第三十話 喧嘩するほど仲が悪いアリアとエルドラ
宿屋の一階、併設されたレストランの一階で私はエルドラと一緒に朝食を食べていた。
「昨日は散々な目に遭った」
朝から不機嫌なエルドラ。
三日三晩のパワーレベリングで汚損したローブはクリーニング中。予備のローブを着ているのだが、彼はそれが嫌いらしい。
漆黒のベルベット生地に緋緋色金が縫い付けられたもの。ローブというよりも法衣鎧という印象が強い。
なんでも、帝国では同じ金属でも金の方が価値があるらしい。緋緋色金は武骨で優雅さに欠けるとかなんとか。
黒と赤のコンビネーションは厨二チックで、炎をよく使うエルドラに似合っているから、彼が不機嫌になる理由が私にはさっぱり分からない。
サラダを突いて“捕食”していると、エルドラがふと顔をあげた。
「そういえば、そろそろドラゴン討伐の募集が出る頃だな。一度目よりも規模が大きくなるだろう」
もしゃもしゃと新鮮なサラダを頬張りながらエルドラはとんでもないことを言い出した。
「ーーもちろん、貴様は俺の盾として参加するよな?」
さも当然と言わんばかりの、まるで「林檎が地面に落ちるのは当たり前」とでも言いたげな確信に満ちた表情。
私は彼と過ごした二週間の思い出を振り返りながら、満面の笑みで首を横に振った。
「……ドラゴンは強い。長く、辛い戦いになるだろうな」
ふっとエルドラは微笑む。
「ーーもちろん、貴様は俺の盾としてその戦いに参加する。これは決定事項だ。反論は認めない」
これは酷い横暴。
もう私の意向は完全に無視じゃん。まあ、いつものことなんだけどさあ。
それはいいとして、ドラゴンにこれまで敗北し続けているわけなんだけど、どうにかできるのかね?
小手先の技術だけで勝てるような相手じゃないと思うんだけど。
「(ドラゴンに勝てる見込みはあるのか?)」
エルドラの鑑定によれば、ドラゴンのレベルは120。私の三倍ほどはある。
いくら敵が一体だからといって、数の暴力で制圧できないことは前回の討伐が証明している。
おまけに邪神のテコ入れがあったらしいし、そう簡単には倒れてくれないだろう。
「あの黒髪のガキもレベルをあげたようだし、勝てる要素はある」
楽観的だなあ。
というか、遠藤を黒髪のガキ呼ばわり。
どうやらレベリングの件で嫌いになったみたいだ。この前までちゃんと名前で呼んでいたのに、今では顔を顰めている。
「非常に不愉快で業腹ではあるが、あのガキは相応の実力と蛮勇を有している。その仲間もな」
エルドラはそこで私をチラリと見てから、呆れたようにため息を吐いた。
「また、甚だ不服だが、あのドラゴンを放置して現状が改善することはない。加賀刑事とも協力して堕腐教を掃討せねばならないしな」
私は面頬の下で盛大に顔をしかめた。
あれから加賀刑事と吟遊詩人ナージャ、及び目の前のハイエルフから受けた誤解は解ける気配もなく、それどころか否定すればするほど余計に話は拗れるばかり。
昨日の夜なんて四人グループチャットで全員から「くどい」と言われる始末。どうしてこんなことになったんだろうか。謎の一体感を生み出さないでほしい。
へい、並列思考。私のステータス出して。
〈あいよー〉
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湯浅奏 人間(地球) レベル:36 天職:聖騎士
生命力:100%
魔力:450/450
ステータス:
【筋力】130
【器用】30
【敏捷】20
【耐久】360
【知力】80
【精神】100
【魔力】400
【魔耐】500
スキル:言語理解LV20・神聖魔法LV15・風圧LV2[+方向指定]・鉄壁LV6[+効果時間延長]・カバーリングLV19[+対象指定]・暗視LV9・並列思考LV19・聖騎士の堅陣LV4・魔力自動回復LV 1・魔力増加LV 3・重力魔法LV3
固有スキル:大地耐性LV1・暴風耐性LV3・吸収効率化LV6・魔力操作LV10
ユニークスキル:
焔ヲ貪ル者(飢エル者・悪食・飽食・炎喰ライ・火炎耐性・豪炎耐性)
堅牢(物理耐性・斬撃耐性・殴打耐性・刺突耐性・腐食耐性・酸耐性・魔耐性・毒耐性・疾病耐性・呪怨耐性・噛みつき耐性)
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あれ、前はレベル表記なかったよね?
〈……一年くらい前に、内藤支部長が教えてくれてたじゃん。ステータス画面は情報量を調整できるって〉
あー、そういえばそんな事を言われたような気がするねえ。
内藤支部長がドヤ顔で「ステータス、オープン!」って叫んだのを見てうわぁってなった記憶がある。
このステータスとスキル構成でドラゴンの猛攻を凌げるか?
〈際どいところですな〜〉
使えるスキルポイントは60。
取得に10ポイント、レベルアップに5ポイント消費するから、賢く使わないと……。
〈うーむ、取得できるスキルで防御力があがるものは少ないですなあ。例を挙げるとしたら『食いしばり』だけど、これは確率だからなあ〉
難色を示す並列思考。本体より賢いと専ら私の中で評判の並列思考が言うんだから間違いはない。
どうしたものか。
あ、そうだ。エルドラに聞こう。
「(へい、エルドラ! スキルポイントを賢く使いたいんだけど、おすすめはあるかい?)」
「そうだな……」
エルドラは優雅にスープを飲んでいた手を止め、顎を摩りながら考え込む。
「やはり、取得条件が不明であるスキルだな。即戦力になるとすれば『食いしばり』だろうか」
スキルにはなんらかの取得条件が設けられている。剣術であれば『誰かに対して殺意を持ちながら剣を振り上げる事』、魔術であれば『特定の属性に対して知識を有している事』などが挙げれる。
その一方で、全く取得条件が分からないものがある。捕食系のスキルや防御系のスキルがそれだ。
「(やっぱり『食いしばり』かあ……)」
「無闇矢鱈と新スキルを取得するよりも、既存スキルのレベルアップを狙った方がいい。宝の持ち腐れになるのが一番恐ろしいからな」
そういえば、エルドラのスキルはかなり少なかったな。その代わり、上位系のスキルが多かった。
むー、新しくスキルを取得するより既存スキルを成長させた方がいいか。
ドラゴンがあれからどれぐらい成長したのか分かんないから、防御系のスキルをあげたところで奴の猛攻に耐えられる確証はない、と。
まあ、この件は一旦保留ということで。
「朝食を食べ終えたら、冒険者ギルドに向かうぞ」
「(へいへい)」
私は最後の一口を捕食して、『これが最後の晩餐だとしたら随分と質素だなあ』なんて数え切れないほど抱いた感傷を胸に秘めて椅子から立ち上がる。
スマホを起動して、母に遺言じみたメッセージを送ったところ。
『なんだかんだ言ってあんたは強いから大丈夫d(^_^o)』
と返信。さらには、
『そろそろ米がなくなりそうだから週末に帰ってきたら買っといて』
とおつかいまで付け足された。
流石は私の母だ。神経が図太い。
そしてやって来ました冒険者ギルド日本支部。
掲示板にはデカデカと『レッドドラゴン討伐依頼』が張り出されております。
参加条件はCランク以上。レベルは15以上。
パーティーでの参加が必須条件。
「(人数が足りないが、どうする?)」
「パーティーの最大人数は六人。終の極光に入れて貰えばいい。幸いにも、前回の迷宮探索の際に臨時加入の手続きは済ませてあるからな。まだ解消していないから、あの黒髪のガキの了承さえ得られれば問題はない」
そんな風に私たちが話していると、いつの間にか隣に立っていたアリアが腰に手を当てながら張り切った顔をしていた。
「二人もドラゴン討伐に参加するのね! ふふん、なら特等席で私たち『森の狩人』が活躍する光景を目に焼き付けるといいわ!」
「小娘、人の話を立ち聞きするとは感心せんぞ」
「うるさいわね、あんたに話しかけてないわよクソハイエルフ。一生黙っていろ」
「「あ? どうやらドラゴンの前に討伐されたがっている奴がいる(ようだな/みたいね)」」
この二人、もの凄く仲が悪い。顔を合わせるたびに喧嘩をしている。
その背後で、アリアのパーティーメンバーであるエルフの少年少女たちが「え、聞いてない……」と露骨に困惑した顔をしていた。
「ふんっ、こんな魔法を扱う事だけしか頭にないような学歴を振り翳す連中よりも、我々エルフが種として優秀であることを証明してやるわ!」
「ハッ、ほざけ。魔術学園に入学できるほどの魔力総量も適性もないエルフのどこが“種として優れているのか”理解できんな。こそこそ物陰から隠れて奇襲する以外に出来ることがあるのか?」
エルドラの煽りにエルフたちが「野郎……ッ!」とバシバシ殺気を振り撒く。
「その言葉の代償、高くつくわよ」
「おお、怖い怖い。10聖貨にもならない脅し文句だな」
これは異世界の言い回しだな。
たしか、10聖貨は葬儀用に購入する花の代金で……生きている相手に対してその言い回しをする意味は『所詮、その程度の価値しかない命』
って、なにを煽っとるんじゃ!!!!
死亡フラグを建築するんじゃない!!!!
「(争いはやめよう)」
「あらやだ。これは争いじゃないわ、正当な主張よ」
「何が正当な主張だ。その音を拾う以外に用途のない耳がついに使い物にならなくなったか?」
「魔力を拾うだけしかない無駄に長い耳より高性能よ」
「「ほお……?」」
だめだ、こりゃ。
拳を鳴らすアリア。ファイティングポーズを取るエルドラ。スキルを使わない殴り合いが始まった。
いくら生命力が減らないからって、ドラゴン討伐という困難な依頼を前に拳で語り合うのはどうかと思うの。
私はそっと喧嘩を始めた二人から距離を取った。
明日、明後日は更新ツイートは途絶えますが予約投稿はしておきます。17:00に更新されます




