自分の事を知りました。
役所を出たらカウンターの中からラザイアさんが走り出てきて、色とりどりの飴が入った袋をくれた。
思わず笑顔でお礼をいった私を、とろけるような笑顔でなでなでするラザイアさんに背後でどよめきが起きてたけど、たぶん気にしたら負けなのでキニシナイ。
「次はどこに行くんですか?」
名残惜しそうなラザイアさんを振り切るように、アーシュさんが足早に歩いていく。
現在、安定の抱っこ移動中だけど、なんだか慣れて違和感感じなくなっている自分が一番怖い。
何やら険しい顔でずかずかと歩いていくアーシュさんは聞こえていないのか無言。
ちょっと寂しい。
手持ち無沙汰なため、先ほどラザイアさんからもらった袋の中から適当に一つ取り出して口に入れてみた。どうも果汁を煮詰めて作ったものらしく優しい甘さが広がる。
「・・・うまいか?」
知らないうちに顔がほころんでいたらしく、きづくとアーシュさんが優しい顔でこちらを見下ろしていた。
「はい」
なんだか恥ずかしくなって、袋の中からもう一つ取り出しアーシュさんの口に押し付ける。
少し驚いたように目を見開いた後、パクッとつまんでいた指ごとくわえられた。
慌てて手をひっこめると、アーシュさんの目が笑いにほころんだ。
「うまいな」
頬が熱い。絶対真っ赤に違いない。思わず顔を隠すように額をアーシュさんの肩口に押し付ければ、クックッと押し殺した笑いが降ってきた。
確信犯のイケメンは滅びればいいと思います!
そうして辿り着いたのは、小さな店がひしめく一角にある、その中でも随分古ぼけた外観のお店だった。
売り物なのか捨てるものなのか判別付かないような雑多なものが入り口付近にごちゃごちゃと積んである、明らかに一見さんお断り・・・・というか、知らない人は入らないよね、なお店の扉を躊躇なく開けると、アーシュさんはずんずん中に入り込んでいった。
店の中は薄暗く、入り口と同じようにごちゃごちゃと雑多なものであふれていた。
私には何に使うのかもわからない道具や古そうな本。かと思えば、壁際には剣や斧など明らかに殺傷能力のありそうなものが無造作に立てかけられている。
怪しげな液体の入っている瓶の中身が知りたいような知りたくないような・・・・。
「レイトン、いるんだろう」
「あ~~~、中入っていいよ~~~」
そうして店の奥に声を張り上げると、カウンターの後ろに下げられた布の奥から、眠そうに間延びした声が返ってきた。
それに、何かあきらめたようにため息をつくと、アーシュさんはためらう事なくカウンターを越えていく。
「あ・・・・あの、ここは?」
なんとなく大きな声を出すのがはばかられて、ツンツンと胸元の服を引っ張りながら小さな声で尋ねると、アーシュさんは布をよけようとした手を止めた。
「ああ。知り合いの魔道具屋だ。ここでさくらの魔力属性やギフトを調べてもらおうと思って、な」
「ここで?」
思わず首をかしげる。
なんとなく、そういうのって教会とかで調べるイメージだったんだけど。
「店は怪しいし、ちょっと変わったやつだが、腕は確かだ。何より、融通が利くから、な」
少し困ったような顔でなだめるように私の頭を撫でるアーシュに、自分の立場を思い出す。
そういえば、私はどこから来たのかもしれない不審人物だったよ。
「さくら、なんだか勘違いしてるようだから言っておくが、ここを選んだのは半分は俺の都合だ。さくらは貴重な渡り人だからな。下手に教会なんかの権力のある所に存在を知られると連れて行かれる可能性があるんだよ」
しょんぼりとした私に、アーシュさんが慌てたように言い募る。
「連れて・・・?」
「それは、もしかしたら教会や王家に保護された方が桜はいいかもしれないけど・・・あそこはあそこで魑魅魍魎のたまり場というか・・・権力争いの駒にされたりとか・・・」
え?何?その恐ろしい状況。
こちとら権力とは無縁のしがない一般市民にも慣れない底辺暮らしだよ?
そんなところに放り込まれたら骨の髄までしゃぶられてポイされる未来しか見えないんだけど。
そもそも、「貴重」って何?私、大層なことなんて何もできないただの底辺工員だよ?
恐ろしい未来予想図に震えあがって、無意識のうちにギュッとアーシュさんの服を握りしめる。
と、その時、布の奥から光の玉のようなものが飛んできてアーシュさんの頭に命中した。
「な~に、そんなちびっこ脅してんの~~~。うちの国の品位を落とすようなこと言わないでくれる~~~?」
そんな言葉と共に顔話出した人物に、私はさっきまでの恐怖も忘れて見とれてしまった。透けるような肌に白銀の長い髪。アーシュさんなら片手で覆ってしまえそうな小さな顔には神様が計算しつくしたとしか思えないほど完璧なパーツが完璧な配置で並んでいる。けだるげに眇められた瞳は最高級のルビーをはめ込んだような美しい赤。
背景の小汚さも気にならないほどの完璧な美がそこにはあった。
「ちびっこ、口が開いてまぬけ顔になってるよ?まぁ、僕に見とれるのは分かるけどさ~~~」
くすくすと笑いながら近づいてきた人にそっと頬を撫でられて、私は我に返った。
慌てて、口を閉じる。涎垂れてないよね?
「アシュレイも〜〜そんな意地悪ないい方しないでぇ、素直に「取られたくない」って言えばいいんだよ〜〜?」
からかうような視線を向けられ、アーシュさんがどこか気まずそうにソッポを向く。
それにくすくす笑いながら、その人は、そっと奥へと続く布をかき分けた。
「さ、中にどうぞ〜〜。遠い世界からのお客様」
通された場所は、外の雑多さとは違い、シンプルにまとめられたきれいな応接間だった。
お茶を淹れながら「レイトン」と名乗ったその人は、今、机を挟んだ向かい側でニコニコと楽しそうに微笑んでいる。
「久しぶりにぃ〜、面白いものを見ちゃって、すっかり目が覚めたよ〜〜。まさか、あのアシュレイが〜出会ったばかりの女の子にこんなにメロメロにされるなんてね〜〜〜〜」
すごく楽しそうに語られる言葉は、なんだか甘くて居心地が悪い。
メロメロというか、あんまりにも頼りなくて放っておけないだけだと思います。
「うるさい。余計なことは良いから、さっさとするべきことを終わらせてくれ」
対して、アーシュさんの機嫌がどんどん右下がりに落ちていくため、居心地の悪さに拍車をかける。
神様、私何か悪いことしたでしょうか?
「はいはい。若者はぁ〜〜気が短くていけないねぇ〜〜。じゃ〜あ、さくら?こっちにきて?」
ソファーの隣に呼ばれて、ちらりとアーシュさんを伺えば、憮然とした表情ながらも頷かれる。
「・・・・お邪魔します」
なんとなく小声でつぶやくと、噴き出された。
だって、こんな美人の隣とかハードル高いんだよ。
「大丈夫〜〜、怖い事なんてしないから、安心して。リラックスして〜〜、目を閉じてもらっていいかなぁ?」
くすくすと笑いながら、体を斜めにして向き合うようにすると両手をとられた。
ほっそりとして少しひんやりした美しい手だったけど、それは私の手を包み込んで余るほど大きくて、いくらきれいでもレイトンさんは男の人なんだと知らしめてきた。
「はぁ〜い、深呼吸ぅ〜〜。吸ってぇ・・・・吐いてぇ・・・・・」
まるでお医者様のように穏やかな声に、ゆっくりと体から緊張が抜けていくのが分かる。
ふわりと繋いでいた手から何か温かいものが伝ってきて体の中に満ちていくのを感じる。それは、穏やかでとても心地いいものだった。
「はい、おしまい。目を開けてもいいよ」
レイトンさんのそんな声で、私は、はっと我に返った。
それは、一瞬のようにもとても長い時間のようも感じる、不思議な感覚だった。
「で、どうだった?」
なんとなくぼうっとしていると、ふわりといつもの風に包み込まれる感覚と共にアーシュさんの膝の上に座っていた。
ここが私の座る場所は確定なの?
三人掛けのソファーだし、アーシュさんの隣でもいいんじゃない?
若干の抗議の視線と共に膝の上から降りようと身じろぐものの、おなかに回された腕の力が強くなっただけだった。
だから、私は18・・・・。
「アシュレイの愛は重そうだねえ・・・。それとも、さくらがそれだけ魅力的なのかなぁ〜〜?」
「いいから、結果」
柔らかにからかう声を一刀両断して、アーシュさんが先を促す。
「魔法属性は水で魔力はあるけどぉ〜〜、一般的な平民程度だねぇ。初級魔法くらいは使えるけど、それを仕事に出来るほどはないねぇ〜〜」
おお、魔力あるんだ。でも、平凡。なんか私らしいね。
一瞬、膨大な魔力で~とか、中二の様なことが浮かんだけど、まあ、冷静に考えれば、そんなのあっても困るだけだしね。あ、でも、なんか生活の役に立つ魔法とかあったら嬉しいかも。
「後〜〜、やっぱり渡り人なのは確定だねぇ〜〜。『異世界よりの来訪者』の称号があったよ〜〜。それから〜〜、強い加護がついてるねぇ〜〜。『愛されしもの』っと」
「愛されしもの?」
その言葉に首をかしげる。
生まれてすぐに親に捨てられた私にその言葉はひどく不つり合いに思える。
「界を越えてもなお、さくらを護ってるよ。その杖はぁ〜〜異界からの物でしょ〜〜?あと、ポケットの中からも〜〜」
指さされ、すぐ横に置かれた杖に目をやる。そして、胸をそっと抑える。
そこには、おばあちゃんからもらった柘植の櫛が潜ませてあった。
「とても慈しまれてたんだね〜〜。強い願いが界を渡る際に加護に変わって、さくらを護っているんだよ〜〜」
「まさか………そんな………」
「・・・さくら」
思いがけない言葉に胸がギュッと引き絞られるような気がした。
ぽろぽろっと涙が溢れてきて止まらない私を、アーシュさんが優しく抱きしめてくれる。
出会いは、無理やり連れていかれた慰問だった。
県の運営の老人ホームには、身寄りのないお年よりが何人かいた。
その中でも、ひねくれもので、職員の言う事を聞かず、好き勝手する困った老人三人組。
それがなんだか自分と重なって、私はよくその人たちの側にいるようになった。
もともと人見知りで、他の子のように愛嬌を振りまけない自分はどこか浮いていたから、無理に笑う必要も話す必要もないそこは気楽だったのだ。
部屋の隅で向き合って黙々とお茶を飲む自分たちは、異様な光景だったことだろう。
ホームの職員すらも遠巻きにする中、だけど、最後の最後に「また来い」とポツリとこぼされた言葉に、私は、確かに自分の居場所を見つけた気になったのだ。
そうして、回数を重ねるうちに私たちはゆっくりと打ち解けていった。
ぽつぽつと語られる昔の思い出話は面白かった
しわくちゃの優しい手が与えてくれる温もり。
転んで擦りむいた膝を見て、ぶっきらぼうに投げかけられるいたわりの言葉。
ホームで提供されるおやつを隠していて、こっそりと渡してくれる、いたずらっ子のような笑顔。
不愛想で忙しい孤児院の職員からは得られなかった、人の「温もり」や「優しさ」をたくさん与えてもらった。
中学生になって許された新聞配達で初めて自由になるお金を手にした私が、こっそりとプレゼントした安物のひざ掛けを、涙を流すくらい喜んでくれて、そのくせ、「こんなジジババにムダ金使わないで、少しは娘らしい可愛い格好でもしなさい」と怒ってくれた。
そうして、櫛を杖を与えてくれたのだ。
「もう、自分にはいらないものだから」と優しい嘘と共に。
他にも、大切な想い出の着物をほどいて、スカートや小物に仕立て直してくれた。
なんだか恥ずかしくて、その人に見せるためただ一度しか着なかったけれど。
「たくさん・・・たくさん・・・貰ってばかりだったの。何も返せなかった・・のに」
胸が苦しくて、涙が止まらなかった。
照れくさくて、ほとんどお礼も言えなかった。
杖をくれたおじいちゃんは口が悪くて、ほとんど喧嘩友達のようになっていた。
だけど、元気そうに見えたお年寄りの命は儚くて、高校受験で忙しくて一か月ぶりに尋ねたホームで私は、おじいちゃんの訃報を聞くことになる。
驚き泣きじゃくる私に、「神様の元に行けたのだから悲しくなんかないよ」と、みんなは繰り返した。だから、自分の番が来ても、泣く必要などないんだと。
「こんなところに来てまで、守ってくれていたなんて・・・・そんなふうに、愛してくれていたなんて・・・」
浮かんでくるたくさんの笑顔に、私はただただ泣くことしかできなかった。
親に捨てられ、誰からも見向きもされないと拗ねて、孤独を気取ってきた自分がすごく恥ずかしかった。
自分は、こんなにも誰かに愛されていた。
もう二度と会えない人たちを思って泣きじゃくる私を、やさしい温もりが慰めるようにずっと包み込んでくれていた。
読んでくださり、ありがとうございました。
レイトンさんは実は結構有名な魔法使い。
だけど、人嫌いで、基本友達にしか会いません。
さくらは気づいてませんが、お店には特殊な結界が張ってあり、資格を持たない人間には見つけることができない場所になってます。
アーシュ君は駆け出しの頃とある迷宮で知り合い、意気投合。というか、一方的に気に入られ本人は若干迷惑がってます。
白銀髪に赤眼。人外の美貌の持ち主。喋り方は誰に対してもあんな感じ。見た目以上に年取ってて、渡り人マニアです。