第九話 つい、うっかり……カバーリングをしてしまいまして
ワクチン接種してたら投稿遅れました
吹き荒ぶ爆風、雷撃と剣戟の音。
魔物の脇をすり抜け、ローブをひるがえしながら剣を振り上げて翠花に迫るアンガルモ。
激しく両者は鍔迫り合う。
翠花の配下である魔物が影から現れては、アンガルモに飛びかかる。
「『気炎万丈』!」
アンガルモの剣身に赤い炎が灯る。
剣身から迸った火の粉に触れた低位の魔物が燃えて灰となり、辛うじて炎に耐えた魔物はリィズの弓で仕留められていく。
攻撃の余波で生じた凄まじい熱風が、離れたところにいる私とエルドラの元にまで届いた。
エルドラはその熱風を法衣鎧で遮り、私を抱えたままスライムの突進を避け、すれ違いざまに『炎嵐』を当てる。
リィズは杖に魔力を込めながら叫ぶ。
「相変わらず化け物みたいな威力ですこと!! ーー『フレイムコート』!」
障壁を張って攻撃に巻き込まれることを防ぎ、なおかつ炎を魔物の群れがある方向へといなす。
〈なるほど、エルドラの魔法を無効化するよりも利用する方が消費する魔力が少なくて済む。帝国の魔術師は誤射を防ぐより有効利用する道を選んだわけですな……そら、誤射が治らないわけだ〉
エルドラの腕の中で私はそっと遠い目をする。
あの威力の魔法をいなすだけでも莫大な魔力と相当な魔法の腕が必要だろうに。
「これだけの魔物を調伏するとは……いくら天職がモンスターテイマーとはいえ、規格外にも程がある」
エルドラが忌々しそうに呟く。
テイムした魔物を管理できる限界が、通常は三匹から四匹と言われている。体調管理から指揮系統の掌握含めて、四匹以上になれば反乱を起こされる可能性もあるからだ。
あとは信頼関係を構築できるだけの時間的都合というものもある。
シンディやアレクセイへの対処に使用した魔物の数も含めると、既に翠花は三十体の魔物を使役していることになる。
どの魔物も恐ろしいほどに統率が取れていて、連携した動きで攻撃を繰り出していた。
魔法を紡ごうとしていたエルドラがハッとした様子で、魔物の群れを見る。
「ああ、なるほど。四体の魔物に群れを管理させているのか。それならば確かにこの数をコントロールできるな」
私を抱えたまま、エルドラは跳躍して建物の屋根に飛び乗る。
ぱたばたと裾が風にはためき、眼下では魔物たちと二人の魔術師が争っていた。
そこから距離を取りつつ、上空を飛行する二匹の魔物。
魔法を使うインコのような鳥と、人ほどの大きさもあるカラスのような猛禽類。時折「ガアアアア」と鳴くたびに、負傷に怯んだ魔物が逃亡する足を止めて戦線へ戻る。
「あれが指揮官か。監視の役目も担っているとみて間違いなさそうだな」
エルドラは視線を動かして、船が停泊する海を眺める。それから、妙案を閃いた顔で恐ろしい台詞を吐いた。
「ちょうどいい。そこにある海を使うか」
あ、嫌な予感がする。
エルドラの足元に魔法陣が浮かぶ。
清らかな青色の雰囲気を放つ術式は、記憶の底を漁ってみても全く該当する項目がない。
ただ、知識のない私でも、その複雑な術式は碌でもない結果をもたらすものだとすぐに理解できた。
「大海よ、水を束ね滝となりて降り注げーー『大瀑布』」
視界の端で海が盛り上がる。
さながら海蛇のようにうねり、円を描きながら二股に分かれた海水。
上空を飛行していた鳥の魔物たちを捕らえると、その圧倒的な質量で地へと堕とした。
さらにその下にいた他の魔物たちも海水を被る。
「無茶苦茶な戦法をッ……!」
唖然とするアンガルモ。
海を操って上空からナイアガラの滝のように降らせる。文字にするとなんでもないように思えるが、実際にやるとなれば膨大な魔力と術式が必要となる。
「まあいい、これも勝機と見た!」
浸透圧の関係で水分を失い、露出したスライムの核を踏み潰しながらアンガルモが狼狽えていた翠花に迫る。
炎を纏った剣が翠花の身体を切り裂く。
「ッ、幻影!?」
切り裂かれた翠花はどろりとスライムのように溶ける。
エルドラと私が気配を感じて空を見上げた。
そこには両手に短剣を持ち、落下する翠花の姿。首に絡みついていたのは、ランダムな地点に転移して逃げることで有名な小猿の魔物。
「もらったあっ!!」
短剣の刃にドス黒い靄が宿る。
強烈な呪怨を纏わせた一撃。落下の威力を併せたそれは、当たれば致命傷になるだろう。
よりにもよって、エルドラは身体をよじって私を庇った。
バランスを崩して屋根から落ち、水溜りの上に着地をする。
「…………」
違和感を覚えて眉をひそむエルドラ。心なしか、私を見つめる視線が鋭い。
〈本体、やっちゃいましたね〉
咄嗟のこととはいえ、いつもの癖で庇ってしまった。
鎧のない状態で、呪怨も合わさった攻撃に対してスキル『カバーリング』を使用してしまった。
よりにもよって、この場面で私はやらかしてしまったのだ。
「おかしいな。俺は君を庇ったはずなんだが、どうして君が怪我をしている?」
エルドラが手袋についた血を呆然と眺めながら、私に質問を投げかけてきた。
私はエルドラの咎める視線から顔を背けて、こちらを屋根から見下ろす翠花を見上げる。
「……そういえば、君の名前は彼と同じ『ユアサ』という綴りだったな。偶然の合致かと思ったが」
真実にたどり着いたエルドラの独り言を聞きながら、私はひとまず全ての責任を翠花になすりつけることにした。
「……そんなことより、今は目の前の敵に集中するべきではないでしょうか。ほら、今にもこちらを追撃してきそうです」
矛先を向けられた翠花は目を見開き、短剣を構える。
それを睨みつけながら、エルドラは依然として縛られたままの私を抱える腕に力を込めた。
「……あとで話を聞かせてもらうぞ。『ユアサカナデ』」
「嫌です……おろしてください……」
「断る」
逃がすまいとより強く抱きしめられてしまった私は、彼の腕の中でグッタリとする。
なんだってこんな事になっているんだろうか。
母さんを喜ばせたくて旅行に来ただけなのに、変なことに巻き込まれてばかり。
それもこれも、翠花が悪い。そうだ、全部アイツのせいにしてしまおう。
〈これは酷い責任転嫁〉
うるせぇ。
短剣を両手に持った翠花が屋根から飛び降りてエルドラに斬りかかる。
それをエルドラは魔法で応戦。
「『湯浅奏』? その女が?」
顔面に飛んだ炎の球を短剣で切り捨て、後ずさるエルドラを追いながら翠花が疑問を呈する。
「チガイマス」
私は条件反射的に否定する。
「なるほど。大人しく人質になったのも、俺を誘導する為か! なかなかの切れ者だな、美人!」
勝手に納得する翠花。
もう私の発言内容関係ないじゃん。なんで聞いたの????
「想定外だが、ここで捕まるわけにはいかない!」
「それは出来ない相談ですな」
エルドラに迫る翠花だったが、それは叶わず血を散らして地面に転がる。
足の腱を切られた翠花が呻き声を上げながら傷口を押さえた。
剣を振り抜いたアンガルモがゆっくりとした足取りで翠花に近づく。
「ぐあっ、やっぱり『アウター』の連中は地球の冒険者と違うネ。でも、ここで捕まるわけにはいかない!!」
指揮官を失った魔物の群れは統率を失っていた。アンガルモに斬り伏せられ、リィズの魔法に捕らわれ、その数を減らしていた。
パンダとインコ、そして小猿の三匹にまで減っているにも関わらず、翠花の目からは焦りがなかった。代わりに昏い目をしていた。
「出来れば、この手は使いたくなかったが……!」
翠花が鋭く『指示』を出す。
さらに懐から何か黒くて丸いものをこちらに向かって投げる。
アンガルモが切り捨てるや否や、黒丸は破裂して周囲に煙を撒き散らす。
「氷弾!」
リィズの呪文を詠唱する声が聞こえて、ひゅんと氷が風を切って飛んでいく音がした。
壁にぶつかる音はしたが、魔物か翠花が巻き込まれた音はない。
「『微風』」
エルドラが素早く呪文を唱えて煙を吹き飛ばす。
そこに翠花の姿はなく、血の跡が点々と倉庫街の奥に続いたかと思えば、海のふちで途切れていた。
どうやら魔物に支えられながら海に飛び込んで姿を眩ませたらしい。
「……逃したか」
エルドラは落胆した声を漏らす。
「リィズ、アンガルモ殿は念の為に周囲を捜索してくれ。付近にいないとは思うが、万が一だ。見つけた場合は交戦を避けても構わない。魔力の残量も心許ないだろう」
エルドラの言葉にアンガルモは「恥ずかしながら……」と頬を掻き、リィズは無言でエルドラを睥睨する。
「ふん、嫌味ったらしい男」
それだけリィズは吐き捨てて、杖を片手に倉庫街の奥へ消えていく。
アンガルモも剣を鞘にしまいながら、建物の裏へ消えていった。
よし、このままどうにかこの場を離脱して全部をなかったことに!!!!
「……さて、邪魔者も消えた事だし重要な事項についてこれから腰を据えてじっくりと話し合う事にしようか」
「ひえっ」
目が笑っていないエルドラが、すごく怖かったです。
◇ ◆ ◇ ◆
「ーーなので、ここにはバカンスで来たんです。えへへ……」
これまでの経緯を洗いざらい吐いたところ、エルドラは深いため息を吐いた。
「たまたま堕腐教の大司祭が宿泊していた部屋の一つ下を借り、たまたま人質になった。なるほど即席の嘘にしては随分と杜撰だな」
「いや、本当に知らなかったんですってば……!」
「俺がそんな見えすいた嘘に騙されるとでも?」
「ありもしない妄想に囚われてますよ!!」
エルドラは肩を竦める。
「分かった、分かった。そんな嘘をつかなきゃいけない理由があるんだな」
「ああああ、もうなんだって変な誤解を……!」
頭を抱えて呻く私に、エルドラはひとしきりケラケラ笑った。
「嘘は下手でも演技は得意か。無口を貫くだけはあるな」
「それも誤解です……」
「とにかく、周囲に奴の姿はないようだし、一度ホテルに戻るぞ。君の母さんが心配ーー」
エルドラはそこで言葉を切ると、少し考え込む素振りを見せた。
「娘を頼む、と言われた時は深く考えなかったが、今にして思えば妙に嬉しそうにしていたな。ふむ、なるほど。つまりそういう意味か」
「え? どういう意味です?」
「なんでもない。こちらの話だ」
「え? え? 待って、母さんが何を言ったんですか!? ちょっと! 待てぇっ!!」
紐を引きちぎりながら私はエルドラを追いかけて話の真相を探ったが、エルドラは「絶対に教えてやらん」と半笑いを浮かべるばかりだった。
ああああ、なんか嫌な予感がするぅ……。
感想・ブクマ・ポイント評価に読了ツイートありがとうございます!!
デデドン! ででで、でっでっどん!!
エルドラに しょうたいが ばれてしまった!!
次回、『元仲間を脅迫するとかちょっと……』
お楽しみに!!




