落っこちた先は②
ブクマの増えっぷりにびっくりです。
ありがたやありがたや。
眼が覚めると見知らぬ部屋のベッドの上だった。
ここ、どこだろ?
白いシーツのかかった大きなベッドは硬めのスプリングが気持ちよかった。
うっかりこのまま二度寝の誘惑に耐えながらまだ少しぼうっとする頭で、キョロキョロと辺りを見渡す。
サイドテーブルに自分のリュクサックとたたんだコートが置いてあることに気づいて手を伸ばす。
けど、予想より巨大だったベッドは広くて、サイドテーブルに届かなかった。
なんとなく気まずい気持ちを味わいながらも、のそのそと四つ這いで動きリュックを手に取る。
ここでの私の唯一の持ち物だ。
抱きしめれば、少し落ち着いた。
手が無意識のうちに中を探り、柘植の櫛を取り出す。
編み込んでいた筈の髪はいつの間にかほどかれて肩に流れ落ちていたから、サラサラと櫛でときはじめた。
背中の中程まである髪は私の唯一の自慢だった。
黒くまっすぐな髪はしなやかな手触りで、艶々と光をはじく。
お婆ちゃんにもらった柘植の櫛でとくようになった事で、さらに艶を増した気がする。
落ち着かない時に髪をとくのは、私の昔からの精神安定剤だった。
お婆ちゃんにもらうまでは櫛なんて当然持ってなくて、どこかのホテルのアメニティらしきプラスチックのブラシでせっせとといていた。
指先で櫛に刻まれた桜の彫刻をたどる。
杖と同じ意匠のそれはおじいちゃんが彫ってくれたものだ。
なんの飾りもないシンプルな物だったから、「折角だからお揃いにしとくれ」とお婆ちゃんが依頼したのだ。
私の名前の花が刻まれた櫛に、すごく嬉しくなったのを覚えている。
「大事にするね」と握り締める私の髪を優しく撫でてくれた手は皺くちゃで小さかったけど、とても温かくて、すごく幸せな気持ちになったっけ。
「お婆ちゃん、なんだか変な所に来ちゃったよ」
呟いた声は思っていたより弱々しく響いて、自分がとても不安になってるんだなぁ、って、どこか他人事みたいに考える。
このままじゃ、座り込んだまま動けなくなりそうで、私は大きく首を横に振ると、うつむいていた顔を上げた。
「大丈夫、大丈夫。私は大丈夫」
上を見ても部屋の中だから天井しか見えない、けど、落ち込んでる時に俯いてるとどんどん気持ちは暗くなってく。
呪文のように唱えるのは、昔から繰り返していた自分を鼓舞する言葉。
見栄でもハッタリでも、言葉に出す事で落ち着いてくるのは経験で知ってる。
自己暗示上等。
慰めてくれる人も抱きしめてくれる人もいなかった私は、こうやって自分を奮い立たせてきたのだ。
泣きそうな気持ちが少しずつ落ち着いてきて、最後に大きく深呼吸。
よし、落ち着いた。
「で、ここどこ?」
改めてグルリと部屋を見渡す。
ゴロゴロと3回転くらい余裕で出来ちゃいそうな大きなベット以外は枕元の小さなサイドテーブルしかないから、多分誰かの寝室で、意識無くなる前の事を思えば、アーシュさんが連れてきてくれたんだろうとは思う。
扉には鍵らしきものはついてないし、お部屋の外に出ても良いかな?
それとも、ここで大人しくしてるのが正解?
迷いながらベッドから降りようとして、義足が外されているのに気づいた。
いや、寝てる時はいつも外してるから気にしなかったんだけど、これ、アーシュさんが外したんだよね?
サイドテーブルの下にショートブーツと共に揃えておいてあった義足に目を落とす。
不意に脳裏に今まで向けられた視線を思い出す。
憐れみ。戸惑い。優越感。忌避。
お前は自分達とは違うのだと如実に語る視線。
私の足が無いとわかった途端に向けられるそれらに慣れることなんて無かった。
だけど、しょうがないのだと諦める事を早々に覚えた。
嘆いたところで足が生えてくるわけでも無いし、私は私でしか無いのだし。
だけど。
私を見つめた優しい瞳を思い出すと、ずきりと心の何処かが痛んだ気がした。
「あの青と緑の瞳にそんな色が浮かぶのは見たく無いなぁ」
つぶやいた時、突然ガチャリと扉が開いた。
義足を見つめていた私は、驚いて顔を上げ、そこにアーシュさんの姿を見つける。
ゆったりとした白いシャツに黒のズボン。
森の中とは違うくつろいだ服装がここは安全な場所なのだと伝えてくる。
ベッドの端に足を垂らして座っている私の姿を捉えた青と緑の瞳がふわりと柔らかくほころんだ。
「起きたのか。気分はどうだ?」
大きな歩幅で近づいてくるアーシュさんの瞳に危惧していた色はなく、なんだか気が抜けたような嬉しいようなちょっと複雑な気持ちを味わう。
そっと伸びてきた手が額に触れるのをなんだか不思議な気持ちで見ていたら、その視線に気づいたアーシュさんがちょっと照れ臭そうに笑って手を離した。
「少し、熱が出てたんだ。もう、大丈夫みたいだな」
「あ、はい。よく寝たからかむしろスッキリしてます」
頷けば、安心したようにアーシュさんが笑った。
「そうか。腹減ってないか?何が良いかわからなかったから簡単なものだが、用意してるんだが」
言われて、そう言えば空腹なのにきづく。
どれくらい寝てたかは分からないけど、仕事帰りにここに来たから、1日近くまともに食事してないや。
お腹すいた。
返事をする前に、私のお腹がなった。
アーシュさんの目が丸くなってるところを見ると、バッチリ聞こえたみたいだ。
うぅ………恥ずかしい………。
お腹を押さえて赤くなってると、ふいに身体が抱き上げられた。
「腹減ったよな。とりあえず、パンがゆとスープを作ってるから、食べれそうなら食べてみてくれ」
そのままスタスタと歩き出されて、予想外の抱っこ移動に固まっている間にキッチンらしき部屋についてしまった。
降ろされたのはシンプルな木のテーブルセットの椅子で、高さ調整のためかかなり分厚くクッションがある敷かれていた。
チョットふかふかすぎて若干バランス悪いけど文句は言いませんとも。
座面もかなり広いから転げ落ちる心配もなさそうだしね。
保温されていたらしい鍋からついでもらったのは、野菜たっぷりのスープだった。大きめに切られた野菜はよく煮込まれているらしく、スプーンで触ればホロリと崩れる。
味はあっさりコンソメ風?
空っぽの胃にかなり優しく、無理なく食べれる。
パンがゆはミルク味で一欠片落とされたバターの風味が絶妙だった。
ほんのり甘いのは蜂蜜、かなぁ?
ただ、美味しいんだけど注がれた量が多い。
どっちか一皿で満腹レベルだよ。
全部食べるなんて無理。
結局、どちらも半分まで頑張ってごちそうさまさせてもらった。
「たったそれだけで大丈夫なのか?」
少し心配そうに下がった眉に若干心が痛むけど、無理なものは無理。
もともと少食ではあるけど、そういう問題じゃない。
だって、2つともうどんの器サイズで出てきたんだもん。そりゃあ、お腹いっぱいになるでしょうよ。
「お腹いっぱいです。残してごめんなさい」
「いや。満たされたなら良い。残りは俺が貰おう」
自分の分はとっくに空にしていたアーシュさんは、私の前の器を引き寄せるとあっさりと食べてしまった。
それ、箸つけた後なんだけど!
いいの?いいの?
イヤ、もったいないって観点からすれば正しいんだろうけど!
うぅ、顔が熱いヨゥ。
「さくら?」
「………なんでもない!です」
アーシュさんが私を見て不思議そうに首を傾げてる。
気にしてるの、私だけ。
なんか、意識してるのも恥ずかしい気がして首を激しく横に振った後、入れてもらってたお茶を飲んだ。
少しぬるくなったお茶はウーロン茶っぽかった。
あぁ、落ち着く。
「あの、ここってアーシュさんのお家ですか?」
落ち着いたところで、さっきから気になってた事を確認すると頷かれた。
「あの森から1番近い街でユルトンと言う。王都ほどではないがそこそこ栄えている街で、俺はここを拠点としてる。さくらが寝てるうちに移動したんだ」
ざっくり説明に頷く。
泣き寝入りした私を運んでくれたんだ。
あそこからどれくらい離れているかは分からないけど、寝ちゃうと人の体って途端に重くなるのに申し訳ない。
「で、街に入るのに本当は身分証が必要なんだが、さくらが寝てたから仮発行状態になってるんだ。後で、役所に発行してもらいに行こうな」
「身分証?私も貰えるんですか?」
身元の保証なんて出来ないよ?そもそもこの世界の住民ですら無いし。
不安が顔に出てたのかアーシュさんが安心させるように頭を撫でてきた。
「戸籍制度が整ってきたとはいえ、辺境の地ではまだその限りでは無いし、田舎から出てきて身分証を作る人間も多い。心配ない。それに、さくらにどんなギフトがあるかも分からないし、調べるのにも丁度良いだろ」
そっかぁ。
戸籍制度の出来たばかりの日本な感じなのかな?
いろいろと曖昧で適当。
私みたいな存在がここでどういう風に扱われるのかは知らないけど、入り込む隙があって助かる。
しかし、また知らない単語が出てきたぞ。
「ギフト?」
首を傾げれば、アーシュさんがさらりと説明してくれた。
「この世界には魔法というものがあって人は強さの差はあるが最低でも1つ、多ければ複数の属性の魔力を持っているんだ。属性は地・水・風・火・光・闇の6種類だ。
それとは別に稀に「ギフト」と呼ばれる特別な力を持っているものがいる。
「緑の手」や「雨乞」なんかはよく知られているギフトで重宝されるし他にも多数のギフトが確認されているんだ。
でも、持っている奴は大抵ギフトの存在を秘密にするから、未知のギフトは多数存在すると考えられているな」
「秘密はなんで?」
珍しくて便利なものならどんどん使えばいいのに?
その疑問には苦笑が返ってきた。
「理由はいくつかあるが、人から受け入れられる物ばかりではないから、かな?後は秘密にしていた方が有利なギフトもある。例えば、「心眼」というギフトは触れた相手の心が読めたそうだ。「隠密」は姿を消すことができたらしい。どっちも神話級のギフトだがな」
「………それって」
あまりにとんでもない「ギフト」にポカンと口が開くのがわかる。
どっちも使い方次第で大変なことになりそうだ。
だって、心が読めたらどんな秘密だって分かっちゃうし、姿消せたら………。
うん、怖い考えしか出てこない。
もし、自分がそんな力持ってたら、確かに誰にも言わずに秘密にする。怖すぎ!
「そんな顔しなくても、ギフトを持ってる人間なんてほんの一握りだし中には「掌から花が出る」とかくだらないものもあるんだ。大丈夫」
どうも蒼い顔をしてたらしく、アーシュさんが黙り込んだ私を慰める様に抱きしめてきた。
てか、いつの間にアーシュさんの膝の上に移動したの?わたし。
早技ですね、アーシュさん!
でも、ちょっと距離感がおかしいと思うんです。
わたし、こう見えて年頃の女の子………、あ、子供と思われてるんだったっけ?
「あの、アーシュさん、私こう見えて18でして、こういう子供扱いはかなり恥ずかしいんですけど………」
「は?18?!」
おそるおそる主張してみたら、すごいビックリした顔されたよ。
目が「嘘だろ?!」って言ってる。
「本当です。向こうではちゃんと独り立ちして働いてました」
「………10歳くらいかと思ってた」
まさかの小学生!?
そりゃぁ、子供扱いしますよね。
すっごい確認するみたいに凝視されてるけど、なんかもう、居た堪れないんで勘弁してほしい。
「て、訳なので降ろしてください」
再度主張するけど、困った顔をされた。
「だが、その足では動きにくいだろう?寝室までは連れて行こう」
チラリと流された視線に、義足をつける間も無く運ばれたのを思い出した。
壁伝いに行けば、片足でも移動できるけど………、心配そうな視線になんとなく意地を張ることもできなくて、素直に運んでもらうことにする。
しかし、本当に軽々運ぶなぁ。
「この世界の人、みんなアーシュさんみたいに大きいんですか?」
気になって聞いてみれば、少し考えた後頷かれた。
「成人男性で200前後、女性でも平均180はあるな。だから、子供と間違えたんだが」
おお、皆さんモデル体型!
というか、バスケとかバレーの選手の集団を想定すると良いのかな?うん、会話するにも首が疲れそうだね!
「さくらの世界ではさくらが平均くらいなのか?」
………痛いところ付いてきたな。
そうって頷いたってバレはしないんだろうけど、こんな些細なことで嘘ついてもしょうがない。
「私の世界でも、私は小柄な方。でも、女性でも平均160ないくらいだったと思います」
「そうか。こっちと違うんだな」
他にも探せば常識のすれ違いは多そうだなぁ。
そもそも魔法なんて無かったし。
「そういえば、アーシュさんは何の魔法が使えるんですか?」
ギフトは秘密って言ってたけど、これくらいは聞いて良いかな?って思ったらあっさり答えが返ってきた。
「あぁ、俺は風と炎だ。後、少しだけ水が使える」
「3つって多い?」
「そうだな。結構珍しい」
さらりと答えてるけど、目が自慢気に光ってる。
木の下に集まってた魔物?もあっさりと倒してたし、多分強いんだろうな。
「森での炎も魔法だったんですか?」
「そう。剣に補助魔法を刻んで威力をあげてるんだ」
寝室のベッドに優しく降ろされる。
「良ければ、この服を着てみてくれ。着替えたら少し出かけよう」
アーシュさんはそう言って服を一式渡してくれた。
クリーム色で襟元や裾に花の刺繍がたくさんある膝丈のチェニックと少し細めの紺のズボン。
胸の直ぐ下を細いリボンで絞れる様にしてあるから、少しサイズが大き目でも問題なさそう。
ズボンの方もウエストに紐が通してあってそれで縛れば良いみたい。
「大丈夫そうか?」
「はい。問題ないと思います。少し、待ってくださいね」
頷けば、アーシュさんは少し名残惜しそうに部屋を出て行った。
なんだろ、あの表情?
服くらい、自分で着替えられますよ?
ズボンは少し細身だったけど、伸縮性はあったから義足の上からでも問題なく履けた。
ショートブーツだったから裾はインしたけど、不自然さはないと思う。
少し迷ったけど、髪は緩めの三つ編みにしてサイドに流した。
ふだん、こんな可愛い服着ないからなんだかドキドキするけど、おかしくはない………よね?
杖をついてゆっくりキッチンの方へ戻れば、片付けをしてたらしいアーシュさんが食器を棚になおしているところだった。
「片付け、手伝わなくてすみません。ありがとうございます」
速足で近づけば、アーシュさんがくるりと振り返り、私に目を止めてフワリと笑った。
「よく似合ってる。それにして正解だったな」
嬉しそうな表情に、アーシュさんがこの服を選んでくれたんだと気付く。
店員さんに適当に包んでもらったとかじゃ無かったんだ。
「私」の為に選ばれたものだと知って、頬が熱くなる。込み上げてくるのは紛れも無い「嬉しい」という気持ち。
誰かが「私」の為に何かをしてくれるという経験はそう多くなくて、どんな顔をして良いか分からない。
「…………ありがとうございます」
なんだか甘く感じる視線に耐えきれず俯いた私は、そんな私の様子にさらにとろけそうな笑顔を浮かべたアーシュさんの顔を見ることはなかった。
読んでくださり、ありがとうございました。
ざっくり説明回でした。
次は街に出ます。