第二十一話 引退を諦めさせないといけない
【皆殺しの館】を攻略した私たちは、後の処理を冒険者ギルドの職員に任せて高校生三人組を回収することにした。
本来なら不法侵入やら危険行為で彼らが通う高校に連絡しなければいけないところだったが、どうやら殺人ピエロという番人がスキル『思考誘導』というものを使って誘き寄せていたらしい。
ネットを介して犠牲者を募る魔物という、未曾有の事態にてんやわんやしながらも、経過観察する必要があるということで一応は御咎めなしとなった。
「本当にすみませんでした」
「お二人のおかげで俺たち、大きな怪我もなく無事に家に帰れます」
「もう二度と迷宮に無断で入ったりしません」
頭を下げて反省する浅沼、坂東、智田の三人。
今回が初犯ということで冒険者ギルドの職員たちも説教はしたがそれほど引き摺るつもりはないらしい。
一晩だけ冒険者ギルド傘下の病院で検査入院して、あとは家に帰す手筈だ。
〈めでたしめでたしですな〉
予約しておいたビジネスホテルのベッドでゴロゴロしていると並列思考がそんなことを言ってきた。
「ふふん、盾の性能もある程度は分かったし、これが実用化されれば冒険者の生存率上昇! 私は円満に引退できるって寸法よ!」
手を使わず、上体をバネのようにしならせて起き上がる。鎧を着脱した今の私はとても身軽だ。
「だいたい、『子持ち』だからって理由でランク上昇を拒否できる今の冒険者ギルドがおかしい!」
拳を握りながら私は叫ぶ。
そりゃ子持ちの主婦や旦那さんを危険地帯に突っ込ませるのもアレだからと優先して安全な迷宮に斡旋するのもわかる。
だが、私が巻き込まれるのは別問題だ。
私は働きたくない! ただ飯を食らいたいのだ!!
他人の金で飯を食っている時だけ、私は生きていることを実感できる!!!!
〈最低で草〉
エルドラにボロボロにされた服をゴミ箱に突っ込み、腕輪に魔力を流して収納しておいたお泊まりセットを引っ張り出してパジャマを着る。
〈便利だよねえ、インベントリの魔法を封じ込めた腕輪〉
【宵闇の塔】での反省を活かし、私は大金を叩いてとあるマジックアイテムを購入した。それがこの青い石を嵌めた腕輪。
いつでも好きな時に異次元に収納しておいた物を取り出せるのだ。
時間の影響を受けるので生物は絶対に厳禁だが、予備の鎧や服や携帯をしまっておくのに便利だ。引退しても重宝できるぞ。
〈ドラゴンに噛まれても、ファイアブレスを受けても壊れないようにしてくれって依頼したせいで、かなり高い金額になってたけどね〉
金額はざっと三百万円。
一括払いできたのは、遠藤に寄生して甘い汁を啜った結果だ。ありがとう、遠藤。君の活躍を彼方から応援しているよ。だから私のことは早く忘れてハーレムをエンジョイしたまえ。
「ん?」
そんなことを考えていると、遠藤からメッセージが飛んできた。液晶画面に表示された通知内容は、
『これからドラゴン討伐に行ってきます。もし無事に討伐を果たしたら、エルドラさんも交えてAランク迷宮に行きませんか?』
というものだった。
見ようによってはフラグだが、遠藤はSランク冒険者なので杞憂になることは確実。
遠藤には『血瞳晶』を譲ってもらったこともあるし、寄生した恩もあるので友好的な関係を築いていきたい。そんで遠藤とエルドラが仲良くなれば、私は世話係をやる必要もなくなるというわけだ。
「『それはとても良いアイディアだと思います。予定が合えば、ご一緒してみたいですね。エルドラさんにも相談してみます』……と、よし送信」
文面に失礼がないことを確認してから、返事を送信。すぐさま既読がついて、感謝のスタンプが送られてきた。
「ドラゴン討伐かあ。そういえば、そんな依頼が掲示板に張り出されていたなあ」
応募条件はAランク以上の三人以上のパーティーであること。他のパーティーとも合同でドラゴンを討伐するという『協力戦』だ。
何人かの名だたる冒険者も参加するだろうから、ドラゴン討伐が失敗する可能性は限りなく低い。
これは地球が平和になる日も近いな。
平和になれば、私のヒキニートライフも盤石なものになる。平和って素晴らしいね。
「ふわあ……さすがに眠くなってきた」
時刻は午後十時。美容のためにも早く寝ないと。
まあ、綺麗にしても見せる相手いないんですけどね。はははは……ごめん母さん、孫は姉にお願いしてね。
アラームはいつもみたく七時でいいか。
朝ごはん食べたら電車乗って如月市に戻って解散かな。
〈おやすみ〜〉
はいはい、おやすみなさい。
〈…………〉
〈…………お、スキル統合の申請が受諾されたわ〉
〈え〜っと、ほんほん。統合のデメリットはなさそうね〉
〈本体はグースカ寝ちゃってるし、こっちで決めていっか〉
〈とりま捕食系スキルと火炎耐性スキルを組み合わせてユニークスキル『炎喰ライ』に進化させて、あとは耐性スキルを統合して『堅牢』にしておきますか〉
【『並列思考』の熟練度が一定値に到達。『並列思考9レベル』から『並列思考10レベル』へ変更】
〈お、ついに10レベルか。上限が20だから、やぁっと折り返しってところかな〉
〈本体は引退したがっているけど、果たしてそう上手く行くかねえ〉
〈そもそも並列思考は戦闘の補助として生み出された存在であるからして……引退されると存在意義がなくなっちゃうんだよなあ〉
〈まあ、本体はそんなことどうでも良いんだろうけど。引退されるとこっちが困るんだよね〉
〈う〜ん、どうにかしてやる気になってもらわないと……〉
〈その為にはトラウマをどうにかしないと〉
〈他人を利用するのは気がひけるけど、エルドラを利用させてもらおうかなあ〉
〈そうと決まれば作戦を練りますかね〉
「はっ!? 今、嫌な予感がした!?!?」
〈ッ!? 気のせいだよ、本体。ほらねんねしな〜〉
「……むう。言われてみればたしかに。迷宮帰りで疲れてるのかな」
〈おやすみなさい〉
「……すやあ」
〈ちっ、無駄に勘がいいなコイツ〉




