第三話 おしゃまなエルドラ
インターンを受け付けてから二日目。
エルドラは三人組以外にも、何人かの生徒を受け持っていた。
もっとも、浅沼たちと違って他の生徒たちは迷宮で冒険者として活動するよりも、スキルや魔法を利用した職人に興味があったようで座学だけが行われた。
「ありがとうございました」
簡単な魔法とその基礎だけを学んで、彼ら彼女らは傘を差して帰って行く。
午前中は晴れていたが、台風が近づくにつれて天気が崩れ始め、今では大雨が降っていた。
今日の夜にでも局所的豪雨に負けない勢いになるだろう。停電になる可能性もあるか。
「台風ごときで大袈裟な」
ばたばたと防災グッズを両手に抱えながら走り回る職員をエルドラは眺め、ため息を吐く。
「雨風など魔法で防げばいいだろうに……」
「(今回の台風はグリーンドラゴンが生み出したものと自然発生した台風が組み合わさってるから、職員たちは二重の対応に追われているんだよ)」
地球固有の自然災害と、魔物が関与した魔法災害。前回の台風では各地で停電が相次ぎ、土砂崩れも多発して大騒ぎとなった。
今回はその反省を活かし、なるべく早い段階から備えようという取り組みが政府主導で行われている。
エルドラは私の説明を理解したようだが、納得していない様子だった。納得しないのはいいけど、ねちねち嫌味を小声で言うのはやめようね。
「この様子だと明日は休みか。出掛けようにも崩れた天気のなかを歩く気にはなれんな」
ご機嫌斜めな理由は天気にあるらしい。ピクニックでも計画してたのかな?
二メートルぐらいあるエルドラがピクニック……なんかちょっと絵面が面白いな。
「(まあまあ、地球に来てから今日まで働き通しだったんでしょ? たまにはゆっくり羽を伸ばして休んだら?)」
エルドラが私を睨んできた。
彼は椅子に座っているのに、なぜ立っている私と目線が同じなのだろうか。座高か、座高が悪さをしているんだな。ぐぬぬぬぬ。
「これだから貴様はまったくなっとらん」
やれやれと肩を竦めるエルドラ。
なんで私がダメみたいな扱いになっているんだろうか。とりあえず私もエルドラに対抗して肩を竦めておいた。
そして次の日。
宿屋のふかふかベッドで二度寝をしようと決め込んでいると、エルドラから電話がかかってきた。
「おい、暇だ。ドアを開けろ」
寝起きでぼーっとする頭でドアを開ける。
エルドラがドアの前に立っていた。
「……おい、今の時刻が分かるか?」
「んあ〜? 朝の九時じゃない、知らんけど」
「昼の一時だ、馬鹿。こら、ベッドに戻るな。寝癖をなおせ、立ったまま寝るなっ!!」
「エルドラ、うるしゃい……」
エルドラが耳元でギャンギャン騒ぐので眠気が覚めてしまった。
「あれ? いつもの格好と違うね」
眠気が覚め、ぼやけた視界の中でエルドラが地球の洋服店でも売っているような服を着ているのに気がついた。
白シャツに黒の長いカーディガンを着用している。
「前に一緒に出かけた時に買ったやつ? 似合ってるじゃん」
「当たり前だ。ハイエルフの中でも優秀な俺が選んだものが、俺に似合わないはずがない」
髪をかき上げながら胸を張るエルドラ。
これだけ自信があったら洋服選びも楽しそうだな。
「んで、何か御用で?」
「暇だ!」
「……????」
暇であることと私を叩き起こすことの因果関係が見えなかったが、ひとまず冴えている私はテレビを付けた。
「ほらエルドラ、好きなだけテレビを見てご覧。このボタンでチャンネルを変えるんだよ」
リモコンの使い方を教えてあげた私は、エルドラがテレビに夢中になっている間にベッドに潜り込む。
はあ、どうしてベッドってこう快適なんだろうか。吹き飛んだはずの眠気が戻って、
「おい」
「……なにかな」
「今、寝ようとしてないか?」
「誤解だよ。ただ寛いでいるだけだよ」
「なら何故目を閉じている?」
「目を休めているだけだよ」
エルドラは無言で私の肩を掴むと激しく揺さぶってきた。一切の容赦ない揺さぶりだった。
ブレる視界の中でエルドラの冷たい双眸だけが見えた。
「エルドラ」
「なんだ」
「暇なら二階のレクリエーションルームに行けば?」
「あそこは人で混んでいたから嫌だ」
この我儘坊ちゃんめ。
「スマホのゲームでもすればいいじゃん」
「あらかたやった」
「ニュースでも見たら?」
「似たようなのしかやってない」
「あ〜平日のこの時間帯はね〜面白い番組もやってないよねえ〜」
リモコンでぽちぽちチャンネルを変える。
生物の生態を解説する番組にリモコンを操作する手を止めた。
「あ、この人アンガルモさんじゃない?」
「む? ああ、そうだな。官僚を辞めたと聞いていたが、地球に残っていたのか」
顎髭を生やしたアンガルモがテレビに映っていた。肩書きは外側国家聖セドラニリ帝国植物学者アンガルモ・エルシナルが異世界の生き物の大まかなサイクルについて解説していた。
「魔力があるっていうだけで、生態系もかなり変わるんだねえ」
山岳を越える大きさを持つ虫や、空を飛ぶタコ、陸を歩くイカなどぶっ飛んだ生き物がいる。手品を披露する鳥もいるらしいから驚きだ。
これ、魔力が関係してんのかね?
イキイキと解説するアンガルモ。
黒ローブより探検家の格好がよく似合っている。
笑いながら襲いかかってきた魔物を斬りつけたところで画面が暗転。
『暫くお待ち下さい』という画像に切り替わった。
どうやら生中継で生き物を斬りつけるという放送事故を起こしてしまったらしい。
「そうか? 物理現象だけで空を飛ぶ地球の鳥の方が変わっているように思えるが」
「え〜、じゃあ飛行機は?」
エルドラに飛行機が飛ぶメカニズムについて説明しているウェブサイトを見せてやる。
「……理屈はわかるが、こんな複雑なことを機械の塊でやるなんて効率が悪い」
一通り解説を読んだ後、彼は呆れたように首を横に振っていた。
「あ、そうだ!」
『空を飛ぶ』で私はとあることを思い出した。この前、安売りされていた小型のドローンを買って以来、開封すらしていなかった。
外で飛ばすにも、ドローンを飛ばしていい場所を探すのが面倒だったので放置していたのだ。
腕輪から箱を取り出して開封。
説明書を読んでいると、エルドラが横から覗き込んできた。
「なんだ、それは?」
「小型のドローン。いわゆる無人航空機ってやつで、遠隔で操作できるよ。これはおもちゃのやつだけど、カメラ機能も搭載してるから撮影もできちゃう」
「へえ。それで何をするんだ」
「飛ばす」
電池を入れて動作確認。
ゲームのコントローラーみたいなリモコンなので直感的な操作ができるらしい。
「お〜、簡単操作で楽々飛行の売り文句は本当だったんだねえ」
試しに部屋の中で飛ばしてみる。
モーターの駆動音を響かせながら浮かんだドローンは、私の拙い操作でもスイスイと動く。
ふとエルドラの視線がこちらを見ていることに気づいた。
「…………」
「エルドラも操作してみる?」
じっと手元を見ていたエルドラの耳がピクンと跳ねた。
「……まあ、どうしてもというなら?」
おずおずと受け取ったエルドラ。
彼はそれから電池が切れるまで無言で操作していた。
椅子や机の下を華麗にくぐり抜けた操作テクニックを雑に褒めてあげると耳が動いていたので、どうやら褒められるのが好きらしい。
やっぱりあの耳、感情でも動くんじゃん。
そんなこんなダラダラしていると、ふと思い至ったようにエルドラが質問を投げかけてきた。
「ユアサ、君は他二竜は討伐するべきだと思うか?」
レッドドラゴンを討伐してから、時折他の冒険者にも他二竜は討伐するのか、それはいつなのか聞かれることがあった。
「え〜? するしないの話の前にできないでしょ」
レッドドラゴンを倒せたのはたまたま。
命が尽きかけていたのを攻撃して縮めただけに過ぎない。実際、私はヤツの一撃で体力を半分以上削られていたし、長引けば長引くほど壊滅していた可能性は限りなく高い。
そう何度も死んでたまるかって話なわけ。
「ブルードラゴンは北極に居座って環境保護団体を味方につけているし、グリーンドラゴンに至っては四方八方に竜巻やら台風やらサイクロンを作って飛ばしている。そもそも近づくことすら不可能」
私は欠伸をしながらベッドに転がる。
「無力な人間サマは耐え忍ぶしかないのです……」
「隙あらば寝ようとするんじゃない」
べち、と頭にチョップを落とされた。
不満の声を上げながら睨む。
「そういうエルドラはどうなのさ?」
「俺か? まあ地球温暖化を防いでいると噂のブルードラゴンはともかく、異常気象を引き起こしているグリーンドラゴンは討伐するべきだと考えている」
「そっか、大変だね。応援しているよ」
「君も行くんだよ、馬鹿」
またもべちっとチョップが降り注ぐ。
「え、やだよ。絶対に嫌だ。もう私は戦わない。戦いほど虚しいものはないんだよ、エルドラ……!」
とりあえずゴネる。
もっともらしいことを適当に並べ立て、エルドラの手を両手で包みながら見上げる。
「そのセリフはベッドを出てから吐こうな。説得力が微塵もないぞ」
べちべちと私の頭にチョップを落とすエルドラ。
段々と威力があがっているが、私の防御力の前では全くの無力。
へっ、痛くも痒くもないぜ!
「実際の問題として、そろそろグリーンドラゴン討伐依頼が張り出されるわけだが、君はそれを辞退するというんだな?」
「そりゃ勿論! なにせ私は攻撃力がたったの2しかありませんからね。いやあ、他の冒険者たちの力になれなくて本当に申し訳なーー」
「じゃあ、あの事をナイトウに暴露するぞ」
シンと部屋が静まり返る。
これはベッドでごろごろしている場合じゃない。
起き上がり、私は徹底抗戦の意思を示す為に腕を組んだ。
「君が、何を言っているのか……私には、さっぱり分からないなあ……!!」
エルドラはぼそりと呟く。
「任期満了前の仕事放棄」
「うぐっ」
「成田空港で入国の審査が降りず、立ち往生していた君が入国できるように取り計らったのは誰だったかな?」
「えへ、えへへ……その節はどうも……」
偽ドラに匹敵する爽やかな笑顔で「さて、どうしようか」と問いかけてくるエルドラ。
おかしいな。空調が効いた部屋のなかにいるはずなのに汗が止まらないな。
「エルドラ」
「なんだ」
「君と私の仲じゃないか。ここは過去のことを全て水に流して、冷静に現状を見据えるべきだと思う。まず、私が討伐依頼に前向きになったところで接近すら不可能なドラゴンをどうにかできるはずもない。つまり、この話はこれでおしまいだよ」
キリッと表情を引き締めながら切り返す私に、エルドラは弾けるような笑顔で手を叩いた。
「どうにかできちゃうんだなあ、これが」
「えっ?」
「接近が無理なら、誘き寄せればいいんだ。な? シンプルで分かりやすいだろ?」
エルドラの笑顔を見た私は、とても嫌な予感に襲われた。




