拾ったものは。sideアシュレイ
魔獣討伐の依頼を受けて出かけた北の森は、雑魚から大物まで多種多様な魔獣が相変わらずひしめき合っていた。
土地柄のせいで魔素が集まり、魔獣が発生しやすい為、北の森は基本一般人は立ち入り禁止になっていて、定期的に国から討伐の依頼が冒険者ギルドへと出される。
浅い所は駆け出しの奴らのいい訓練所になるし、深い所まで行けば、高ランクの奴らの小遣い稼ぎに丁度いい、そんな場所だ。
そう言う俺も、ちょっとした素材集めも兼ねて久しぶりにやって来た訳だが。
どうも森の深部に差し掛かった頃から、いつもと様子が違う事に気付いた。
魔獣の数が少ない。
いつもなら、人の気配を察知すると共に襲ってくる奴がいるんだが、何も出てこない。
だが、気配がない訳でもないんだ。
むしろ、騒がしいと言っていいくらいのざわめきを感じる。
どこか一点に向かって集まっている……というか?
不思議に思いながらも探索の魔法を発動させ魔獣の気配を追って歩き出す。
そうして、不自然なほどに多種多様な魔獣たちが集まる場所を見つけた。
いつもなら人の気配に敏感な奴らが、いくら気配を消しているとはいえまるっきりコッチに見向きもせず、1本の大木の周りに集まっているのは、異様な光景だった。
お互いに牽制し合い、小競り合いまで起こっている。
皆、一様に木の上を見上げてるけど、何があるんだ?
とりあえず、コッチに気づいていないなら好都合。
そっと体内魔力を練り上げ、魔法を発動する。
「煉獄の炎よ、我が剣に宿りて敵を滅せ。烈火龍炎舞」
背中にさした大剣を手に取り魔法の炎を纏わせ振り抜けば、一撃のもと集まっていた魔獣たちが塵と消えた。
そうして、剣を手に持ったまま、魔獣たちが囲っていた大木へと足を向ける。
魔獣の核とも言える魔石が散らばっているため、時々シャリっと硬い音がするが、それよりも奴らが気にしていたものを確認する方が先だ。
そうして辿り着いた先で視線を上にあげ、息を飲んだ。
大木の張り出した枝の1つに、すがりつくようにしてしがみつく小さな影があった。
(こんな所に子供?)
華奢な肢体はシンプルなベージュのフード付きのコートと黒いズボン。背中には布製のリュックが1つ。魔獣の住む森にいるには不釣り合いなほどの軽装だ。
黒い髪は編んで頭にぐるりと巻き付けてある。
小さな顔に存在感を放つ黒い大きな瞳が、怯えと警戒をにじませてこっちを見ていた。
その瞳と目が合った瞬間、心臓がドキリと音を立てて跳ねたのを感じた。
そして、胸に広がる抑えようも無い愛しさ。
(なんだ、これは?)
護りたい。抱きしめたい。腕の中に閉じ込めて、誰にも触れさせないように。早く、自分だけのものにしなくては。
それは本能に訴えかける強い衝動。
気づけば怯えている少女に魔力を乗せた声で呼びかけ、腕の中に捉えていた。
風に乗せて抱きとめた体は想像していた以上に華奢で儚く、抱いていてもふとした瞬間に消えてしまいそうな不安にかられる。
(そうだ。コレはオレのものだ。離さないで大切にしないと)
胸に浮かぶのはそんな独りよがりな感情。
らしく無いと思うが、ふんわりと黒髪から香るどこか甘く優しい香りにどうでもよくなった。
ここはまだ森の中程で俺のレベルを考えればさほど危険な場所では無い。が、腕の中にはいかにも戦闘力皆無な存在。髪の毛一筋も傷つけたく無い。
だったら、さっさと離れるに限る。
俺は腕の中の小さな存在をしっかりと抱え直すと、森を抜けるために走り出した。
「さくら」と名乗った少女は、どうやらこことは別の世界の住人だったらしい。
ごく稀にそういう存在が確認されている。
異世界の知識は重宝されることも多く、有力者の手によって保護されるのが常だ。
だが、さくらはまだ子供のようだし、さしたる知識を持っているとも思えない。
魔獣と戦う術も持たず、木の上で震えているだけの存在だ。
泣き疲れたのか腕の中で、無防備に眠り込んでしまったさくらの顔を、そっと覗き込んだ。
白い頬に残る涙の跡が痛々しくて、指先で拭ってやろうとして少し戸惑う。
俺の手は剣を握るために皮が厚く硬くなっている。
さくらの頬はとても滑らかで触れれば傷つけてしまいそうな気がした。
迷った後、そっと涙の残る目尻に唇を寄せる。吸い取った涙はなぜか甘い気がした。そして、わずかなそれを飲み取った時。
(魔力が復活した?)
魔獣達を蹴散らした時に消費した筈の魔力が復活したんだ。通常、消費した魔力は時間とともに復活する。
だが、それにしては急激すぎる変化だった。
タイミング的に、さくらの涙を飲んだからとしか思えない。
頭によぎるのは何かに惹かれるように集まっていたいろんな種類の魔獣達。
眠っているさくらをしっかりと抱きかかえ立ち上がった。マントを取り出し、さくらをしっかりと包み込む。
そして、自分の周りに簡易結界を貼り寒さと風圧の対策をすると、飛行魔法で拠点のある街へと向かった。
さくらは当分目を覚ましそうになかった。
町に入るのには少し手間取ったものの、さくらが子供だったおかげで、俺を保護者として中に入ることができた。
そういえば、さくらはいくつなんだ?
体のサイズから見るに10歳くらいだろうとはおもうが、働いていたようなことを言っていたし、もう少し大きいのかもしれない。
目が覚めたら聞いてみたいことがまた1つ増えた。
さくらは、空を飛んでいる間も町に入ってからも目を覚まそうとはしなかった。
ぐったりとした体は軽く発熱しているようだったが、まぁ、知恵熱みたいなものだろう。
こんなに幼いのに突然別の世界へ飛ばされたんだ。
そのストレスは相当なものだろう。
どこにも寄らずに真っ直ぐに自宅へ戻り、ベッドへ横たえる。
寝苦しいだろうとコートを脱がし、靴を取り除いたところで違和感に気付いた。
右脚の感触がやけに固い。
そっとズボンをめくり、息を飲んだ。
固い人工物で作られた足。幅広いズボンをスルスルとめくりあげれば、太腿でしっかりとベルトで固定されていた。
少し迷ったが好奇心には勝てず、ベルトを緩めて取り外すとひざ下5センチほどの所で先が丸くなり、欠損していた。
切断面を見るに負傷というより生まれつきのものだろうという事はうかがい知れた。
「………しかし、コレはなんの素材なんだ?」
肌色のつるりとした感触は固いがやけに軽く感じた。
金属でも木でもない。
初めて見る未知の物質は、さくらが異界から来たのだと納得するには、充分な証拠だった。
靴と共にその義足をベッドの下に並べ、ぐっすりと眠るさくらを眺める。これだけ動かしても、さくらが目覚める様子はなかった。
ふとおもいついて、キッチリと纏められた髪をほどいてみる。
いくつもの小さなピンで止められた髪に少々手こずったものの、無事に解くことができた。
編み込まれていたためクセがついているが、とても指通りの良い美しい黒髪。
ふわりと広げるように横にすれば、さくらの白い肌が一層際立った。
少し血の気が失せた顔は青白く、さくらの整った容姿も相まって、精巧な人形のようにも見える。
けれど、微かに上下する胸部と触れると伝わる温もりが、さくらが確かに生きている人間なのだと教えてくれた。
サラサラと髪を撫で存分にその滑らかさを味わった後、ふと我にかえる。
あの森にさくらが来てどれくらいの時が経っていたかは知らないが、その間まともに食事を取れていたとは思えない。
何か、胃に優しい物を用意していた方が良いだろう。
名残惜しさを感じながら、俺は食事の準備をするべく寝室を後にした。
食料庫の中を思い浮かべながら、ついでに少し買い物に出る事にする。
知人の家を訪ねて、さくらのことを相談する時間はあるだろうかと計算しつつ、玄関を出ると侵入防止の結界を念のためにかけ、足早に市場へと向かった。
さくらは何が好きかな?
ついでにいくらか着替えも買って来てやろう。
読んでくださり、ありがとうございました。
アシュレイ君はロリコンじゃありません(キリッ)




