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2時間目 女子の狙いは…

「それはもうデータを置いてあるんで、後は印刷するだけですって! え、どこ? デスクトップにありますよ! よく見てください‼」


「はあ? その備品は第一倉庫の入り口横! 昨日中にまとめとくっつったろ⁉ ちゃんと確認してから電話しろ! ……ああ、ちょうどいい。上にさっさと借用書提出しろって言っとけ! 誰のためにあんな広い場所キープしてやってると思ってんだ! これ以上待たせるなら別の奴らに流すからな⁉」


「備品購入依頼書がどっかいったー⁉ ほら、やっぱり! ちゃんと分かりやすい所に置いといてくださいって頼んだじゃないですか‼ …いえ、もう探す時間がもったいないです。こんなこともあろうかとゴンさんにバックアップ預けてあるんで、ゴンさんにお願いしてください。あの、オレ来年にはいなくなるんですよ⁉ 分かってます⁉」



 電話を切っては入れ替わりで電話が鳴り、怒鳴って電話を切ってはまた電話が鳴る。

「なぁーんであの子はあんなに忙しいの? 生徒会でも実行委員でもないよね?」

 休み時間になる度にあんな調子のユキを見やり、ユキから離れた位置に集まっていた生徒たちは揃って目をしばたたかせていた。

 ユキが創立祭を嫌いだと言った理由が、今なら分かる。あの忙しさは誰でも発狂する。

「まあ、全ての申請書類は最終的に事務に集まるってね…」

「ああ…」

 トモが告げた結論に、誰もが遠い目をした。

 事情は察したが、手伝いはしない。そもそも手伝えないということもあるが、今のユキには触れない方がいい。

 触らぬ神になんとやら、だ。

「まあ、この申請期間が過ぎれば、多少はユキも楽になるよね。俺らはその分忙しくなるけど…」

「創立祭準備で土曜日も登校になるもんな。めんどくさい…。」

「何言ってんだよ! 女子と話せるんだぞ!」

 一人が興奮じみて言うと、それに触発されて他の面々もそわそわとし始める。

「お前、誰狙いなの?」

「いやぁ、今年の一年に可愛い子いるんだよー。」

 なんとも男子らしい会話が花開く。

 そしてひとしきりそんな会話を楽しんだ後。

「でもさー。」

 ふと肩を落とす者が一人。

「去年のノリならさ、女子はみーんなナギに集まるんだろうなぁ。」

「まあ…そうだろうな。」

 落胆した空気が超特急でその場を支配していく。

「ナギ、話は通じにくいけど天然で可愛いからなー。」

「しかも今の時点で相当稼いでるしね。」

「地位名声と金が揃ってんだもん。話が通じないくらい、いくらでも目をつむりますよねー。」

 苦い思い出だ。

 いくら女子と仲良く話せたところで、ナギが顔を出した瞬間、隣にいたはずの女子は遥か遠くへ。

 今年もきっとそうなのだろう。

 重い溜め息をつく男子一同。

 だが。

「みんな予想が甘いですねぇ。」

 そこでチッチッチッと指を振ったのはトモだった。

「予想が甘いってなんだよ。」

「言葉のまんまよ。みんな、複雑な乙女心が全然分かってない。状況は変わっておりますことよぉ~?」

「ええ…?」

「では質問!」

 トモはやたらと自慢げだ。

「話が合わない天才タイプと、話を合わせてくれる秀才タイプ。長ーくお付き合いするならどっちよ?」

「そりゃ、話を合わせてくれる秀才……ハッ‼」

 その瞬間、皆が一斉に思い至った。

「おれの一番人気予想はあちらでーす。」

 にやりと笑みを深めたトモが示した先には、相変わらず電話口に怒鳴っているユキの姿が。

「そういえば…ユキって性格きっついけど、普通にイケメンだよね。」

「うん。」

「ナギと成績同率一位でしょ? 料理美味いでしょ? それ以外の家事全般もパーフェクトでしょ?」

「うん。」

「ナギみたいに目立って稼いでこそないけど、後ろにいるのがあの理事長じゃん…。将来安泰だよな。」

「あれ? ナギに勝ち目がない、だと…!?」

「へへー。そうだろ?」

 皆が衝撃の事実を噛み締めている中、トモは一人勝ち誇った顔をしている。

「え、待って。あんな化け物、去年までどこに隠れてたの? 全然記憶にないんだけど。」

 全員で虚空を見上げる。

「ユキ? 器用に目立たないポジションに逃げてたよー? みんなシフト作りとかめんどいこと、ぜーんぶユキに投げてたじゃん。だから、ユキが好きなようにみんなのことを踊らせてたよ? 気づいてなかったの? 去年まではまだナギに絡まれる前だったし、理事長との関係もオープンになってなかったし、隠れようと思えば簡単よ。」

 トモが簡単に去年までのネタばらしをする。

「全然気づかなかった。怖ぇ…」

「表に出される前から裏の王者だったのか、あいつ…」

 皆が顔色をなくす。

 半年前だったら庶民のくせにと腹も立っただろうが、今はそんなこと言えません。

 ぞっと背筋が冷えてしまった。

「おれとしては、今年のユキの武勇伝が見物よね。あんな完璧イケメン、誰も放っておかないっしょ。」

「だろうね。」

 トモの言葉に誰もが同意を返した。

「まあでも、一つもったいないことを挙げるとするなら……」

「……するなら?」

 全員が興味深げにトモに続きを求める。

 あの大魔王に何か決定的な欠点があるならぜひとも知りたい。

 彼らの目はそんなことを語っていた。

「髪型、かな…」

「……髪?」

 特に欠点とも言えないじゃないか。

「いやねぇ…」

 納得いかないという周囲の視線は全く気にせず、トモは記憶を手繰るように虚空に目を向けた。

「この前、たまたまユキが小さかった頃の写真を見たのさ。写真のユキって髪短かったんだけど、まあよく似合っててね。」

「え、何それ、気になる。」

 一瞬でその場の興味がそこに流れた。

「気になるなら、今度ナギに写真見せてもらいなよ。半ば無理に強奪していったから。」

「マジかよ。」

「さすがナギ。勇者だな。」

「今度訊いてみるわ。」

「まあ、それはさておき…」

 トモはまたユキの方へと首を回した。

「顔つきとかきつめって以上に、ユキってマジで男前な性格してんじゃん。ぜーったい、髪短い方が似合うよ。」

「確かに…」

 言われてみれば、確かにもったいないような気がしてきた。

 しれっと立てられた二本目のフラグ。

 この後に漏れなくそれを回収することになろうとは、この場にいた誰もが思っていなかった。

 

 ★

 

 それからしばらく。ユキが忙殺されていた各種申請期間が終わり、創立祭の準備が本格的に始まった。

 お待ちかねの時間。

 一部の男子たちは意気揚々と女子校舎へと向かったのだが。

「………」

 彼らは渋い顔を強いられていた。

「ナギ君って、休みの日何してるの?」

「んー…特に何もー。やることないからテキトーに色んなことやってるよー。あとは、たまにユキの所に行ったりとかー。」

 ナギの口からその名前が飛び出すと、彼を囲っていた女子たちの目の色が明らかに変わった。

「へえ! ナギ君とユキ君って、普段何話してるの?」

「大体俺がユキに怒られてるー。」

「え…。そ、そうなんだ…」

 それを聞いた女子たちの顔がほんの少しひきつる。

「そういえば、ユキ君ってすごく怖いって噂があるんだけど、本当?」

「そりゃ、怒ったら怖いよー。でも、ユキって理由なく怒りはしないから大丈夫だよ。」

 ナギはくすくすと笑う。

「普段から言い方は厳しいし短気だけど、ちゃんとみんなのこと見ててくれるもん。俺、ユキに怒られるの嫌いじゃないよー。」

 最後にきらきらと輝いた純粋な笑顔を向けられれば、とどめには十分。

「可愛い…っ」

 何人かの女子がふらりとよろけた。

「相変わらずだなー、ナギ。」

 作業の傍ら、そのやり取りを見ていたトモは思わず苦笑い。

「ほんとになー…」

 同意しつつ、ルズは少し複雑そうだ。

「でも、あれいいの? ナギのやつ、天然でユキの評価を勝手に上げまくってるけど。」

「そこはナギだからなぁ。ユキを女子に取られないようにあえて評価下げるとか、そんな頭はないでしょうな。」

「ですよねー。」

 毎年のようにナギを囲む女子たち。去年と違うのは、彼女たちの目的が純粋にナギだけではなく、ナギとよく行動を共にしているユキへの探りも含まれているという点だろう。

 しかもユキを話題にすれば、普段は話が噛み合わないナギと奇跡的に会話が成立してしまうのだ。こう言ってはユキが口をへの時に曲げること必至だが、ユキの名前は本当に便利である。

「ねえねえ! ユキ君って、どんな人なの? 得意なこととか、好きなものとか!」

「んー……得意なことというか、むしろ苦手なことないんじゃないかな? 運動は俺より得意だし。あと料理がすんごく上手。ほんとにすごいよ。」

 ほら、あっという間に話題がユキ一色になってしまったじゃないか。

「え⁉ ユキ君、料理するの⁉」

「結構するよ。この間ルキアが来て本気出した時なんか、俺びっくりして飛び上がっちゃったもん。写真見るー?」

 ナギが携帯電話をいじって、とある写真を彼女たちに見せる。それを見た彼女たちは、一人残らず目を剥くことになった。

「……えっ⁉ すご…え⁉ これ…え⁉ めっちゃ可愛くない⁉」

「ユキ君って、こんな可愛いもの作れるの⁉」

 女子たちの反応に、トモはなんともいえない気分になってしまった。

 そうですよね。意外ですよね。自分だって、あのユキの手からあんな可愛いものが生み出されるなんて思いもしなかったですもん。心底びっくりしましたよ。

「ふふふー、すごいでしょ? なんか、ルキアが好きなアニメのキャラなんだって。」

「ルキアって?」

「ユキの弟だよ。今五歳なんだって。」

「うっそ! ユキ君、そんな小さい弟いるの⁉」

「ユキと逆ですごく可愛かったよ。」

「えー、見たーい!」

「ってか、いいなー。私もそんなお兄ちゃん欲しいー。」

「分かるー。俺も欲しいー。」

 いつの間にやらナギも女子の仲間入りをしている。

 好きな人の自慢ができて、ナギはそれはもうご機嫌で鼻高々といった様子。

 ナギさん、気づいて。それ以上ユキの株を上げてしまうと、エヴィンの時以上にヤキモチ焼く羽目になりますよ? 自分で自分の首を締めてますよ。

 そして言うまでもなく、一番の被害者は今はここにいないユキだろう。

(ユキ…ドンマイ。)

 トモは心の中で合掌した。

「ちょっと、トモ‼」

 ナギを囲む女子たちの中から、一人こちらに駆けてくる者がいた。

 彼女はトモの正面に立つや否や彼のネクタイを引っ張り、間近から彼をきつく睨み上げる。

「ユキ君本人はどうしたのよ! 話が違うじゃないの!」

「うえぇーん…おれは別に、ユキを連れてくるなんて約束してないよー。」

 そんな、自分とユキまで当然のようにセット扱いされましても。

 こちらとしては至極当然のことを言ったまでなのだが、それを聞いた彼女はさらに目くじらを立ててしまった。

「あんたユキ君と仲いいんでしょ⁉ 自然な流れで連れてくるくらいの気がきかないの⁉」

「だって、ユキは先生たちが引っ張っていっちゃったんだから仕方ないじゃんかー…。なんでそんなに怒るの、ランカ。」

 隣でルズが軽く引いているじゃないか。

 トモは眉を下げながらも、自分のネクタイを締め上げてくるランカの手を優しくほどいた。

 彼女は古い付き合いになる友人の一人。女子の中では一番親しい間柄を築いている。

「あー、苦し…。ランカもユキ狙いなの?」

 どうして彼女がこんなにユキの存在を気にするのだろう。

 ふと気になって質問してみる。

「いや、あたしはミーハーなだけ。あんな高級食材に本気で手なんか出さないって。キャーキャー言えれば十分よ。」

 ランカはふるふると首を横に振った。

「食材……女子の表現こわ…」

 ルズがさらに引く。

「ルズ、こんなんで引いてたら、女の子と仲良くなれないよ。」

 女の子に夢を見ちゃいけません。

 トモはふう、と息をつく。

「ともかく、ユキはどこでもかしこでも引っ張りだこだから、そうそうこっちには来れないと思うよ。」

「ええー…」

 ランカが唇を尖らせる。

「ええー、じゃないの。仕方ないよ。正直、おれとしてはユキが来なくて安心してる。」

 ユキ目当ての女子たちには悪いけど、それが嘘偽らざる本音だ。

「ええー! なんでよ!」

「なんでって…」

 トモは周囲を見回した。

 女子のほとんどはナギの周りで雑談に明け暮れ、男子は男子で残りの女子の気を引こうと必死。積み込み途中の資材は地面に放り投げられ、用意してあった工具も使われていない。

「これ…ユキが見たら怒るよ? もうそろそろ昼なのに、なんも作業進んでないじゃん。」

「確かに…。見られたらやばかったな……」

 ルズもこくこくと頷く。

 思っていても、そんなこと口に出すんじゃなかった。


「誰に、何を、見られたらやばかったって?」


 自分たちの言霊が召喚してしまったとしか思えないタイミングで、後ろから地を這うような声が聞こえたからだ。

「げっ、ユキ…!」

 トモとルズは異口同音に呻く。

「あっちもあっちで作業進んでなかったけど、こっちはこっちでひどいもんだな。いちゃついてねぇで仕事しろ。」

 男子校舎側でも一悶着あったのか、ユキはすでに半ばキレている状態だった。

 そんなユキの様子に、トモとルズはそれぞれ大慌てする。

「いや、でもおれとルズはまだ働いてたよ⁉」

「アホ。現場指揮も仕事の内に決まってんだろ。このメンバーの中で、指示側に回れる人間がお前ら以外にいんのかよ。」

「ユキ……怒られながら認められるって、ものすごーく複雑なんだけど…。」

「あーあー、まったく。」

 ユキは大袈裟に息をつき、片手に持っていたトートバッグを掲げた。

「疲れてるかと思って差し入れ持ってきたけど、いらなかったみたいだな。」

 そういえば、昨日ユキがやたらと長くキッチンルームにこもっていた記憶が…。

「ユキ…様……」

 トモとルズはごくりと唾を飲み込む。

 ユキの威圧感たっぷりの眼力よりも、トートバッグの中に眠っている差し入れへの方に気を取られる二人であった。

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