第三十五話 勝者、湯浅奏!
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まだまだ続きますが、章はこれで一旦区切ります
その日、冒険者ギルド日本支部は大変な騒ぎとなっていた。
「あの紅晶竜が討伐されたってーー」
「終の極光がーー」
「狂犬のアリアがーー」
話題はドラゴン討伐を果たした冒険者パーティーが中心となっている。
羨望と嫉妬を一心に浴びながら、話題の中心である彼らは祝杯をあげていた。
ジュースをちびちびと飲みながら、遠藤は向かいに座るエルドラに話しかけた。
「エルドラさんのおかげで助かりました。さすが、湯浅さんが選んだだけはありますね」
「ふん。褒めても何も出んぞ」
「けっ、素直に喜べない年寄りが……」
「「あ?」」
激しく火花を散らすエルドラとアリアに遠藤は苦笑いを浮かべる。
この二人、口ではお互いを罵って喧嘩はするが、なんだかんだ言いつつも仲が良い。
嫌味を飛ばしながら、時折、チラチラと湯浅を探しているのだから、遠藤は呆れるしかなかった。
「湯浅さんはすごいなあ。俺もまだまだだから、精進しないと」
脳裏を過ぎるは先日の死闘。
ドラゴンの尾を切り落としたまでは良かったが、そこで剣が限界を迎えて折れてしまったのだ。
リヨナは目立った戦果がないことに嘆いていたこともあり、同じく近接である遠藤も似たような焦燥を抱いていた。
遠藤が拳を握っていると、正面玄関の扉が開き、スーツ姿の内藤支部長が姿を現す。
「やあ、やあ、早速みんな盛り上がっているね。そりゃそうか、湯浅がやっと蘇生院から退院したんだもんな」
蘇生院。
陽光教という蘇生と治療に特化した医療教団が冒険者向けに経営している施設を指す。日本医療では対処できない病症や状態異常を専門で治療する医療機関なのだ。
「やっぱり元気な湯浅さんを見ると安心します」
遠藤は笑みを浮かべながら、ナージャと話をしている湯浅を一瞥する。
「ドラゴンの強力な毒を浴びてピンピンしているユアサ殿は本当に凄いな」
遠藤の視線を追いかけたリヨナが、感心したように呟く。
同じ毒を食らい、死にかけた経験もあってリヨナは惜しみのない賞賛を湯浅に送る。
「まさか、土壇場で毒に対する完全耐性を獲得するとは思いませんでした」
「本当にユアサさんはさらりとすごい事をしますよね。あの人らしいといえば、あの人らしいですね」
仲睦まじく話すフレイヤとミリル。
彼女らのクスクス笑う声に耳を傾けながら、エルドラは無言でコップの中身を飲み干した。
湯浅奏という人物像を正確に掴めたわけではないが、かなり卑屈な部分がある事をエルドラは知っている。
かつての仲間、遠藤に対して羨望と憧憬に似た感情を抱いていた様子であったし、きっと今回のドラゴン討伐で謙虚ながらも実績を打ち立てたのだから多少は自信を獲得したはずだ。
他の二竜討伐に誘ってみてもいいかもしれない。
エルドラはぼんやりとそんな事を考えながら、料理を口に運ぶ。
顔も声も知らないが、真面目かつ控えめな性格をしているので何かと“都合が良い”のだ。
「あ、支部長。ユアサ様からお手紙を預かっております」
「カローラ、留守番をありがとう。手紙だなんて、珍しいな。スマホがあるのに……」
手紙を受け取った内藤支部長が封を破る。
中身は一枚の便箋、四つ折りにされた紙、そして冒険者カード。
「なになに……『この度はドラゴン討伐を果たせたことで、冒険者活動に対する未練が全て晴れました。これを機に引退します。探さないでください。追伸、エルドラさんは良い子なので、みなさんで支えてあげてください。湯浅奏より』」
便箋の中身を読み上げた内藤支部長の手がワナワナと震え始める。
終の極光はお互いに顔を見合わせ、アリアはテーブルを叩きながら立ち上がり、エルドラは無言でスマホを取り出して電話をかける。
「総員に告ぐ! この建物を封鎖して、湯浅奏を探し出せ! まだこの建物のどこかにいるはずだ、見つけたものにボーナスを支給する!!」
内藤支部長の号令を合図として、その場にいる冒険者は一切に駆け出した。
「やつめ、電源を切りやがったな」
文明の利器を使いこなしつつあるエルドラは舌打ちを一つ溢すと、伝達魔術を起動するのだったーー
◇ ◆ ◇ ◆
あー、良い天気。
ドラゴン討伐を終え、祝勝会を抜け出した私は鎧を脱いで電車やバスを経由して空港にいた。
蝉が鳴く昼過ぎの歩道をてくてく歩きながら、ここ二週間にあったことを振り返る。
パーティーからの追放、帝国魔術師との決闘、迷宮の異変やドラゴン討伐。
慌ただしい日々だったが、なんとか私はそれらの一大事を乗り越え、平和な日常を掴んだのだ。
スマホがぶんぶん煩いけど無視。
堕腐教? 聖女ダージリア?
大丈夫、エルドラがどうにかしてくれるよ。
〈いいんですか、エルドラ物凄くキレてますけど〉
もう私はお仕事を果たしたので、後は頭のいい人がどうにかしてくれるさ。
ああ、他人に仕事を投げるって……素晴らしい。
一生、他人に仕事と責任を投げていたい。
〈冒険者カードと引退届を内藤支部長のデスクに置いて行方を眩ませるのはどうかと思う〉
いいの、いいの。
そもそも周囲が勝手に私を有能だと思い込んだ時点で彼らの落ち度。私は何も悪くない。
〈う〜ん、このクズ〉
ははは。なんとでも言うがいい。
もう私は冒険者でもなんでもない。ただの一般人さ!!
重荷のない人生って素敵!!
「ユアサ、貴様さっきから移動するなと言っているだろう!! クソ、どこに向かって移動するつもりだ!?」
伝達魔術で聞こえる怒号は無視無視。
ははは、私はこれからドバイでバカンスを楽しむ予定。
今の私は金があるので、お母さんを連れて旅行にだって行けてしまうのだ。
「お母さん、とっても嬉しいわ。やっと奏が自立してくれたのね」
ほろほろ涙を流す母さん。
連休なので、せっかくだからドバイに連れて行ってあげることにしたのだ。
今の私はーー自信に満ちている。
普段ならやらないようなことも、自信と金を得た今なら出来るのさ。
「クソ、貴様、この俺を未読無視するとは良い度胸だなっ!! その鎧を剥ぎ取るぞ!!!!」
もう脱いでます。
でも未読無視はさすがに可哀想だから、返事をしてあげよう。
『引退した私に構うより、他にやる事があると思う』
これでよし。
うわ、着信履歴がほとんどエルドラじゃん。
君、さてはメンヘラの素質があるな????
怖いから電源切っとこ。
「貴様、ふざけているのか!!!!」
きこえませ〜ん!
「ささ、母さん。ドバイ行きの便がそろそろ出るよ。荷物は全部持った?」
「ズビッ、そうね。ドバイなんて三十年ぶりに行くわ。思いっきり楽しまなくっちゃ!」
スーツケースをがらごろ引き摺りながら、私は母と共に意気揚々と飛行機に乗り込んだ。
ドバイの海を満喫するぞー!
◇ ◆ ◇ ◆
「やはり、ドバイか……」
加賀刑事は、閲覧していた資料を机の上に置く。
様々な捜査の結果、堕腐教の本部がドバイにある建物にあることが判明。
事件は既に一刑事である加賀が追えるものではなくなっていた。
ここから先は冒険者ギルド、ひいては国際警察の管轄になる。
事件の早期解決を願いながら、加賀刑事は資料を纏める。
「カガケージ! コーヒー淹れたよー!!」
ひょんなことから加賀刑事を気に入り、どこへ行くにも引っ付くようになってしまった『ケセケセパサラン』の妖精、通称パサランがコーヒーのマグをせっせと運ぶ。
加賀刑事は感謝を告げながら、マグを受け取って中身を啜った。
芳醇な豆の香りと味が舌の上に広がり、隠し味に忍ばせた塩がぴりりと眠気を吹き飛ばす。
ーー醤油だ、これ。
「アイスコーヒーだよ!! 熱い夏にピッタリ!!」
なんとも言えない表情を浮かべながら、加賀刑事は醤油を見つめて途方に暮れた。
「…………久しぶりに肉じゃがでも作るか」
「にくじゃが?」
「美味いぞ」
「食べる、食べるー!」
バカンスに行った先で事件に巻き込まれるはずがないよね、ハム太郎?
ハム太郎? 返事をして、ハム太郎ッ!!
……し、死んでいる!?
次章『南国の島でユアサを探せ(難易度インサニティ)』デュエル、スタンバイ!




