SHR これって、どんな関係?
「―――んっ……」
明かりの落ちた廊下に熱を帯びた声が響く。
「ユ、キ…も、離して……」
頭の上で両手を固定されているナギは、涙目で後ろに懇願する。
「やだよ。」
ユキは静かに告げ、ナギの手をより強く壁に押さえつけた。
「お前に好き勝手させたらえらい目に遭うからな。このくらいがちょうどいい。言っとくけど、前に痕つけられた時のこと、別に許したわけじゃねぇからな?」
「ああっ…」
痕がつかない程度に首筋に噛みついてやると、ナギの華奢な体が大きく跳ねた。
「だ、だって……」
荒い呼吸の合間に、ナギが必死に訴える。
「これ、じゃ……キス、できない…よ……」
「させてたまるかっての。」
もちろんナギの希望を分かっている上で、あえてこの体勢を選んでいるに決まっているじゃないか。
ユキはナギの耳元に口を寄せた。
「この暴走特急め。何度この下りをさせりゃ気が済むんだ。」
「ううっ……だって、キスしたく…なっちゃうんだもん…」
「キスだけで終わった試しがあったかよ。すぐ欲情して押し倒そうとしてくるくせに。」
「あっ…耳、や……」
「オレを押し倒そうなんざ、百年早い。」
ナギを黙らせるために、ユキは本格的に彼の体を攻め立て始める。
ナギと過ごす日々にも随分慣れたことで、自分の彼に対する衝動的な感情はすとんと落ち着いた。何度かナギの泣き顔を見てすっきりしたのと、彼の泣き顔を見たくなる衝動を駆り立てていた〝嫌い〟という感情がなくなったからなのかもしれない。
月並みだが、彼とは友人としてやっていければ。
それが落ち着いた今の気持ち。
ところがどっこい。
こちらの感情が落ち着くのに反比例するように、ここ最近はナギの感情が常時暴走状態である。エヴィンの一件で何のメーターを振り切ったのか、自室で襲われかけるわ、ナギの部屋に連れ込まれるわ、とにかく彼と二人になるとろくなことにならない。
そんな日々がなんだかんだと数ヶ月だ。
いい加減慣れる―――わけもなく。
(き……今日も長かった…っ)
どうにか今日もナギの部屋からの脱出に成功し、ユキは廊下でしゃがみ込んで頭を抱えることになっていた。
(あーもー、馬鹿。ほんと馬鹿。黒歴史に黒歴史を積み重ねてどうすんだよ、オレ!)
いつもこうだ。暴走したナギを大人しくさせた後は、自分の行動が信じられなくて消えたくなる。
でも、もっとましなかわし方があるだろうとか、そんな無茶なことは言わないでいただきたい。
一度暴走し始めたナギには話なんて通じない。なまじっか互いに体力があるもんだから、ちょっとでも油断すればナギのペースに巻き込まれて逆らいようがなくなる。
これは食うか食われるか、一触即発の戦いなのだ。食われるのはごめんだが、かといって食っちゃまずいのは言うまでもない。それこそ取り返しがつかなくなる。
ナギを最短時間で黙らせようとした結果、無駄な手練手管が身につきましたとも。今ではナギの弱いポイントをほぼ完璧に熟知している自信がある。
(腹痛ぇ……マジで胃に穴開くってこれ!)
ほんとに、そろそろ察してください。
理性が本気で悲鳴を上げている。
大体、こういうことはそれなりに順序と段階を踏んで、互いに納得して合意した上でやるべきだろう。
……なんて、最初から盛大に間違えた自分が言えた口じゃないけど。
(オレらって何? これって、どんな関係?)
目が回る。
ドツボどころか泥沼じゃないか。
「あの馬鹿…」
今頃ベッドの上でへたっているであろうナギへ恨み言を一つ。
瞬間。
『ユキ、大好き。』
あの日、純粋にぶつけられた想いが脳裏を揺さぶる。
(どんな関係も何も…オレはあいつの気持ち知ってんじゃんかよ……)
ユキは重たげな溜め息をつく。
ナギはいつだって真っ直ぐだ。
中途半端でいるのは自分の方。
でもこんなの……どうしたらいいのか分からない。
ざわり、と。
全身を締め上げる恐怖に、今日もまた目を閉じて耐えるだけ――。