第四話 グリーンドラゴンの呼び寄せ方
熱界ー夏によく見る雷
渦雷ー発達した低気圧や台風の雷
「熱界渦雷竜『グリーンドラゴン』だが、これは地球に飛来した三竜とは違い、この地球に生まれた独自の魔物だ」
一年前、三匹のドラゴンが“門”を通してやってきた。
紅晶竜『レッドドラゴン』、月虹竜『ブルードラゴン』、黄昏霓竜『イエロードラゴン』ーーそれらを三竜と呼ぶ。
脅威度などから冒険者ギルドが魔物たちの能力や主に二つ名を与える。
レッドドラゴンなら、その体表を覆っていた『血瞳晶』からもじって名付けられた。
「レベルは推定80。レッドドラゴンほどではないが、攻撃に特化したスキルというよりも、天候操作に秀でた構成をしているだろうな。ステータスなども【精神/知力】型だと思われる」
目撃情報によれば緑色の鱗をしているらしい。
常に台風や雷を周囲に纏っているから、衛星からでもその姿を確認するのは困難。
だから、つけられた二つ名が熱界渦雷竜『グリーンドラゴン』。
主に太平洋や大西洋を中心として生息していることぐらいしか判明していない。
「ドラゴンという魔物は基本的に傲慢で、縄張り意識が非常に強い。低レベルの魔物は無視するが、己より高レベルな魔物の気配を感じると迎撃する為に怒り狂いながら急行する傾向を持つーーここまで言えば、分かるな?」
私が借りている宿屋のベッドの上で、エルドラはふんぞりかえっている。
確信に満ちた眼差しに私も表情を引き締めながら答えた。
「ーーさっぱり分からない!」
「お馬鹿っ!」
べちん、とまたもチョップ。
頭頂部を手で押さえながら、ついでに寝癖もなおしつつエルドラの問題点を指摘する。
「80以上のレベルを持つ魔物なんて日本に生息していないよ。そんな高レベルの魔物をテイムできる冒険者もいないし、そもそもそんな台風を引き連れた魔物を日本に誘き寄せたら大問題だよ!」
「ふん、何故野外で戦うこと前提で考える? レッドドラゴンと同じく、迷宮に閉じ込めてしまえばいい」
「……だから、どうやって?」
エルドラは無言で私が装備している腕輪を指差す。
「まさか、あの盾の力を使えって?」
「賢い! よく分かったなあ、えらいえらい!!」
完全に馬鹿にした口調で私を褒めながら、寝癖を直したばかりの頭をぐしゃぐしゃにするエルドラ。
「君のレベルを最低でも60まであげておく必要がある。さらにレッドドラゴンの灰を散布すればグリーンドラゴンといえども無視はできまい」
「絶対にそんな都合よく進まないし、そもそも内藤支部長がそんな危険な賭けに賛成するはずがない」
「発案はナイトウだぞ」
「もっと慎重になれよ、内藤……!!」
ぐしゃぐしゃの頭を抱える私。
エルドラがグリーンドラゴンの討伐を持ち出したあたりから嫌な予感はしていたけど、まさかこんなリスキーな案を持ち出すとは……!
「リスクはひとまず置いておいて、どこの迷宮に閉じ込める気なのさ? 【知力】が高いドラゴンなら、途中でこちらの意図に気付いて逃げ出す可能性もあるよ」
エルドラはスマホを取り出すと、そっと私に画面を見せた。
『富士山頂に迷宮が出現!?』
その文字列を見た私は、これからどんな無茶振りをされるのか分かってしまった。
「この日本一標高の高い山は、まるで誂えたかのように太平洋側に位置しているんだ。この山頂でその盾で誘き寄せ、迷宮に突き落とす。素晴らしいとは思わないか?」
「…………冒険者、引退したいなあ」
私は、天井を仰いだ。
安っぽい白のLEDライトが目に眩しくて、目頭が痛んだ。
小学校の頃、私は料理人になりたかった。
ーー毎日美味しいご飯を食べられると思ったから。
中学校の頃、私は不動産王になりたかった。
ーー土地を転がして働かずにお金が欲しかった。
高校の頃、私はニートになりたかった。
ーー働きたくなかったのだ。
そう、断じてこんな危険に満ちた仕事を目指していたわけじゃないのだ。
どうしてこんなことになったの……?
「というわけで頑張ろうな、ユアサ」
悪魔がポンと私の肩を叩いた。
なにも嬉しくなかった。
「この台風が過ぎたら富士山に向かうぞ」
富士山、五合目まではバスで行けるけど、山頂までは陸路でしか行けないんだよね……。
風が強いからヘリも飛ばせないし……。
はあ……。気が重いよ。
「グリーンドラゴンを討伐すれば、他二竜についての情報を得られるだろうな」
「ええ? 他二竜も討伐する予定なの?」
「それが俺の仕事だからな」
あーそういえば前に帝国の慈悲だか威光を示す為に派遣されたと言っていたような気もする。
お仕事をしないといけないなんて大変だなあ。
「君も働くんだぞ」
「嫌だよぅ……」
「二竜を討伐すれば、それこそ寝て遊んで暮らせるほどの大金が手に入るぞ。夢のヒキニートライフとやらが近づくこと間違いなしだ」
「ほんと?」
エルドラは胸を張って頷く。
妙に自信に満ち溢れている顔だった。
「所得税と年金と国保を差し引いても?」
「……それは、どうだろうな」
「やっぱり遠いじゃないか」
「近づくことは間違いない。この俺が保証しよう」
何を考えているんですかね、エルドラは。
腕を組んだり、足を組み替えたり、髪をかき上げたりと忙しない。
「とにもかくにも、我々には実績がいる。そもそもそこまでやってまだAランクに甘んじている君がおかしいんだがな」
「Sランクになると色々めんどい」
「……言うと思った。まあ、あの冒険者どもに絡まれるとなれば、低ランクに甘んじることにも相応のメリットがあるのだと今なら理解できるが」
エルドラが遠い目をする。
多分、“原初の迷宮攻略者たち”を思い出しているんだろう。
あのなかでも〈最低最悪〉のアレクセイが一番厄介だからねえ。話が通じない、行動が予想できない強いし敵が多い。関わっても欠片もいいことがない疫病神みたいなやつだよ。
「どこの世界でも、ああいう邪神に魅入られているとしか思えない輩はいるものだな……」
「分かるよ。アレクセイ、やばいよね……ストーカーの女を斬りつけて撃退してたもん」
「え、なにそれ」
妄念に囚われていた女性を斬りつけて正気に戻すなんてどう考えてもおかしいとしか思えない。あれでも一応は正気があるらしい。
本当に正気なのか? どうみても発狂しているとしか思えないんだけど……うーん、でもお医者さんがそう診断を下したって言うし、きっと彼はそういう人間なのだろう。関わりたくないね。
「君はそういうことをするんじゃないぞ」
「攻撃力2じゃ虫も殺せないよ」
「それもそうだな」
スマホで時間を確認する。
遊んだり、グリーンドラゴンについて調べたりしているうちに、時間はあっという間に夕暮れ時。
窓の外では相変わらずバケツをひっくり返したような雨が降り注いでいるし、風がびゅうびゅうと吹き付けている。
「夜ご飯どーする? 宿屋のレストランで済ませる?」
「そうだな。この天気で出かけても疲れるだけだろ」
ソファーから立ち上がって鎧を纏う。
この前、戦隊ものを見せてから、鎧は無駄にスタイリッシュに私に取り憑くようになった。どうやら内に少年の心を秘めていたらしい。
「……その装着方法、かっこいいな」
「残念ながら誰かに披露する機会はないんだけどね」
私が惚けて首を横に振ると、エルドラはすっとベッドから立ち上がった。
「当たり前だ。正体を隠せと俺に言った以上、簡単に人前で鎧を脱ぐんじゃないぞ」
「へいへい」
「返事は『はい』だ」
「はーい」
「よろしい。では行くぞーーレストランへっ!」
無駄にキリッとしたエルドラに先導されて、私たちは晩御飯をレストランで済ませた。
……もしかしてお腹空いてたのかな?




