第二十四話 世話係として責任を取って引退することも視野に入れておきましょう
「これはこれは聖騎士殿。ご機嫌麗しゅうございます」
エルドラが依頼を受ける手続きをしている最中、吟遊詩人のナージャがどこからともなくふらりと現れた。
三つ編みの髭が今日も大変に似合っていらっしゃる。
「噂に聞けば、なんでも各地を荒らしている『荒爪』の拠点を襲撃するとか。差し支えなければ、私も御同行願いたく……」
「(ただの半グレ組織なんだけど)」
「何を仰いますか。八ヶ月前、私めの同行を『ただの山菜の採取依頼だから』と断っておきながら暴力団を壊滅させたことは忘れておりませんからな!」
「今度こそ聖騎士殿の武勇をこの目で目撃してみせる」と意気込むナージャ。
本当にあれはただの採取依頼で、たまたま採取に訪れた山岳に暴力団が死体を埋めに来ていたところを鉢合わせになってなんだかんだ戦う羽目になったのだ。
あの時はまだレベルもそんなに高くなくて、日本刀で斬りかかられた時は本当に死ぬかと肝を冷やしたものだ。
「(エルドラに聞いてくれ。もし許可が出て君が同行したとしても、私は君を守らないから、そのつもりで)」
「それは勿論、合点承知です。自分の身は自分で守りますとも。英雄の手を煩わせる吟遊詩人は吟遊詩人にあらず、その雄姿をひっそりと見守るのが責務でありますから!!」
嬉々としてエルドラの元へ向かう吟遊詩人ナージャ。
魔物に殺される数で言えば、冒険者に次いで吟遊詩人が多いと言われるほど、吟遊詩人はよく死んでいる。
依頼に同行はするが、基本的に仕事を手伝うこともなく、本当にじっと冒険者を見守っているのだ。
〈大抵、吟遊詩人が冒険者の死に様を詳しく語っている時って実体験を元にしているんだよね〉
地球の私からすれば薄気味悪く、不気味な印象を抱いてしまうが、『アウター』の冒険者からすれば吟遊詩人に死を看取ってもらうことは名誉とまで言われているのだ。
恐らく、墓に納骨されるよりも唄になる方を好んですらいる。理解し難い感覚だね。
「許可を貰ってきましたよ」
〈……エルドラ、あからさまに嫌な顔をして『好きにしろ』って言っただけなんだけどなあ〉
『アウター』の連中は明確にノーと言ってもイエスだと肯定して突き進む。ナージャもその一人だ。
「それにしても、ハイエルフをお仲間にするとは聖騎士殿は大変に懐が広いですね。過去に一度、やつらの帝国を訪れたことがあるのですが、あれはもう酷いものでした」
ハイエルフが治める『聖セドラニリ帝国』の話に私は興味が惹かれた。
エルドラから聞いた話によれば、年中安定した天気で緑が生い茂る湖畔が美しい場所だと聞いていたが……。
「貴族街は華やかで自然の調和が取れているのですが、庶民街はまるで東京のように雑然としていて人工物に溢れかえっていました。匂いはしませんでしたが、どこを行っても『ハイエルフ』『エルフ』……嫌味の応酬に魔術が空を飛び交う、片時も心が休まらない場所でしたよ」
ほえ〜。
東京に似た街並みって異世界にもあるんだなあ。
ハイエルフは『アウター』のなかでも最も魔術が進歩しているというから、都市部に人が密集しても支えられる社会の仕組みをしているんだろう。
あれ、そういえばエルフとハイエルフって何が違うの?
私の質問にナージャは心良く答えてくれた。
「ハイエルフと異種族の混血をエルフと呼称します。私も一応、エルフなんですよ。例外的に規定の魔力量に到達しなかった赤子をエルフとして扱う場合もあるそうです」
ナージャが髪を耳にかける。
エルドラよりも短いが、ツンと尖った耳がたしかにあった。
「(血を尊ぶと思っていたけど、そこは柔軟なんだな)」
「純潔を至上とする人間の貴族とはまた違った価値観なんですよね。あいつら、ハイエルフ同士の結婚は厳格なんですけど寿命のある種族との結婚や養子縁組に対してはルーズなんです。妊婦の死産率が低いせいか、そういう貞操観念がないんですよね」
「(養子縁組といえば、息子にならないかって聞かれたなあ)」
「そりゃ相当に好かれてますね。まずは奴隷や配偶者のお誘いからスタートしますもの」
……????
「結婚をすっとばして養子縁組とは、文字通り目に入れても痛くないほど可愛がられてますなあ」
…………????
えっ、普通は『奴隷にならないか』からの『結婚しないか』なの?
っていうか、私はエルドラに男として認識されていたはず。ここから導き出される結論は……
「(ハイエルフって、同性婚もいけちゃうの!? 『アウター』って同性愛に対する忌避が強いって聞いたんだけど!?)」
やばい、私の精神力を持ってしても受け入れられないぞ。
人生初の告白を受けるにしてはシチュエーションがややこし過ぎる。
「あー、それはレドル王国とかグレニア法国ですね。それで度々帝国と戦争してますよ」
「(……は、はえ)」
「ハイエルフにとっちゃ配偶よりも親子関係の方が重要視されるみたいです。まあ、なんだかんだ言いましたが、ハイエルフは長命ですし滅多なことじゃ死なないので人生のパートナーにしたがる人は多いですよ。性格はアレですけど」
ナージャの言葉が右から左へすり抜けていく。
もし、あの時『結婚しないか』と尋ねられたら、私は間違いなく精神にかかる負荷に耐えきれなくて絶叫をかましただろう。
「ただ、噂によればハイエルフは気に入った配偶者を飾り立てる癖があるらしく……ここだけの噂ですが、貴族街の屋敷にはフリフリのドレスを着た元奴隷剣士なんてのもいるらしいですよ」
剣士というのは、大概が筋肉質で大柄な体つきをしている。種族や性差に関係なく、スキルを取得した時点で身体がそうなるように変化するのだ。
つまりは、ムキムキがふりふりを着ている。
……ちょっと見てみたい気もするな。スタイルがいいなら似合いそうな気もするけど。
「似合うかどうかは考えないそうなので、着せられる方はたまったもんじゃなさそうですけどね」
似合わない服を着せられるのは嫌だな。
殺害されない限り、半永久的に生き続けるハイエルフ。私がその生態を理解できる日が来るとは思えなかった。
異世界かつ異種族の文化に私がたまげていると、背後かつ頭上からエルドラの声がした。
「おい、吟遊詩人。コイツにホラを吹き込むな。まったく、これだから人間は……」
ぶつぶつと悪態を吐くエルドラ。ナージャは肩を竦めて「ちょっとした世間話ですよ〜、ねえ〜?」と私に同意を求めてきた。
私はナージャの話がホラなのかどうなのか確かめたかったが、直接エルドラに確認するのも躊躇われておろおろしていた。
〈エルドラさぁん、ちょっとチョロ過ぎやしませんかね〜?〉
並列思考はナージャの話をすっかり信じていた。
ナージャの話がホラでも、ホラじゃなくても、他人事だから面白いとか言いそうだ。ぐぬぬぬ……。
ここでレストランの一件を蒸し返しても良い結果にならない。私は何も聞かなかった。そういうことにしよう、そうしよう。
「どうやら俺たちが引き受けた依頼はレイドで行うことになるらしい。他の冒険者たちとの会議に参加するぞ」
エルドラの言葉に私は頷く。
……他の冒険者と協力しての依頼か。エルドラが誤射しないといいんだけど。
〈さすがのエルドラも複数の冒険者を巻き込んで魔法を使ったりしないでしょ。なんだかんだ常識あるし!〉
……撃ちそう。君がフラグを立てたせいだよ。
彼ならやる。そんな根拠のない自信と信頼がある。
もし彼が本当に味方ごと魔法を使ったらどうしよう。
その時は彼の世話係として責任を取って引退するしかないだろうか。損害賠償にまで発展したらどうしよう。内藤支部長にお願いして揉み消してもらう必要があるかな。口封じもしないといけない?
〈物騒すぎるよ、本体〉
ああ、なんだかお腹が痛くなってきた。今日は色んな意味で厄日なのかもしれない。
帰りに神社かお寺に行って厄除けしたり御守りを買った方がいいのかも。
『たまたま採取に訪れた山岳に暴力団が死体を埋めに来ていたところを鉢合わせになって』←後日ちゃんと警察に通報しました




