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3時間目 ユキの能力の本領発揮

「ああもう、お前ら! さっさと動く!」

「はい!」

 ユキに指示を飛ばされた男子たちが、つい数十分前とは全く違う機敏さで駆けずり回る。

 さすが。指揮官がいると現場の回り方が全然違う。

 悲惨な状況を目の当たりにしたユキがまず始めにやったことは、その場で柏手を一つ。

 たったそれだけのことで現場―――主に男子の気が一気に引き締まった。全員が揃って顔面蒼白になる様は、圧巻の一言に集約される。

 だが、そんなユキの威圧感も女子たちにはいまひとつ効果を発揮していなかったらしい。

「ユキくーん!」

 日程表をめくりながらぶつぶつと念仏を唱えているユキの周りには、怖いもの知らずともいえる女子がわらわらと群がっている。

「なんだ、邪魔すんな。」

「質問、質問。ユキ君って、いつもそうやって髪結んでるの?」

「そうだけど?」

「ちょっと髪下ろしたの見てみたいなー、なんて。」

「そういうくだらんことは、今日の作業ノルマを終わらせてから言え。」

 にべもなく切り捨てるユキに、男子面々は半ば尊敬の眼差しを彼に向けた。

 女子との出会いをどうでもいいと豪語していただけのことはある。相手が女子だろうと態度が見事に変わらない。

 だが、驚くべきはそんなユキを前にした女子たちの反応の方。

「やるやる! ちゃんと作業はやるから! おねがーい!」

 あの不機嫌なユキを前にしてこの図々しさ。まるでナギが何人もいるかのようだ。

(ああ、ユキがキレる…っ)

 女子との出会いなぞ今はどうでもいい。

 男子たちはユキの動向にひやひやとしていた。

 そして案の定、図々しい女子たちの反応はユキの神経をいたく逆なでしたようで。

「……チッ」

 舌を打ったユキの表情がキッと険しくなる。

 このまま怒号が響くかと思ったその瞬間、小柄な影がユキの後ろに立った。

「うわっ」

 突然前に落ちてきた自分の髪にユキが驚く。

 その後ろで。

「えへへー。」

 ユキの髪をまとめるゴムを取っていったナギが悪戯っぽく笑った。

「こら、ナギ!」

「いいじゃん、別に。すぐに済むお願いなんだしさ。」

「作業の邪魔なんだよ! 返せ!」

「え……すごい。何これ、すっごくサラサラ…」

「お前らもどさくさに紛れて触ってんじゃねえぇぇっ‼ ベタベタしてくんなあぁぁぁっ‼」

「えー、ユキ君可愛いー♪」

 あれはユキを羨ましいと思うべきなのだろうか。

 それとも、女子たちの肉食っぷりを讃えるべきなのだろうか。

 ナギが囲まれていた時とは違い、反応に困ってしまう男子たちだった。

「ねーねー‼」

 ふとその時、また別の女子がユキの元へと駆けていった。

「この衣装、変じゃないかな? さっき繕うのが終わったんだけど…」

 友人に意見を求める彼女は、時折突っ込んでほしそうにユキを見上げている。

(うわ! 明らかな、私女子力ありますよアピール!)

 衣装の出来を見せに来るだけならわざわざ自分がそれを着る必要なんてないし、あえてロング丈の控えめなメイド服を選んできた辺りに、真面目なユキへの対策が詰め込まれているように見える。

「―――ん?」

 彼女をまじまじと見ていたユキが片眉を上げた。

「ちょっと悪いな。」

 ずい、と彼女に近寄ったユキは、一言断ってから彼女の手を取り上げた。

「きゃっ…」

 狙いどおりの展開だったのかぽっと頬を染める彼女と、先を越されたことに悔しがる他の女子。

 だがあのユキだ。

 別に彼女の思惑にはまっているわけではなかった。

「おい。ここの飾り、まだ仮留めじゃんか。」

 幾重にもフリルがあしらわれた袖口。ユキの言うとおり、袖口を彩る飾りの一つがまだまち針で留められているだけの状態だった。

「え、嘘⁉」

 急ぎつつも完璧に仕上げてきた自信があったのだろう。彼女が慌てて指摘された部分を見ようとし、他の女子がくすくすと笑う。

「馬鹿、動くな! 危ねぇだろうが! 針刺さったらどうする‼」

 女子間の静かな争いなど歯牙にもかけていないユキは、いつもと同じ口調で怒鳴って彼女の手を強く引いた。

「あ…」

「落ち着け。大丈夫だから。ちょっとそこ座れ。」

 動きを止めた彼女にほっと息をついたユキは、彼女を近くのパイプ椅子に座らせた。

 次に彼女が持っていた小型の裁縫セットを拝借し、中から針と糸を取り出すユキ。

 何をするのかと思いきや、ユキはさも当然のようにその飾り部分を繕い始めたのだ。

「あ、あの…」

「大丈夫だよ。別に針ぶっ刺すようなへまはしねぇって。」

「で、でも…」

「怖いかもしれないけど、ちょっと我慢してろ。できるだけ、早く終わらせるから。」

 違うんです、ユキさん!

 彼女が狼狽えてるのは、怖いからじゃないんです!

 そう全員が心を一つにして思ったところで、彼女に怪我をさせないよう真剣に針を通しているユキが気づくはずもない。

(ってか、ハイスペックすぎんだろーっ‼)

 まさかユキが裁縫までできるとは思っていなかった皆は、心の中でそう絶叫した。

 

 ★

 

 それからというもの……

「ユキくーん!」

「なんだよ。」

「ここ。ここの縫い方がよく分からなくて。」

「んー? どれ?」

 一応ちゃんとした用件だったからか、一瞬不機嫌になりかけたユキは瞬く間に表情を和らげた。

「……お前、もしかして不器用?」

 縫い目を辿ったユキが軽く眉を寄せると、言われた彼女はお茶目を気取って舌を出した。

「そうなの。お裁縫なんて普段やらないもんだから…。」

「まあ、金持ちはそうだよな。」

「もうやだぁ。これ以外にもいっぱいあるんだもーん。ユキ君手伝ってよー! うちのクラス器用な子いなくてぇーっ!」

「ああもう、喚くな! 手伝いくらいやるから‼」

「ユキ君、ヘルプ‼ 卵って、どうやったら綺麗に割れるの⁉」

「そこから⁉」

「だって、全然綺麗にできないんだもん! ちょっと練習に付き合って‼」

「ちょ、待て待て! オレは一人しかいない! 分裂できないから!」

 両手を女子に引かれ、ユキが今日も女子校舎の方へと引きずられていく。

 ユキの家庭的スキルがずば抜けて高いことは、音速並みに女子校舎を駆け抜けていった。それから数日は、ユキの隣に並ぼうと一生懸命女子力を競っていた女子たちだったが…。

『まあ、普段はこんなことしないもんな。慣れてなくても仕方ねぇよな。』

 ひょんなことからユキがそう言った瞬間、彼女たちはくるりと態度を翻した。

 そうだ。別に無理して背伸びしなくたって、色々と察してくれるユキには通用するのではないか。

 そのことに気づいたのである。

 そして実際にユキは、彼女たちがいかに作業に不慣れだろうと、頑張っている分には怒らないし、押しつけるのではなく教えを乞う分にはフォローを嫌がりもしなかった。

 そこからの女子たちは、できる女アピールから、ドジっ子アピールへと華麗に路線を変えてきている。

『……ったく。仕方ねぇな。』

 溜め息混じりにそう言われることを狙ってだ。

 そういうわけで、ユキの放課後や土曜日は徐々に女子たちに占有されるようになっていった。

 そしてその余波が襲う先は一点。

 

 

「ううー! ユキがいなーい‼」

 

 

 五月に入って創立祭準備がさらに本格化してきたある日。

 徐々に組上がってきた入場門の足場にちょこんと乗っていたナギは、辛抱たまらずといった様子で叫んだ。

「仕方ないよー。」

 トモが苦笑しながらもあっさりと言う。

「そうそう。さすがに今のユキは横取りできないでしょうよ。」

 他の生徒たちも似たような反応だ。

 仕方ない。

 それは誰もが抱いている気持ちだった。

 力仕事はいくらでも男手がある。必ずしもユキの助けが必要というわけではあるまい。

 だが裁縫や料理、その他装飾といった細々とした作業を得意とする人材は、この高校には極端に少ないのである。

 創立祭ではあまりにも大がかりなものを除いて、基本的に生徒の力のみで準備を進めなければいけない。繊細な作業の中には、ユキしかフォローできないようなことがたくさんあるのだ。ユキが空気を察してバイトを減らしてくれて、男子女子ともに非常に助かっている。

『こうなるのが嫌だったから、去年まではうまく裏方に徹してたんだけどな…。』

 色々と諦めたユキの口からぼそりとそんな一言が零れ落ちた時、トモ以外の皆は改めてユキという人間の恐ろしさを思い知ったのであった。

「ってか、ナギ。これ、半分はナギのせいだよ。」

「え? 俺の? なんで?」

 きょとんとするナギ。

 ほら、やっぱり分かっていなかった。

 トモはやれやれと肩をすくめる。

「ナギがあんなにユキのこと自慢したからじゃん。どうするの? ユキ、女の子に取られちゃったよ?」

「ええっ⁉ 自慢しちゃだめだったの⁉」

 そんな、目から鱗みたいな驚き方をされましても…

「あんなに自慢されたら、誰でもユキに興味湧くって。でもまぁ…今年はナギが自慢しなくても、ああなってた可能性の方が高いけどさ。」

 天才と称賛されるナギと同等の頭脳。

 理事長というあまりにも巨大過ぎる後ろ楯。

 去年の暮れに明らかになったこの二つの事実が、いかにユキに対する周囲の認識を変えたことか。

 都合がいいと言われればそのとおりだが、あの事実を受けてから、今の内にユキに取り入っておこうと考えている輩は非常に多い。男子と違って、女子はまた別の意味で彼を引き込もうと必死だろう。

 なんたってユキを婿養子に迎えてしまえば、少なくとも向こう五十年は安泰だ。頭が非常によく回るユキのことだから、嫁の会社くらい一回りも二回りも成長させてくれることだろう。

 しかも彼の人脈ネットワークは自分でも引くレベル。ユキが懇意にしている全員が味方につくかもしれないとなると、社会的地位はもはや確立されたも同然。

 そんな下心丸出しでユキに近づいてみれば、ラッキーなことに言うほど性格に難はないときた。

 女子が目の色を変えるのも分かる気がする。自分が女だったとしても死ぬ気で落とす。去年まで隠れられていたことが奇跡すぎて怖い。

「むー…」

 ナギが頬を膨らませる。

「んなこと言ったって、ユキの話になるとつい自慢になっちゃうんだもん。」

「じゃあ仕方ない。文句言わずに今は女子に譲りなさいな。」

「うー! つーまーんーなーいー‼」

 癇癪を起こしたナギが足場の資材に膝を引っかけ、だらりと体をぶら下げる。

 すると。

「この馬鹿ナギーッ‼」

 遠くからでもよく響くユキの怒鳴り声が聞こえてきた。

「へ…?」

 ナギが体を起こしてきょろきょろと辺りを見回す。

 探していたユキの姿は、校舎の四階の窓。

彼はそこから、鬼の形相で身を乗り出していた。

「命綱なしに何やってんだ! 危ねぇだろうが‼」

 大声を張り上げたユキは、すぐに窓の向こうへと消えていってしまう。

「………♪」

 それを見たナギがにやりと口の端を吊り上げた。

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