第二十話 逆だったかもしれねぇ……!
戦闘シーンはいつだって難産ですひっひっふー!!
ばりん、と館の窓が割りながら、【皆殺しの館】を守る番人が姿を現した。
宙をくるりと回って一回転して着地。
子供ほどの背丈にピエロのような装飾。赤い付け鼻とオレンジ色のアフロが特徴的な魔物。
そいつは私たちの顔を見てニヤリと笑い、人の身長ほどもある大きな鋏をじょきんじょきんと開閉させる。
「きひひひ、きひひひ、まさかあの仕掛けをぜんぶ解いてしまうなんてねえ!」
ぐるぐると目玉をまわしながら、番人はしわがれた老婆のような声でげらげら笑う。
女の魔物『テケオンナ』と同じく人を馬鹿にしたような笑い方をするのが好きらしい。
私の隣に立っていたエルドラが魔力を編みながら口を開く。
「あの無駄にあちらこちら走り回された謎解きを編み出したのは、お前か」
「いかにも、いかにも。どうだい、肝が冷えたろう。どうだい、足掻くのも辛かったろう?」
「まさか迷宮で数式を解く羽目になるとは思いもしなかったぞ」
「ぐひひひ、ぐひひひ! 解けてるからいいだろう、いいだろう!!」
なんだって会話を引き延ばすような真似をしているんだろう、と思った瞬間。
伝達魔術で一方的に情報が脳に叩き込まれる。
〈うぇへえっ!! あいつ、鑑定するたびにこの情報量を処理してんの!?〉
ギシギシと軋む頭。
割れそうな痛みに並列思考が悲鳴をあげた。
〈よいしょ、よいしょ……よし、これで処理完了! まったく、事前に相談ぐらいしてくれてもいいのに!!〉
ふっと頭を襲っていた痛みが軽くなる。
どうやら並列思考がなんとかしてくれたらしい。
〈ほむほむ、どうやらエルドラの鑑定結果によるとあの魔物は番人で間違いなさそう。レベルは28。名前は殺人ピエロ。捻りがありませんな〉
分かりやすくていいと思うよ。
脅威になりそうなスキルは?
〈特殊神聖魔法かな。信仰は『不滅教』だ。いかにもって感じだね〉
不滅教。
生きとし生けるものは、死を経ることによって永遠となる。そんな逸脱した宗教観を掲げる『アウター』から流入してきた神だ。
一応、過去に起こした事件から日本では危険団体という認定を受けている。関わりたくない輩にリスト入りだね。
そんな信者が扱う魔法は……一言で言えば呪い。
魂を肉体から引き剥がして支配下に置く効果を持つものが多い。
死霊術といえば不滅教だ。
〈攻撃は厄介だけど、回復は雀の涙だ〉
私は盾を構えながら、慎重に殺人ピエロの動向を伺う。
「さてさて、ボクチャンはこれから君たちを始末して、逃げ出した三人を殺した後で『嶋津』を呪い殺さないといけないんだ。大人しくしてくれるなら、なるべく痛くなるように殺してあげるよおっ!!」
それを言うなら、『大人しくしてくれるお礼に痛みなく殺してやる』じゃなかろうか。不滅教の信者にまともなやつはいないので、破綻していてもおかしくはない。
っていうか、『嶋津』どんだけ狙われてるんだよお……。つーか、マジで誰ぇ?
「きえええええっ!」
殺人ピエロは叫びながら巨大な鋏を振り回し、私に襲いかかってきた。
それを盾で弾く。攻撃自体は軽い。ステータスの差だ。
特殊な神聖魔法で攻撃に上乗せされた呪怨が私の生命力を二割ほど削る。テケオンナでは一割も削れていなかったが、さすがは番人といったところか。
〈ドラゴンと比べると見劣りしてしまうけど、これはこれでなかなかに厄介な魔物だねえ〉
生命力がゼロになれば、問答無用で肉体は活動を停止してしまう。
呪怨攻撃の嫌らしいところは、目に見えないところで首の紐が締まっていくところなのだ。気がつけば体から魂が引きちぎられて死亡なんていうこともある。
そうなれば即アンデッド。肉体の支配権を奪われて彷徨う亡者の完成だ。
無駄に硬いアンデッドなんて、もはや地獄ぞ。
「きひひひっ、硬い、硬いねえ、君は!」
そりゃ鎧着込んだ上に盾まで装備してますからね。ふはは、今の私をボロボロにできるのはあの100レベルのドラゴンぐらいよ!!
〈まぁたフラグ建ててるよ、この人……〉
並列思考が何かをぼやいているが、無視無視。
殺人ピエロの攻撃をいなすのに全集中だ。
こいつの【敏捷】と【器用】は私よりも高いから、ドラゴンの時のように避けるのは難しい。だから、敢えて受ける。
並みの冒険者ならば一撃で四肢を切断されるような呪怨攻撃でも、聖騎士崩れである私ならば耐えられる。
「厄介、厄介! きひひひっ、でも呪いは効いてる効いてるね!!」
不滅教の祈りと呪いを上乗せした攻撃は強い。
なにせ、魂という高次元に対して直接攻撃を仕掛けているのだから、物理法則が我が物顔している地球では防ぎようがない。
辛うじてレベルシステムとスキルでどうにかしている状態だ。
限界が近い腕から血が鎧の隙間からぶしゃっと吹き出した。
〈あ〜はっはっは! こりゃいつまで耐えられるか見ものですなあ!!〉
そして悪役みたいな台詞を吐く並列思考。
他人事だと思いやがって……!!!!
腕が切断される前に回復回復。
腕がないと何かと不便なんだよね。盾を持てなくなるし。
「獄焔!」
殺人ピエロの攻撃を凌ぎながら減少した生命力を回復させていると、エルドラが攻撃魔術を発動させた。
ーードゴォォォン!
漆黒の炎が殺人ピエロを焼き、爆風を周囲にもたらす。
そら、魔物が硬いやつを集中攻撃している間に攻撃魔術を練り上げますわな。
さすがエルドラ。略してさすエル。
私を巻き込んでいなかったら花丸満点でしたよ。巻き込んだから100点減点ね。
「ほお、耐えたか。ならば追加であと五発ぶちこんでやろう」
指先に漆黒の炎球を五つ浮かべながら、にんまりと笑うエルドラ。ざっと見た感じ、エクスプロージョンの術式も噛ませているようだ。
あの、その角度から魔術を発射すると私も巻き込まれるんですけど。
〈あ、あはは…………こりゃいつまで耐えられるか見ものですな…………〉
乾いた笑い声を出す並列思考。
やはり、真の敵は仲間だった。つーか、仲間に当てない努力ぐらいはしようよっ!!
そう思って睨みつけると、彼は真摯的な眼差しでコクリと頷いた。
「貴様なら当たったとしても耐えられる。信じているぞ」
わ〜、嬉しくない信頼。
初日の決闘がここに来てこんなことになるなんて、想像すらしていなかったなあ……できてたまるか、ボケェッ!!
つーか、罪悪感の欠片もない表情をしているじゃん!!!!
〈変なところで変な人から好感度を稼ぐ天才だね、本体は……やれやれ、見ていて飽きないよ〉
言うてる場合かぁっ!!!!
くっそ、死因が仲間からの爆殺なんて笑えないぞ!!!!
「ぎひゃーーーーーー!!!!」
叫び声をあげる殺人ピエロ。
既に半身が焼け焦げているほどの威力を、あともう一発攻撃を食らえば死ぬのは明白。彼の顔には引き攣った笑顔が浮かんでいた。
ーーこんなところで死にたくない。
私たちの間に言葉は要らなかった。
ただ、純粋な渇望だけが、共通項としてそこに在った。
こうして、私と殺人ピエロは、どちらを盾にして生き延びるのかという醜い争いを繰り広げた。
【敏捷】の高さを生かして射線から免れようとする殺人ピエロ。
そのアフロを掴んで射線に引きずり戻す私。
ゲラゲラ笑いながら魔力操作の上位互換スキル『魔力糸』で盾を操作してレベル上げを図る並列思考。
そして、
「これでトドメだあっ!!」
拳を握りしめ、首の血管が浮かび上がるほどに叫ぶエルドラ。
彼が拳を突き上げると同時に、漆黒の炎が空高く舞い上がって夕焼けを焦がす。
「げひゃぁ…………まだ、誰も呪い殺せてないぃ…………」
燃え盛る館を背に、殺人ピエロが漆黒の炎に包まれながら地面に崩れ落ちた。彼の未練を描くように、地面に突き刺さった鋏が僅かに動く。
満身創痍となった私はそれを見下ろしながら、ふと思う。
ーー逆だったかもしれない。
【皆殺しの館】、その番人は強かった。
高レベルであるエルドラと防御力に特化した私たちでさえこれほど手こずったのだ。
もし何かが違っていれば、地面に倒れていたのは私たちの方だった。
なにより……。
同じ脅威に振り回された身。魔物であれど、彼もまた一つの意思を持った存在だった。そんな彼に、私は奇妙な情を覚えていた。
「(せめて、安らかに眠れ)」
崩れていく番人に形だけの十字を切り、手を合わせて安寧を祈る。『不滅教』の手印を見た殺人ピエロは、そっと目をとじ、そして完全に崩れた。
【レベルアップしました】
【スキルポイントを獲得しました】
鳴り響く声。
その声を『アウター』の連中は『創造主の御声』と呼んでいる。
戦いは、終わったのだ。
〈……長い戦いだったね〉
とても、長い迷宮探索だった。
崩れ去る迷宮を見ながら、私は虚脱感と共に息を吐く。
「さあ、あの子供たちを回収して帰るぞ」
いつの間にか隣に立ったエルドラが、涼しい顔をしていけしゃあしゃあと宣う。
そもそも、ここへ行こうと言い出したのは彼だ。
ムカッと来た私は彼の脛を蹴った。
コン、といい音が鳴るだけで、彼は微塵も痛みを感じていない。
「じゃれるな、じゃれるな。俺に信頼されてそんなに嬉しかったのか」
ヘルメットの上からぽんぽんと頭を叩かれる。
じゃれてねえわ!!!!!!
キレてるんだよ、こっちは!!!!
何度も誤射しやがって!!
命中率をどうにかしろ!!!!
そう文字にして怒りを伝えたところ……
「ははは、照れ隠しか。無口なのもそれが理由なんだな」
もうだめだ、こいつは何を言っても無駄なんだ。
私は肩をガックリと落としながらとぼとぼとエルドラの背中を追いかけるのだった。
エルドラくんが地球にやってきた理由ってもしかして誤射ばかりしていた可能性が……!?




