第十一話 冒険者に復帰して初めてのお仕事
私は冒険者ギルドの建物を見上げる。
新しい建物が並ぶ如月市のなかでも引けを取らない新築の建物だ。
〈戻ってきましたね、冒険者ギルド!!〉
日本に戻ってから数日。
私はエルドラから電話越しの説得に折れて、彼の手伝いをすることになった。
エルドラの話によれば、とにかく人手が足りないとのこと。私でも出来る簡単な仕事、むしろ私が適任な護衛依頼を任せたいという。
私がサポートしたところで高が知れていると思うのだけど、エルドラがしつこかったからしょうがない。
おまけに通話を聞いた母さんにまで怒られたのだから、私は冒険者に復帰する羽目になってしまったのだった……。
なんでバカンスに行ったドバイでエルドラに正体がバレてしまうんですかね。
後々ながら、色々と迂闊な自分の行動が嫌になってきた。
しかし、過ぎたことを悔やんでも仕方ない。
「はあ……」
ため息を吐きながら数日ぶりに鎧を着用し、やって来た冒険者ギルド。
バスの都合でエルドラとの待ち合わせより十分ほど早く到着したので、ホールで他の冒険者たちを観察しながら待つ。
「冒険者登録をお願いします」
引退する前よりも、新人の冒険者が目立つ。
カローラが張り切りながらギルドのルールや制度を説明していた。
どうやら、紅晶竜レッドドラゴンとの戦闘をナージャがスマホで撮影していたらしく、それが動画サイトに投稿されたことで冒険者人気にまた火がついたらしい。
広告収入をちゃっかり私の口座に振り込んでいるナージャの強かさには呆れるしかなかった。
『動画再生数が百万を超えました!』
と、URL付きで送られてきたので母さんに転送しておいた。母さんは『あらやだ、遠藤くんがかっこいいわ!!』とはしゃいでいた。母さんの推しは遠藤のような若い男の子なのだ。
そんなことをぼんやり反芻していると、背後から名前を呼ばれた。
「あれ、もしかして湯浅さん?」
「あの甲冑はそうだ!」
「お久しぶりです!」
高校生ぐらいの若い男子三人組。
【皆殺しの館】で救助した浅沼、坂東、智田だった。
「あれから俺たち、冒険者になることを決めて、今はそのインターンに来ているんです!」
角刈りの青年、浅沼は快活に笑う。
あんな怖い目に遭っておきながらよく冒険者を目指そうと思ったものだ。
「まだレベルはマイナスですけど、筋トレだけはみんなで毎日欠かさずやってます。湯浅さんに追いつけるように頑張ります!」
右眉に傷のある青年、坂東。拳をグッと握りしめる。勉強よりも先に筋トレが出てくる辺り、いかにも運動部な思考回路をしている。
多分彼は実際にやってみてから試行錯誤をするタイプだ。
「魔法の基礎知識だけは頭に叩き込んできました」
三人の中で一番、様変わりしているのが銀縁眼鏡を掛けた智田。細い身体には筋肉がしっかりとついている。
「(そうか。頑張れよ)」
励ましの言葉を文字にしてやる。三人はコクコクと頷いた。
純真無垢な子供って感じがするなあ。微笑ましい。
「俺たちの指導教官にエルドラさんがなるってきいて、もしかしたら湯浅さんに会えるかもって話してたんだよな!」
「あのレッドドラゴンの動画見ました! オフラインで保存して何度も見てます!」
「エルドラさんみたいな魔法が使いたい……!」
……ちょっと憧れが重いかなぁ?
智田に至ってはエルドラの厨二ファッションの系譜を引き継いでいらっしゃる。どこで手に入れたんだよ、その光すら反射しないローブとドラゴンを模した杖は。
他二人も見慣れない武器を装備している。
しかし、ついに高校も冒険者ギルドをインターン先に組み込んだのか。
レッドドラゴンの動画が投稿されてから、世間の冒険者に対する風当たりは軟化しつつあるらしいが、まさかここまでとは。
周囲を改めて見渡す。
新人冒険者はほとんどが若く、日本人が多い。どうやらインターン生が割合を占めているようだ。
〈エルドラが言ってた護衛依頼って、三人のレベリングの補助ですかね〉
私は心の中で並列思考に賛同する。
冒険者にとって、15レベルに至れるかどうかが鬼門だ。逆説的に言えば、15レベルにさえなってしまえれば、あとは大体どうにでもなる。
頭部さえ残っていれば蘇生は可能だし、魔物に負けたとしてもレベルを上げて再挑戦することができる。
なるほど、電話越しで言っていた私にうってつけの仕事なわけだ。
やっぱりエルドラは賢い。さすがハイエルフ。
「ようやく来たか。待ちくたびれたぞ、三人とも」
カツカツと靴音を響かせながら姿を現したのはエルドラ。
漆黒の金縁ローブを着た彼は、心なしかキリッとした顔をしていた。
「ふん、俺が用意してやった装備をキチンと着てきたようだな」
「「「はいっ!」」」
キラキラした顔で頷く三人。
「エルドラさんの杖を譲って貰えるなんて……!」
智田が感極まったように杖を握りしめる。
そういえば、出会ったばかりの頃のエルドラもあんな杖を使っていたような気がする。
「レベルが1になるまでその杖に込めた魔力で簡単な魔法が使えるはずだ。基礎的な支援魔法は頭に入れているな?」
「はいっ!」
智田は頬を赤く染め、杖を抱きしめながらコクコクと頷く。さながら乙女のような表情だ。
「他二人は前衛志望だったか?」
「「はい!」」
「ある程度レベルが上がるまでは回避に専念しておけ。被弾しても死なない生命力になった時に前衛を任せる」
少し不満げな表情の浅沼と坂東。しかし、分別は弁えているようですぐに頷いた。
「ユアサ、薄々勘づいているとは思うが、君にはーー貴様には新人三人の護衛を頼む。チダは俺の側にいるから狙われる確率が低いとは言え、アサヌマとバントウは前衛ゆえに魔物に狙われる確率があがるからな」
エルドラは「ああ、そうだ」と思い出したかのように空間に手を突っ込んだ。何もない場所から取り出したのは見覚えのある盾になんらかの魔改造が施されたライオットシールド。
四隅に『血瞳晶』、中央に人の頭ほどの『血瞳晶』があしらわれた透明な盾だ。
「あのレッドドラゴンの恩恵強奪を擬似的に再現したものだ。これは一日に一度しか使用できないから気をつけろ。魔力を流して魔物のヘイトを集める効果は健在だ」
『血瞳晶』はレッドドラゴンを彷彿とさせるような爬虫類の目をしている。それがギョロリと一斉にこっちを向いた。
試しに盾を握ってみる。
何故か『呪怨耐性』のスキル習熟度がもりもり上がっていく。これ、カースドアイテムじゃない?
「昨日までは落ち着いた外見をしていたのだが、どうやら貴様に反応して正体を現したようだな」
盾が体や意識を乗っ取るために侵食してくる、ということはなく。鎧と同じようにしばらくすると諦めて大人しくなった。
「このようにカースドアイテムは持ち主の意識を乗っ取ろうとすることがある。ステータスや意志の強さに自信がない限りは、その場で破壊するのが堅実だ。間違って誰かが拾うこともあるし、魔物が武器に使うかもしれんからな」
頷く三人。
エルドラのやつめ、私をダシに教育の手本にしたな……??
まあ、いいけどさあ。一言ぐらい断りがあってもいいじゃんか。
こうして、私とエルドラは新人の教育を担当することになったのだった。
この三人がまさか一週間でとんでもない逸材にまで育つことになろうとは、この時の私たちには知る由もなかったのだった…………!!
つーか、予見できてたまるか!!!!
次、新章です。
章タイトルは【熱界渦雷グリーンドラゴンを討伐せよ(ただし手段は問わない)】の予定です。




