第二十三話 やっぱり冒険者に向いてない
「ふむ、やはりここの迷宮も変質しているな」
エルドラが作動させていた魔術式を眺めながら、結論を口にした。
【皆殺しの館】を踏破した私とエルドラは、今度こそ盾の性能を確かめるべく実験に訪れていた。念には念を入れて迷宮のランクを落とし、万全の用意を整えて向かった先でまた変質していた。
事前に聞いた情報では、ここは穏やかな果樹園ということだったが、私の目の前に広がるのは人食い樹に覆われた樹海である。
ちなみに、この迷宮で三件目である。絶望的に運が悪過ぎる。
もう慣れたもので、私は根を伸ばしてきた魔物を蹴り飛ばしつつエルドラの放つ火球をスレスレで回避していた。
魔物が片付いた頃合いになって、エルドラが迷宮について語り始めた。
「迷宮には、植物と同じように種子があると考えられている。その種子が各地へと運ばれ、そこで芽吹いて迷宮となり、成長していくというわけだ」
新情報に私はちょっと驚く。
迷宮がどんなメカニズムで発生するのか調べてみたけど、さっぱり分からなかったからだ。『アウター』の連中に聞いてみても、誰も詳しい情報を知らなかった。
「迷宮が成長に伴って変質するという事例は数件ほどあったが……地球のこれは異常なペースだ。短期間でここまで変質するのは明らかにおかしい」
むむむ。エルドラがそこまで言うか。
「だが、原因が分からんな。邪神の類いでなければいいのだが」
『邪神』と聞いて私は面頬の下で顔をしかめた。
アウターの神の一柱と一度だけ、迷宮を初めて攻略した時に出会ったことがある。
私に天職を気まぐれに与えた存在であり、何の説明もなく消えてしまった。あれは本当に理不尽だった。名前すら知らない。
ただ後から『君は神の袂に触れたんだよ』と内藤支部長に言われて仰天したことは覚えている。
「気にかけていても始まらない。盾の実験は過不足なくこなせたし、今日はここまでとするか」
エルドラが荷物を背負って立ち上がる。
私もすっかり握り慣れた盾を持って彼の横を歩く。
「そろそろドラゴン討伐の結果が現れる頃か。どれ、無様に敗北した冒険者どもを冷やかしに行くぞ」
「(うわ、趣味悪……)」
「ふはは、特にあの遠藤とかいう子供がどんな顔をしているのか楽しみだ。俺のことを侮っていたのだから、さぞや実りのある奮戦をしてきたに違いない」
初対面で罵倒されたことを根に持ってるなあ。
遠藤のお誘いは遠回しに拒否した方がいいかもしれない。揉めそうな気配がビンビンする。
電車に乗って(学生に盗撮されたが無視)、冒険者ギルドに戻った私たちが見たものは死屍累々。
名だたる冒険者たちが冒険者ギルドの床に転がっている。その中に遠藤たちの姿を見つけた。
「あ、湯浅さん」
片腕を失った遠藤が、残った右腕を上げて私を呼ぶ。
「ははは、さすがにレイドならレベル差もどうにかなるって思ったんだけど、レベル差は凄いね……」
深刻な魔力不足に顔を青ざめさせたミリルが遠藤の膝上で気絶していた。
フレイヤは他の冒険者の治療に励んでいる。
リヨナは俯いていた。その手に握ったレイピアが半分に折れていた。
「まあ、でもアイツの片翼だけは執念で捥ぎ取ってやったよ。対価に見合うものじゃないけどね」
自嘲した笑みを浮かべて遠藤が掲げたものは、ドラゴンの赤い飛翼。根元で切断したらしく、綺麗な形で遠藤の手に収まっていた。
彼に近寄って、膝をついて怪我の容態を見る。
「(怪我の具合は?)」
「止血は済ませた。あとはフレイヤの治療待ちだよ。他が深刻だからね」
【宵闇の塔】で一応の手当は済ませたらしく、私の神聖魔法を使ったところで意味はなさそうだと判断した。
遠藤は顔をあげてエルドラの存在に気づく。
「あ、エルドラさん。この前はどうも失礼しました」
「む、むう。なんだ、その……ドラゴンはどうだった?」
想定していたよりも丁寧な対応に出鼻を挫かれたエルドラ。遠藤の邪気のない表情に毒気を抜かれて、物腰が柔らかくなっていた。
冷やかしはどうしたんですかね?
「アイツ、迷宮の魔物と鉱物を食っていた。討伐に時間をかければかけるほど、手がつけられなくなっていくのは間違いない。多分、一週間もしないうちに迷宮を内側から破壊するんじゃないかな。それまでに体制を整えないと……」
残った右腕を見つめながら遠藤がしみじみと呟く。
「50レベルになっても、まだまだアイツには届かない。俺は本当に弱いなあ……」
打ちひしがれた遠藤の姿を見て、流石の私も哀れみの念を覚える。
そもそも彼はまだ高校を卒業して間もない、普通なら大学生活を満喫しているような年頃だ。それが腕の一本や二本を飛ばしても平然とするような冒険者稼業に身を置いている。
「(一年で50レベルに到達している時点で遠藤より優秀な冒険者は地球にいない。もっと胸を張って)」
励ますつもりで宙に書いた文字は、
「俺以外にドラゴンを倒せる奴はいないってことか。分かっちゃいましたけど、なかなかにキツいもんがありますね……」
「……!」
余計に遠藤を追い詰める結果になってしまった。
エルドラに助けを求めたが、今はそっとしておいてやるべきだと伝達魔術で叱られてしまった。
やっぱり私はこういうコミュニケーションに向いてない……。
他の冒険者の処置を終えたフレイヤの邪魔にならないようにその場から撤退して、ぼーっと考える。
どう言葉をかけたら良かったのかな、とか。
何を言うべきだったのかな、なんて考え始めたらキリがなくて、ますます過去の自分の言動に嫌気が差してきた。
どんよりしていると、私の甲冑をエルドラが軽く叩く。
「おいおい、当の本人より落ち込んでどうするんだ?」
指で何か文字を描こうとして、上手く言葉にできる自信がなかったのでやめた。
そんな私をエルドラは呆れた様子で見ていた。
「そんなに気になるのなら、俺のことなど放っておいて一緒にいてやれば良かったじゃないか」
「(遠藤は私と違う)」
「ほお?」
「(彼は才能のある若者なんだ。私なんかと違って、もっと優秀な人が彼のサポートに入るべきなんだ)」
「…………貴様はあれだな、考え過ぎてドツボに嵌る性格をしているな。つくづく冒険者らしくない」
うるせー、冒険者に向いてないのは私が一番よく分かってらぁ……。
「謙虚は美徳だが、過剰な謙遜は相手と過ごした時間と思い遣りを蔑ろにする。過去を引き摺るより、未来を見据えて行動した方が良いと思うが、そうだな……」
エルドラは徐ろに掲示板から一枚の貼り紙を取った。
「贖罪がてら、遠藤には出来ない依頼をこなせばいい。彼には重荷になるような仕事でも、俺たちにとっては小遣い稼ぎにはなる」
手渡された貼り紙には、とある半グレ組織が経営している麻薬工場の破壊を依頼する内容が書かれていた。
迷宮の監視・管理・魔物との戦闘の他にも、冒険者ギルドはこのような“ダーティー”な仕事を斡旋する。警察の手に負えない案件を任されることもあるのだ。
危険性に見合うだけの報酬が期待できる。
「(杖でも欲しいの?)」
「ふん、杖なぞ魔力の操作に自信のない者が頼る代物だ。莫大な魔力を持って生まれる我々ハイエルフには必要ない」
そういえば、彼が魔力欠乏に陥ったところを見たことがないな。ばかすか魔法を使っても元気そうにしている。
一度でも気になるとむずむずするのが人間だ。
「(エルドラのステータスを見てみたい)」
試しにそう伝えてみると、エルドラは金髪をかきあげながら自慢げに見せてきた。
「良かろう。俺のステータスの凄さに感服するといい」
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エルドラ・フォン・ド・バウミシュラン
レベル:150 天職:魔術師
生命力:100%
魔力:10000/10000
ステータス:
【筋力】50
【器用】30
【敏捷】70
【耐久】30
【知力】1000
【精神】600
【魔力】10000
【魔耐】400
スキル:言語理解・叡智アル者・詠唱高速化・伝達魔術
固有スキル:特殊神聖魔法・創生魔法・魔力操作・高速演算・飛行術式・鑑定
ユニークスキル:獄焔・魔法ヲ修メタ者・四属性ノ主
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「(スキル『魔法誘導』は?)」
「そんなことにスキルポイントを費やすよりも、魔法の威力を強化した方が強い」
私とは対極的な、前のめりなスキル構成。
『火力』だけを突き詰めた清々しいまでのステータス。それ以外を犠牲にしている。
私が『自分さえ生き残ればいい』というスキル構成ならば、エルドラは『自分だけ生き残ればいい(周囲壊滅)』という感じだ。
何百年もそうやって生きてきたのだ。
そんな風に人生を過ごしてきた奴の魔法を食らって生き延びたなんて奇跡に等しい。
やっぱり問題児として地球に左遷された可能性がありますね。
〈コイツの魔術でも倒しきれなかったドラゴンのやばさが際立ちましたね〉
うげぇ。遠藤たちでも勝てないドラゴンが近くにいるって考えただけで吐き気がしてきた。
げんなりする私を他所に、エルドラは張り紙を手に受付カウンターへ向かう。
「これから回復薬やポーションの需要が高まる。それに便乗した犯罪が横行するのを防ぐのも、力を持つ者の務めだ」
『大いなる力には大いなる責任が伴う』
内藤支部長から耳にタコができるぐらい言い聞かせられた文言だ。
こういう仕事は、普段は断っていたのだけど……
エルドラだけに任せると文字通り全てが破壊されそうな気がしたので、世話係として彼についていくことにした。
「(分かった)」
捕縛用のロープでも買わないといけないな、と買い物リストに付け加えておく。
使うかどうかは分からないが、あるに越したことはない。




