液体が地面に広がる。
熱を取り戻しつつあった溶岩に触れて気化した液体は、焦げ臭くて信じられないほどに不快な匂いがした。
〈毒がなくてよかったねえ〉
レッドドラゴンの毒血を思い出して身構える私に、並列思考が分析した結果を教えてくれた。
鎧に纏わりつく粘液にため息を吐き、一気に軽くなった蜘蛛の巨体を溶岩に放り込む。
ズブズブと溶岩に沈み込んでいく巨大蜘蛛。
腹部があの有様では素材として売り払うこともできない。
「……なんとかなったな」
ふわりと地面から浮きながら「うわ、酷い匂いだな。どうにかしろ」と宣うエルドラ。
「ねえ、エルドラ。なんで君だけ汚れてないの?」
「さあ、早くこんなところはおさらばしよう」
「エルドラ? ねえ、エルドラ?」
出口に向かうエルドラ。
私はその背中を全力疾走で追いかけた。




