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女冒険者は絶対に引退したい〜Sランクパーティーから追放されたので、これはもう引退するしかないと思います。引き留めないでください!〜  作者: 清水薬子
ドバイでユアサを探せ【難易度:インサニティ】

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第二話 かくして事件は起こった


 堕腐教

 堕落と腐敗を善とし、麻薬の売り買いで大金を荒稼ぎする邪悪な宗教。

 地球で大司祭を務める田中太郎は、七つ星ホテルの最上階スイートルームでワイングラスを満たす葡萄酒を揺らしていた。眼下には広がるドバイの街並み。


「まさか学生でしかなかった僕が『アウター』の神から神託を授かり、大司祭となって莫大な金を荒稼ぎするなんてね。あーはっはっは!!」


 平凡な日常を過ごしていた田中太郎。

 悲劇と言えば、恋心を抱いていた後輩が先輩と既に恋仲であったことぐらいしか特筆することがなかった彼の人生は、堕腐教の神に見出されたことで大きな転換を迎えた。

 麻薬に対する嫌悪感は悪事に手を染める高揚感に容易く払拭され、他人の人生をめちゃくちゃにした罪悪感は上納された大金を前にすれば霧の如く霞んだ。


 無気力な目には野獣のような獰猛な光を宿し、凝り固まっていた表情筋は今や柔軟に笑みを浮かべている。


「レッドドラゴンは冒険者殺しに特化させすぎちゃったからなあ。あれは失敗だった。他の二匹はもっと汎用性を高くしなくちゃ」


 体躯を活かした高い攻撃力、『血瞳晶』という特殊な素材を取り込ませたことによる恩恵強奪、さらには気化しやすい殺傷能力に秀でた毒を組み合わせたレッドドラゴン。

 もはや生物兵器と化したそれを用いて日本を壊滅させること、それが田中太郎の目的だった。


 既存の司法システムが崩壊すれば“ビジネス”はやりやすくなるし、社会不安は麻薬に手を出す心理的ハードルを下げる手助けになる。

 末端に指令を出し、頃合いを見計らって帰国する計画だったが、一部の冒険者による活躍で頓挫。各地の施設に警察や冒険者が踏み込むきっかけを作ってしまった。

 しかし、田中太郎は慌てない。

 末端が潰れたところで、代わりはいくらでもいる。

 なにせ、自分には“神”という絶対的な存在がついているのだし、選ばれたのだから必ずこの試練は乗り越えられる。

 彼は心の底からそう確信していた。


「ブルードラゴンは順調に計画通りに育成が進んでいるし、イエロードラゴンは相変わらず無敗を更新中。『アウター』は現地の大司祭が上手いこと戦争を誘導しているおかげで地球に関与する余裕がない……問題は、帝国のハイエルフか」


 ワインを舌の上で転がしながら、田中太郎はほくそ笑む。


「高い魔力のおかげでこちらには相手の行動が手にとるように分かる。本当に馬鹿なやつらだよ。僕を見張っているつもりだろうけど、実際はその逆。僕に気を取られている間に計画は進むのさ」


 監視を嘲笑おうと田中太郎は敢えてワイングラスを片手にテラスに出る。

 煌めく夜の都会は地上の星空と評されるのも納得できるほど美しい。


「この星を支配するのは、僕たち堕腐教だ。この星を捧げて、僕は神の末席に名を連ねる。そうすれば、永遠の命が手に入るのだから……!」


 勝利を確信しながら、田中太郎はワイングラスを傾けたーー




「あらあ、それじゃあ奏はそのハイエルフのエルドラさんって人と仲良くやってるのね!」

「か、母さん、声がでかいよ……!」

「ハイエルフってかっこいいんでしょ? 母さんも新しい恋がしたいわぁ!!」

「みんな母さんより歳上だよ。三百歳とかゴロゴロいるよ」

「歳上っていいじゃない。大人の貫禄ってヤツがあって!」



 ーー聞こえてきた会話に田中太郎は「ぶーっ!」とワインを吹き出した。


(ハイエルフのエルドラと仲良くやっている、だとっ!?)


 真っ白なガウンにさながら吐血したかのようにワインが赤い染みを作る。


 ハイエルフのエルドラ。

 それは堕腐教の者ならば一度は聞いたことがある名前だ。

 『アウター』に点在している各施設を跡形もなく破壊した魔術師。賄賂も懐柔もできなかったとして、教団の中では危険人物のリストに載っている。


(それに、『奏』という名前はどこかで……クソッ、思い出した! レッドドラゴンの討伐に貢献したとかいう冒険者か!!)


 冷や汗をかいていた田中太郎は、そこでハッと気づく。


(なるほど、僕を捕らえて情報を聞き出そうとしているのか。馬鹿なやつめ、僕を捕らえたとしても計画は進むのさ)


 そこまで考えて、田中太郎は違和感を覚えた。


(待てよ。こんなにも分かりやすい形で監視が発覚するか? まさか、あの『奏』という冒険者は無関係……? だが、僕が借りている部屋の真下を偶然にも借りるなんてことがあるのか?)


 そこから、彼は疑心暗鬼に囚われた。

 出来すぎたタイミングでの発覚、母を同行させるというあまりにも自然なカモフラージュ、そして……。


(どうやって入国した!? ドラゴン討伐を成し遂げるほどの攻撃力、あるいは魔法攻撃力はあるはず。ならば最低でも合計値は100はある。このホテルには、『撃力カウンター』と『スキルチェッカー』がある。建物内への侵入は不可能……!!)


 『撃力カウンター』と『スキルチェッカー』は、各重要な施設にのみ設置される特殊な機械のことである。

 攻撃力及び魔法攻撃力を測定する『撃力カウンター』は、通過した者のステータスを測定し、その危険度を通知する優れモノだ。

 『スキルチェッカー』は、攻撃に使用できるスキルを所有しているかどうかを確認できる機械である。


 決して、「それ、鑑定したほうが早くない?」とは言ってはいけない。地球の科学者が『アウター』の技術に追いつくため、作り上げた最新機器だ。


(ホテル側も協力者ってことか。なら、ここに留まる方が危険……できれば、時間を稼ぎたかったんだけどなあ)


 田中太郎は結論を導くと、部屋に戻って素早く荷物を纏める。部下に連絡を飛ばし、部屋の扉を開けたその瞬間……


「ぐっ!?」


 扉の外で待ち構えていた謎の覆面を着た人物に腹を刺される。

 折り畳み式のナイフは深く腹を刺し、止めどなく溢れた血が着替えたばかりの白シャツを汚す。


 自らの手を汚さず、末端に仕事を割り振ってきた田中太郎は、自衛の手段を有していなかった。

 だからこそ、このホテルを利用できたのだが。


 覆面の人物は静かに田中太郎の腹からナイフを引き抜く。彼はよろめいて床に倒れた。


「だ、誰だ、君は……!?」


 田中太郎の問いかけに、覆面の人物は静かに答える。


「あんたに故郷をめちゃくちゃにされた、あんたと同じ地球人だ。そして、邪悪な神を信仰する日陰者でもある」


 覆面の下に隠された双眸には、どこまでも深い怒りの色があった。

 それでいながら、床に転がる田中太郎を冷たく見下ろしている。


「ま、待て。僕は利用されていただけなんだ。知っていることなら全て話すし、金なら払う! だから僕を殺さないで!!」


 恥も外聞も殴り捨てて、田中太郎は傷口を押さえながら命乞いをする。

 不審に思った部下が来るまでの辛抱、と心の中でほくそ笑みながら。

 その命乞いを、覆面の人物はーー


「金も情報もいらん」


 ーーあっさりと棒に振った。


 元より、復讐するために奔走していたので金や情報など不要なのだ。必要なのは田中太郎という邪悪な輩の魂。

 それだけあれば、よい。


「その命、貰い受ける!」


 そして、無慈悲な一突きが、田中太郎の命を刈り取った。

 復讐を果たした覆面の人物は喜ぶでもなく、嘆くでもなく。


「神よ、我が復讐に力を貸してくださったことを深く感謝申し上げます。矮小な人間風情ではありますが、この魂が擦り切れて消滅するまで、契約に則って隷属いたします」


 感謝の祈りを捧げるのだった。

 『暗月教』

 復讐・仇打ちを司る邪悪な神の一柱にして、秩序の崩壊を担う暗月の神。暗殺教団とも称される『アウター』の秘密組織だ。


「はい、ひとまずはこのホテルに潜伏し、機を見て脱出いたします」


 神との交感を済ませた覆面の人物は無言でその場を後にした……。



 それからきっかり五分後。


 大司祭、田中太郎が宿泊していた部屋に通じる廊下を歩く三人。いずれも人ならざるほどに長い耳を持ち、金色の髪をなびかせながら大股でカーペットを踏みしめる。

 先頭を歩いていたエルドラが部屋の扉の前で立ち止まった。


「大司祭が宿泊している部屋はここか?」


 エルドラの問いかけにアンガルモが頷く。

 手元の資料を捲りながら、部屋番号と宿泊リストに間違いがないことを確認する。

 その資料を横から覗き込んだ帝国第六位魔術師のリィズは鼻で笑った。


「ふん、レベルが10にもなっていないやつがトップだなんて高が知れているわね。魔術学院を首席で卒業したエルドラ卿が出るまでもなかったのでは?」


 プラチナブロンドの髪を指でクルクルと弄びながら、リィズは睨みつけるように涼しげな顔をするエルドラを睨みつけた。

 豊満な胸が腕を組んだ拍子に強調される。

 他二人と同じように、帝国高官の制服である漆黒のローブを身につけているが、その露出度は他の追随を許さない。


「それだけ危険な団体ということだ。気を引き締めろ」


 エルドラは嫌味を軽くあしらい、部屋の扉をノックする。

 応答はない。

 試しにドアノブを掴むと、何の抵抗もなく扉が開いた。


「失礼する……む、死んでいるな」


 部屋の扉を開けた先には、仰向けに倒れる田中太郎の姿が。

 エルドラは駆け寄って脈を測り、死亡を確認。腹には複数箇所の刺し傷があり、まだ体温が残っていることから死後それほど時間が経過していないことを見抜いた。


「アンガルモ殿、リィズ、このホテルを封鎖して出入りを制限するんだ。犯人はまだこの建物のどこかにいる!」


 かくして、『七つ星ホテル連続殺人事件』はこうして幕を開けたのだった。

もしかして、ミステリーを始めようとしている……????

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