第一話 伝説の三人組
新章開幕!
『憧れは理解とは最も遠い感情だ』
果たしてこれは誰が言った台詞だったか。
誰かの背中を追いかけていると、その他のものが見えなくなってしまうこともあるが、がむしゃらに追いかけてやっと見えるものもある。
「エルドラさん、俺たちやりました!」
血塗れで笑う浅沼忠。片腕が折れた痛みは、多分アドレナリンで感じていないのだろう。
「へへっ、やるじゃねえか智田。あの支援魔法はナイスタイミングだったぜ……!」
防具ごと噛み砕かれた足を止血しながら、坂東廻は智田にサムズアップ。
「ぼ、僕にかかればこれぐらいお茶の子さいさいさ……おえええっ」
杖を支えにふらふらと立っていた智田賢人は、耐えきれずに飲みきれなかったマナポーションを口から吐き出した。
惨憺たる光景を前にして、私は隣に立つエルドラを見上げる。
当初の計画では、このボス戦で彼らは負ける予定だった。増長しつつあった彼らの鼻っ柱を折り、ほどほどに慎重さを身につけせるための敗北。
「……お前たちならばできると信じていたぞ。うん。よくやった。ほら、治療してやる」
嘘つけ。
何を言ってるんだ、コイツは。
「(どうすんの、これ?)」
「……どうしたものかな、これは」
困惑した表情で戸惑いの台詞を吐くエルドラを、私は呆れた思いで見つめるしかなかった。
まったく、最近の若者は予想だにしないことをしでかすから分かったもんじゃない。
その片鱗を見せ始めたのは、この迷宮に突入してから数時間のことだった。
◇ ◆ ◇ ◆
先頭を歩く浅沼と坂東。その背後をエルドラと智田が追従する。最後尾を歩くのは私だ。
本来なら先頭は前衛で固め、防御力に不安のある魔術師は安全な後列で魔物に備えるのが定石なのだが、この迷宮は少しばかり“変わっている”のでセオリーが通用しない。
迷宮の銘は【一角兎の潜む林道】。
周りの長閑な景色に引き摺られてハイキング気分になろうものなら、たちまちのうちに地面に血を撒き散らすことになる初心者殺しの迷宮だ。
ガサガサッ
草むらが揺れると同時にツノの生えた兎が飛び出す。
すぐさま盾に魔力を流してヘイトを集めると、ツノの生えた兎の姿をした魔物『アルミラージ』がサイドステップで器用に方向転換をしながら私の方へ向いた。
強靭な後ろ足で地面を蹴り、螺旋を描くツノで急所を狙う一撃を繰り出す。
正面から受けるとスキル『貫通』と『鎧貫き』の影響で防具が破損する為、先端を避けて魔物の顎を盾で叩く。
地面に叩きつけられてたたらを踏んだアルミラージを今度は智田の『炎弾』が襲う。
さらに浅沼と坂東がそれぞれ一発ずつ武器で殴ったところで魔物はぱたりと息絶えた。
「おお、さすが湯浅さん!」
「これがAランク冒険者っすか!」
褒めてくれる浅沼と坂東。
「術式の構築が早くなっているな。良い調子だ」
「頑張りますっ!」
憧れのエルドラに褒められて有頂天な智田。
新人育成は特に大きなトラブルもなく、順調に進んでいる。
本来の予定であれば、もう少し難易度の低いランクの迷宮を探索する予定だったが、他のインターン生を受け入れた冒険者パーティーが先に向かっていたのでギルドの方から止められたのだ。
代わりに斡旋されたのがここ。
兎の毛皮と肉が入手できる他、兎をモチーフにした武器防具がたまに手に入る。
性能は低いが、その外観の可愛さから熱心なファンがいるとかいないとか。
「あ、エルドラ教官! 宝箱を見つけました!」
張り切って報告する浅沼。
彼が指で示す先にポツンと宝箱が設置されている。
迷宮には、どういうわけかこういう宝箱が置いてあることがある。
一説によれば冒険者を誘き寄せる為とか、溢れる魔力を形にしたものだとか、色々と言われているが結局は何も分かっていない。
「よし、智田。あれを鑑定してみろ」
「はいっ! 鑑定!」
ぴかん、と智田の眼鏡が光る。
「出ました。『トラップ:ミミック』です!」
鑑定結果を聞いたエルドラが満面の笑みを浮かべて私の肩を叩いた。
「僥倖! よし、ユアサ。あれを開けてこい!」
コイツ、説明するよりも実際に見せた方が早いからって人をトラップに突っ込ませるように命令してくるのだ。
『貴様の防御力と神聖魔法ならばどうとでもなる』と正論をぶつけてくるので反論のしようもない。キレそう。
まあ、言葉で説明されるよりも、目で見て感じた方が早いというのは私も賛成だ。
というわけで驚く三人を他所に私は宝箱を開ける。
宝箱が文字通り牙を剥いて私に齧り付いた。
「……あのように、魔物が宝箱に擬態する個体もいる。あれはミミックという種類の魔物だ。外観だけでは区別することは難しいから、必ず宝箱を開ける前に鑑定をするように」
「え、あの湯浅さんが齧られてますけど……」
丁寧な解説を入れるエルドラ。
ドン引きする坂東。大丈夫、君の感性は何も間違っていないよ。
「ミミックの牙には毒、さらには魂に干渉するスキルを使用して攻撃してくることもあるので、なるべくなら交戦は避けろ。【敏捷】は低いから、逃げ切るのは難しくない」
エルドラは一通りの解説を終えると、素早く呪文を詠唱して『火球』を放ち、ミミックを一撃で仕留める。
その鮮やかな手口に智田はぱちぱちと拍手をした。
「さて、そろそろお前たちもレベルが10に到達した頃合いだな。時間にも余裕があるし、ボスに挑戦してみるか?」
「え? いいんですか!?」
「条件付きだがな」
私はエルドラの申し出に驚いて顔をあげる。
事前に聞いていた話では、ボスに挑むのは三日目ということだった。
すぐさまエルドラの伝達魔術が飛んできた。
「安心しろ。今日は様子見で、彼我の実力差を思い知らせてやるだけだ。君もさきほどのアルミラージでの戦闘の浅沼と坂東の動きを見ただろう?」
頷く。
レベルが5になった辺りから智田だけが活躍していることに納得ができない様子で、なんどかエルドラに魔物との戦闘に加勢することを直訴していた。
今日は戦闘の雰囲気を掴むだけのはずが、彼らの熱意に押される形で前倒しになったのだ。
「この地球には電脳遊戯がある。それの影響かは分からんが、雰囲気を掴んだ気になって慢心しているのは非常に良くない。ここいらで大きな失敗をする前に鼻っ柱を折ってやるべきだ」
エルドラの言いたいことは分かる。
とてもよく分かる。
だからこそ、果たしてそう上手くことが運ぶだろうかという懸念があった。
本音を言えば、そのような危険行為に駆け出しも駆け出しの彼らをやらせるべきではない。
だが、この様子だと明日にはこちらの制止を振り切ってしまいかねない危うさがある。
悩んだ末に、私はエルドラに説得される形で折れた。
いざとなれば、救助に入るという条件付きで。
「俺が魔物を引きつけて、その隙に坂東が攻撃。智田は魔法での援護を頼む。坂東が全体的な状況を見て、救助を頼むかどうかを判断してくれ」
「了解。攻撃系のスキルを成長させる」
「なら僕は詠唱を短縮するスキルを取得するぞ」
真剣に戦闘の手順を打ち合わせる三人。
随所にゲーム用語が出てきたりなど不安になる要素はあったが、無茶はしないという約束は守ってくれそうだった。
その結果が目の前の惨状だよ!!
適正レベルより少し上のジャイアントアルミラージを初日で討伐しやがったよ、こいつら!!
遠藤でも二日は様子を見たってのに、伝説を打ち立てやがった!!
「地球人はこんなやつらばかりなのか?」
「(違うと思う)」
エルドラは何故か私に白んだ目を向けてきた。そんな目で見つめられる謂れはないので、抗議の意味を込めて殴った。
エルドラは「おろしたてのローブが汚れるからやめろ」と生意気にも文句を言ってきた。
明日はもっと大変なことになりそうだ。
そんな予感だけがひしひしとあった。
この三人に入れ知恵したやつがいるんすよ。なんでもSランク冒険者パーティーを率いるとある青年が彼らと親しげに話していたとかなんとか。




