第十三話 幽霊が怖いので引退します
ドラゴンを【宵闇の塔】に封じ込めてから、冒険者ギルドはてんやわんやの大騒ぎだった。
なにせ、地球の各地で暴れまわった三頭のドラゴンのうち、一頭を封じ込めたのだ。
紙面をドラゴン討伐で飾りたい記者やらドラゴンスレイヤーの称号が欲しい冒険者やらで大賑わい。
そんな喧騒を物ともしない人物が一人。漆黒のローブを着たエルドラさんである。
近づく冒険者や記者を2メートル超えの身長かつ不機嫌な顔という威圧感マックスな風貌で撃退している。
エルドラの威圧感にも負けず、一人の男性記者が録音機器を片手に近づいていく。
「あの、ドラゴンについてお話を聞かせてもらってもよろしいでしょうか」
「俺は忙しい。貴様に使う時間は一秒たりともない。疾く失せろ」
男性記者の笑顔が引き攣る。
そんな彼が次に話しかけようとするのは、エルドラの背後にいる私だ。
「あの〜、良ければお話でも……」
「……………………」
もちろん、私は無言を貫いた。相手が男性記者ということもあって、私は微動だにせず沈黙を守る。
男性記者は小声で「これだから『アウター』の連中は……」と文句を垂れながら他の冒険者の元へ向かう。申し訳ないとは微塵も思わない、何故なら過去にめちゃくちゃ批判されたことがあるから。あの男性記者が所属している会社がそれだった。
記者から視線を外すと、エルドラが不機嫌そうに腕を組んで仁王立ちしていた。
「遅いぞ、貴様。この俺を待たせるとは良い身分だな。それで盾はしっかりと受け取ったようだな。ふん、この俺が特別に製作に手を貸してやったんだ。平伏して感謝しろ」
相変わらず上から目線のエルドラに対して、私は右手を肩の高さまであげて縦に軽く動かす。ついでに『魔力操作』で文字を描いた。
「『Thx』、だと? 貴様、人に感謝するときは言葉にして丁寧に伝えろと親に習わなかったのか!?」
「(ふるふる)」
「……貴様、俺をおちょくっているのか?」
「(ふるふる)」
エルドラは眉間を揉んだ。
こういう時、これまでは無言で見守っていたが、今はスキル『魔力操作』があるので文字で意思疎通が図れる。私は話すのは苦手だが、チャットはできるのだ。えへん
〈それはネット弁慶と言って、誇るようなことじゃないですよ〉
おー、おー、並列思考は相変わらず客観的に本体を観察しているご様子で。
まあ、それはさておきエルドラさんだ。体調でも悪いのだろうか。
「(頭痛?)」
「貴様のせいでな。まったく、どうして貴様は人の神経を逆撫ですることがそんなに得意なんだか……」
心当たりがないので、私は首を傾げた。
エルドラは無言でふかぁ〜いため息を吐いた。
「(ため息を吐くと幸せが逃げるよ)」
「ここに派遣された時点でとうに幸せは逃げている」
「(なにか嫌なことでも? 地球は不便?)」
『アウター』から来訪した多くの者は、コンビニや電車などの利便性に富んだ地球の文明を喜んで使用する。故郷に帰還する事を拒否する輩もいるほどだ。
だが、一部の来訪者のなかには家族と引き剥がされたり、追放処分を受けてここへ流れてきた者もいる。そういう人たちは地球に馴染もうとするよりも、故郷へ帰る事を切実に希望しているのだ。
「貴様に個人的な話をする必要性を感じない」
「(相談事は内藤支部長へ。彼ならきっと力になる)」
文字を読んだエルドラが、白んだ目を私に向けてきた。
ついでに並列思考も呆れたようにため息を吐いている。
どうして二人ともそんな反応をするのだろうか。一介の、おまけにこんな無気力人間が相談になったところで満足に相槌をうつこともできない。
それなら、権力を持っている内藤支部長に話した方が圧倒的に早い。そう思って、教えてあげたのに……。
「もういい。それよりも、だ。貴様の盾の性能を確かめるついでに、迷宮探索へ行くぞ」
「(拒否権は?)」
「あるわけがないだろう。さあ、行くぞ」
エルドラにせっつかれ、私は誠に不本意ながらまたも迷宮へ赴くことになった。
受付に向かうと、カローラがにこやかな笑みで私たちを出迎える。
「聞きましたよ、お二人とも。物凄い大活躍だったそうじゃないですか!!」
両手をぶんぶんと振り回してはしゃぐカローラ。ぱっと見、十四歳ぐらいの外見をしているので、子供がはしゃいでいるように見える。まあ、これでも成人したばかりらしいけど。
「それはそうとして、こちらは冒険者ギルド日本支部の受付カウンターです。本日のご用件をお聞きします」
「昨日、頼んでおいたリストの提出を求める」
「かしこまりました。冒険者カードの提出をお願いします」
チラリと見えたエルドラの冒険者カードにはAランクの文字が見えた。
なし崩し的にAになった私(遠藤に寄生し、追放された事でワンランク降格処分を受けたばかり)と違って、彼は実力に裏打ちされたランクを得ているのだ。なんでも、『聖セドラニリ帝国』とやらの第五位魔術師らしいし。
「こちらが直近三週間ほど、冒険者が来訪した回数が一桁の迷宮を纏めたリストになります」
「ふむ……ならば、この【皆殺しの館】へ行くか」
くっっそ不穏な名前のやつを選びやがったな。
しかもこれ、東京近郊にある廃墟に発生した迷宮じゃん。発生時期は、一週間前か。
生まれたばかりなら危険性はなさそうだし、金になるような依頼もなさそうだけど……
〈よりによってそれを選ぶかあ……エルドラさん、怖いもの知らずだなあ〉
スマホを操作していた並列思考が、さっと私に情報を共有してきた。
どうやら近隣ではかなり有名な廃墟スポットらしく、迷宮になって冒険者ギルドが見張りを立てていても、フェンスを破壊して中へ潜り込む輩が後を絶たないらしい。
その騒動は、インターネットのニュースサイトにて冒険者ギルド職員による一般人への暴行事件として取り上げられていた。
それだけでなく、その廃墟に纏わる怪談や噂話までこの短時間で網羅したらしい。
十年前に起きた一家心中事件(ソース不明)で事故物件扱いとなった別荘。噂によれば、資産家の二世代家族が所有していたらしい。だから、【皆殺しの館】なんて名前がつけられている。
近年、謎の人影や鬼火の目撃情報が絶えないそうな。
そんなこんなで県外にも有名な廃墟スポットとして名を馳せることになったらしい。
幽霊が怖いので引退します……!!
廃墟探索とか何考えてやるんだか。リア充にのみ許された不埒な遊びでしょ絶対。はーやだやだ、全単位落として留年しろ。
〈違うと思いますけど……、スリルとか肝試しじゃない?〉
その画面をスマホに表示させて、エルドラに見せたところ……
「幽霊と鬼火か、エクトプラズムを回収できる良い機会になるな。ちょうど地球の幽霊を見てみたいと思ったところだ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるエルドラ。
エクトプラズムとは、幽霊の体を構成しているとされる謎の物質だ。それを回収できる機会と考えていることから、死者の名誉だとかそういうのをハナから考えていないことが伺える。
ところで、幽霊を痛めつけた場合、死体損壊に当てはまるのだろうか。
〈実態がないし、魔物に区分されるから法律上はセーフじゃない? そもそも、既存の法律は適応されないしねえ〉
並列思考の私が言うように、『アウター』と接続してからこれまであった法律や常識はまったくアテにならなくなった。異世界の奴らは向こうのルールをこちらに押し付けてくるし、法律を根底から支えていた様々な“常識”を覆すことが起きたからだ。
たとえば、死んだ人間は生き返らない。
それは15レベル以下に限る話で、それ以上のレベルに至った者は生き返ることができる。さらに失った手足は生やすことができるし、呪詛に魔力を乗せれば人を呪い殺すこともできる。
今、国会では連日のように法改正を繰り広げようとして、様々な派閥から反対を食らっているらしい。巷では法治国家が崩壊するのも時間の問題だとか。知らんけど。
〈もっと世の中に関心を持ちましょうよ。それじゃあ時代の流れに取り残されますよ〉
取り残されたいです。
「この【皆殺しの館】へ向かう」
「かしこまりました。電車の乗り換えが二回ほどありますので、お気をつけてお乗りください」
最寄りの駅から電車で三時間か。
なかなかな距離にある。これは向こうで宿を取っておいた方がいいかもしれない。
冒険者向けに特化した施設が充実した如月市と違い、他はあまり充実していない。現着して宿がなく、野宿して通報されたことがある身としては、そういう事柄でお巡りさんの手を煩わせたくはない。
スマホでポチポチと宿屋を検索し、迷宮から一番近いところにあったホテルを二部屋ネット予約。クレカ支払いにして、領収書を請求。
後ほど領収書を冒険者ギルドに提出すれば、10%ほど還ってくるのだ。
それに私はエルドラの世話係なのだ。(不本意だけど)
異世界から来た彼を良い感じにサポートしなくてはならない。
「(エルドラさん、必要な物資は如月市で購入していきましょう。向こうは店があまりありません)」
「む、そうか。ならば、買い出しに行くぞ」
颯爽と歩き出すエルドラ。私はその背中を慌てて追いかけた。
冒険者にとって幽霊=金蔓な世界とかありそう




