第二話 しゃかりき、はりきり、三人組!
カウンターの上には、全長140センチメートルほどの巨大な兎が置かれている。
「ジャイアントアルミラージを初日で討伐!?」
カローラが仰天した表情でカウンターから身を乗り出した。
「凄いじゃないですか! こりゃ張り切って買い取りますよ!!」
短い両腕をぶんぶんと回しながら買取業者を呼びに行く背中を見送る。
カローラが張り切ったところで買取価格が変動するわけではないのだけど、冒険者の活躍に一喜一憂する姿が人気の秘訣なのだ。
なお、エルドラからは「見ていて騒がしい」と不評である。
さて。
褒められた浅沼、坂東、智田であるが、意外にも三人の表情は暗い。
というのも、彼らは帰りの電車の中で自らボス戦の反省会を行い、それぞれの弱点や改善点を洗い出したのだ。その指摘は新人なのかと疑うほど的確で、経験者のアドバイスすら必要ないほどだった。
てっきり調子に乗ると思っていたばっかりに、私とエルドラは落ち込む三人を前にして顔を見合わせるしかなかった。
まあ、そんなカローラの話に聞き耳を立てる輩というのは存在しているもので。
「よおよお、そこの三人組。初日にボス討伐とはやるじゃねえか!」
いかにも柄の悪そうな男四人が下卑た笑みを浮かべながら私たちを取り囲む。
冒険者ギルドに所属しているメンバーのなかでも、〈新人潰し〉として悪名高い面子が揃っている。
いずれもアウター出身で、カツアゲ紛いなことをしているらしいと噂になっている連中だ。
レグル王国の住民らしく皮鎧の胸当てや籠手など最低限の軽装備しか着用していない。日に焼けた肌には、おそらく迷宮帰りなのだろう、魔物の返り血がそのまま付着している。
武器は職人に金を握らせて作ったと思われるそこそこ値の張る素材をふんだんに使われたものだ。
「なあなあ、俺たちで良ければイイコト教えてやろうか?」
「後輩には優しくするぜぇ?」
「いい女がいる店を知ってるんだ。来るか?」
絡み方が、もうテンプレのそれ。
日本ではセクハラとダル絡みと評判だ。
以前、彼らは内藤支部長に『強制送還』を仄めかされて厳重注意を受けたと聞いたが、どうやら反省していないらしい。
世界を越えても馬鹿な奴はどこにでもいる。
萎縮するかと思った三人組は、毅然とした態度で彼らの手を払い除けた。
「いえ、結構です」
「遠慮します」
「あ、カローラさん。買取金額は分割で各冒険者カードに振り込みをお願いします。はい」
……この子達、本当にインターン?
なんか対応が手慣れているんだけど。
〈新人潰し〉に定評のある彼らは、三人の対応を見て、ダル絡みの“フェーズワン”から恫喝の“フェーズツー”へ移行する。
「おい、あんまり調子に乗ってるんじゃねえぞ」
〈新人潰し〉を執り仕切るリーダーのベレンストが熊の唸り声のように低い声で脅しをかける。
「「「……………………」」」
三人が素早く目配せしたのを私は気づいた。
やっぱりこいつら、妙に担力があるというか肝が据わりすぎている。
【皆殺しの館】に忍び込んだ時点でおかしいと思うべきだったか。それともあんな経験をして、尚も冒険者に憧れる異質さを警戒するべきだったか。
威圧されている状況下で弁明でも弁解でも叫ぶでも逃げるでもなく、敢えて“沈黙”を選んだ三人はやはりどこかやべぇ奴なんだなと納得した。
「おい、なんとか言えよッ!」
ベレンストが浅沼の胸倉を掴んだその瞬間、〈新人潰し〉三人が坂東の回し蹴りを食らって地面に倒れ込んだ。
すぐさま智田が拘束魔法を発動させ、身動きを封じる。
ベレンストが唖然としている間に、浅沼は胸を掴まれた体勢のまま、隠し持っていた短剣を無防備な喉笛に突きつけていた。
「な……っ!」
ベレンストが反射的に急所の喉を庇うために浅沼を突き飛ばす。
「テメェ、こんなことをしてただで済むと……!」
激昂したベレンストが腰の剣に手を伸ばした瞬間。
カウンターの奥から鋭い声がホール全体に響いた。
「そこまでっ! また騒ぎを起こしたね、ベレンスト」
冒険者ギルド日本支部を統括する内藤支部長。
他の職員と同じく緑色の制服を着用した彼が、珍しく怒気を滲ませながらカウンターを越えて近づいてくる。
「昨日のインターン生に対する暴行未遂、今日の早朝にFランク冒険者から依頼品を強奪した容疑、僕が気づいていないとでも思っていたのかな?」
内藤支部長がすらすらと罪状を語るたびにベレンストの顔色が悪くなる。
「いや、誤解だ! あれはコイツらが!!」
「被害者からの証言も、監視カメラの映像もこちらは確認している。君はしかるべき所へ移送されることが決定した――君は『アウター』に強制送還された後、地下牢で刑期を終えるまで収容されることになる」
ベレンストが言葉を失った。
これまで法整備が整っていなかったから、アウターと地球で犯罪者の取り扱いをどうするかで揉めていた。
外側のアウトロー連中にとって、『人を三人ほど殺さないと死刑にならない』ような法整備の整った先進国は夢のような場所らしい。
制度を傘に着て甘い汁を今日まで啜ってきたわけだが、引き際を見間違えた報いがようやくここに来て還ってきたのだ。
なお、外側では中世の処刑人も青ざめるような残酷な刑罰が課されるらしい。魔法やスキルがあるから、その分きっと長く苦しむことになるだろう。
その一部始終を見ていたエルドラが伝達魔法で問いかけてくる。
「ユアサ、これはなんの騒ぎだ?」
私は無言で内藤支部長を指差す。
人に向けて指を向けてはいけないというが、私の中では内藤支部長は人間ではないので問題ではない。
「なるほど……なるほど……俺たちはダシに使われたというわけだな」
こうして、三人組はジャイアントアルミラージを討伐したうえに〈新人潰し〉を退けた新進気鋭のインターン生として更に名を馳せることになった。
なお、エルドラと私は後日、内藤支部長から直々に「一芝居打つだけでなく、あの舞台を整える為にレベルを上げて三人を鍛えてくれたんだろう?」とドヤ顔で感謝された。
私たちは曖昧に笑って誤魔化した。
大人になるって、ズルくなることの裏返しなんだね……。
それはさておき、三人から話を聞くことに。
聞きたいことは二つ。
以前冒険者として活動したことはあったか、そして誰の入れ知恵か、だ。
「あの日、湯浅さんとエルドラさんに助けられてから、俺たちなりに冒険者になる為に何が必要か話し合って調べたんです」
そう言って浅沼が見せてくれたのは、吟遊詩人ナージャが開設した動画チャンネル。
有名冒険者のインタビュー動画や、効率的なトレーニング方法をまとめた動画には過去に再生した経歴が残っていた。
「時間帯もあって、湯浅さんとエルドラさんには会えなかったんですけど、アリアさんや遠藤先輩とお話する機会をいただけて、冒険者ギルドの現状を教えてもらったんです」
「〈新人潰し〉の件も、遠藤先輩が教えてくれました」と答える坂東。
体の動かし方や武器の振り方は、なるほど言われてみれば遠藤のそれとよく似ている。
あいつの入れ知恵か。
「それで、内藤支部長から〈新人潰し〉に絡まれるかもしれないと聞きまして、俺たちなりに考えたんです」
智田の言葉を聞いて、全てが繋がった。
つまり、三人の暴れっぷりは内藤支部長の掌の上かつ遠藤たちのアドバイスによるもので、私たちがどうこうしたところでこうなる未来だった。
それどころか、彼らのレベルを上げてボス戦まで任せたことでむしろゴールまでの道を舗装したもの同然。
あの場面で内藤支部長が姿を表したのも計画のうちだったということだ。
「それと、あの……台風が近づいているので、できる限りレベルも上げておきたかったというのもありました。お二人にはご迷惑とご心配をおかけしました」
頭を下げる三人。
さて、エルドラがどう出るかだ。
「考えた末での行動ということは分かった。だが、トラブルを率先して起こすような真似はやめろ」
エルドラは許すことにしたらしい。
私は教官というよりエルドラの補助なので、彼の決定に異論はない。
「事前に情報収集をしていた点だけは褒めてやる」
最後にクソ生意気なことを言った。
果たしてエルドラの褒め言葉が伝わるかどうか。
「……やっぱり冒険者は情報収集が基本だったな!」
「智田、お前すげぇじゃん!」
「へへっ、エルドラさんに褒められた!!」
伝わったらしい。
これがアリアだったらすぐに喧嘩に発展していた所だった。
ご機嫌な三人の帰る姿を見送って。
「ユアサ」
「(なにかな?)」
「地球人は、環境に適応する速度が凄まじいな……」
どっと疲れたような顔でエルドラが呟いた。
「(若いって、凄いねえ)」
「いや君も十分に若いだろう」
初めてエルドラにツッコミを入れられた気がした。




