第六話 黒幕の正体
エルドラ・フォン・ド・バウミシュランは頭を抱えていた。
追っていた大司祭の田中太郎が死亡し、なんとか彼が所有していた資料を押収する事には成功した。教団の規模や他の司祭について詳細な情報を手に入れられなかったことは惜しいが、過去のことを悔やんでも仕方がない。
田中太郎を殺害したと思しき〈最低最悪〉のアレクセイから事情聴取していた隙に、〈永久凍土〉のルカが殺害されたのだ。
何故ルカが殺害されたのか。
幸いにもレベルが15以上あったので蘇生圏内だった。なんとか無事に話を聞くことが出来たが、彼にも犯人と動機について心当たりがないという……。
だが、犯行の手口は共通しているから、犯人は同じである可能性が高い。
アンガルモがルカの鞄にしまわれていた資料を机の上に投げる。
そこには田中太郎の写真と堕腐教の規模について詳細に記載されていた。
許可を得て中身に目を通したとはいえ、やはり衝撃はある。
「まさか、このホテルに集う冒険者たち全員が私たちと同じく堕腐教大司祭の田中太郎を追いかけていたとは……」
アンガルモが呟く。
このホテルに集った冒険者は、それぞれが三竜に戦いを挑み、敗北した経験を持つ。そして、各国の政府の命令や各々の信条に従って堕腐教を追っていたことが判明した。
リィズはアレクセイを監視している。
エルドラとアンガルモは、ルカを殺害した犯人を調査している最中だ。
(もしかして、ユアサも近くに……?)
スマホを取り出し、メッセージを送ってみる。中身はもちろん『おい、今どこにいる?』だ。もう何百通送ったのかも分からないが、時折、こうして五回に一回は返信が来る。
数分後に『内緒』と返ってきた。
(ナイトウの奴が俺の補佐に任命した時から只者ではないと思っていたが、どこまで奴はこの件に絡んでいるんだ……?)
無関心かと思えば、誰よりも行動が早い。
ふざけているのかと呆れた瞬間、彼は一切の油断なく魔物の前に立つ。
湯浅奏という人物は、エルドラがこれまで出会った知性体のなかで最も底が見えない。
(底が見えないと言えば……あの宿泊客二名の親子も変わっている。妙に堂々としていると言うか、怯えも警戒もない。どこかの貴族がお忍びで来ているのか?)
一時は黒髪黒目ということで、田中太郎の部下かもしれないと監視をしていたが、それらしい行動は未だに観測されていない。
そもそも、『撃力カウンター』や『スキルチェッカー』を通過している時点で人を殺害できる攻撃力を持ち合わせていないことは確認済みだ。
加えて、アンガルモの鑑定でも不審なところはないという。
アンガルモの鑑定は、エルドラと違い、隠匿の効果が高い代わりに副ステータスの一部を覗き見るものだ。
「ルカ、アレクセイ、シンディ、ツイファ……四人の中で攻撃系のスキルを最も多く持ち、なおかつ武器を投擲できるのはアレクセイのみ」
エルドラは手帳を開きながら、情報を整理していく。
「ルカは隠密に長けているが、武器は火薬を使用する銃火器に作用するスキルしかない。シンディは“捕食”に絡めたスキル攻撃なので、そもそも遺体の損傷と噛み合わない。ツイファは、天職のモンスターテイマーであるがゆえに魔物に攻撃を依存している……」
レベルというシステムは、知性体が闘争に勝利する為に神が構築したシステム。
神話によれば、創造神が自らの体を砕いて世界を作り、創造神亡き後に初めて神となったハイエルフの祖である叡智神が構築したシステム。
ポイントを支払うことで任意のスキルを取得し、成長させることができる。
さらにその後、叡智神の導きで神の座に至ったエルフが商業神となり、天職というシステムを組み込んだ。
もっともそれは後付けで足されたものなので、レベルアップした際にステータスの伸びやすさに補正がかかり、スキルの取得のしやすさが変わる程度のものでしかないが。
なので、モンスターテイマーや魔術師であろうとも、その気になれば攻撃系のスキルを取得して自らが前線に立って武器を振るうことができる。
「田中太郎のレベルは低いが、たしかに10はあった。防御力を含めると、最低でも攻撃力10は必要。一方で、30以上の攻撃力で攻撃されると遺体は文字通り破裂する……」
犯人は、少なくても10以上30未満の攻撃力を有している必要がある。
警察によれば、二回目の刺突で死に至ったと報告を受けている。
それらの事情を鑑みれば、犯人の攻撃力は武器込みで15。
アレクセイの攻撃力123と噛み合わない。
ルカを殺すだけの攻撃力で、田中太郎を攻撃した場合、遺体は文字通り肉片が周囲に散らばるだろう。
「我々の世界では、聖族に分類される人間を同種が狩ったとしてもレベルは上昇しない。それどころか悪徳となって神から見放されます」
「アンガルモ殿、犯人が信仰しているのは聖なる神ではなく邪神だ。それも、暗殺と報復を善行と見做す教義。復讐を遂げたことで祝福を授かった可能性がある」
「……それは、なんという」
アンガルモは口を押さえる。
神々が身近にいて、その存在を感じ取れる彼らにとって祝福は名誉である……それが、聖神と呼ばれる存在から賜ったものであるならば。
邪神から祝福を授かった者の末路は、吟遊詩人や貴族でなくとも知っている。それこそ、母が子供に言い聞かせる脅し文句よりも遥かに悪辣かつ救いのない結末は、いつだって恐怖の象徴だ。
「では、人を殺してレベルアップした……と?」
「可能性はある。大司祭をスキル無しで仕留め、ルカという冒険者をスキルと祝福で殺害。情報を手に入れて離脱を伺う……といったところか」
教団の殲滅を主な任務としてこなしてきたエルドラと違い、研究職についていたアンガルモは露骨に顔を青褪めさせた。
気の弱いアンガルモに、邪神の話は刺激が強すぎたらしい。
「カースドアイテムを嬉々として扱い、振り回す危険人物の次に怪しい人物がいるとしたら、翠花か」
ルカは射撃系のスキルを取得しているので、そもそも近接を苦手としている。シンディは言わずもがな、遺体すら残さず消し去ることが出来る。
犯行の手口が露見するような現場を残しているということは、そのような隠匿が可能なスキルを所有していないことの証明でもあるのだ。
(残る謎はルカを殺害した動機だが……)
そこまで考えて、エルドラは彼の鞄の中に仕舞われていたノートパソコンを起動する。
容態が落ち着いたルカがパスワードを素早く入力し、なにやらカチカチと操作して次々と表示される文字を読んでいく。
「どうだ? 何か異変はあったか?」
エルドラの問いかけに、ルカは灰色の瞳をディスプレイに向けながら声を漏らす。
「ちょうど、本官が死亡している時刻にUSB端子が接続された記録がある。念のためと監視アプリを入れておいて良かった。まさかファイルをコピーして盗み取るとは……!」
ファイル名には『調査報告』とだけ記入されている。
「大司祭を殺した犯人の目的は、堕腐教の調査記録! 他の冒険者であることは間違いない」
ルカが苦虫を噛み潰した顔で呻く。
まんまとしてやられたことに腹を立てる気持ちが分かるだけに、エルドラは口から飛び出しかけた嫌味を引っ込めた。
いずれにせよ、この一連の事件の黒幕の動機は判明した。堕腐教に強い怨みを持つ冒険者だ。
アレクセイはエルドラたちの事情聴取を受けた後、警察に連行されたのでアリバイがある。
容疑者は残り二名。
念には念を入れてアリバイを確認するが、翠花が黒幕と見て間違いはない。
(この件にどこまで暗月教が関わっているか、その調査をしなくてはいけないところが頭痛の種だな)
エルドラは増えるばかりの仕事にため息を吐き、愚痴のメッセージを湯浅に送った。
返信はない。この時刻だ。どこにいるかはわからないがもう寝ている頃だろう。
(変な騒動に巻き込まれていないと良いが……)
攻撃力がたったの2しかないというのに、妙に頼れる背中をした背の低い甲冑の騎士を思い出して、エルドラはふっと笑みを浮かべた。
(まさかこの俺が、異世界の人間と良好な関係を築く日が来るとはな。おまけに攻撃力が一桁……俺もだいぶ、地球の価値観に毒されてきたか)
レベルよりも攻撃力や魔法攻撃力が重視される。
特に戦闘に携わるならば、その副ステータスは【筋力】などの主ステータスよりも重きを置かれて評価されるのだ。
本来なら、攻撃力が一桁など相手にしなかっただろう。
(たった数時間、出発が遅れたことで出来た奇妙な縁……などとほざくほど歳を食った覚えはないが、彼がいなければドラゴンを倒せなかったのも事実。今、どこで何をしているやら)
(案外、近くにいたりしてな)と他愛もないことを考えるエルドラ。
件の人物と同じ建物内にいて、それどころか会話をしていたことに気づくこともなく、他の宿泊客から事情を聞く為にロビーへと向かうのだった。
「へっくち……風邪でも引いたかな。うげ、またメッセージが来てるよ……『お仕事お疲れ様です。大変な事に巻き込まれているようですね、お身体に気をつけてください。ご活躍と無事を祈っています』あとなんか手頃なスタンプも送っとこ……すやあ……」
エルドラ(アイツ、元気にしてるかな……)
湯浅奏(エルドラ、早く事件を解決して……)
並列思考〈戦闘がないから暇だなあ……〉
母さん(推理パートはやっぱりロビー? それとも断崖絶壁? きゃー! カメラのバッテリー充電しとこ!!)




