お勉強してます。〜レイトン視点
○月△日
明日は、レイトン先生と魔法の勉強会。
元々は魔力量がそんなになかったのに、颯牙と契約したせいで増えちゃって、できる事が増えた分、コントロールの仕方を覚えることも急務になったそう。
に、しても、魔法。
物語の中の力が突然自分にも使えるようになったって、なんだか不思議な感じ。
ワクワクするような、ソワソワするような………。
颯牙が、最悪の時は自分が外部コントロールするか大丈夫って言ってくれたけど、出来るなら迷惑かけたくないし、頑張ろうと思う。
まぁ、道はものすごく遠そうだけど、ね。
「さくら〜〜、迎えにきたよ〜〜。準備できてる〜〜?」
「はい。今日はよろしくお願いします」
今日は、さくらに魔法を教える日。
直接部屋の中に跳んでも良かったけど、ちゃんと玄関の外に転移した僕、偉いと思う。
まぁ、ソウガがアーシュの結界に上掛けをしたせいで、侵入するのが面倒だったってのもあるけど。
出来ないわけじゃないよ?
ただ、ここでムダに気力と魔力、消費する必要もないかな、ってね。
外から声をかければ、すぐにさくらが飛び出してきて
ペコリと頭を下げた。
結ばずに流した髪がさらさらと溢れて綺麗。
艶のある真っ直ぐな黒髪は思わず触れてみたくなるよね。
欲望のままに手を伸ばして掬い上げて指ですけば、さくらが少し擽ったそうな顔で首を傾げた。
見上げる瞳の中にほんの少しの警戒もなくて、ちょっと心配になる。
なんで、知りあって数日の人間にそんな信頼の視線を向けるかな?
野生の世界なら、あっとゆう間に食べられてるよ?
「レイトンさん?」
ツンっと髪を引っ張ると不思議そうな顔。
自分が危害を加えられるなんて、これっぽっちも考えてなさそう。
まぁ、こんだけ真っ直ぐに見つめられたら、悪いことしようなんて気持ちもなえるよね。
「ん。なんでもな〜〜い。うちに移動しようか?」
自分より、頭2つぶんは小さな体をスルリと抱きしめると帰還の魔法を発動する。
コレは、事前登録していた場所に転移するもので、無詠唱でも発動できる優れものだ。
問題点は、複数の登録が面倒って所かな。
今の所、自宅ともう一箇所のみに絞って使ってるけど。
ほんの少しの魔力消費で、瞬きの間に移動できる点ではお気に入りの、僕のオリジナル魔法の1つだ。
「……え?あれ?」
胸に押し付けていた顔を上げたら、眼に映る風景が変わっていたさくらは、驚いて目を白黒させてる。
きょろきょろとせわしなく辺りを窺う様子は、まるっきり、小動物だ。しかも、コマネズミとかシマリスみたいな攻撃力なさそうなやつ、ね。
「僕のうち、だよ〜〜。見覚えあるでしょ〜〜?」
アーシュとともに訪れた時に通した部屋にしたから、少しは記憶に残っているはず。
そう思って声をかければ、きょときょと動かしていた視線がユックリと落ち着いていった。
「凄いです。コレってテレポーテーションですか?」
興奮したように見上げてくる瞳は、キラキラとかがやいていた。
「さくらの世界ではそういうの?コッチでは転移って言ってるけど」
そう尋ねてみると、さくらは少し困ったように首を傾げた。
「本当はなんて呼ばれてるのかわかりません。魔法は私のいた場所では物語の中にしかない力だったから」
『魔法がない世界』
それは僕が『渡り人』に興味を持つきっかけだった。
魔法がない不便を、『渡り人』の世界では、知恵と道具で補っているそうだ。
何が面白いって、その道具の原理を理解していなくても、人々は道具を扱う事ができるらしい。
それこそ、物心のついていないような幼子ですら。
使い方さえ知っていれば、遠見の水晶のような道具も、念話を実現する事すら。
たまたま知り合った『渡り人』に見せてもらった《でんしじしょ》には驚いた。
手のひらに乗るほどの小さな薄っぺらい箱にはあらゆる知識が詰まっており、意味を知りたい言葉を書き込む事で瞬く間にその意味を調べて教えてくれるのだ。
まぁ、『渡り人』の世界の言葉だったため、最初の頃は、何が書いてあるのかはサッパリだったけれど、おかげで言葉の勉強は非常に捗った。
魔力の量にも知識の量にも左右されず、ボタン1つであらゆる困難が解決される世界。
数百年数千年前の知識と歴史が脈々と受け継がれ、例え数千キロ離れた別の国の人とでも気軽に話しができるという。
話を聞くだけでワクワクした。
もともと長命な種族とのハーフだった事と持ち前の膨大な魔力のおかげで、無駄に長い寿命をこれほど感謝した日はなかったというくらい『渡り人』達の世界は僕の知識欲と興味を引くもので溢れていた。
そうして、気がつけば『渡り人』研究の第一人者と呼ばれるまでになり、国を越えて、現れた『渡り人』と語り合える地位を手に入れてたんだ。
そんな中、幼い頃から知っている友人のアーシュが小さな女の子を連れてきた。
長い黒髪に真っ黒な瞳。
柔らかな象牙色の肌は特徴的で、直ぐにそうだとわかった。
ただ、元々『渡り人』はこちらの世界の人間よりも小柄なんだけど、過去に出会った誰よりも明らかに小さな体にどこか自信なさそうに揺れる瞳は、少女をより幼く頼り無さ気に見せていた。
一言で言えば、めちゃくちゃに庇護欲をそそる。
やばい人種なら、もっと別な感情も。
健全なアーシュは正しい意味でメロメロだったけど。
キャラ崩壊してたし。
短くない付き合いだけど、そんな甘々のとろけそうな顔、出来たんだねぇ。
そして見せてもらったステータスはなかなかに面白いものがあった。
魔力その他は低いけど、『渡り人』は成長が速く伸び代が大きいのが特徴でもあるから、最初のレベルが全体的に低いのは別に珍しい事じゃない。
さくらは驚いてたみたいだけど《愛されし者》もさくらを包む柔らかいオーラを見れば、少しも不思議ではなかった。
そしてギフト。
『萌え』ってなんだろう。
本人に確認しようにも、泣き疲れて眠ってしまってるし、叩き起こすのも可哀想。と、いうか、アーシュが絶対にさせないだろう。
しょうがないから、2人を帰して、疑問解消のためにある場所に転移する。
そこは、過去の『渡り人』達の残した遺物や記録の集められた場所。
普通ならば、勝手に入るなんて言語道断な、王宮の宝物室に匹敵するような場所だけれど、その半数は僕の研究結果だしね。
もちろん、僕はフリーパスだ。
それから、1つの小箱を手に取った。
なんの装飾もなされていない一見普通の木の箱に見えるそれは、当時の大魔術師によって時を止める魔術が施されている。
開けば、黒く艶やかな不思議な金属で出来た『でんしじしょ』が大切に納められていた。
本来の持ち主はもういない。
僕が『渡り人』に興味を持つきっかけとなった人物で
、数十年前に永遠の眠りについてしまった。
その時に、僕に遺言で残されたんだ。
愛する人とめぐり合い、沢山の子供と孫に囲まれた大往生。
彼のおかげでこの世界の料理事情は飛躍的に進歩したと言っても過言ではない。
飄々とした人物で、だけど、食べ物の事となると目の色が変わった。
彼の若い頃には、珍しい食材を求めて随分と色んな場所を引きずり回されたっけ。
懐かしい日々を思い浮かべながら、辞書の電源を入れる。
時を止める魔道具のおかげで、劣化は抑えられているとはいえ、いつ壊れてもおかしくはない。
そして、これが壊れてしまえば修理するすべはないため、出来るだけ箱から出さないようにしている。
ああ、『機械修理』出来る『渡り人』来てくれないかな………。
そんな事を思いながらも、慣れた手順で機械を操作して、僕は首をかしげる事になる。
意味が分かるような、わからないような………。
随分と色んな意味がある言葉みたいだ。
コレはどんな能力を発揮するのか、楽しみだな。
そんなワクワクした気持ちは、自分の『ギフト』を知ったさくらがパニックとともに飛び出して迷子になった挙句、とんでもない大物を釣り上げたことでさらに加速する事になる。
風の精霊混じりと魂魄契約、とか。
面白すぎでしょう。
しかも、ただの精霊混じりにしては、色々と怪しいし。
さくら本人はもちろんいい子だし、可愛いと思うけど、それよりもこれから確実に巻き起こるであろう『何か』が、楽しみでしょうがない。
『渡り人』って、なんでか良くも悪くもトラブルを引き寄せるから、退屈しないんだよね。
とりあえず、魔法の概念を知ってもらおうと用意したテキストを真面目に読んでいるさくらを眺めながら、これからの事に想いを馳せる。
本人の意向を汲んで、今の所、国に保護を求めることはしない事になった。
と、言っても、僕が関わっていることは報告してある。そうすることで、僕が盾になり、面倒ごとは半減する筈だ。
こんな時のために、各権力者とのつなぎを取っていたんだから、有効利用しないとね。
国でもトップレベルの冒険者であるアーシュに、僕。さらには役所の実質トップであるホルン。
過剰すぎる布陣は、アーシュの過保護の表れでもあるけど、まぁ、気持ちは分からないでもない。
なんだか、危なっかしいんだよね。
「レイトンさん、ここの意味がよく分かりません……」
テキストの一節を指差しながら困った顔のさくらに笑顔を返す。
「あ〜〜。ここはねぇ〜〜」
解説をまじめに聞いているさくらの頭をなんとなく撫でると擽ったそうな忍び笑い。
うん。反応が可愛いよね〜〜。
どうも、元の世界ではあまり人間関係に恵まれていなかったみたいで、さくらは妙に自分に自信がない。
と、いうより、何かを諦めてしまっているように見える。
過去に出会った『渡り人』のことをなんとなく思い出す。
素晴らしい人格者もいたし、嫌な奴もいた。
『渡り人』だって人間だから、色んな性格があって、それは当然なんだけど、それを抜きにしても、不思議に「何か」足りない人間ばかりだった。
もしかしたら、元の世界では見つけられない手に入れられなかった「何か」を探すために、彼らはこの世界に来たんじゃないかなって、僕はひっそりと仮説を立てているんだけど。
さくらの「何か」が、無事にこの世界で見つかるといい。
そうして、心からの笑顔で幸せになってくれるといい。
そんな風に思ってしまうくらいには、僕もさくらを気に入っているんだ。
もしかしたら、こんな風に思ってしまうのもさくらの『ギフト』のせいかもね。
だけど、それは、悪い気持ちではないと思う。
『大切な人』の幸せを願うのは普通のことだろう?
だから、さくら。
『幸せ』になる事を諦めないで。
読んでくださり、ありがとうございました。




