第三話 アリバイ確認
ーープルルルル……プルルルル……
寝起きでぽやぽやとする頭でベッドから抜け出し、部屋に備え付けられた電話の受話器を取る。
「はい、もしもし……? えっ、殺人事件が起こった? 捜査への協力義務? ええ、はい、分かりました……」
受話器を戻して、私は背伸びを一つ。
殺人事件かあ……殺人事件!?
このホテルで、よりによって今!?
まあ、このホテルは廊下にも監視カメラがあるぐらいだし、軽く事情聴取を受けるだけで終わるだろう。
時間は深夜か。気持ちよく眠っていたというのに、まったく迷惑なことをする奴がいたもんだ。
ぐうぐう寝ている母を揺すって起こす。
「母さん、起きて起きて。殺人事件が起きたって!」
「殺人事件っ!! 母さんの推理が活躍してしまうわねっ!!」
ミステリー好きな母はベッドから飛び起きると、いそいそと身支度を整える。
「ホテルだからきっと現場は密室ね!!」と元気に証拠もないのに頓珍漢な推理を繰り広げていた。
〈母さんは相変わらず元気だなあ……〉
最低限の身支度だけを整え、急いで指定されたロビーへ行くと、そこにはなんと……!
「エルドラ卿、このホテルから出入りした人物はいないようです」
「生命探知に他に反応はない。ここにいるのが全てで良さそうね」
「なるほど。やはり犯人はこの中にいる、と……」
ハイエルフが三人立っていた。
エルドラを中心として、見覚えのない男女のハイエルフがいる。
おお、エルドラくん、お友達が増えたのね。
元お世話係としてこれほど嬉しいことはないよ。
……ところで、イスラム教のドバイで露出の激しい格好は、場合によっては逮捕されるよ。気をつけてね。
それにしても、何故エルドラがここに?
まさか私の正体がバレた?
いやいや、そんなまさか……。
〈めっちゃこちらを見てますよ〉
気のせいだよ。気のせいに違いないって。
こちらに向かってスタスタ歩いてくるエルドラの姿なんか見えません。
「失礼、そちらの女性二人組。話を聞かせてもらってもよいだろうか」
あああああああっ!
バレてない! 良かったあ!!
普通に事情聴取だったよ!!
「困ります! そもそも、あなた方は何の権限があってこのホテルを封鎖しているのですか!!」
と思ったら、つかつかとこのホテルの支配人らしき人がやってきて、顔を真っ赤にしながらエルドラに抗議していた。
「アンガルモ殿、支配人への説明を任せても?」
「はい、お任せください」
ほんほん、あの髭を生やしたハイエルフの男はアンガルモって言うのね。
エルドラとは違って、渋い系のイケメンね。
……ちっ、これだから顔がいいエルフは。
エルドラより背が少し高いから、多分歳上なんだろうけど、部下みたいにこき使われてる。年功序列じゃないんだなあ。
「これで邪魔は片付いたな。失礼した。疑うようで申し訳ないが、昨夜九時から十時までどこでなにをしていたのか伺ってもよろしいだろうか」
警察みたいなことをしているなあ。
「『アウター』との条例により、この一連の事件に関して我々は警察に準ずる職権が与えられている。協力を拒む際は理由の提示が発生することをお忘れなく」
エルドラが懐から令状を取り出して、私たちに見せつける。
冒険者ギルドは、『アウター』関連の犯罪である場合は警察と協力して合同捜査を行うことがある(仲が良いとは言っていない)。
言語理解のスキルを有している私は問題なく読めるが、一般人の母は「あらやだ、外国語はさっぱりなの」と笑っていた。
「なるほど、アリバイ確認ね。昨夜九時から十時なら、私たち二人は部屋で休んでいたわ。朝からドバイを観光して、一日中歩きっぱなしだから疲れてしまっていたの。寝たのは何時だっけ?」
「九時半ぐらいには明かりを消した記憶があるよ」
私たちの話を聞いたエルドラは、静かに魔道具の自動メモに発言の内容を書き留めていた。
「なにか不審な物音を聞いたり、廊下を歩く人を見たりは?」
「さあ……? 私たち、扉の前に張り付いていたわけじゃないから、廊下を歩く人がいても気が付かないわね。ここのカーペット、ふかふかしていて足音を吸収するもの」
廊下を歩く、というフレーズに、私はふと下らないことを思い出した。
「ああ。そういえば、上の階の人がルームサービスを頼んでいるのがテラスから聞こえましたね。寝る前だったのは覚えていますけど、正確な時間までは……」
「なるほど。他には?」
「すみません。他に気になったことはありませんねえ」
母さんも同じようで、首を横に振っていた。
エルドラは魔道具を停止させると、その場で優雅に一礼。
「ご協力、感謝する。犯人を逮捕するまで、この場にいる方々にはホテル外への出入りを自粛していただく。宿泊の料金はこちらで立て替えるが、食事とルームサービスの代金は別になることを考慮してほしい」
それだけ言うと、エルドラは別の宿泊客のアリバイを確認する作業に戻った。
正体が露見しなかったことにほっと胸を撫で下ろす。
母が私の腕を掴み、がくがくと揺さぶりながら興奮した口調で捲し立てた。
「確実に殺人事件だわ、奏。おまけにイケメンが二人、美女が一人、これは三角関係間違いなしよ!」
「間違いしかないよ……」
ともあれ、エルドラたちが調査をしているなら、犯人はもう捕まったも同然だ。なにせ、エルドラの【知力】は1000もあるのだから、犯人がどんなトリックを使おうとも、僅かな手がかりさえあれば必ず真相に辿り着くだろう。
いやぁ、バカンス中に殺人事件が起きるなんて不幸に見舞われたけど、なんだかんだ言って私って悪運が強いよね。最終的になんとかなるもん。
〈それ、フラグにならないといいですね〉
いやいや、私はもう冒険者を辞めて一般人になったので。非日常とはおさらばしたんですよ。
さっさと部屋に戻りたい私に反して、母さんはハイエルフたちに興味深々。
母さんの気が済むまでその場に留まることになった。
耳を澄ませば、遠くで密談をする二人の会話が聞こえてきた。
「降霊術での呼び出しはどうだった、リィズ?」
「ダメね。レベルが低すぎて魂の記憶領域が破損していたわ。犯人の特定は難しそう。アンガルモの方はどう?」
「残留思念だけでは犯人の特定も難しい……辛うじて、暗月教の信者であることまでは突き止めたが、素直に信仰告白するとは思えんな」
どうやら露出が激しい女性の名前はリィズというようだ。
犯人は暗月教の信者とな。
たしか、暗月教は三日月と細剣をあしらった聖印がトレードマークの……
って、いかんいかん。
今の私は一般人。カルト集団について思いを馳せるなんて普通じゃない。
この事件は優秀な冒険者に一任して、私はのんびり犯人が逮捕される日を待とう。
そんな風に考えていた矢先ーー
「何故、俺たちが取調べに協力しないといけないのだ!?」
エルドラが次に向かった宿泊客のところから、耳を劈く怒号が聞こえた。
声につられてそちらを見る。
そして深く後悔した。
何故なら、そこにいたのは“原初の迷宮攻略者”と呼ばれる世界的に有名な冒険者たちが集っていたからだ。
〈ほらぁ、やっぱりフラグじゃないですか。エルドラがいる時点で、絶対にややこしいことになるのは目に見えてましたもん!〉
……またトラブルかあ。たまげたなあ。
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