第十七話 ホラーは苦手なので引退したいです②
二階の書斎には三人の男子高校生がいた。
「俺の名前は浅沼です」
「坂東です」
「智田と申します」
アルファベットが描かれたいかにも怪しげなボードを囲みながら、三人は朗らかに自己紹介をする。
この部屋を訪れる前、廊下で聞こえてきた辞職コールを叫んでいた人物たちと同一だとは思えないほど、彼らは爽やかだった。
その清々しい笑顔にますます私は混乱する。
〈なんか、現代の闇を感じるね。『嶋津先生、お帰りください』って何度も連呼していたのは怖かったよ〉
恐らく彼らはこの書斎で『こっくりさん』をしていたのだと思う……嶋津さんが誰なのか知らないけど、多分『こっくりさん』には沢山の亜種があるからそのうちの一つなんだろう。
「……あ〜、君たちがこの迷宮に侵入したという三人組か」
私の背中に隠れながら、恐る恐ると言った様子で話しかけるエルドラ。
私より背が50センチメートルほど高いから、隠れていても意味はないぞ。
「駄目じゃないか、フェンスを壊しちゃ。それに迷宮は危険なところなんだから、遊び気分で来るところじゃないんだぞ」
………………????
えっ、コイツこんな丁寧に注意できる性格だったっけ!?!?
あー、電車のなかでは大人しかったし、子供とか一般人には優しい節はあったな。
な、慣れない……
いつも「家畜」とか俺のために働けと口にしていたから、どうにもこうにもこの優しいお兄さん的口調に違和感を覚えてしまう。
「す、すんません。でも、俺たちが来た時にはフェンスが壊れていたんです」
「壊れていた? 他にもいるのか?」
「いえ。俺たち、この館を探索してみたんですけど、他にそれらしい人影は見ませんでした」
リーダーと思しき青年、浅沼がてきぱきと答える。
書斎の床にはリュックやらトランプカードが広げられていて、私たちが来るまでここで寛いでいたことが伺えた。
〈パニックになって暴れられるよりも、これぐらい楽観的でいてくれた方が楽だね。ひとまず、この迷宮について聞いてみようか〉
「(君たちがこれまで立ち寄った部屋について気がついたことがあったら教えてほしい)」
私の質問に智田が手を挙げた。
「一階の南東にある娯楽室に気になる内容の日記があったんです。魔物が現れて途中までしか読めなかったんですけど、この館からの脱出方法についてかいてあったような気がします」
迷宮のなかに脱出方法について書かれた日記?
冒険者の手記ならともかく、この迷宮は誕生して日が浅い。罠という可能性も考えられる。
そう考えてエルドラに意見を仰ぐ。
「他に方法もない以上、今は少しでも手がかりが欲しい。罠だったとしても、四枚使い捨てにできる肉盾がいるので問題はない」
このようなご回答をいただいた。
コイツ、口では優しく注意をしていたが、心の中では肉盾だと思ってやがるな?
清々しいほどに屑で一周まわってむしろ好感が持てる。
「あれって、『アウター』のエルフ……?」
「耳長……背高……」
「杖持ってないけど、ローブを着ているから多分魔術師だよな」
三人は少し不安げな顔をしてこちらを見ているが、ひそひそと漏れ聞こえる会話から察するにエルドラの発言内容よりも、彼の容姿が気になっているらしい。
そのことに気づいたエルドラは、ニッコリと微笑んで軽く手を振っている。すっかりアイドル気取りだ……中身は屑だが。
ふっ、もしこれがホラーゲームなら顔が良いやつから死んでいく。さらに下衆な性格をしていれば死ぬ確率はあがるから、この中で死ぬとしたらまずはエルドラだな。
〈フラグが立ちましたね〉
……なんの?
〈本体が死ぬフラグかな〉
今から撤回できないかな。
〈さあ?〉
私は並列思考の発言に肝を冷やしながら、万が一に備えてスキルの構成や運用方法をざっと脳内でおさらいした。何事も備えあれば憂いなし。
「あとは、階によって徘徊する魔物が違うみたいです。あの女の魔物は二階にはあがってきません」
坂東の補足に私は頷く。
この迷宮に出現する魔物は、戦闘そのものが困難な代わりになんらかの制約を受けているらしい。
思い当たる節があるらしく、エルドラが口を開いた。
「恐らく、この迷宮も『竜血晶』と同じく地球の概念や性質に大きく影響を受けて変質したのだろう……この廃墟の噂とは関連性が見られないが」
資産家が一家心中をした、という根拠のない噂がネットで囁かれていた。
魔物の傾向から見て、エルドラの指摘する通り、たしかに関連性が見られない。
女の魔物はともかく、あの人間ムカデもどきは謎である。
頭を悩ませていると、浅沼がふと思い出したように呟く。
「そういえば、この屋敷の構造ってさ」
浅沼の言葉に私たちは顔をあげる。
「一昔前に流行ったフリーのホラーゲームで舞台になる廃墟に似ているよな。タイトルは【皆殺しの館】つってさ、廃墟の噂を聞いた幼馴染の男子高校生三人が好奇心で探索して……」
心当たりがあるのか、坂東と智田の顔からさあっと血の気が失せる。
「それで誰も帰らないっていう、よくあるストーリーのやつ」
シン、と書斎が静まり返る。
ゲームと似たような構造の建物、親しげな三人組の男子高校生。
彼らがどうして顔を青ざめさせたのか、さすがの私でもすぐにわかる。
〈この迷宮が取り込んだ概念、もしかしなくてもそのフリーゲームだね。謎解きで一躍ランキングにも載った有名なやつだよ〉
コイツ……全滅フラグを、建てやがったな?
「フリーゲーム? 電脳遊戯のことか。ふん、勉強もせずに遊び呆けているとはいいご身分だな」
こんな状況でもエルドラは平常運転。
「ともかく、ここで愚図愚図していてもなにも事態は変わらない。さっさと脱出のための手がかりを探すぞ」
私たちはのろのろと支度を整える。
特大のフラグが風に靡いている気配は無視だ。多分きっとエルドラがなんとかしてくれるさ。
〈いやいや、なんでも他人に投げる癖をどうにかしようよ。自分にできることからやっていこう〉
今の無力な私に何ができます?
〈あの三人組、そういえばこっくりさん擬きをやってたよね? 悪霊でも祓っておいたら?〉
あ〜、それはありかも。
悪霊って、呪ってきたりするしたまに不運系のスキルを使って自滅を狙ってくることもあるんだよね。
うんうん、ナイスアイディア!
〈そっ、そんな『アウター』と地球のどこを探しても匹敵する存在がないほどに賢いだなんて言い過ぎだよ〜!!!!〉
言ってないぞ〜、並列思考さん〜、君はすぐそうやって調子に乗るんだからぁ……。
「(とりあえず、ここにいるみんなに魔法をかけて抵抗力を高める。すぐに終わる)」
文字で伝えてから、私は四人に向けて悪霊を退ける効果を持つ神聖魔法『エクソシズム』を発動させた。
きらきらと光の粒子が舞い散る中、三人組の背後から好色な表情を浮かべていた半透明の中年の男が安らいだ顔でふわっと天へ昇っていく。
「ん? なんか肩が軽くなったような……?」
「僕も頭痛が治った気がする」
「マ? 俺、何の変化もないんだが」
え、なにあれ????
あいつら、何を呼び寄せていたの!?!?
こわっ、シンプルに怖くて聞けないんですけど!?
〈嶋津ってやつじゃない?〉
あの三人と嶋津って人の間に何があったんだよ…………怖いよお…………
「……………………地球、こわ」
エルドラもぼそりと呟いていた。君の二面性には劣ると思うよ。




