第七話 人質になる元盾役
誤字脱字報告ありがとうございます!
実は異世界人は地球の名前がランダムな音の組み合わせに聞こえるのでカタカナ表記という本編でいつ語られるのか分からない設定があります……
朝焼けに照らされたロビーには、険しい表情を浮かべたエルドラ、アンガルモ、リィズの三人。
死んだはずのルカさんはちゃっかりロビーのソファーに座り、うっすらと赤い線が残った首を舌打ちしながら撫でていた。
どうやら蘇生されたらしい。
リザレクトはかなり魔力を使うから、神官に大金を積んでも断られることがある。さすがハイエルフ、きっと莫大な魔力があるから蘇生できたんだろう。
「それで、犯人の顔は見ていない……と」
「ああ、エルドラ卿。本官はルームサービスを受け取るために扉を開けた瞬間、気がつけば殺されていた。恐らくはなんらかの魔法によるものだ。こちらの命を狙われた以上は捜査に全面協力する。犯人が分かり次第、こちらにも教えてほしい」
「この首の傷の礼をしなくてはいけないからな」と銃に弾薬を詰めるルカ。これはまた血が流れる気配がするな。
どうやらハイエルフたちの他はまだ来ていないらしい。
寝癖のたった母さんがカメラを片手にフラフラと彷徨うのをそっとソファーへ誘導する。ぐうぐう寝始めた母さんを他所に、エルドラ主導の事情聴取が始まった。
「昨夜夜の二時から三時の間、どこで何をしていた?」
「部屋に戻ってから電話が来るまで熟睡していました」
「だろうなあ……」
エルドラは私にもたれかかって眠る母さんを眺めながらそう呟く。
従業員が気を利かせて持ってきてくれた毛布を母さんにかけ、私は気になっていたことをエルドラに問いかけることにした。
「昨日の事件なんですけど、誰が殺されたんですか?」
「む。ああ、そうか。君たちはあの後、部屋に戻ったから聞いていないのか。田中太郎という人間で、とある犯罪組織の幹部だ」
「まあ、そんな怖い人と同じホテルに泊まっていたなんて。第二の……じゃなかった。犯人が捕まったのに、第三の殺人事件が起きたと聞きましたし……」
「蘇生に成功したが、犯人の顔を見ていないらしい。何か不審な物を見たり、聞いたりしていないか?」
「すみません。すっかり油断して寝ていたので……」
「いや、君が謝ることじゃない。何も見たり聞いたりしていないんならいいんだ」
……なんだ、この優しいエルドラは。
側から見るなら面白いけど、こうやって対応されるとなんだかこそばゆいな。
若干居た堪れない空気に困惑していると、エルドラの方から話を振ってきた。
「ここへは観光に?」
「ええ、日本からここへ親孝行を兼ねて来ました」
「その歳で親孝行か。君のような子供がいて、母親もさぞかし誇らしいだろうな」
「い、いえ……」
ヒキニート志望なもんで、よく親を泣かせています。
とは言えず、私は押し黙った。
邪気のないエルドラを相手にするとどうも調子が狂う。
はっ!? まさか、コイツ偽ドラか????
〈あ〜居ましたね、そんなヤツ。結局どうなったんですかね、あれ〉
こっちからコンタクト取れないし……
御守りを結局使っちゃったからねえ。貸りが一つあるんだよね。
そんなことを考えていると、エルドラが話を続けてきた。
「観光に来てこんなトラブルに巻き込まれるとは災難だったな」
「一刻も早く犯人に捕まってほしいですねえ」
事件が解決したらエルドラから距離を置く。
置かねばならない。このままでは、顔の良さに私のメンタルが引き摺られてしまう。
恋愛経験クソ雑魚ナメクジな私にとって、エルドラはただでさえ顔がいいという圧倒的アドバンテージを有しているにも関わらず、高身長というこれまたドンピシャな優位性を有している。
もし、これ以上、爽やかな優しさを突きつけられたら……私なら惚れかねないッ!!
〈偽ドラも爽やかでしたよ?〉
あれはなんか胡散臭いからノーカン。
〈基準がガバガバ過ぎる〉
とにかく、とにかく、だ。
これまでは『三百年誤射マン』だとか『歳下相手に嫌味飛ばすおじさん』ということでなんとか精神的均衡を保ってきたが……そろそろ不味い。
ここ最近、エルドラの欠点を見ていないせいで、私の乙女心がときめこうとしている。
これは非常によろしくない。
どうにかしなきゃ、と一人で焦っていると、エルドラの耳がピクンと動き、エレベーターホールに視線を向ける。
「すまない、話の途中だが他の宿泊客が来たらしい。そこでしばらく休んでいると良い」
スッと立ち上がるエルドラ。
その優雅な所作に煙管を吸っていた姿を思い出し、私は無言で腕を抓った。
正気に戻れ、私。相手は三百年誤射マンだ。初対面の相手に喧嘩をふっかけてくるようなヤツだ。碌な男じゃないぜ。
よしよし、ようやく心臓が落ち着いーー
〈ドラゴン戦の時、助けようとしてくれましたよね〉
最終的にアイツ誤射ってたからノーカンですぅ!!
〈でも、そのおかげで生命力を回復するだけの魔力、貰えましたよね?〉
ち、違いますけど!?
あれぐらい、根性でひりだせましたけど!?!?
〈へい、ゆー、認めちゃいなよ〉
並列思考、テメェまじでぶっ飛ばすぞ!!!!
〈きゃー、こわーい♡〉
クソが!!!!!!
はーっ、はーっ、並列思考のヤツめ。
散々、本体を弄っておきながら、ダンマリを決め込みやがった。
クソが。いつか絶対にボコボコにしてやる。
エルドラは……シンディの事情聴取か。
母さんはぐーすか寝てるし、他のハイエルフ二人は何か相談している。
ホテルのフロントは迷惑そうにこちらを見ているけれど、私の内面の葛藤に気づいた様子はない。
ふへーっ、なんだかこの数十分で一気に疲れた。
早いところ事件を解決していただきたいね。
そんな事を考えていると、エレベーターホールからまたもう一つの足音が聞こえた。
視線を向けると、そこには翠花の姿があった。のっしのっしと歩くパンダを傍らに侍らせている。
「また殺人事件と聞いたアルが、誰が死んだアルか? アレクセイ?」
翠花の菫色の瞳がゆらりとロビーを見回す。
ロビーの片隅に座るルカと、その隣に不貞腐れたように座るアレクセイを見て目を丸くした。
「俺だ、翠花」
「ルカがやられるなんて珍しいアルね。それで、どこの誰にやられた?」
「それをこれから見つける」
ルカの灰色の瞳がエルドラの方を見た。
装填を終えた銃をクルクルと片手で回す。危険だから即刻やめてほしい。
「いや、もう犯人は見つかった。Aランク冒険者ツイファ、貴様がこの一連の事件の犯人だ」
エルドラの見下ろす視線に、翠花はふっと笑った。
「さあ、何を言っているのかサッパリ分からないアル」
エルドラが田中太郎とルカを殺した人物として指名したのは、中国人冒険者の翠花だった。
「アレクセイを誘ってこのホテルに来たのは、もしもの時に犯行をなすりつける為。ルームサービスを注文した田中太郎に判断力が低下する毒薬を飲ませ、錯乱した彼が部屋を出ようとしたところを殺害。同時刻、裏道で辻斬りしていたアレクセイに疑いの目が向くようにしたーー違うか?」
うわ、なにその犯行。
かなり計画的な殺人じゃん、こわ……。
「だから違うアル。冒険者が一般人を攻撃したらとんでもないことになるって誰もが知ってると思うけど……」
「モンスターテイマーの天職を持つ貴様のステータスは全体的に低く、スキルもモンスターを支援するものに特化している」
「ちっ、面倒くさい奴ネ。流石はユアサの知り合いヨ」
え、なんでそこで私の名前が絡んでくるんですか?
そりゃあなたのモンスターに噛みつかれた時に防御力が高すぎて牙をぼろぼろにしてしまったことはあったけどちゃんと治療してあげたじゃん。
「第一の殺人はともかく、ルカの件はどうなるアル? 我の攻撃力では一般人は殺せても、ルカは殺せねえアル」
たしかに一般人と冒険者なら、それほど天と地ほどにステータスの差がある。
攻撃力の矛盾が生まれるわけだ。
翠花の反論にエルドラは表情一つ変えることなかった。
「本来、同種族の者を殺したとしてもレベルアップはしないが、一部例外もある。暗月神などの邪教崇拝などが挙げられるな。復讐を成し遂げて祝福でも授かったと考えれば、そこの軍人を殺害できるだけの攻撃力を確保したという説明もつく」
「就是这样了。つまり全部お見通しだったということネ」
ケラケラと腹を抱えて笑う翠花。
「そう、我が殺したアル!」
「ならば、詳しく話をーー」
「それは無理ネ!」
突然、翠花は私の襟首を掴むと跳躍。出入り口に通じる扉を背後にとって、私の首元に短剣を突きつけてきた。
「全員、動くなっ! この女がどうなってもいいのか!?」
「えっ……? えっ……????」
首にはがっちりと翠花の腕が絡まり、鋭利な金属が肌に触れる。ふわっと香る桃にいよいよ私の思考は停止した。
母さんじゃなくて良かった、と思うべきなんだろうな。複雑だけど。
「美女、動かないで。我はアレクセイと違って、他人を斬りつける趣味はないネ」
アレクセイが「心外だ!」とでも言わんばかりに立ち上がる。
他の冒険者たちもまた、各々の武器を手にこちらを見る。
「あの田中太郎という男は死んで当然の男。我が故郷を滅ぼしたドラゴンを操ろうとした邪悪の権化! いずれは残る二竜をこの手で葬ってやるアル」
ジリジリと私を引き摺りながら出入り口へ後退する翠花。
エルドラたちハイエルフは焦った表情を、アレクセイを筆頭とした冒険者たちは戦闘の予感に爛々とした目を、そして私の母さんはーー何故かビデオカメラの録画ボタンを押してこちらを撮影していた。
母さん……???
〈盾に向いている人を人質に取るとは、なかなかなミラクルラックですね〉
この状況はマズい。
もし、万が一にでも短剣が刺さろうものなら私が元冒険者であることがバレてしまう!!
くそ、どうしたらいい? どうすればこの危機的状況から逃れられる!?
「馬鹿な真似はやめろ、そんなことをしても逃げきれないのは分かっているだろう?」
「ハン、それはこちらの台詞ネ。人間、その気になれば何処へでも行けるアル」
翠花が扉に向かって駆け出すと同時にリィズが叫んだ。
「ーー遮蔽!!」
バタン、バタンと出入り口だけでなく窓が全て閉まり、表面を魔力が覆う。
あれは技巧神の特殊神聖魔法!
外界に通じる出入り口を封じ、更に防御力を魔力で上昇させるという監禁するには打って付けの魔法だ!!
「パンダ! コンビネーション技を放つアル! アチョー!!」
パンダの周りを炎が包む。
翠花は私を樽のように抱え、飛び蹴りを正面扉に向かって放つ。
クロスアタックというモンスターテイマー基本の技だ。
ばりんとガラス扉が割れ、周囲に破片が散乱する。
どよめく出勤途中の通行人、急ブレーキを掛ける車道を走っていた車、そして「パンダ!!」と叫ぶ観光客。
「きゃー! 誰が助けてぇ〜!!」
無辜な一般人の私は悲鳴をあげた。
「以后,我们不会再见面《もう二度と会うことはない》!!」
パンダに乗り、高笑いをする翠花に私は攫われてしまったのだった……!
しょうがない、頃合いを見て脱出するか。




